源氏物語 第38帖 鈴虫(2)
供養の日の女三の宮
堂の飾りつけが終わり、講師が上り、行道の僧たちが集まったので、源氏もそちらに出ようとして、宮のいる西の廂をのぞくと、狭く感じる仮の設けの所に、窮屈で暑苦しいほど、大げさに装束を整えた女房が五、六十人ほど集まっている。北の廂の簀子まで童女などがうろうろしている。火取り香炉をたくさん使って煙たいほどあおぎ散らしているので、源氏は近寄って、空薫物は、どこの煙かと分からないくらいがよい、富士の峰よりもひどく煙が立ち込めているのは本意ではない、講説の時は周りの音を静めて、落ち着いて物の道理も聞き分けるべきなので、遠慮のない衣ずれの音や人の気配を静めるのがよいなどと、いつものように思慮の浅い若い女房たちの心得を教える。宮は人の多さに圧倒されて、たいそう小さく可憐に伏している。源氏は、若君が騒いだらいけない、抱いて隠しておきなさいなどと言う。北の襖も取り外して御簾を掛け、そちらに女房たちを入れる。源氏は人々を静めて、宮にも法会の意味が分かるように、予備の心得を教える。その様子はたいそう哀れに見える。

- 1堂堂どうかざりかざりかざりはてはてはてゝゝて講講こう師師じまうまうもうのぼりのぼりのぼりぎやうだうぎやうだうぎょうどうののの人々人々ひとびと參參まいりりりつどひつどひつどい給給たまへへえばばば、、、院院いんもももあなたあなたあなたににに出出いででで給給たまふふうとてとてとて宮宮みやのののおはしますおはしますおわします西西にしののの廂廂ひさしにににのぞきのぞきのぞき給給たまへへえれれればばば、、、せばきせばきせばき心心こころちちちするするするかりかりかりのののしつらひしつらひしつらいににに所所ところせくせくせくあつげあつげあつげなるなるなるまでまでまで、、、ことごとしくことごとしくことごとしくさうぞきさうぞきそうぞきたるたるたる女房女房にょうぼう五五ご六六ろく十十じゅう人人にんばかりばかりばかりつどひつどひつどいたりたりたり。。。北北きたののの廂廂ひさしののの簀簀す子子のこまでまでまでわらはべわらはべわらわべなどなどなどはははさまよふさまよふさまよう。。。火火ひ取取とりどもどもどもあまたあまたあまたしししてててけぶたきけぶたきけぶたきまでまでまであふぎあふぎあおぎちらせちらせちらせばばば、、、さしさしさしよりよりより給給たまひひいててて、、、「「「そらそらそらにににたくたくたくはははいづくいづくいずくののの煙煙けぶりぞぞぞととと思思おもひひいわかわかわかれれれぬぬぬこそこそこそよけれよけれよけれ。。。富富ふ士士じののの峯峯みねよりよりよりもももげにげにげにくゆりくゆりくゆりみちみちみち出出いでででたるたるたるはははほいほいほいなきなきなきわざわざわざなりなりなり。。。かうぜちかうぜちこうぜちのののをりをりおりははは大大おお方方かたのののなりなりなりをををしづめしづめしずめてててのどかのどかのどかににに物物ものののの心心こころもももきゝきゝききわくわくわくべきべきべきことことことなれなれなればばば、、、はゞかりはゞかりはばかりなきなきなききぬきぬきぬのののおとなひおとなひおとない人人ひとのののけはひけはひけわいしづめしづめしずめてててなむなむなんよかるよかるよかるべきべきべき」」」などなどなど、、、例例れいののの物物ものふかゝらふかゝらふかからぬぬぬ若若わか人人うどどもどもどもののの用用よう意意いをしへをしへをしへ給給たまふふう。。。宮宮みやははは人人ひとげげげにににおされおされおされ給給たまひひいててていといといとちひさくちひさくちいさくをかしげをかしげおかしげにてにてにてひれひれひれふしふしふし給給たまへへえりりり。。。「「「若若わか君君ぎみらうがはしかららうがはしからろうがわしからむむん。。。抱抱いだきききかくしかくしかくし奉奉たてまつれれれ」」」などなどなどのたまふのたまふのたまう。。。北北きたのののみみみさうじさうじそうじももも取取とりりり放放はなちちちててて御御み簾簾すかけかけかけたりたりたり。。。そなたそなたそなたににに人々人々ひとびとはははいれいれいれ給給たまふふう。。。しづめしづめしずめててて宮宮みやにににももも物物ものののの心心こころしりしりしり給給たまふふうべきべきべきしたしたしたかたかたかたををを聞聞きこえええしらせしらせしらせ給給たまふふう。。。いといといと哀哀あわれににに見見みゆゆゆ。。。
現代語訳
堂の飾りつけが終わって、講師が座に上り、行道の僧たちが参集なさったので、院(源氏)もそちらにお出ましになろうとして、宮のいらっしゃる西の廂をおのぞきになると、狭く感じる仮の設けの所に、窮屈で暑苦しそうなほど、大げさに装束を着飾った女房が五、六十人ほど集まっていた。北の廂の簀子まで、童女などはうろうろしている。火取り香炉をたくさん用意して、煙たいほどあおぎ散らしているので、源氏は近寄りなさって、「空薫物は、どこの煙かと区別がつかないくらいがよいのだ。富士の峰よりもひどく、くすぶって立ち込めているのは、本意ではないことだ。講説の時は、あたりの音を静めて、落ち着いて物の道理も聞き分けるべきことなので、遠慮のない衣ずれの音や人の気配は、静めるのがよいだろう」などと、いつものように思慮の浅い若い女房たちの心得をお教えになる。宮は人の多さに圧倒されなさって、たいそう小さく可憐な様子で伏していらっしゃった。源氏は「若君が騒いだらいけない。抱いて隠しておきなさい」などとおっしゃる。北の襖も取り外して御簾を掛けてある。そちらに女房たちをお入れになる。源氏は人々を静めて、宮にも法会の意味がお分かりになるような予備の心得を、教え申し上げなさる。その様子はたいそう哀れに見える。
意訳
供養の日、源氏は宮の部屋に大勢集まった女房たちが香を焚きすぎているのをたしなめ、宮には法会の心得を教える。
語釈・文法注
文法
- 「ぎやうだう」(ぎやうだうの人々參りつどひ給へば)
- 行道。僧が列をなして経を唱えながら仏の周りを巡ること。
- 「そらにたく」(そらにたくはいづくの煙ぞと)
- 空薫物。どこからともなく香るように焚く香。
- 「かうぜち」(かうぜちのをりは)
- 講説。経典の講義。
- 「したかた」(物の心しり給ふべきしたかたを)
- 下方。前もっての準備、心得。
解説
源氏が若い女房たちに香の焚き方や衣ずれの音を注意する場面は、源氏の行き届いた美意識と、法会を厳かに営もうとする心遣いを示している。空薫物はどこの煙か分からないくらいがよいという言葉には、源氏の洗練された趣味がうかがえる。
宮は大勢の人に圧倒されて、小さく伏している。源氏は宮に法会の心得を教える。夫婦としての関係は終わっても、源氏は宮の後見として、細やかに世話をしている。その姿は、哀れでもある。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、756–759頁(コマ89–90)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日