源氏物語 第44帖 竹河(7)
梅の初花と「まめ人」
尚侍(玉鬘)が念誦堂にいて「こちらへ」と言うので、薫は東の階から昇って戸口の御簾の前に座る。御前近くの若木の梅が、心もとなくつぼんで、鶯の初音もたいそうおっとりしているので、女房たちは薫を色めかせてみたいと思い、ちょっとしたことを言いかけるが、薫が言葉少なく奥ゆかしい様子なのを悔しがって、宰相の君という上臈女房が、手折ってみたらいっそう匂いも勝るかと、少し色づいておくれ、梅の初花よと詠みかける。薫は即座に、よそ目には枯れ木だと決めているのだろうか、内には枝に匂っている梅の初花だ、それなら袖を触れてご覧なさいなどと戯れるので、女房たちは本当は色よりも香りがと口々に言って、引き動かしそうにまとわりつく。玉鬘が奥から膝行して出てきて「困った人たちね。恥ずかしいほどまじめな方にまで、よくも恥知らずなことを」と小声で言う。薫は、まめ人とあだ名をつけられたものだ、ひどく陰気な名だなと思っている。主人の侍従(藤侍従)は、まだ殿上もしていないので年賀回りにも出かけず、居合わせた。沈香の折敷二つほどで、果物や杯を出す。玉鬘は「右大臣は年を取るにつれて、故院にたいそうよく似ていらっしゃる。この君は似ている所も見えないが、雰囲気がたいそう落ち着いて優美な振る舞いは、あの院の若い盛りが偲ばれる。こんなご様子でいらしたのだろう」などと思い出して涙ぐむ。薫が去った後の名残に留まった香りを、女房たちは大騒ぎして褒める。
- 1かんかんかんののの殿殿との御御おん念念ねん誦誦ず堂堂どうにににおはしおはしおわしててて「「「こなたこなたこなたににに」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、ひんがしひんがしひんがしのののはしはしはしよりよりより昇昇のぼりりりててて戶戶と口口ぐちののの御御み簾簾すののの前前まえににに居居い給給たまへへえりりり。。。おおお前前まえ近近ちかききき若若わか木木ぎののの梅梅うめ心心こころもとなくもとなくもとなくつぼみつぼみつぼみててて、、、鶯鶯うぐいすののの初初はつ聲聲こえもももいといといとおほどかおほどかおおどかなるなるなるににに、、、いといといとすかすかすかせせせ奉奉たてまつらららまほしきまほしきまほしきさまさまさまのののししし給給たまへへえれれればばば、、、人々人々ひとびとはかなきはかなきはかなきことことことをををいふいふいうにににことことことずくなずくなずくなににに心心こころにくきにくきにくき程程ほどなるなるなるをををねたがりねたがりねたがりててて宰宰さい相相しょうののの君君きみととと聞聞きこゆるゆるゆる上上じょう臈臈ろうのののよみよみよみかけかけかけ給給たまふふう。。。「「「折折おりりりててて見見みばばばいとゞいとゞいとどにほひにほひにおいもももまさるまさるまさるやややとととすこしすこしすこし色色いろめけめけめけ梅梅うめのののはつはつはつ花花はな」」」。。。口口くちはやしはやしわやしととと聞聞ききききててて、、、「「「よそよそよそにてにてにてはははもぎもぎもぎ木木きなりなりなりとととやややさだむさだむさだむらむらむらんえええだだだににに匂匂におへへえるるる梅梅うめのののはつはつはつはなはなはな。。。さらばさらばさらば袖袖そでふれふれふれててて見見み給給たまへへえ」」」などなどなどいひいひいいすさぶすさぶすさぶににに、、、まことまことまことははは色色いろよりよりよりもももととと口口くち々々ぐちひきひきひきもももうごかしうごかしうごかしつつつべくべくべくさまよふさまよふさまようかんかんかんののの君君きみ奥奥おくののの方方かたよりよりよりゐざりゐざりいざり出出いででで給給たまひひいててて「「「うたてうたてうたてののの御御ご達達たちややや耻耻はずかしげしげしげなるなるなるまめまめまめ人人びとをををさへさへさへよくよくよくこそこそこそおもなけれおもなけれおもなけれ」」」ととと忍忍しのびびびてててのたまふのたまふのたまうなりなりなり。。。まめまめまめ人人びととととこそこそこそつけつけつけられられられたりたりたりけれけれけれ、、、いといといとくつしくつしくつしたるたるたる名名なかなかなかなととと思思おもひひい居居い給給たまへへえりりり。。。
- 2あるじあるじあるじののの侍侍じ從從じゅう殿殿てん上上じょうなどなどなどもももまだまだまだせせせねねねばばば所所ところ々々どころもももありかありかありかでででおはしおはしおわしあひあひあいたりたりたり。。。せんかうせんかうせんこうののの折折お敷敷しき二二ふたつつつばかりばかりばかりしししてててくだものくだものくだものさかづきさかづきさかずきばかりばかりばかりさしさしさしいでいでいで給給たまへへえりりり。。。「「「おとゞおとゞおとどはははねびねびねびまさりまさりまさり給給たまふふうまゝまゝままににに故故こ院院いんにににいといといとようようようこそこそこそ覺覺おぼえええ奉奉たてまつりりり給給たまへへえれれれ。。。このこのこの君君きみははは似似に給給たまへへえるるる所所ところももも見見みえええ給給たまははわぬぬぬををを、、、けはひけはひけはいのののいといといとまめやかまめやかまめやかににになまめいなまめいなまめいたるたるたるもてもてもてなしなしなしぞぞぞかのかのかの御御おん若若わかざかりざかりざかり思思おもひひいやらやらやらるゝるゝるる。。。かうかうこうざまざまざまにににぞぞぞおはしおはしおわしけむけむけんかしかしかし」」」などなどなど思思おもひひい出出いででで聞聞きこえええ給給たまひひいてててうちうちうちしほたれしほたれしおたれ給給たまふふう名名な殘殘ごりさへさへさへとまりとまりとまりたるたるたるかうばしさかうばしさこうばしさををを人々人々ひとびとはははめでめでめでくつがへるくつがへるくつがえる。。。
現代語訳
尚侍の殿が御念誦堂にいらっしゃって、「こちらへ」とおっしゃるので、薫は東の階から昇って、戸口の御簾の前にお座りになった。御前近くの若木の梅が、心もとなくつぼんで、鶯の初音もたいそうおっとりとしているので、女房たちは、たいそう色めかせてみたいご様子をしていらっしゃるので、ちょっとしたことを言いかけるのに、言葉少なく奥ゆかしい程度なのを悔しがって、宰相の君と申し上げる上臈女房が詠みかけなさる。「手折ってみたら、いっそう匂いも勝るかと、少し色づいておくれ、梅の初花よ」。薫は即座の詠みぶりだと聞いて、「よそ目には枯れ木だと決めているのだろうか。内には枝に匂っている梅の初花なのに。それなら袖を触れてご覧なさい」などと戯れて言うので、本当は色よりも香りがと口々に言って、引き動かしもしそうにまとわりつく。尚侍の君が奥の方から膝行してお出になって、「困った女房たちですね。恥ずかしいほどまじめな方にまで、よくも恥知らずなこと」と小声でおっしゃるのである。薫は、まめ人とあだ名をつけられたものだ、たいそう陰気な名だなと思っていらっしゃった。
主人の侍従(藤侍従)は、殿上などもまだしていないので、方々への年賀回りもせずに居合わせていらっしゃった。沈香の折敷を二つほど用意して、果物や杯ぐらいを差し出しなさった。尚侍の君は「右大臣は年を重ねるにつれて、故院にたいそうよく似ていらっしゃる。この君は似ていらっしゃる所も見えないけれど、雰囲気がたいそう落ち着いて優美な振る舞いこそ、あの院の若い盛りが偲ばれる。こんなご様子でいらしたのだろうよ」などと思い出し申し上げなさって、涙ぐんでいらっしゃる。薫が去った後の名残にまで留まっている香ばしさを、女房たちは大騒ぎして褒める。
意訳
玉鬘に招かれた薫は、念誦堂の御簾の前に座る。女房の宰相の君が梅の初花に寄せて色めいた歌を詠みかけ、薫も戯れて返す。玉鬘は薫を「まめ人」と言い、薫はそのあだ名を不本意に思う。
玉鬘は、夕霧は源氏に似てきたが、薫の優美さは源氏の若い頃を思わせると涙ぐむ。薫の残り香を女房たちが褒めそやす。
語釈・文法注
文法
- 「もぎ木」(よそにてはもぎ木なりとやさだむらむ)
- 枝葉をもぎ取られた木、枯れ木。色気のない人の意。
- 「まめ人」(耻しげなるまめ人をさへ)
- まじめな人、堅物。
- 「くつしたる名」(いとくつしたる名かな)
- 陰気な、気の滅入る名。
- 「せんかう」(せんかうの折敷)
- 沈香。沈香の木で作った折敷(盆)。
解説
薫は、玉鬘から「まめ人」と呼ばれる。若い薫はこのあだ名を不本意に思う。まじめで色恋に関心のない薫の性格が、周囲の人々の目を通して描かれている。
玉鬘は薫に源氏の若い頃の面影を見る。しかし薫は実は源氏の子ではない。玉鬘が見る「源氏の面影」は、薫の雰囲気が生み出す錯覚であり、読者だけが知る皮肉がここにある。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、860–863頁(コマ141–142)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日