源氏物語 第42帖 匂宮(7)
薫の人となり
帝も母宮(女三の宮)の縁で特に心を寄せて、薫をしみじみいとしいものに思う。后の宮(明石の中宮)は、もとより同じ六条院で宮たちと一緒に育って遊んだ頃の扱いをほとんど改めず、源氏が、晩年に生まれて、大人になるまで見届けられないのが心苦しいと言っていたのを思い出して、並々ならず大切に思っている。右大臣(夕霧)も自分の子どもたちよりもこの君をこまやかに重んじて世話をする。昔、光君と呼ばれた源氏は、比類ない帝の寵愛を受けながら、妬む人もあり、母方の後見もなかったので、心構えも思慮深く、世の中を穏やかに考えて、並びない輝きをまばゆくないように抑えていた。ついにはあの大変な世の乱れも起こりそうだったのを無事に過ごして、後世のための勤めも怠らず、何事もさりげなく、長く穏やかな心構えだった。この君(薫)は、まだ若いのに世の評判がたいそう高すぎて、自負心もこの上なく強い。本当に前世の因縁で、この世の人として造られたのではない、仮に宿ったのかと見えるところがある。容貌も、どこが優れている、ああ美しいと見える所もないが、ただたいそう優美で、こちらが恥ずかしくなるほどで、心の奥が深そうな雰囲気が、人とは違うのだった。
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現代語訳
帝も、母宮の御方の縁で心寄せが深くて、たいそういとしいものとお思いになり、后の宮は、もとより同じ六条院で、宮たちと一緒にお育ちになって遊びなさった頃のお扱いをほとんどお改めにならず、院(源氏)が「晩年に生まれなさって、気の毒なことに、大人になるまでも見届けられないことだ」とお思いになりおっしゃったのを思い出し申し上げなさりながら、並々ならず大切にお思い申し上げていらっしゃった。右大臣(夕霧)も、ご自分の御子たちの君達よりも、この君をこまやかに重んじて、お世話し大切にし申し上げなさる。昔、光君と申し上げた方は、あれほど比類ない帝のご寵愛を受けながら、妬みなさる人も加わり、母方のご後見もないなどということがあったので、お心構えも思慮深く、世の中を穏やかにお考えになったので、並びない御輝きをまばゆくないように抑えていらっしゃった。ついには、あれほどの大変な世の乱れも起こってしまいそうだったのをも、無事にお過ごしになって、後世のためのお勤めも怠りなさらず、何事もさりげなくて、長く穏やかなお心構えであった。この君は、まだ若いのに世の評判がたいそう高すぎて、自負心がこの上なく強いなどというふうでいらっしゃる。本当に前世の因縁で、この世の人としては造り出されなかったのだろう、仮にこの世に宿ったのかとも見えるところが加わっていらっしゃった。容貌も、どこそこが優れている、ああ美しいと見える所もないが、ただたいそう優美で、こちらが恥ずかしくなるほどで、心の奥が深そうな雰囲気が、人とは似ていないのだった。
意訳
薫は帝や明石の中宮、夕霧に大切にされる。かつての源氏は寵愛を受けながらも控えめにふるまったが、薫は若くして評判が高く、自負心も強い。容貌はどこがと言えないが、優美で奥深い雰囲気が人とは違う。
語釈・文法注
文法
- 「末に生れ給ひて」(末に生れ給ひて心苦しう)
- 源氏の晩年に生まれたこと。
- 「いみじき世のみだれ」(さるいみじき世のみだれも出できぬべかりしを)
- 須磨流謫などの政治的危機を指す。
- 「假に宿れる」(假に宿れるかとも見ゆる)
- 仏や菩薩がこの世に仮に姿を現したかと思われるほど、この世離れしていること。
解説
源氏と薫が比較される。源氏は比類ない光を持ちながら、それを抑えて生きた。薫は若くして評判が高く、自負心が強い。しかし薫の美しさは、源氏のようなまばゆい輝きではなく、心の奥深さを感じさせる静かなものである。
「假に宿れるか」という表現は、薫のこの世離れした性格を示している。出生の秘密を抱え、世を厭う薫は、仏道に心を寄せる人物として描かれていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、842–843頁(コマ132)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日