源氏物語 第43帖 紅梅(4)
東の姫君
大納言は所在ない気持ちで、西の御方(中の君)は大君といつも一緒に慣れていたので、たいそう寂しげに物思いにふける。東の姫君(宮の御方)とは、よそよそしく互いに隔てることもなく、夜は一緒に寝て、何事の習い事や、ちょっとした遊びも、宮の御方を師匠のように思って、誰も習い遊んでいた。宮の御方は、人見知りを世間並み以上にして、母の北の方にさえはっきりとは顔を向けず、見苦しいほど控えめにしているが、気立てや雰囲気は引っ込み思案ではなく、愛嬌があることは人よりも優れていた。大納言は、こうして入内だの何だのと自分の娘のことばかり急ぐようなのも宮の御方に気の毒だと思って、「しかるべき縁談を決めておっしゃってください。自分の娘と同じようにお世話しましょう」と北の方に言うが、北の方は「全くそのような結婚を考えるような様子でもないので、なまじな縁談はかえって気の毒でしょう。宿世に任せて、私が生きている限りはお世話しましょう。死んだ後が心配ですが、出家するにしても、自然と人に笑われるような軽はずみなことなく過ごしてほしい」などと泣いて、宮の御方の気立てが申し分ないことを話す。
- 1殿殿とのはははつれづれつれづれつれずれなるなるなる心地心地ここちしししててて西西にしののの御御おんかたかたかたはははひとつひとつひとつににに習習ならひひい給給たまひひいててていといといとさうざうしうさうざうしうそうぞうしゅうながめながめながめ給給たまふふう。。。東東ひんがしののの姫姫ひめ君君ぎみののの疎疎うと々々うとしくしくしくかたみかたみかたみにににもてもてもてなしなしなし給給たまははわでででよるよるよるよるよるよるははは一一ひと所所ところににに御御お殿殿とのごもりごもりごもりよろづよろづよろずののの御御おんことことことならひならひならいはかなきはかなきはかなき御御おん遊遊あそびびびわざわざわざをををもももこなたこなたこなたををを師師しのののやうやうようににに思思おもひひい聞聞きこえええてててぞぞぞ誰誰たれももも習習ならひひい遊遊あそびびび給給たまひひいけるけるける。。。物物ものはぢはぢはじををを世世よのののつねつねつねならならならずずずししし給給たまひひいててて母母はは北北きたののの方方かたにににだにだにだにさやかさやかさやかにににはははをさをさをさをさおさおささしさしさし向向むかひひい奉奉たてまつりりり給給たまははわずずず、、、かたはかたはかたわなるなるなるまでまでまでもてもてもてなしなしなし給給たまふふうものものものからからから心心こころばへばへばえけはひけはひけはいのののうもれうもれうもれたるたるたるさまさまさまならならならずずず愛愛あい敬敬ぎょうづきづきずき給給たまへへえるるることことことはははたたた人人ひとよりよりよりもももすぐれすぐれすぐれ給給たまへへえりりり。。。かくかくかくうちうちうちまゐりまゐりまいりややや何何なにやややととと我我わがががかたかたかたざまざまざまをををのみのみのみ思思おもひひい急急いそぐぐぐやうやうようなるなるなるももも心苦心苦こころぐるしきしきしきなどなどなどおぼしおぼしおぼしててて「「「さるべからさるべからさるべからむむんさまさまさまをををおぼしおぼしおぼし定定さだめめめてててののの給給のたまへへえおなじおなじおなじことことことゝゝとこそこそこそ仕仕つこうううまつらまつらまつらめめめ」」」ととと母母はは君君ぎみにににももも聞聞きこえええ給給たまひひいけれけれけれどどど「「「更更さらにににさやうさやうさようののの世世よづきづきずきたるたるたるさまさまさま思思おもひひいたつたつたつべきべきべきにににもももあらあらあらぬぬぬ氣色氣色けしきなれなれなればばばなかなかなかなかなかなかならならならむむんことことことははは心苦心苦こころぐるしかるしかるしかるべしべしべし、、、御御おん宿宿すく世世せにににまかせまかせまかせててて世世よにににあらあらあらむむんかぎりかぎりかぎりははは見見み奉奉たてまつらららむむん、、、後後のちぞぞぞ哀哀あわれにににうしろめたけれうしろめたけれうしろめたけれどどど世世よをををそむくそむくそむくかたかたかたにてにてにてもももおのづからおのづからおのずから人人ひと笑笑わらへへえにににあはつけきあはつけきあわつけき事事ことなくなくなくててて過過すぐしぐしぐし給給たまははわなむなむなん」」」などなどなどうちうちうちなきなきなきててて御心御心みこころばせばせばせののの思思おもふふうやうやうようなるなるなることことことをををぞぞぞ聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
現代語訳
殿(大納言)は所在ない気持ちがして、西の御方(中の君)は、大君といつも一緒に慣れていらっしゃったので、たいそう寂しげに物思いにふけっていらっしゃる。東の姫君(宮の御方)とは、よそよそしく互いに隔てなさることなく、夜々は一緒にお休みになり、何事のお習い事も、ちょっとしたお遊びも、こちら(宮の御方)を師匠のようにお思い申し上げて、誰もが習い遊んでいらっしゃった。宮の御方は、人見知りを世間並み以上になさって、母の北の方にさえ、はっきりとはほとんど顔をお向け申し上げなさらず、見苦しいほど控えめに振る舞いなさるものの、気立てや雰囲気は引っ込み思案な様子ではなく、愛嬌がおありになることは、また人よりも優れていらっしゃった。大納言は、このように入内だの何だのと、自分の娘の方面のことばかりを急ぐようであるのも、気の毒だなどとお思いになって、「しかるべき縁談をお決めになっておっしゃってください。同じように、お世話申し上げましょう」と母君(北の方)にも申し上げなさったが、北の方は「全くそのような結婚めいたことを考え立つような様子でもないので、なまじな縁談は、かえって気の毒でございましょう。ご宿世に任せて、私が生きている限りはお世話申し上げましょう。死んだ後は哀れで気がかりですが、世を背く方面であっても、自然と人に笑われるような、軽はずみなことなく過ごしていただきたい」などと泣いて、宮の御方のお心ばせが申し分ないことを申し上げなさる。
意訳
大君の入内後、中の君は寂しがるが、宮の御方と親しく、何事も宮の御方を師匠として習う。宮の御方はひどく人見知りだが、愛嬌がある。大納言は宮の御方の縁談を北の方に勧めるが、北の方は娘に結婚の意思がないと言い、出家してでも人に笑われないよう過ごしてほしいと泣く。
語釈・文法注
文法
- 「東の姫君」(東の姫君の疎々しく)
- 宮の御方。寝殿の東に住む。
- 「物はぢ」(物はぢを世のつねならずし給ひて)
- 人見知り、恥ずかしがること。
- 「あはつけき」(人笑へにあはつけき事なくて)
- 軽はずみな、浮ついた。
解説
宮の御方は、父の蛍兵部卿宮に似て風雅な素養があり、姉妹たちの師匠のような存在である。しかし極度に人見知りで、母にさえ顔を見せない。その奥ゆかしさが、かえって人々の関心を引くことになる。
大納言は継子の宮の御方にも縁談を考えるが、北の方は娘の意思を尊重する。北の方の言葉には、自分が父の家を去った少女時代の苦い経験が反映しているのかもしれない。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、850–851頁(コマ136)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日