源氏物語 第44帖 竹河(9)
和琴と竹河
御簾の内から和琴が差し出された。薫と少将は互いに譲り合って手を触れないので、玉鬘は侍従(藤侍従)を通して「故致仕の大臣の爪音に似ていらっしゃると聞いていますので、ぜひ聴きたい。今夜はやはり鶯にも誘われてください」と言うので、薫は遠慮して爪を噛んでいるような場合でもないと思って、あまり気乗りしない様子で弾き渡すが、たいそう響き豊かに聞こえる。玉鬘は、いつも会って親しんだ親ではなかったが、もうこの世にいないと思うとたいそう心細いので、ちょっとしたことの折にも思い出してしみじみと哀れに思い、「だいたいこの君は不思議に故大納言(柏木)の様子にたいそうよく似ていて、琴の音などただその人と思われた」と言って泣くのも、年を取った証の涙もろさだろうか。少将も声がたいそう面白く「さきくさ」を謡う。差し出がましく年を取った人も混じっていないので、自然と互いに誘い合って遊ぶが、主人の侍従は故大臣に似たのか、こういう方面は不得手で杯ばかりを勧めるので、「せめて祝いの歌でも」と恥をかかされて、「竹河」を同じ声で謡い出して、まだ若いが趣深く謡う。御簾の内から杯が差し出される。薫は「酔いが進むと、隠すべきことも隠せず、間違いをすると聞いています。どうなさるのですか」と、すぐには受けない。玉鬘は小袿を重ねた細長の、人の香がなつかしく染みているのを、取りあえず被け物として与える。薫は「何ですか」などと騒いで、侍従の君に被せて帰って行く。引き止めて被けるが「水駅で夜が更けてしまった」と言って逃げてしまった。少将は、この源侍従(薫)がこうして姿を見せて寄って来るので、皆この人に心を寄せるのだろう、自分はいっそう気が滅入ってひどく思い弱って、恨めしく思う。人は皆花に心を移しているのだろう、ひとり迷う春の夜の闇よと詠んで、嘆いて立つと、御簾の内の女房が、時と場合によって哀れも知るでしょう、梅の花はただこれほどの香に移ったわけではありませんと返す。
- 1內內うちよりよりより和和わ琴琴ごんさしさしさしいでいでいでたりたりたり。。。かたみかたみかたみにににゆづりゆづりゆずりててて手手て觸觸ふれれれぬぬぬににに、、、侍侍じ從從じゅうののの君君きみしししてててかんかんかんののの殿殿との「「「故故こ致致ち仕仕じののの大大おとど臣臣どののの御御おん爪爪つま音音おとににになむなむなん通通かよひひい給給たまへへえるるるととと聞聞ききききわたるわたるわたるををを、、、まめやかまめやかまめやかにににゆかしくゆかしくゆかしくなむなむなん。。。今今こ夜夜よいははは猶猶なお鶯鶯うぐいすにににもももさそはさそはさそわれれれ給給たまへへえ」」」とととののの給給のたまひひい出出いだしししけれけれければばばあまえあまえあまえててて爪爪つめくふくふくうべきべきべきことことことにににもももあらあらあらぬぬぬをををととと思思おもひひいててて、、、をさをさをさをさおさおさ心心こころににに入入いらららずずず、、、かきかきかきわたしわたしわたし給給たまへへえるるる氣色氣色けしきいといといとひゞきひゞきひびき多多おおくくく聞聞きこゆゆゆ。。。常常つねににに見見み奉奉たてまつりりりむつびむつびむつびざりざりざりししし親親おやなれなれなれどどど、、、世世よにににおはせおはせおわせずずずととと思思おもふふうにににいといといと心心こころぼそきぼそきぼそきににに、、、はかなきはかなきはかなきことことことののの序序ついでにににももも思思おもひひい出出いででで奉奉たてまつるるるにににいといといとなむなむなんあはれあはれあわれなるなるなる、、、大大おおかたかたかたこのこのこの君君きみはははあやしうあやしうあやしゅう故故こ大大だい納納な言言ごんののの御御おん有有あり樣樣さまにににいといといとようようようおぼえおぼえおぼえ、、、琴琴ことののの音音ねなどなどなど唯唯ただそれそれそれとととこそこそこそ覺覺おぼえええつれつれつれとてとてとてないないない給給たまふふうももも、、、ふるめいふるめいふるめい給給たまふふうしるししるししるしののの淚淚なみだもろさもろさもろさにににややや。。。少少しょう將將しょうももも聲聲こえいといといとおもしろうおもしろうおもしろうてててさきくささきくささきくさうたふうたふうたう。。。さかしらさかしらさかしら心心こころつきつきつきてててうちうちうち過過すぐしぐしぐしたるたるたる人人ひともももまじらまじらまじらねねねばばば、、、おのづからおのづからおのずからかたみかたみかたみにににもよほさもよほさもよおされれれててて遊遊あそびびび給給たまふふうににに、、、あるじあるじあるじののの侍侍じ從從じゅうははは故故こ大大おとど臣臣どににに似似に奉奉たてまつりりり給給たまへへえるるるにににやややかやうかやうかようののの方方かたはははおくれおくれおくれててて盃盃さかずきをををのみのみのみ進進すすむれむれむればばば「「「ことぶきことぶきことぶきをををだにだにだにせせせむむんややや」」」とととはづかしめはづかしめはずかしめられられられててて竹竹たけ河河かわをををおなじおなじおなじ聲聲こえにににいだしいだしいだしてててまだまだまだ若若わかけれけれけれどどどをかしうをかしうおかしゅううたふうたふうたう、、、簾簾すのののうちうちうちよりよりよりかはらけかはらけかわらけさしさしさしいづいづいず。。。
- 2「「「醉醉えいのののすゝみすゝみすすみてててはははしのぶるしのぶるしのぶることことこともももつゝまつゝまつつまれれれずずず、、、ひがごとひがごとひがごとするするするわざわざわざとととこそこそこそ聞聞きききき侍侍はべれれれ、、、いかにいかにいかにもてもてもてないないない給給たまふふうぞぞぞ」」」ととととみとみとみにににうけひかうけひかうけひかずずず。。。こうちきこうちきこうちきかさなりかさなりかさなりたるたるたるほそながほそながほそながののの、、、人人ひとがががなつかしうなつかしうなつかしゅうしみしみしみたるたるたるをををとりとりとりあへあへあえたるたるたるまゝまゝままにににかづけかづけかずけ給給たまふふう。。。「「「何何なにそそそもももぞぞぞ」」」などなどなどさうどきさうどきそうどきててて侍侍じ從從じゅうはははあるじあるじあるじののの君君きみにににうちうちうちかづけかづけかずけててていぬいぬいぬ。。。引引ひきききとゞめとゞめとどめてててかづくれかづくれかずくれどどど「「「みづみづみずうまやうまやうまやにてにてにて夜夜よ更更ふけけけにににけりけりけり」」」とてとてとてにげにげにげにににけりけりけり。。。少少しょう將將しょうはははこのこのこの源源げん侍侍じ從從じゅうののの君君きみのののかうかうこうほのめきほのめきほのめきよるよるよるめれめれめればばばみなみなみな人人ひとこれこれこれにににこそこそこそ心心こころよせよせよせ給給たまふふうらめらめらめ、、、我我わががが身身みはははいとゞいとゞいとどくんじくんじくんじいたくいたくいたく思思おもひひいよわりよわりよわりてててあぢきなうあぢきなうあじきのうぞぞぞうらむるうらむるうらむる。。。「「「人人ひとはははみなみなみな花花はなににに心心こころをををうつすうつすうつすらむらむらんひとりひとりひとりぞぞぞまどふまどふまどう春春はるののの夜夜よのののやみやみやみ」」」。。。うちうちうちなげきなげきなげきてててたてたてたてばばば內內うちののの人人ひとのののかへしかへしかへし、、、「「「をりをりおりからからからややや哀哀あわれももも知知しらららむむん梅梅うめののの花花はなたゞたゞただかばかりかばかりかばかりにににうつりうつりうつりしもしもしもせせせししし」」」。。。
現代語訳
御簾の内から和琴が差し出された。互いに譲り合って手を触れないので、侍従の君を通して、尚侍の殿が「故致仕の大臣の御爪音に似ていらっしゃると聞いておりますので、本当に聴きたいのです。今夜はやはり鶯にも誘われてください」とおっしゃり出したので、薫は、遠慮して爪を噛んでいるような場合でもないのにと思って、あまり気乗りせず、弾き渡しなさった様子が、たいそう響き豊かに聞こえる。玉鬘は、いつも会って親しみ申し上げた親ではなかったが、この世にいらっしゃらないと思うとたいそう心細いので、ちょっとしたことの折にも思い出し申し上げると、たいそうしみじみと哀れに思われる。「だいたい、この君は不思議に故大納言(柏木)のご様子にたいそうよく似ていて、琴の音など、ただその人と思われました」と言ってお泣きになるのも、年を取られた証の涙もろさであろうか。少将も声がたいそう面白くて「さきくさ」を謡う。差し出がましい心がついて年を取った人も混じっていないので、自然と互いに誘い合って遊びなさるが、主人の侍従は故大臣に似申し上げなさったのか、このような方面は不得手で、杯ばかりを勧めるので、「せめて祝いの歌でもしたらどうか」と恥をかかされて、「竹河」を同じ声で謡い出して、まだ若いけれど趣深く謡う。御簾の内から杯が差し出される。
薫は「酔いが進むと、隠すべきことも隠しきれず、間違いをするものと聞いております。どのようになさるおつもりですか」と、すぐには受けない。玉鬘は、小袿を重ねた細長で、人の香がなつかしく染みているのを、取りあえずそのまま被け物としてお与えになる。「何ですか、これは」などと騒いで、侍従は主人の君に被せて帰って行く。引き止めて被けるけれど、「水駅で夜が更けてしまった」と言って逃げてしまった。少将は、この源侍従の君がこのように姿を見せて寄って来るようなので、皆この人にこそ心をお寄せになるのだろう、自分はいっそう気が滅入って、ひどく思い弱って、恨めしく思う。「人は皆、花に心を移しているのだろう。ひとり迷っている、春の夜の闇の中で」。嘆いて立つと、御簾の内の女房の返し、「時と場合によっては哀れも知るでしょう。梅の花は、ただこれほどの香りに移ったわけではありません」。
意訳
薫は玉鬘に請われて和琴を弾き、玉鬘はその音が柏木に似ていると泣く。少将や藤侍従も謡い、藤侍従は「竹河」を謡う。
薫は杯を辞退し、被け物を藤侍従に被せて逃げ帰る。少将は、皆が薫に心を寄せていると嘆いて歌を詠み、女房が慰めの歌を返す。
語釈・文法注
文法
- 「爪くふ」(あまえて爪くふべきことにもあらぬを)
- 爪を噛む。遠慮してためらうさま。
- 「さきくさ」(さきくさうたふ)
- 催馬楽「此殿は」の一節。
- 「竹河」(竹河をおなじ聲にいだして)
- 催馬楽「竹河」。巻名の由来。
- 「みづうまや」(みづうまやにて夜更けにけり)
- 水駅。男踏歌で、休憩所で酒食を供されること。長居をしたことの言い訳。
解説
玉鬘は、薫の和琴の音が柏木に似ていると言って泣く。薫は実は柏木の子であり、玉鬘は柏木の異母妹である。玉鬘が感じた似通いは、血のつながりによる真実のものだった。読者だけが知る秘密が、さりげなく示されている。
藤侍従が謡う「竹河」は、この巻の名の由来となった。少将の「ひとりぞまどふ春の夜のやみ」という歌は、報われない恋の苦しさを詠み、この後の少将の運命を予告している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、862–863頁(コマ142)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日