源氏物語 第42帖 匂宮(5)
薫の元服と冷泉院の寵愛
二品の宮(女三の宮)の若君(薫)は、源氏が頼んでおいたとおり、冷泉院が特にかわいがり、后の宮(秋好中宮)も子がなく心細く思っていたので、うれしい後見として心から頼りにしている。元服も冷泉院で行う。十四歳の二月に侍従になり、秋には右近の中将になって、院の御給による加階まで、何が気がかりなのか急いで加えて大人扱いする。院の御座所に近い対を薫の部屋として設え、自ら目を配って、若い女房や童、下仕えまで優れた者を選りすぐって、女宮の御方よりもまばゆく整える。冷泉院の女房の中でも容貌がよく上品で感じのよい者は皆移して、薫が院の中を気に入って住みよく思うようにと、ことさらな世話の種にしている。故致仕の大臣の娘の弘徽殿女御の腹に女宮がただ一人いるのを、限りなく大切にしているのにも劣らない。秋好中宮の寵愛が年月とともに増していく様子のためだろう、どうしてそれほどまでと思うほどである。母宮(女三の宮)は今はただ静かに勤行し、毎月の念仏、年二回の御八講、折々の尊い法事ばかりをして所在なく暮らしているので、薫の出入りを、かえって親のように頼もしく思っている。薫はそれをしみじみ哀れに思うが、冷泉院にも帝にも召されてまつわりつかれ、春宮や宮たちも親しい遊び相手として連れ歩くので、暇がなく苦しくて、どうにかして身を分けたいと思う。
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現代語訳
二品の宮(女三の宮)の若君(薫)は、院(源氏)がお頼み申し上げておかれたとおりに、冷泉院の帝が特別に大切にお世話なさり、后の宮(秋好中宮)も御子たちなどがいらっしゃらず心細くお思いになっていたので、うれしいご後見として心から頼りにし申し上げていらっしゃった。御元服なども冷泉院でおさせになる。十四歳で、二月に侍従におなりになる。秋には右近の中将になって、院の御給による加階などまでも、何が気がかりなのか、急いで加えて大人らしくおさせになる。院のいらっしゃる御殿に近い対を薫の部屋として設えなどして、ご自身で目を配りなさって、若い女房も、童、下仕えまで、優れた者を選りすぐって、女宮の御方よりもまばゆくお整えになった。院にも后の宮にもお仕えする女房の中でも、容貌がよく上品で感じのよい者は、皆お移しになりながら、薫が院の内を気に入って、住みよく居心地よく思うようにとばかり、ことさらなお世話の種としてお思いになっていた。故致仕の大臣の娘で女御と申し上げた方(弘徽殿女御)の御腹に、女宮がただお一人いらっしゃったのを、限りなく大切になさるご様子にも劣らない。后の宮のご寵愛が年月とともに増していらっしゃるご様子のためであろう。どうしてそれほどまでと思うほどである。母宮(女三の宮)は、今はただ静かに勤行をなさって、毎月の御念仏、年に二度の御八講、折々の尊いご法事ばかりをなさって、所在なくいらっしゃるので、この君の出入りなさるのを、かえって親のように頼もしい存在とお思いになっているので、薫はたいそうしみじみとお思いになって、冷泉院にも帝にも召されてまつわりつかれ、春宮も次々の宮たちも親しい遊び相手としてお連れになるので、暇がなく苦しくて、どうにかして身を分けたいものだとお思いになるのだった。
意訳
薫は冷泉院と秋好中宮にかわいがられ、元服後は異例の速さで昇進する。母の女三の宮は勤行に明け暮れ、薫を親のように頼りにしている。薫は方々から引っ張りだこで、身を分けたいほど忙しい。
語釈・文法注
文法
- 「二品の宮」(二品の宮の若君)
- 女三の宮。二品の位を持つ。
- 「御たうばりの加階」(御たうばりの加階などをさへ)
- 院の御給(院に与えられた叙位の推薦枠)による位の昇進。
- 「女御と聞えし御腹に女宮」(女御と聞えし御腹に女宮たゞ一所)
- 冷泉院の弘徽殿女御(頭中将の娘)が生んだ女一の宮。
- 「御八講」(年に二度の御八講)
- 法華経八巻を八座に分けて講じる法会。
解説
冷泉院は、薫を格別にかわいがる。冷泉院は実は源氏の子であり、薫は表向き源氏の子である。冷泉院にとって薫は、自分と同じく秘密を抱えた弟のような存在なのかもしれない。
母の女三の宮は、若くして出家し、今は薫を親のように頼っている。母と子の立場が逆転したような関係は、薫の心に複雑な影を落としている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、840–843頁(コマ131–132)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日