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源氏物語 第44帖 竹河(12)

桜の木の思い出

登場人物:左近中将・玉鬘・大君・中の君・冷泉院

御前の花の木の中でも、特に匂い勝って美しい桜を折らせて、「他の花には似ていない」などと姫君たちが愛でているのを、中将は「幼くていらした時、この花は私のだ、私のだと争っていらしたのを、故殿は大君の花だとお決めになった。母上は中の君の木とお決めになったので、私はそれほど泣き騒ぎはしなかったが、穏やかでなく思ったものです」と言って、「この桜が老木になったにつけても、過ぎた年齢を思い出しますと、多くの人に先立たれた身の憂いも抑えがたいのです」などと泣いたり笑ったりしながら話して、いつもよりのんびりしている。人の婿になって、今は落ち着いてもいられない身なのを、花に心をとめている。尚侍(玉鬘)は、こんな大人びた人の親になっているが、年の割にはたいそう若く美しく、なお盛りの容姿に見える。冷泉院は、多くはこの尚侍の様子をなお見たく、昔が恋しく思い出されたので、何かにつけてと考えめぐらして、大君のことを強いて申し入れるのだった。院に参ることは、息子たちには、やはり見栄えのしない気がするだろう。何事も時勢に合ったことを世の人も認めるものだ。本当にたいそう拝見したいご様子は世に比類ないようだが、盛りではない気がする。琴や笛の調べ、花や鳥の色も音も、時に従ってこそ人の耳にも留まるものだ。中将が「春宮はどうでしょう」などと言うと、玉鬘は「さあ、初めから高貴な方(夕霧の大君)が並ぶ者もない様子でいらっしゃるようなので、中途半端に交わるのは胸が痛く、人に笑われることもあるだろうと気が引けるのです。殿が生きていらしたら、行く末の宿世はわからないが、今のところはかいのある様子にしてくださったでしょうに」などと言い出して、皆しんみりする。

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  2. 2冷れい冷れいれい泉ぜい泉ぜいぜい院ゐん院ゐんいんのののみかどみかどみかどはははおほくおほくおおくはははこのこのこの御おん御おんおん有あり有ありあり樣さま樣さまさまののの猶なほ猶なほなおゆかしうゆかしうゆかしゅう昔むかし昔むかしむかし戀こひ戀こひこいしうしうしゅうおぼしおぼしおぼし出い出いいでででられられられけれけれければばば、、、何なに何なになににににつけつけつけてててかかかはははとととおぼしおぼしおぼしめぐらしめぐらしめぐらしててて姫ひめ姫ひめひめ君ぎみ君ぎみぎみののの御おん御おんおん事こと事ことことをををあながちあながちあながちににに聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふうにににぞぞぞありありありけるけるける。。。院ゐん院ゐんいんへへへ參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまははわむむんことことことはははこのこのこの君きん君きんきん達だち達だちだちぞぞぞ猶なほ猶なほなお物もの物ものもののののはえはえはえなきなきなき心地ここち心地ここちここちこそこそこそすすすべけれべけれべけれ。。。萬よろづ萬よろづよろずののの事こと事ことこと時とき時ときときにににつけつけつけたるたるたるをををこそこそこそ世よ世よよ人ひと人ひとひともももゆるすゆるすゆるすめれめれめれ。。。げにげにげにいといといと見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららまほしきまほしきまほしき御おん御おんおんありさまありさまありさまはははこのこのこの世よ世よよにににたぐひたぐひたぐいなくなくなくおはしますおはしますおわしますめれめれめれどどど盛さかり盛さかりさかりならならならぬぬぬ心地ここち心地ここちここちぞぞぞするするするややや。。。琴こと琴ことこと笛ふえ笛ふえふえのののしらべしらべしらべ花はな花はなはな鳥とり鳥とりとりののの色いろ色いろいろをををももも音ね音ねねをををももも時とき時ときときにににしたがひしたがひしたがいてててこそこそこそ人ひと人ひとひとののの耳みゝ耳みゝみみにににもももとまるとまるとまるものものものなれなれなれ。。。「「「春とう春とうとう宮ぐう宮ぐうぐうはははいかゞいかゞいかが」」」などなどなど申まう申まうもうししし給たま給たまたまへへえばばば「「「いざやいざやいざや始はじめ始はじめはじめよりよりよりやんごとなきやんごとなきやんごとなき人ひと人ひとひとのののかたはらかたはらかたわらもももなきなきなきやうやうようにてにてにてのみのみのみ物もの物ものものししし給たま給たまたまふふうめれめれめればばばこそこそこそ、、、なかなかなかなかなかなかにてにてにてまじらはまじらはまじらわむむんははは胸むね胸むねむねいたくいたくいたく人ひと人ひとひと笑わら笑わらわらははわれれれなるなるなる事こと事ことこともももやややあらあらあらむむんとととつゝましけれつゝましけれつつましければばば、、、殿との殿とのとのおはせおはせおわせましかましかましかばばば行ゆ行ゆゆくくく末すゑ末すゑすえののの御おん御おんおん宿すく宿すくすく世せ世せせ宿すく宿すくすく世せ世せせははは知し知ししらららずずず只たゞ只たゞただ今いま今いまいまはははかひかひかいあるあるあるさまさまさまにににもてもてもてなしなしなし給たま給たまたまひひいてててましましましををを」」」などなどなどのたまひのたまひのたまい出い出いいでででゝゝて皆みな皆みなみなものものものあはれあはれあわれなりなりなり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

御前の花の木々の中でも、特に匂い勝って美しい桜を折らせて、「他の花には似ていない」などと愛でていらっしゃるのを、中将は「幼くていらっしゃった時、この花は私のだ、私のだと争っていらっしゃったのを、故殿は姫君(大君)の御花だとお決めになりました。母上は若君(中の君)の御木とお決めになったので、私はそれほど泣き騒ぎはしませんでしたが、穏やかでなく思われたものですよ」と言って、「この桜が老木になってしまったにつけても、過ぎてしまった年齢を思い出しますと、多くの人に先立たれました身の憂いも抑えがたいのです」などと、泣いたり笑ったりしながら申し上げなさって、いつもよりはのんびりしていらっしゃる。人の婿になって、今は落ち着いてもいられないご様子なのに、花に心をとめていらっしゃる。尚侍の君は、このように大人びた人の親になっていらっしゃるが、お年の程を思うよりは、たいそう若く美しく、なお盛りのご容姿とお見えになった。

冷泉院の帝は、多くはこの尚侍のご様子をなお見たく、昔が恋しく思い出されなさったので、何につけてかとお考えめぐらしなさって、姫君の御事を強いて申し入れなさるのであった。院へ参上なさることは、この君達には、やはり見栄えのしない気持ちがするにちがいない。何事も時勢に合ったことをこそ、世の人も認めるようだ。本当にたいそう拝見したいご様子は、この世に比類なくいらっしゃるようだが、盛りではない気持ちがすることよ。琴や笛の調べも、花や鳥の色も音も、時に従ってこそ人の耳にも留まるものである。中将が「春宮はいかがでしょう」などと申し上げなさると、玉鬘は「さあ、初めから高貴な方が、並ぶ者もない様子でばかりいらっしゃるようなので、中途半端に交わるのは胸が痛く、人に笑われることもあるのではないかと気が引けるので。殿が生きていらっしゃったら、行く末の御宿世はわからないけれど、今のところは、かいのある様子にお扱いくださったでしょうに」などとおっしゃり出して、皆しんみりとする。

意訳

姫君たちが桜を愛でるのを見て、中将は幼い頃、二人が桜を争い、父が大君の花、母が中の君の木と決めた思い出を語る。玉鬘は大人の子の親ながら、まだ若く美しい。

冷泉院が大君を望むのは、玉鬘への思いからでもある。息子たちは院参りを見栄えがしないと思うが、玉鬘は春宮には夕霧の娘がいて入りにくいと言い、亡き夫を偲んで皆しんみりする。

語釈・文法注

文法

「わがぞわがぞ」(この花はわがぞわがぞと爭ひ給ひしを)
私のだ、私のだ。幼い姉妹が桜の木を争ったこと。
「人の婿になりて」(人の婿になりて今は心しづかにも見え給はぬを)
中将は他家の婿となり、妻の家に通う身である。
「時にしたがひてこそ」(時にしたがひてこそ人の耳にもとまるものなれ)
時勢に合ってこそ。退位した院への出仕は、時勢に合わないという考え。

解説

幼い姉妹が桜を争ったという中将の思い出は、この後の碁の賭けの伏線となる。桜は、姉妹の運命の象徴でもある。

冷泉院が大君を望むのは、かつて果たせなかった玉鬘への思いからである。玉鬘が今なお若く美しいことが、冷泉院の執着をかき立てる。親への思いが子に移るという構図は、源氏物語に繰り返し現れる。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、864–867頁(コマ143–144)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日