源氏物語 第42帖 匂宮(11)
薫の心と女一の宮
中将(薫)は世の中を深くつまらないものと思い澄ましている心なので、なまじ心をとどめる人ができれば、この世を離れにくい思いが残るだろうと考え、面倒な思いのありそうな相手に関わるのは気が引けると思って、縁談を断念している。さしあたって心にしみるような人がいない間は賢ぶっているのだろうか、親の許しのないような恋などは、まして思いもよらない。十九歳になる年に三位の宰相となり、なお中将も兼ねている。帝や后の厚遇で、臣下としては何の遠慮もない立派な人という評判だが、心の中では我が身を思い切る方面があって、物悲しく思うこともあるので、気ままに浮ついた色恋はほとんど好まず、何事も控えめにして、自然と大人びた心構えを人にも知られていた。三の宮(匂宮)が年とともに心を砕いているらしい冷泉院の女一の宮のあたりを見るにつけても、薫は同じ院の中で明け暮れ親しく出入りしているので、何かにつけて姫宮の様子を聞いたり見たりすると、本当にたいそう並々でなく、奥ゆかしく由緒ある振る舞いが限りなく、同じことなら、このような人を妻にしてこそ一生満足できる伴侶だと思いながら、冷泉院は大方は薫を隔てなく思っているが、姫宮の方面の隔てはこの上なく遠くしているのももっともで、厄介なことなので、無理に近づこうともせず、もし心外な気持ちでも起こったら自分も相手もたいそう悪いことになると分かっていて、親しく近寄ることもなかった。
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現代語訳
中将(薫)は、世の中を深くつまらないものと思い澄ましている心なので、なまじ心をとどめる人ができては、この世から離れにくい思いが残るだろうかなどと思うので、面倒な思いのありそうな相手に関わるのは気が引けるなどと思って、縁談をお捨てになる。さしあたって心にしみるようなことがない間は、賢ぶっているのだろうか、親の許しのないような恋などは、まして思いもよらない。十九歳におなりになる年に、三位の宰相となって、なお中将も兼ねていらっしゃる。帝や后のご厚遇で、臣下としては何の遠慮もない立派な人という評判でいらっしゃるけれど、心の中では、我が身を思い切る方面があって、物悲しいなどということもあったので、心のままに浮ついた色恋はほとんど好まず、何事も控えめにしながら、自然と大人びた心構えを人にも知られていらっしゃった。
三の宮(匂宮)が年とともに心を砕いていらっしゃるらしい。その冷泉院の姫宮のご様子を見るにつけても、薫は同じ院の中で明け暮れ親しく出入りしていらっしゃるので、何かにつけても姫宮のご様子をお聞きしたり拝見したりすると、本当にたいそう並々でなく、奥ゆかしく由緒あるお振る舞いが限りないので、同じことなら、本当にこのような人を妻にしてこそ、生きている限り満足できる伴侶であるのにと思いながら、冷泉院は大方こそ隔てなくお思いになっているけれど、姫宮の方面の隔ては、この上なく遠くなるようにならわせていらっしゃるのももっともで、厄介なことなので、無理に近づこうともせず、もし心外な気持ちでも起こったら、自分も相手もたいそう悪いことになるにちがいないと分かっていて、親しく近寄ることもなかった。
意訳
薫は世を厭う心から、縁談を避け、色恋も好まない。十九歳で三位の宰相となっても、控えめで大人びている。
薫は冷泉院の女一の宮をすばらしいと思いながらも、院の隔てを当然と考え、近づこうとはしない。
語釈・文法注
文法
- 「人のゆるしなからむ事」(人のゆるしなからむ事などは)
- 親などの許しのない恋。柏木と女三の宮の密通を暗に思わせる。
- 「三位の宰相」(十九になり給ふ年三位の宰相にて)
- 三位で参議(宰相)。異例の昇進である。
- 「およすげたる」(おのづからおよすげたる心ざま)
- 大人びている、老成している。
解説
薫は世を厭う心を持ち、恋に溺れることを避ける。「人のゆるしなからむ事」を思いもよらないとする薫の姿勢には、密通によって生まれた自分の出生への思いが影を落としている。
匂宮が憧れる女一の宮に、薫もまた心を引かれる。しかし薫は自制して近づかない。積極的な匂宮と、慎重な薫という対照的な二人の性格が、ここではっきりと示される。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、844–845頁(コマ133)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日