源氏物語 第34帖 若菜上(49)
六条院の蹴鞠
三月のうららかな日、蛍兵部卿宮や柏木が六条院を訪れる。源氏は、退屈なので夕霧に小弓でも射させればよかったと言い、夕霧が丑寅の町で蹴鞠をさせていると聞いて、こちらへ呼び寄せる。寝殿の東面は、明石の女御が若宮を連れて参内した後で空いていたので、そこで蹴鞠が始まる。太政大臣の子息たちや若い君達が加わり、夕暮れ近く、風もなく絶好の日だと興じて、弁の君まで加わる。源氏も、上達部でも若い者が加わればよいと勧め、夕霧も柏木も庭に下りて、桜の陰で鞠を蹴る。中でも柏木の足さばきは並ぶ者がない。柏木は美しく、心づかいも深く、乱れた遊びの中でも優雅に見える。夕霧も、桜の直衣を着て、花びらが雪のように降りかかる中、桜の枝を折って階に腰を下ろす。柏木もそれに続き、女三の宮の御簾の方を横目に見ると、女房たちの衣の袖口が御簾からこぼれ出ている。そこへ小さな唐猫が、大きな猫に追われて御簾の端から走り出て、女房たちは騒ぎ立てる。

- 1三三やよ月月いばかりばかりばかりののの空空そらうらゝかうらゝかうららかなるなるなる日日ひ六六ろく條條じょう院院いんににに兵兵ひょう部部ぶ卿卿きょう宮宮のみや、、、衛衛え門門もん督督かみなどなどなど參參まいりりり給給たまへへえりりり。。。おとゞおとゞおとど出出いででで給給たまひひいててて御御おん物語物語ものがたりなどなどなどししし給給たまふふう。。。「「「しづかしづかしずかなるなるなる住住すまひまひまいはははこのこのこの頃頃ころこそこそこそいといといとつれづれつれづれつれずれにににまぎるゝまぎるゝまぎるることことことなかりなかりなかりけれけれけれ。。。おほやけおほやけおおやけわたくしわたくしわたくしにににことことことなしなしなしややや何何なにわざわざわざしししてててかはかはかは暮暮くらすすすべきべきべき」」」などなどなどののの給給のたまひひいててて、、、「「「今今け朝朝さ大大だい將將しょうののの物物ものしししつるつるつるははは何何いず方方かたにににぞぞぞ、、、いといといとさうざうしきさうざうしきそうぞうしきををを、、、例例れいののの小小こ弓弓ゆみ射射いさせさせさせててて見見みるるるべかりべかりべかりけりけりけり。。。このこのこのむめるむめるむめるわかうどわかうどわこうどゝゝともももゝゝも見見みえええつるつるつるををを、、、ねたうねたうねとういでいでいでやややしししぬるぬるぬる」」」ととと問問とはははせせせ給給たまふふう。。。大大だい將將しょうののの君君きみははは丑丑うし寅寅とらののの町町まちににに人々人々ひとびと數數あま多多たしししててて、、、まりまりまりもてもてもてあそばしあそばしあそばしててて見見み給給たまふふうととときこしめしきこしめしきこしめしててて、、、「「「みだりがはしきみだりがはしきみだりがわしきことことことのののさすがにさすがにさすがに目目めさめさめさめてててかどかどしきかどかどしきかどかどしきぞぞぞかしかしかし。。。いづらいづらいずらこなたこなたこなたににに」」」とてとてとて御御おんせうそこせうそこしょうそこあれあれあればばば參參まいりりり給給たまへへえりりり。。。わかきわかきわかきんだちんだちんだちめくめくめく人々人々ひとびと多多おおかりかりかりけりけりけり。。。「「「鞠鞠まり持持もたたたせせせ給給たまへへえりりりややや誰誰たれ々々たれかかか物物ものしししつるつるつる」」」とととののの給給のたまふふう。。。
- 2「「「これこれこれかれかれかれ侍侍はべりりりつつつ此此こ方方なたへへへまかでまかでまかでむむんややや」」」とととののの給給のたまひひいててて、、、寢寢しん殿殿でんのののひんがしひんがしひんがしおもておもておもて桐桐きり壷壷つぼははは若若わか宮宮みや具具ぐししし奉奉たてまつりりりててて參參まいりりり給給たまひひいにににししし頃頃ころなれなれなればばばこなたこなたこなたはははかくろへかくろへかくろえたりたりたりけりけりけり。。。やりやりやりみずみずみずなどなどなどのののゆきゆきゆきあひあひあいはれはれはれてててよしよしよしあるあるあるかゝりかゝりかかりののの程程ほどをををたづねたづねたずねててて立立たちちち出出いづづず。。。おほきおほきおおきおほいどのおほいどのおおいどのゝゝの君君きん達達だち、、、頭頭とう辨辨べん、、、兵兵ひょう衛衛え佐佐のすけ、、、大大たい夫夫ふののの君君きみなどなどなど過過すぐしししたるたるたるももも又又またかたなりかたなりかたなりなるなるなるもももさまざまさまざまさまざまににに人人ひとよりよりよりまさりまさりまさりててて好好このみみみ物物ものししし給給たまふふう。。。やうやうやうやうようよう暮暮くれれれかゝるかゝるかかるににに風風かぜ吹吹ふかかかずずずかしこきかしこきかしこき日日ひなりなりなりととと興興きょうじじじててて辨辨べんののの君君きみもももえええ靜靜しずめめめずずず立立たちちちまじれまじれまじればばば、、、おとゞおとゞおとど「「「辨辨べん官官かんもももえええをさめをさめおさめあへあへあえざめるざめるざめるををを、、、上達部上達部かんだちめなりなりなりともともとも若若わかきききゑふゑふえふづかさづかさずかさたちたちたちはははなどなどなどかかか亂亂みだれれれ給給たまははわざらざらざらむむん、、、かばかりかばかりかばかりのののよはひよはひよわいにてにてにてははは怪怪あやしくしくしく見見みすぐすすぐすすぐす口惜口惜くちおしくしくしく覺覺おぼえええしししわざわざわざなりなりなり。。。さるはさるはさるはいといといときやうぎやうきやうぎやうきょうぎょうなりなりなりややや、、、このこのこのことことことのののさまさまさまよよよ」」」などなどなどのたまふのたまふのたまうににに、、、大大だい將將しょうもももかんかんかんののの君君きみももも皆皆みなおりおりおり居居いてててえええならならならぬぬぬ花花はなののの影影かげにににさまよひさまよひさまよい給給たまふふう。。。夕夕ゆうばへばへばえいといといと淸淸きよげげげなりなりなり。。。をさをさをさをさおさおささまさまさまよくよくよくしづかしづかしずかならならならぬぬぬ亂亂みだれれれごとごとごとなめれなめれなめれどどど所所ところからからから人人ひとがらがらがらなりなりなりけりけりけり。。。故故ゆえあるあるある庭庭にわののの木木こ立立だちのののいたくいたくいたく霞霞かすみ籠籠こめめめたるたるたるにににいろいろいろいろいろいろのののひもひもひも解解とききき渡渡わたるるる花花はなののの木木きどもどもども、、、わづかわづかわずかなるなるなるもえぎもえぎもえぎのののかげかげかげにににかくかくかくはかなきはかなきはかなきことことことなれなれなれどどど善善よききき惡惡あしきしきしきけぢめけぢめけじめあるあるあるをををいどみいどみいどみつゝつゝつつ我我われれれももも劣劣おとらららじじじととと思思おもひひい顏顏がおなるなるなる中中なかににに、、、衛衛え門門もん督督かみのののかりそめかりそめかりそめににに立立たちちちまじりまじりまじり給給たまへへえるるる足足あしもともともとにににならぶならぶならぶ人人ひとなかりなかりなかりけりけりけり。。。
- 3かたちかたちかたちいといといときよげきよげきよげににになまめきなまめきなまめきたるたるたるさまさまさましししたるたるたる人人ひとののの用意用意よういいたくいたくいたくしししててて、、、さすがにさすがにさすがにみだりがはしきみだりがはしきみだりがわしきをかしくをかしくおかしく見見みゆゆゆ。。。みはしみはしみはしのののまままにににあたれあたれあたれるるる櫻櫻さくらののの蔭蔭かげににによりよりよりててて人々人々ひとびと花花はなののの上上うえももも忘忘わすれれれててて心心こころににに入入いれれれたるたるたるををを、、、おとゞおとゞおとどももも宮宮みやもももすみすみすみののの高高こう欄欄らんににに出出いでででゝゝて御覽御覽ごらんずずず。。。いといといとらうらうろうあるあるある心心こころばへばへばえどもどもども見見みえええててて數數あま多多たくくくなりなりなり行行ゆくくくににに上上じょうらうらうろうももも亂亂みだれれれてててかうぶりかうぶりこうぶりのののひたいひたいひたい少少すこしししくつろぎくつろぎくつろぎたりたりたり。。。大大だい將將しょうののの君君きみももも御御おん位位くらいののの程程ほど思思おもふふうこそこそこそ例例れいならならならぬぬぬ亂亂みだりりりがはしさがはしさがわしさかなかなかなととと覺覺おぼゆれゆれゆれ。。。見見みるるる目目めははは人人ひとよりよりよりけにけにけに若若わかくくくをかしげをかしげおかしげにてにてにて櫻櫻さくらのののなほしなほしなおしのののやゝやゝややなえなえなえたるたるたるにににさしぬきさしぬきさしぬきのののすそすそすそつかたつかたつかた少少すこしししふくみふくみふくみててて氣色氣色けしきばかりばかりばかりひきひきひきあげあげあげ給給たまへへえりりり。。。かるがるしくかるがるしくかるがるしくももも見見みえええずずず、、、物物もの淸淸きよげげげなるなるなるうちとけうちとけうちとけ姿姿すがたににに花花はなののの雪雪ゆきのののやうやうようににに降降ふりりりかゝれかゝれかかればばば打打うちちち見上見上あげげげてててしをれしをれしおれたるたるたる枝枝えだ少少すこししし押押おししし折折おりりりてててみはしみはしみはしののの中中なかのののしなしなしなののの程程ほどににに居居い給給たまひひいぬぬぬかんかんかんののの君君きみつゞきつゞきつづきててて「「「花花はな亂亂みだりりりがはしくがはしくがわしく散散ちるるるめりめりめりややや。。。櫻櫻さくらはははよぎよぎよぎてててこそこそこそ」」」などなどなどののの給給のたまひひいつゝつゝつつ宮宮みやののの御御お前前まえののの方方かたをををしりしりしりめめめににに見見みれれればばば例例れいのののごとごとごとにににをさまらをさまらおさまらぬぬぬけはひけはひけわいどもどもどもしししててていろいろいろいろいろいろこぼれこぼれこぼれ出出いでででたるたるたるみすみすみすのののつまづまつまづまつまずますきすきすきかげかげかげなどなどなど、、、春春はるのののたむけたむけたむけのののぬさぬさぬさぶくろぶくろぶくろにににやややととと覺覺おぼゆゆゆ。。。御御み几几き帳帳ちょうどもどもどもしどけなくしどけなくしどけなくひきひきひきやりやりやりつゝつゝつつ人人ひとげげげ近近ちかくくく世世よづきづきずきてててぞぞぞ見見みゆるゆるゆるににに、、、からからからねこねこねこのののいといといと小小ちいさくさくさくをかしげをかしげおかしげなるなるなるをををすこしすこしすこしおほきおほきおおきなるなるなる猫猫ねこののの追追おひひい續續つづきききててて俄俄にわかにににみすみすみすのののつまつまつまよりよりより走走はしりりり出出いづるづるずるににに人々人々ひとびとおびえおびえおびえ騷騷さわぎぎぎてててそよそよそよそよそよそよとととみじろきみじろきみじろきさまよふさまよふさまようけはひけはひけわいどもどもどもきぬきぬきぬののの音音おとなひなひない耳耳みみかしましきかしましきかしましき心心こころちちちすすす。。。
現代語訳
三月ごろの空がうららかな日、六条院に兵部卿の宮(蛍兵部卿宮)や衛門督(柏木)などが参上なさった。大臣(源氏)がお出ましになって、お話などをなさる。「静かな住まいは、この頃はたいそう退屈で、気の紛れることもないね。公私ともに何事もないし、何をして過ごしたらよいだろう」などとおっしゃって、「今朝、大将が来ていたのは、どちらにいるのか。たいそう物足りないから、いつものように小弓でも射させて見ればよかった。好きそうな若い人たちも見えていたのに、残念なことに帰ってしまったか」とお尋ねになる。大将の君は、丑寅の町で、大勢の人々に蹴鞠をさせてご覧になっているとお聞きになって、「乱雑な遊びだが、さすがに目が覚めて、気が利いているものだ。さあ、こちらへ」と言ってお便りがあったので、参上なさった。若い公達らしい人々が多かった。「鞠は持たせていらっしゃったか。誰々が来ていたか」とおっしゃる。
「これこれの者がおりました」「こちらへ退出してきてはどうか」とおっしゃって、寝殿の東面は、桐壺(明石の女御)が若宮をお連れして参内なさった頃なので、こちらはひっそりとしていた。遣水などが流れ合っているところが開けていて、風情のある鞠場を探して出ていく。太政大臣の君達、頭弁、兵衛佐、大夫の君など、年長の者も、また未熟な者も、それぞれに人より勝って好んでいらっしゃる。だんだん日が暮れかかってくると、風が吹かず絶好の日だと興じて、弁の君も我慢できずに加わると、大臣は、「弁官でさえ抑えきれないようなので、上達部であっても、若い衛府の司たちは、どうして加わらないことがあろうか。この年頃では、妙に見過ごしていたのが残念に思われたものだ。とはいえ、たいそう騒がしいものだね、この遊びの様子は」などとおっしゃるので、大将も督の君(柏木)も皆庭に下りて、何ともいえない美しい花の陰に、行き来しなさる。夕映えがたいそう美しい。それほど体裁のよい静かな遊びではないが、場所柄と人柄によるのであった。由緒ある庭の木立が、たいそう霞に包まれている中に、色とりどりに咲きほころんでいる花の木々や、わずかに萌え出た若葉の陰で、このようにたわいのない遊びだが、上手下手の差があるのを競い合って、我も劣るまいと思っている顔つきの中で、衛門督が、ほんのかりそめに加わっていらっしゃる足さばきに、並ぶ人はなかった。
容貌はたいそう美しく、優美な様子をした人が、心づかいを深くして、それでも乱れた遊びに加わっているのが、趣深く見える。御階の間に当たる桜の陰に寄って、人々は花のことも忘れて夢中になっているのを、大臣も宮も、隅の高欄に出てご覧になる。たいそう熟練した技の数々が見えて、回数が重なっていくにつれて、身分の高い人も乱れて、冠の額が少しゆるんでいる。大将の君も、ご身分のほどを思うと、いつになく乱れた様子だなあと思われるが、見た目は人よりいっそう若く美しくて、桜の直衣のやや柔らかくなったものに、指貫の裾の方が少しふくらんで、形ばかり引き上げていらっしゃる。軽々しくも見えず、こざっぱりとしたくつろいだ姿に、花が雪のように降りかかるので、見上げて、しおれた枝を少し押し折って、御階の中ほどの段に腰を下ろしなさった。督の君も続いて、「花がしきりに散るようですね。桜は避けて吹いてほしいものですが」などとおっしゃりながら、宮の御前の方を横目で見ると、例によって落ち着かない様子で、色とりどりの袖口がこぼれ出ている御簾の端々や、透き影などが、春の手向けの幣袋かと思われる。御几帳類をだらしなく引きのけて、人の気配が近く、世慣れた様子に見えるところに、唐猫のたいそう小さくかわいらしいのを、少し大きな猫が追いかけてきて、急に御簾の端から走り出たので、女房たちは怖がって騒いで、そよそよと身動きして動き回る気配や、衣ずれの音が、耳にうるさいほどに感じられる。
意訳
三月、六条院で若い君達が蹴鞠に興じ、柏木の足さばきは並ぶ者がなく、夕霧も花の降りかかる中、階に腰を下ろす。
柏木が女三の宮の御簾の方を横目に見ると、唐猫が大きな猫に追われて御簾の端から走り出る。
語釈・文法注
文法
- 「かゝり」(よしあるかゝりの程をたづねて)
- 懸かり。蹴鞠の場の四隅に植える木。また、蹴鞠の場そのもの。
- 引き歌「櫻はよぎてこそ」(花亂りがはしく散るめりや。櫻はよぎてこそ)
- 「吹く風よ心しあらばこの春の桜はよきて散らさざらなむ」(古今集・読人知らず)による。
- 「ぬさぶくろ」(春のたむけのぬさぶくろにや)
- 幣袋。旅の安全を祈って神に手向ける幣を入れる袋。色とりどりの袖口を、色鮮やかな幣袋にたとえた。
解説
蹴鞠の場面は、若菜上の巻の終わりを飾る名場面である。桜の花が雪のように散る中、若い君達が鞠を蹴り、柏木の優雅な姿が際立つ。この華やかな春の夕暮れが、柏木の運命を決定づける瞬間の舞台となる。
女三の宮の御簾の内は、几帳もだらしなく引きのけられ、女房たちの袖口がこぼれ出ている。夕霧が先に感じていた、宮の周りの統制のゆるさが、ここで具体的に描かれている。そこへ唐猫が走り出るという偶然が、物語を大きく動かしていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、644–647頁(コマ33–34)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日