源氏物語 第38帖 鈴虫(11)
秋好中宮の道心
源氏は秋好中宮の方へ行って話をする。今はこのように静かなお住まいなので、たびたびお伺いし、何ということもないが、年を取るにつれて忘れられない昔の話などもしたいと思うが、何の役にもつかない身で、さすがに気恥ずかしく窮屈でもある、自分より年下の人々に、あれこれにつけて先立たれていく心地がするのも、無常の世の心細さが静めがたく思われるので、世を離れた住まいにでもと、だんだん思い立ったが、残された人々が頼りなく漂うことのないよう、前々からお願いしていた気持ちを違えず、心にとめて世話をしてほしいなどと、真剣に話す。中宮は、いつものようにたいそう若々しくおっとりした様子で、宮中の深い隔てがあった頃よりも、お目にかかれない心もとなさがまさるように思われる今の有様が、思いのほかつらくて、皆が背いていく世を厭わしく思うこともあるが、その心の内を申し上げてお考えを伺っていないので、何事もまず頼もしい後見に申し上げる習いで、気がふさぐと言う。源氏は、本当に、宮中にいた頃は、限りある折々の里下がりもよく待ち受け申し上げたが、今は何事につけて、お心任せの里下がりなどできましょう、定めない世とはいっても、特に厭わしいことのない人は、さっぱりと世を背き離れるのも難しく、気楽なはずの身分であっても、自然と思いかかずらう妨げばかりあるのに、どうしてそのように人まねで競う道心を起こすのか、かえってひねくれたことと推し量る人もいるだろう、決してあってはならないことだと言うので、中宮は、深くも察してくださらないようだと、つらく思う。

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現代語訳
六条院(源氏)は、中宮(秋好中宮)の御方にお渡りになって、お話などを申し上げなさる。「今はこのように静かなお住まいですので、たびたびも参上すべきで、何ということもないのですが、過ぎていく年齢とともに、忘れられない昔のお話なども伺い申し上げたいと存じておりますが、何の役職にもついていない身の上で、さすがに気恥ずかしく窮屈でもございまして。私より後に生まれた人々に、あれこれにつけて先立たれていく心地がいたしますのも、たいそう無常な世の心細さが静めがたく思われますので、世を離れた住まいにでもと、だんだん思い立ちましたが、残された人々が頼りなく、漂うようなことにはおさせなさいますなと、前々からお頼み申し上げておりました気持ちを違えず、お心にとどめて、お世話してくださいませ」などと、真剣な様子で申し上げなさる。中宮は、いつものようにたいそう若々しくおっとりしたご様子で、「宮中の深い隔てがございました年頃よりも、お目にかかれない心もとなさがまさるように存じられます今の有様を、たいそう思いのほかつらく思って、皆が背いていく世を厭わしく思うようになることもございますが、その心の内を申し上げて、お考えを伺っておりませんので、何事もまず頼もしい後見のあなたには申し上げる習いで、気がふさいでおります」と申し上げなさる。
源氏は、「本当に、公の宮中にいらっしゃった頃は、限りある折々の里下がりも、よく待ち受け申し上げましたが、今は何事につけて、お心任せのお里下がりなどございましょうか。定めない世とはいっても、特に厭わしいことのない人は、さっぱりと世を背き離れるのも難しく、気楽なはずの身分の者でさえ、自然と思いかかずらう妨げばかりございますのに、どうしてそのように人まねで競う道心を起こされるのでしょう。かえってひねくれたことと推し量り申し上げる人もございましょう。決してあってはならないことです」と申し上げなさるのを、中宮は「深くも察してくださらないようだ」と、つらくお思い申し上げなさる。
意訳
源氏は秋好中宮に、自分が出家した後も残された人々を見捨てないよう頼み、中宮は自分も世を厭う心があるとほのめかす。
源氏は、人まねの道心はかえって誤解を招くと中宮の出家を戒め、中宮は深く察してくれないとつらく思う。
語釈・文法注
文法
- 「九重のへだて」(九重のへだて深う侍りし年比)
- 宮中の隔て。中宮が宮中にいた頃のこと。
- 「御うつろひ」(御心に任せさせ給ふ御うつろひも侍らむ)
- 移ること。ここでは里下がりをいう。
- 「ひがひがし」(かへりてひがひがしうおしはかり)
- ひねくれている、偏屈である。
解説
源氏は、秋好中宮に自分の出家の意志を語り、残された人々の世話を頼む。中宮は、自分も出家したいとほのめかすが、源氏はそれを人まねの道心として戒める。源氏自身は出家を願いながら、他人の出家には反対するという矛盾がここにも表れている。
中宮の出家の思いの背景には、亡き母六条御息所への思いがある。次の場面で、その理由が明らかにされる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、762–765頁(コマ92–93)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日