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源氏物語 第38帖 鈴虫(12)

御息所の苦しみを思う中宮

登場人物:秋好中宮・光源氏・六条御息所

秋好中宮は、亡き母六条御息所が死後に苦しんでいるという有様を、どのような煙の中で迷っているのだろう、亡き後でも人に疎まれ申していると思う。御息所の霊が名乗り出たことを、源氏はたいそう隠していたが、自然と人の口がうるさくて伝え聞いた後、たいそう悲しく、世の中全体が厭わしく思うようになって、物の怪がかりにも言ったという有様を詳しく聞きたいが、正面からは言い出せずに、ただ亡き母の罪が軽くない有様だとほのかに聞いたことがあり、そのような証がはっきりしなくても推し量るべきことだったのに、後に残された悲しみばかりを忘れずにいて、あの世のことまで思いやらなかった愚かさを思うと、何とかしてよく教えてくれる人の勧めも聞いて、せめて自分だけでもあの炎を冷ましてさしあげたいと、だんだん年を重ねるにつれて思い知られることもあったなどと、ほのめかして言う。源氏は、本当にそう思うのももっともだと哀れに見て、その炎は誰も逃れられないと知りながら、朝露のようにはかない命がある間は思い捨てられないものだ、目連が仏に近い聖の身ですぐに母を救った例にも及ばないのに、玉のかんざしを捨てて出家なさるのも、この世に恨みが残るようなことだ、だんだんとそのような志を固めて、あの煙が晴れるような供養をなさい、自分もそう思っていることがありながら、騒がしいようで静かに本意を遂げることもできない有様で過ごしている、自分の勤めに加えて、今静かにと思っているのも、本当に幼稚なことだなどと、世の中がすべてはかなく厭い捨てたいことを語り合うが、やはり簡単には出家できない二人の身の上である。

冷泉院の御所で、秋好中宮が母六条御息所の霊の苦しみを思って涙ぐみ、源氏が御簾越しに目連の故事を引いて諭している場面(AI生成)
冷泉院の御所で、秋好中宮が母六条御息所の霊の苦しみを思って涙ぐみ、源氏が御簾越しに目連の故事を引いて諭している場面
  1. 1故こ故ここ御み御みみ息やす息やすやす所どころ所どころどころののの御おん御おんおん身み身みみののの苦くる苦くるくるしうしうしゅうなりなりなり給たま給たまたまふふうらむらむらんありさまありさまありさまいかなるいかなるいかなる煙けぶり煙けぶりけぶりののの中なか中なかなかににに惑まど惑まどまどひひい給たま給たまたまふふうらむらむらん、、、なきなきなきかげかげかげにてにてにてももも人ひと人ひとひとにににうとまうとまうとまれれれ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまふふう。。。御おん御おんおん名な名ななのりのりのりなどなどなどののの出い出いいででできききたりたりたりけるけるけることことことかのかのかの院ゐん院ゐんいんにににはははいみじういみじういみじゅう隱かく隱かくかくししし給たま給たまたまひひいけるけるけるををを、、、おのづからおのづからおのずから人ひと人ひとひとののの口くち口くちくちさがなくさがなくさがなくててて傳つた傳つたつたへへえきこしめしきこしめしきこしめしけるけるける後のち後のちのちいといといと悲かな悲かなかなしうしうしゅういみじくいみじくいみじくててて、、、なべてなべてなべてののの世よ世よよのののいとはしくいとはしくいとわしくおぼしおぼしおぼしなりなりなりててて、、、かりかりかりにてにてにてもももかのかのかののたまひのたまひのたまいけむけむけん有あり有ありあり樣さま樣さまさまののの委くは委くはくわしうしうしゅう聞き聞ききかかかまほしきまほしきまほしきををを、、、まほまほまほにににはははえええ打う打ううちちち出い出いいででで聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまははわででで「「「唯ただ唯ただただなきなきなき人ひと人ひとひとののの御おん御おんおん有あり有ありあり樣さま樣さまさまののの罪つみ罪つみつみ輕かる輕かるかるからからからぬぬぬさまさまさまにににほのほのほの聞き聞ききくくくことことことののの侍はべ侍はべはべりりりしししををを、、、さるさるさるしるししるししるしあらはあらはあらわならならならでででもももおしおしおしはかりはかりはかりつつつべきべきべきことことことににに侍はべ侍はべはべりりりけれけれけれどどど、、、後おく後おくおくれれれししし程ほど程ほどほどののの哀あはれ哀あはれあわればかりばかりばかりををを忘わす忘わすわすれれれぬぬぬことことことにてにてにて、、、物もの物ものもののののあなたあなたあなた思おも思おもおもひひい給たま給たまたまへへえやらやらやらざりざりざりけるけるけるががが物もの物ものものはかなさはかなさはかなさををを、、、いかでいかでいかでようようよういひいひいい聞き聞ききかかかせせせむむん人ひと人ひとひとのののすゝめすゝめすすめをををももも聞き聞ききききき侍はべ侍はべはべりりりてててみづからみづからみずからだにだにだにかのかのかのほのほほのほほのおをををもももさましさましさまし侍はべ侍はべはべりりりにににしがしがしがなななとととやうやうやうやうようよう積つも積つもつもるるるににになむなむなん思おも思おもおもひひいしらしらしらるゝるゝるることことこともももありありありけるけるける」」」などなどなどかすめかすめかすめつゝつゝつつぞぞぞのたまふのたまふのたまう。。。
  2. 2げにげにげにさささもももおぼしおぼしおぼしぬぬぬべきべきべきことことことゝゝと哀あはれ哀あはれあわれににに見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまひひいててて「「「そのそのそのほのほほのほほのおなむなむなん、、、誰たれ誰たれたれももも遁のが遁のがのがるるるまじきまじきまじきことことことゝゝとしりしりしりながらながらながら朝あさ朝あさあさ露つゆ露つゆつゆのののかゝれかゝれかかれるるるほどほどほどははは思おも思おもおもひひい捨す捨すすてててられられられ侍はべ侍はべはべらららぬぬぬににになむなむなん、、、目もく目もくもく蓮れん蓮れんれんががが佛ほとけ佛ほとけほとけににに近ちか近ちかちかきききひじりひじりひじりののの身み身みみにてにてにてたちまちたちまちたちまちににに救すく救すくすくひひいけむけむけんためしためしためしにににもももえええつかつかつかせせせ給たま給たまたまははわざらざらざらむむんものからものからものから玉たま玉たまたまのののかんざしかんざしかんざし捨す捨すすてててさせさせさせ給たま給たまたまははわむむんももも、、、このこのこの世よ世よよにににはははうらみうらみうらみ殘のこ殘のこのこるるるやうやうようなるなるなるわざわざわざなりなりなり。。。やうやうやうやうようようさるさるさる御おん御おんおん志こころざし志こころざしこころざしをををしめしめしめ給たま給たまたまひひいてててかのかのかの御おん御おんおん烟けぶり烟けぶりけぶりはるゝはるゝはるるべきべきべきことことことをををせせせさせさせさせ給たま給たまたまへへえ。。。しかしかしか思おも思おもおもひひい給たま給たまたまふるふるうることことこと侍はべ侍はべはべりりりながらながらながら物もの物ものものさわがしきさわがしきさわがしきやうやうようににに靜しづか靜しづかしずかなるなるなるほいほいほいもももなきなきなきやうやうようなるなるなるさまさまさまににに明あ明ああけけけくらしくらしくらし侍はべ侍はべはべりりりつゝつゝつつみづからみづからみずからのののつとめつとめつとめにににそへそへそえててて今いま今いまいま靜しづか靜しづかしずかにににととと思おも思おもおもひひい給たま給たまたまふるふるうるもももげにげにげにこそこそこそ心こころ心こころこころをさなきをさなきおさなきことことことなれなれなれ」」」などなどなど、、、世よ世よよののの中なか中なかなかなべてなべてなべてはかなくはかなくはかなく厭いと厭いといとひひい捨す捨すすてててまほしきまほしきまほしきことことことををを聞きこ聞きこきこえええかはしかはしかわし給たま給たまたまへへえどどど、、、猶なほ猶なほなおやつしやつしやつしにくきにくきにくき御おん御おんおん身み身みみののの有あり有ありあり樣さま樣さまさまどもどもどもなりなりなり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

中宮は、亡き御息所(六条御息所)がご自身の苦しんでいらっしゃるという有様を、どのような煙の中で迷っていらっしゃるのだろう、亡き後でも人に疎まれ申し上げていらっしゃると思う。御息所の霊が名乗り出たりしたことを、あの院(源氏)はたいそうお隠しになっていたが、自然と人の口がうるさくて伝え聞きなさった後、たいそう悲しく辛くて、世の中全体が厭わしくお思いになって、かりにも物の怪があのようにおっしゃったという有様を詳しく聞きたいのだけれど、正面からは言い出し申し上げなさることができずに、「ただ、亡き母の有様が、罪が軽くない様子だとほのかに聞くことがございましたので、そのような証がはっきりとしなくても、推し量るべきことでございましたのに、後に残された時の悲しみばかりを忘れずにいて、あの世のことまで思いやらなかった愚かさを思いまして、何とかしてよく言い聞かせてくれる人の勧めも聞きまして、せめて私だけでも、あの炎を冷ましてさしあげたいものだと、だんだん年が積もるにつれて、思い知られることもございました」などと、ほのめかしながらおっしゃる。

源氏は、本当にそのようにお思いになるのももっともなことだと、哀れに拝見なさって、「その炎は、誰も逃れられないことと知りながら、朝露のようにはかない命がかかっている間は、思い捨てることができないものでございます。目連が仏に近い聖の身で、すぐに母を救ったという例にも及ぶことはおできにならないでしょうから、玉のかんざしを捨てて出家なさるのも、この世には恨みが残るようなことです。だんだんとそのようなお志を固めなさって、あの御煙が晴れるような供養をなさいませ。私もそのように思っていることがございながら、何となく騒がしいようで、静かに本意を遂げることもできないような有様で明け暮れしておりまして、自分の勤めに加えて、今静かにと存じておりますのも、本当に幼稚なことです」などと、世の中がすべてはかなく、厭い捨てたいことを語り合いなさるけれど、やはり簡単には出家できないお二人のお身の上である。

意訳

秋好中宮は、母六条御息所の霊が苦しんでいると聞いて、せめて自分がその炎を冷ましたいと出家をほのめかす。

源氏は、目連の例を引いて、出家ではなく供養で母を救うよう諭し、二人は世のはかなさを語り合う。

語釈・文法注

文法

「御名のり」(御名のりなどの出できたりけること)
物の怪が自分の名を名乗ること。若菜下の巻で、御息所の死霊が紫の上に取り憑いて名乗ったことを指す。
「目蓮」(目蓮が佛に近きひじりの身にて)
目連。釈迦の十大弟子の一人。餓鬼道に落ちた母を救ったとされ、盂蘭盆会の起源となった。
「玉のかんざし」(玉のかんざし捨てさせ給はむも)
玉の簪。高貴な女性の身分や美しい髪を象徴する。それを捨てるとは出家すること。

解説

秋好中宮の出家願望の背景には、母六条御息所の霊の苦しみがあった。若菜下の巻で、御息所の死霊が紫の上に取り憑いたことを、中宮は人の噂で知った。母が死後も苦しんでいることを知った中宮は、出家して母を救いたいと願う。

源氏は、目連の故事を引いて、出家ではなく供養によって母を救うよう諭す。源氏も中宮も出家を願いながら、身分や立場のために果たせない。二人の会話には、世のはかなさを知りながら俗世にとどまる者の嘆きがにじんでいる。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、764–765頁(コマ93)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日