源氏物語 第44帖 竹河(17)
卯月の少将の歌
翌日は四月になったので、兄弟の君達は宮中に参ってうろうろしているが、少将はひどくふさぎ込んで物思いにふけっているので、母北の方(雲居の雁)は涙ぐんでいる。夕霧も、院がお聞きになることもあろう、どうしていい加減に聞き入れてもらえようかと思って、残念ながら玉鬘との対面の折にも申し出ずにしまったのだった。「自分が強くお願いしていたら、いくら何でも断りはなさらなかったろうに」などと言う。さて少将は、いつものように、花を見て春は暮らしてしまった、今日からは茂る木の下のような嘆きの中で迷うのだろうかと申し上げた。玉鬘の御前で、あれこれ上臈ぶった女房たちが、この求婚者たちのさまざまに気の毒な様子を申し上げる中に、中将のおもとが「生死をと言った様子が、口先だけではなく、心苦しげでした」などと申し上げるので、尚侍も気の毒にとお聞きになる。夕霧や北の方の思いに免じて、せめて人の恨みが深いならと、中の君を少将にと考え直すが、この院参りを妨げようと思っているのは心外な限りでもあり、臣下には決して縁づけるまいと故殿が考えておられたのに、院に参るのでさえ将来の見栄えのしないことを思っている折しも、女房がこの手紙を取り入れて気の毒がる。その返事に、今日こそ分かりました、空を眺めるふりをして、花に心を移していたのだと書く。「まあ気の毒に、冗談にばかり取りなすのね」などと言うが、女房は面倒がって書き直さない。
- 1またまたまたののの日日ひははは卯卯う月月ずきににになりなりなりにににけれけれければばばはらからはらからはらからののの君君きん達達だちのののうちうちうちににに參參まいりりりさまよふさまよふさまようににに、、、いたういたういとうくつしくつしくつし入入いりりりててて眺眺ながめめめ居居い給給たまへへえれれればばば、、、母母はは北北きたののの方方かたははは淚淚なみだぐみぐみぐみててておはすおはすおわす。。。おとゞおとゞおとどももも院院いんののの聞聞きこしめすしめすしめす所所ところもももあるあるあるべしべしべし、、、何何なににににかかかはははおふなおふなおふなおふなおうなおうな聞聞きききき入入いれれれむむんととと思思おもひひいてててくやしうくやしうくやしゅう對對たい面面めんののの序序ついでにににもももうちうちうち出出いででで聞聞きこえええずずずなりなりなりにににししし。。。「「「みづからみづからみずから强强あながちちちににに申申もうさささましかましかましかばばばさりともさりともさりともえええ違違たがへへえ給給たまははわざらざらざらましましまし」」」などなどなどのたまふのたまふのたまう。。。さてさてさて例例れいののの「「「花花はなををを見見みててて春春はるはははくらしくらしくらしつつつ今今け日日きょうよりよりよりやややしげきしげきしげきなげきなげきなげきののの下下したにににまどはまどはまどわむむん」」」ととと聞聞きこえええ給給たまへへえりりり。。。おおお前前まえにてにてにてこれこれこれかれかれかれ上上じょう臈臈ろうだつだつだつ人々人々ひとびとこのこのこの御御おん懸懸け想想そう人人びとのののさまざまさまざまさまざまにににいとほしげいとほしげいとおしげなるなるなるををを聞聞きこえええ知知しらするらするらするなかなかなかににに中中ちゅう將將じょうおもとおもとおもと「「「いきいきいきしにしにしにをををととといひいひいいしししさまさまさまののの、、、言言ことにににのみのみのみはははあらあらあらずずず、、、心苦心苦こころぐるしげしげしげなりなりなりししし」」」などなどなど聞聞きこゆれゆれゆればばばかんかんかんののの君君きみもももいとほしいとほしいとおしととと聞聞きききき給給たまふふう。。。
- 2おとゞおとゞおとど北北きたののの方方かたのののおぼすおぼすおぼす所所ところににによりよりよりせめてせめてせめて人人ひとののの御御おんうらみうらみうらみ深深ふかくくくはははととと取取とりりりかへかへかえありありありててておぼすおぼすおぼす、、、このこのこの御御おんまゐりまゐりまいりををを妨妨さまたげげげやうやうようににに思思おもふふうらむらむらんはははしもしもしもめざましきめざましきめざましきことことこと限限かぎりなきなきなきにてにてにてももも、、、たゞたゞただ人人びとにににはははかけてかけてかけてあるあるあるまじきまじきまじきものものものににに故故こ殿殿とののののおぼしおぼしおぼしおきておきておきてたりたりたりしししものものものををを、、、院院いんににに參參まいりりり給給たまははわむむんだにだにだに行行ゆく末末すえのののはえばえしからはえばえしからはえばえしからぬぬぬをををおぼしおぼしおぼしたるたるたる折折おりしもしもしも、、、このこのこの御御おん文文ふみとりとりとり入入いれれれててて哀哀あわれがるがるがる。。。御御おんかへしかへしかへし。。。「「「今今け日日きょうぞぞぞしるしるしる空空そらをををながむるながむるながむる氣色氣色けしきにてにてにて花花はなににに心心こころををを移移うつしししけりけりけりとととももも」」」。。。「「「あなあなあないとほしきいとほしきいとおしき戯戯たわぶれれれにににのみのみのみももも取取とりりりなすなすなすかなかなかな」」」などなどなどいへいへいえどどど、、、うるさがりうるさがりうるさがりててて書書かきききかへかへかえずずず。。。
現代語訳
翌日は四月になったので、兄弟の君達は宮中に参ってうろうろしているが、少将はひどくふさぎ込んで物思いにふけっていらっしゃるので、母北の方は涙ぐんでいらっしゃる。大臣(夕霧)も、院がお聞きになることもあるだろう、どうしていい加減に聞き入れてもらえようかと思って、残念ながら対面の折にも申し出ずにしまったのだった。「自分が強くお願い申し上げていたら、いくら何でもお断りにはならなかったろうに」などとおっしゃる。さて少将は、いつものように、「花を見て、春は暮らしてしまった。今日からは、茂る木の下のような、深い嘆きの中で迷うのだろうか」と申し上げなさった。御前で、あれこれの上臈ぶった女房たちが、この求婚者たちのさまざまに気の毒な様子をお知らせ申し上げる中に、中将のおもとが「生死をと言った様子が、口先だけではなく、心苦しげでございました」などと申し上げるので、尚侍の君も気の毒にとお聞きになる。
大臣や北の方のお思いになるところに免じて、せめて人のお恨みが深いならばと、考え直すところがあってお思いになるが、この院参りを妨げようと思っているらしいのは心外な限りではあっても、臣下には決して縁づけるまいと故殿がお考えおきになっていたのに、院に参上なさるのでさえ、将来の見栄えのしないことをお思いになっている折しも、女房がこのお手紙を取り入れて気の毒がる。お返事。「今日こそ分かりました。空を眺めているような様子で、花に心を移していたのだとも」。「まあ気の毒に、冗談にばかり取りなすのね」などと言うけれど、女房は面倒がって書き直さない。
意訳
四月、少将はふさぎ込み、母の雲居の雁は涙ぐむ。夕霧は玉鬘に強く頼まなかったことを悔やむ。少将は嘆きの歌を送り、女房の中将のおもとも少将の真剣さを玉鬘に伝える。玉鬘は気の毒に思うが、院参りの方針は変えず、女房が冗談めかした返歌を送る。
語釈・文法注
文法
- 「おふなおふな」(何にかはおふなおふな聞き入れむ)
- いい加減に、軽々しく。
- 「しげきなげきの下」(今日よりやしげきなげきの下にまどはむ)
- 「なげき」に「投げ木(薪)」をかけ、四月の木々の茂る下で嘆くことをいう。
- 「懸想人」(この御懸想人のさまざまに)
- 求婚者、恋をしかける人。
解説
夕霧は息子のために玉鬘に強く頼まなかったことを悔やむ。院が関わる縁談に割り込むことを、夕霧は遠慮したのである。父の慎重さが、息子の恋を破る一因となった。
女房の返歌は少将の真剣な嘆きを冗談に取りなす。玉鬘家の女房たちにとって、少将の恋は気の毒ではあっても、真剣に応えるべきものではない。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、868–871頁(コマ145–146)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日