源氏物語 第44帖 竹河(4)
四位の侍従
六条院(源氏)の末子で、朱雀院の宮(女三の宮)の腹に生まれた君(薫)は、冷泉院が実の子のように大切にしている四位の侍従で、その頃十四、五歳で、たいそう幼いはずの年齢の割には、心構えが大人びて感じがよく、人に勝る将来性がはっきり見えるので、玉鬘は婿にしたいと思っている。玉鬘の邸は三条の宮(女三の宮の邸)とたいそう近いので、しかるべき折々の遊びの場に、君達に連れられて姿を見せる時々がある。奥ゆかしい女性のいる所なので、若い男たちは心づかいして見栄を張り合ってうろうろしている中に、容貌のよいのはいつも離れない蔵人の少将、親しみやすくこちらが恥ずかしくなるほど優美な方面ではこの四位の侍従に似る人はいなかった。六条院のご様子に近いと思うからか格別に見える。世の中で自然ともてはやされている人である。若い女房たちは格別に褒め合う。玉鬘も「本当に感じがよい」などと言って、親しく話しかけたりする。「院(源氏)のお心づかいを思い出して慰めようもなく悲しくばかり思われるので、その形見としても誰をお世話できましょう。右大臣は重々しいご身分で、ついでもない対面も難しいのですから」などと言って、兄弟のように思っているので、薫もしかるべき所と思って参上する。世間並みの色好みの様子も見えず、たいそう落ち着いているのを、あちこちの若い女房たちは物足りなく残念なことに思って、からかったりした。
- 1六六ろく條條じょう院院いんののの御御おん末末すえににに朱朱す雀雀ざく院院いんののの宮宮みやののの御御おん腹腹はらににに生生うまれれれ給給たまへへえりりりししし君君きみ、、、冷冷れい泉泉ぜい院院いんににに御御み子子このののやうやうようにににおぼしおぼしおぼしかしづくかしづくかしずく四四し位位いののの侍侍じ從從じゅうそのそのその比比ころ十十じゅう四四し五五ごばかりばかりばかりにてにてにていといといときびはきびはきびわにににをさなかるをさなかるおさなかるべきべきべき程程ほどよりよりよりははは心心こころおきておきておきておとなおとなしくおとなおとなしくおとなおとなしくめやすくめやすくめやすく人人ひとにににまさりまさりまさりたるたるたる生生おひひいさきさきさきしるくしるくしるく見見みえええ給給たまふふうををを、、、かんかんかんののの君君きみははは婿婿むこにてにてにてももも見見みまほしくまほしくまほしくおぼしおぼしおぼしたりたりたり。。。このこのこの殿殿とのはははかのかのかの三三さん條條じょうののの宮宮みやととといといといと近近ちかききき程程ほどなれなれなればばば、、、さるべきさるべきさるべき折折おり々々おりのののあそびあそびあそび所所どころににに君君きん達達だちにににひかひかひかれれれててて見見みえええ給給たまふふう時々時々ときどきありありあり。。。心心こころにくきにくきにくき女女おんなのののおはするおはするおわする所所ところなれなれなればばば若若わかききき男男おとこののの心心こころづかひづかひずかいせせせぬぬぬなうなうのう見見みえええあらがひあらがひあらがいさまよふさまよふさまよう中中なかにににかたちかたちかたちのののよきよきよきはははこのこのこのたちたちたちさらさらさらぬぬぬ藏藏くろう人人どののの少少しょう將將しょう、、、なつかしくなつかしくなつかしく心心こころ耻耻はずかしげしげしげにてにてにてなまめいなまめいなまめいたるたるたる方方かたはははこのこのこの四四し位位いののの侍侍じ從從じゅうののの御御おん有有あり樣樣さまににに似似にるるる人人ひとぞぞぞなかりなかりなかりけるけるける。。。六六ろく條條じょう院院いんののの御御おんけはひけはひけはい近近ちこうううととと思思おもひひいなすなすなすがががことことことなるなるなるにににやややあらあらあらむむん。。。世世よののの中中なかにににおのづからおのづからおのずからもてもてもてかしづかかしづかかしずかれれれ給給たまへへえるるる人人ひとなりなりなり。。。若若わかききき人々人々ひとびとははは心心こころことことことにににめでめでめであへあへあえりりり。。。かんかんかんののの殿殿とのももも「「「げにげにげにこそこそこそめやすけれめやすけれめやすけれ」」」などなどなどのたまひのたまひのたまいてててなつかしうなつかしうなつかしゅう物物もの聞聞きこえええ給給たまひひいなどなどなどすすす。。。「「「院院いんののの御心御心みこころばへばへばへををを思思おもひひい出出いででで聞聞きこえええてててなぐさむなぐさむなぐさむよよよなうなうのういみじういみじういみじゅうのみのみのみ思思おもほゆるほゆるおゆるををを、、、そのそのその御御おんかたみかたみかたみにににももも誰誰たれをををかかかははは見見み奉奉たてまつらららむむん。。。右右みぎのののおとゞおとゞおとどはははことごとしきことごとしきことごとしき御御おんほどほどほどにてにてにて、、、ついでついでついでなきなきなき對對たい面面めんもももかたきかたきかたきををを」」」などなどなどのたまひのたまひのたまいてててはらからはらからはらからのののつらつらつらににに思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまへへえれれればばば、、、かのかのかの君君きみもももさるべきさるべきさるべき所所ところににに思思おもひひいててて參參まいりりり給給たまふふう。。。世世よののの常常つねのののすきずきしさすきずきしさすきずきしさももも見見みえええずずず、、、いといといといたういたういとうしづまりしづまりしずまりたるたるたるをををぞぞぞこゝこゝここかしこかしこかしこののの若若わかききき人人ひとどもどもども口惜口惜くちおしくしくしくさうざうしきさうざうしきそうぞうしきことことことににに思思おもひひいててていひいひいいなやましなやましなやましけりけりけり。。。
現代語訳
六条院のご晩年の子として、朱雀院の宮(女三の宮)の御腹にお生まれになった君(薫)で、冷泉院が御子のように大切にお世話なさる四位の侍従は、その頃十四、五歳ほどで、たいそう幼く子どもっぽいはずの年頃の割には、心構えが大人びて感じがよく、人に勝る将来性がはっきりとお見えになるので、尚侍の君は婿としてもお世話したいとお思いになっていた。この邸は、あの三条の宮とたいそう近い所なので、しかるべき折々の遊びの場に、君達に誘われて姿をお見せになる時々がある。奥ゆかしい女性がいらっしゃる所なので、若い男たちで心づかいをしない者はなく、見栄を張り合ってうろうろしている中に、容貌のよいのは、このいつも離れない蔵人の少将、親しみやすく、こちらが恥ずかしくなるほどで優美な方面では、この四位の侍従のご様子に似る人はいなかった。六条院のご様子に近いと思うからか、格別に見えるのであろうか。世の中で自然ともてはやされていらっしゃる人である。若い女房たちは格別に褒め合っていた。尚侍の殿も「本当に感じがよい」などとおっしゃって、親しく話しかけなさりなどする。「院のお心づかいを思い出し申し上げて、慰めようもなく、ひどく悲しくばかり思われるので、その御形見としても、誰をお世話申し上げましょう。右大臣は重々しいご身分で、ついでもない対面も難しいのですから」などとおっしゃって、兄弟の仲のようにお思い申し上げていらっしゃるので、あの君も、しかるべき所と思って参上なさる。世間並みの色好みの様子も見えず、たいそう落ち着いているのを、あちこちの若い女房たちは、残念で物足りないことに思って、からかって困らせたりした。
意訳
十四、五歳の薫は大人びた落ち着きがあり、玉鬘は婿にしたいと思う。玉鬘の邸に集まる若者の中で、容貌は蔵人少将、優美さは薫が一番である。玉鬘は源氏の形見として薫に親しむが、薫は色めいた様子も見せず、女房たちは物足りなく思う。
語釈・文法注
文法
- 「四位の侍從」(四位の侍從その比十四五ばかりにて)
- 薫。匂宮巻では十四歳で侍従になったとある。
- 「見えあらがひ」(見えあらがひさまよふ中に)
- 人に見られることを競い合う、見栄を張り合う。
- 「はらからのつら」(はらからのつらに思ひ聞え給へれば)
- 兄弟の仲。玉鬘は源氏の養女なので、薫とは表向き姉弟にあたる。
解説
若き日の薫が、玉鬘の邸に姿を見せる。玉鬘にとって薫は、源氏の形見であり、表向きの弟でもある。玉鬘が源氏を偲ぶ言葉には、かつて源氏に養われた日々への思いがにじむ。
落ち着いた薫に、若い女房たちは物足りなさを感じる。匂宮巻で描かれた、色めいたことを好まない薫の性格が、ここでも示されている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、858–859頁(コマ140)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日