源氏物語 第44帖 竹河(21)
藤の花の歌
しめやかな夕暮れに、薫は藤侍従と連れ立って歩くと、あの御方(大君)の御前近くに見える五葉の松に、藤がたいそう美しく咲きかかっているのを、水辺の石に苔を筵にして眺めて座っている。はっきりとではないが、世の中を恨めしげにほのめかして語る。手に掛けて取れるものだったら、藤の花の、松よりも勝る色を見られただろうか、と言って花を見上げる様子などが、不思議に哀れで気の毒にも思われるので、藤侍従は、自分の思いどおりにならなかった世の有様をほのめかす。紫の色は通っているけれど、藤の花は私の心のままにはならなかった。薫はまじめな君なので気の毒に思う。ひどく心が乱れるほどには思い込んでいなかったが、残念には思った。あの少将の君は本気で、どうしようと、過ちも犯しかねないほど、心を静めようもなく思っていた。求婚していた人々の中には中の君に心を移す者もいる。少将の君を、玉鬘は母北の方の恨みによって中の君をと思ってほのめかしていたが、少将はすっかり便りをしなくなってしまった。院には夕霧の君達ももとから親しく仕えていたが、大君が参った後はほとんど参らない。たまに殿上の方に顔を出しても、つまらなそうに逃げるように退出するのだった。
- 1夕夕ゆう暮暮ぐれのののしめやかしめやかしめやかなるなるなるににに藤藤とう侍侍じ從從じゅうとととつれつれつれてててありくありくありくにににかのかのかの御御おん方方かたののの御御お前前まえ近近ちかくくく見見みやらやらやらるゝるゝるる五五ご葉葉ようににに藤藤ふじのののいといといとおもしろくおもしろくおもしろく咲咲さきききかゝりかゝりかかりたるたるたるををを、、、水水みずのののほとりほとりほとりののの石石いしににに苔苔こけをををむしろむしろむしろにてにてにてながめながめながめ居居い給給たまへへえりりり。。。まほまほまほにににはははあらあらあらねねねどどど世世よののの中中なかうらめしげうらめしげうらめしげにににかすめかすめかすめつゝつゝつつかたらふかたらふかたらう。。。「「「手手てにににかくるかくるかくるものものものにににしししあらあらあらばばば藤藤ふじののの花花はなまつまつまつよりよりよりまさるまさるまさる色色いろををを見見みましましましややや」」」とてとてとて花花はなををを見見み上上あげげげたるたるたる景景け色色しきなどなどなどあやしくあやしくあやしく哀哀あわれににに心苦心苦こころぐるしくしくしくもももおもほゆれおもほゆれおもおゆればばば、、、我我わががが心心こころにににあらあらあらぬぬぬ世世よのののありさまありさまありさまにににほのめかすほのめかすほのめかす。。。「「「紫紫むらさきののの色色いろはははかよへかよへかよえどどど藤藤ふじののの花花はなこゝろこゝろこころにににえええこそこそこそまかせまかせまかせざりざりざりけれけれけれ」」」。。。まめまめまめなるなるなる君君きみにてにてにていとほしいとほしいとおしととと思思おもへへえりりり。。。いといといと心心こころ惑惑まどふふうばかりばかりばかりははは思思おもひひい入入いれれれざりざりざりしかしかしかどどど口口くちをしうをしうおしゅうははは覺覺おぼえええけりけりけり。。。かのかのかの少少しょう將將しょうののの君君きみはははしもしもしもまめやかまめやかまめやかにににいかにいかにいかにせせせましましましとととあやまちあやまちあやまちもももしししつつつべくべくべく靜靜しずめめめむむん方方かたなくなくなくなむなむなん覺覺おぼえええけるけるける。。。聞聞きこえええ給給たまひひいししし人々人々ひとびと中中なかののの君君きみとととうつろふうつろふうつろうもももありありあり。。。少少しょう將將しょうののの君君きみをををばばば母母はは北北きたののの方方かたののの御御おん怨怨うらみににによりよりよりさもさもさもやややととと思思おもほしほしおしてててほのめかしほのめかしほのめかし聞聞きこえええ給給たまひひいしししををを絕絕たえええててて音音おとづれづれずれずずずなりなりなりにににたりたりたり。。。院院いんにににはははかのかのかの君君きん達達だちもももしたしくしたしくしたしくもともともとよりよりよりさぶらひさぶらひさぶらい給給たまへへえどどど、、、このこのこの參參まいりりり給給たまひひいててて後後のちをさをさをさをさおさおさ參參まいらららずずず。。。まれまれまれまれまれまれ殿殿てん上上じょうののの方方かたにににさしさしさしのぞきのぞきのぞきてててももも、、、あぢきなうあぢきなうあじきのうにげにげにげてててなむなむなんまかりまかりまかり出出いでででけるけるける。。。
現代語訳
しめやかな夕暮れに、薫は藤侍従と連れ立って歩くと、あの御方(大君)の御前近くに見渡される五葉の松に、藤がたいそう美しく咲きかかっているのを、水辺の石に苔を筵にして眺めて座っていらっしゃった。はっきりとではないけれど、世の中を恨めしげにほのめかしながら語る。「手に掛けて取れるものであったならば、藤の花の、松よりも勝る色を見ることができただろうか」と言って、花を見上げている様子などが、不思議に哀れで気の毒にも思われるので、藤侍従は、自分の思いどおりにならなかった世の有様にほのめかす。「紫の色は通っているけれど、藤の花は、私の心のままにはどうにもならなかったのです」。まじめな君なので、気の毒にと思っていた。薫は、たいそう心が乱れるほどには思い込んでいなかったけれど、残念には思われた。あの少将の君は、本気で、どうしようかと、過ちも犯しかねないほど、静めようもなく思っていた。求婚申し上げていた人々の中には、中の君にと心を移す者もある。少将の君を、玉鬘は母北の方のお恨みによって、そうしてもよいかとお思いになってほのめかし申し上げなさったが、少将はすっかり便りをしなくなってしまった。院には、あの君達も親しく、もとからお仕えしていらっしゃったが、大君が参上なさった後は、ほとんど参上しない。たまに殿上の方に顔をのぞかせても、つまらなそうに逃げるように退出するのだった。
意訳
薫は藤侍従と、大君の御前の藤の花を眺め、大君を得られなかった恨みを歌に詠む。藤侍従は自分の力が及ばなかったと答える。少将はさらに深く思い詰め、中の君との縁談にも応じず、院への出仕も避けるようになる。
語釈・文法注
文法
- 「五葉」(五葉に藤のいとおもしろく咲きかゝりたるを)
- 五葉の松。松に藤が咲きかかる取り合わせは、和歌によく詠まれる。
- 「まつよりまさる色」(藤の花まつよりまさる色を見ましや)
- 松は冷泉院、藤の花は大君をたとえる。「まつ」に「待つ」をかける。
- 「紫の色はかよへど」(紫の色はかよへど藤の花)
- 薫と自分は藤原氏の縁で通じ合うが、大君のことは思いどおりにならなかったという意。
解説
薫は大君への思いを藤の花に寄せて詠む。薫の恋は少将ほど切実ではないが、残念な思いは抱いている。薫の恋は、常に一歩引いたところにある。
少将は院への出仕さえ避けるようになる。失恋の痛手が、少将の宮仕えにも影響を及ぼしている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、872–873頁(コマ147)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日