源氏物語 第34帖 若菜上(41)
入道の文
入道の手紙は続く。自分が喜ぶのは、この世の栄華を望むからではない。長年、極楽往生の願いをさしおいて、ただあなたのことを念じてきた。あなたが生まれる年の二月の夜、自分は須弥山を右手に捧げ持ち、山の左右から月と日の光がさし出て世を照らすが、自分は山の陰に隠れて光に当たらず、山を広い海に浮かべて、小さな船で西へ漕いでいく夢を見た。その頃からあなたを宿したので、夢を信じて大切に育てたが、力が及ばず、受領の道を選んで明石に下った。この浦でも若君に望みをかけ、多くの願を立てたが、今それがかなった。若君が国の母となる御代に、住吉の社をはじめ、願ほどきをしてほしい。もう疑うことはない。極楽往生の望みも確かになったので、今は迎えの蓮を待つばかりで、清い山奥で勤行する。そう書いて、「ひかりいでむ」の歌を添え、命の終わる日も知らなくてよい、喪服も着なくてよい、自分を変化の者と思って功徳を積んでほしい、極楽でまた会おうと書き、住吉に立てた願文を沈香の文箱に封じて贈る。

- 1そのそのその故故ゆえははは自自みずからららかくかくかくつきつきつきなきなきなき山山やま伏伏ぶしののの身身みににに、、、今今いま更更さらにににこのこのこの世世よのののさかえさかえさかえををを思思おもふふうにににももも侍侍はべらららずずず。。。過過すぎぎぎにににししし方方かたののの年年とし比比ごろ、、、心心こころぎたなくぎたなくぎたなく六六ろく時時じのののつとめつとめつとめにににももも唯唯ただ御御おん事事ことををを心心こころにににかけかけかけてててはちすはちすはちすののの上上うえののの露露つゆののの願願ねがひひいをををばばばさしさしさし置置おきききてててなむなむなん念念ねんじじじ奉奉たてまつりりりししし。。。我我わ、、、おもとおもとおもと生生うまれれれ給給たまははわむむんとととせせせしししそのそのその年年としののの二二きさら月月ぎのののそのそのその夜夜よののの夢夢ゆめににに見見みしししやうやうよう、、、みづからみづからみずからすみすみすみののの山山やまををを右右みぎののの手手てににに捧捧ささげげげたりたりたり、、、山山やまののの左左ひだり右右みぎよりよりより月月つき日日ひののの光光ひかりさやかさやかさやかにににさしさしさし出出いでででゝゝて世世よをををてらすてらすてらす、、、みづからみづからみずからははは山山やまのののしもしもしもののの蔭蔭かげににに隱隱かくれれれてててそのそのその光光ひかりにににあたらあたらあたらずずず、、、山山やまをををばばば廣廣ひろききき海海うみににに浮浮うかべべべ置置おきききててて、、、小小ちいさききき船船ふねににに乘乘のりりりててて西西にしののの方方かたをををさしさしさしててて漕漕こぎぎぎ行行ゆくくくとととなむなむなん見見み侍侍はべりりりししし。。。夢夢ゆめさめさめさめてててあしたあしたあしたよりよりより數數かずならならならぬぬぬ身身みににに賴賴たのむむむ所所ところ出出いででできききながらながらながら何事何事なにごとにににつけつけつけてててかかかさるさるさるいかめしきいかめしきいかめしきことことことをををばばば待待まちちち出出いでででむむんととと心心こころののの中中なかににに思思おもひひい侍侍はべりりりしししををを、、、そのそのそのころころころよりよりよりはらまはらまはらまれれれ給給たまひひいにににしししこなたこなたこなた、、、俗俗ぞくののの方方かたののの書書ふみををを見見み侍侍はべりりりしししにににももも又又また內內ない敎敎きょうののの心心こころををを尋尋たずぬるぬるぬる中中なかにににももも夢夢ゆめををを信信しんずずずべきべきべき事事こと多多おおくくく侍侍はべりりりしかしかしかばばば賤賤いやしきしきしきふところふところふところのののうちうちうちにににももも辱辱かたじけなくくく思思おもひひいいたづきいたづきいたずき奉奉たてまつりりりしかしかしかどどど、、、力力ちから及及およばばばぬぬぬ身身みににに思思おもひひい給給たまへへえかねかねかねてててなむなむなん、、、かゝるかゝるかかる道道みちにににおもむきおもむきおもむき侍侍はべりりりにににししし。。。又又またこのこのこの國國くにのののことことことにににしづみしづみしずみ侍侍はべりりりててて老老おいののの波波なみ更更さらににに立立たちちち返返かえらららじじじととと思思おもひひいとぢめとぢめとじめててて、、、このこのこの浦浦うらににに年年とし比比ごろ侍侍はべりりりしししほどほどほどももも若若わか君君ぎみををを賴賴たのむむむことことことににに思思おもひひい聞聞きこえええ侍侍はべりりりしかしかしかばばばなむなむなん心心こころひとつひとつひとつににに多多おおくくくのののぐわんぐわんがんをををたてたてたて侍侍はべりりりししし。。。そのそのそのかへりかへりかえり申申もうしししたひらかたひらかたいらかににに思思おもひひいのののごとごとごと時時ときににに逢逢あひひい給給たまふふう。。。若若わか君君ぎみ國國くにののの母母ははとととなりなりなり給給たまひひいててて、、、願願ねがひひいみちみちみち給給たまははわむむん世世よににに住住すみ吉吉よしののの御御おん社社やしろをををはじめはじめはじめはたしはたしはたし申申もうししし給給たまへへえ。。。更更さらににに何事何事なにごとをををかかか疑疑うたがひひい侍侍はべらららむむん。。。このこのこのひとつひとつひとつののの思思おもひひい近近ちかききき世世よにににかなひかなひかない侍侍はべりりりぬれぬれぬればばば、、、遙遙はるかににに西西にしののの方方かた十十じゅう萬萬まん億億おくののの國國くに隔隔へだてててたるたるたる九九くぼんぼんぼんののの上上うえののの望望のぞみははは疑疑うたがいなくなくなくなりなりなり侍侍はべりりりぬれぬれぬればばば、、、今今いまははは唯唯ただむかふるむかふるむかうるはちすはちすはちすををを待待まちちち侍侍はべるるるほどほどほどそのそのその夕夕ゆうべまでまでまで、、、水水みず草草くさきよききよききよき山山やまののの末末すえにてにてにてつとめつとめつとめ侍侍はべらららむむん」」」とてとてとてなむなむなん、、、まかりまかりまかりいりいりいりぬるぬるぬる。。。
- 2「「「ひかりひかりひかりいでいでいでむむん曉曉あかつきちかくちかくちかくなりなりなりにににけりけりけり今今いまぞぞぞ見見みしししよよよののの夢夢ゆめがたりがたりがたりするするする」」」とてとてとて月月つき日日ひかきかきかきたりたりたり。。。「「「命命いのち終終おわらららむむん月月つき日日ひももも更更さらににになななしろしめししろしめししろしめしそそそ、、、いにしへいにしへいにしえよりよりより人人ひとのののそめそめそめ置置おきききけるけるける藤藤ふじ衣衣ごろもにににももも、、、何何なにかかかやつれやつれやつれたまふたまふたまう。。。唯唯ただ我我わががが身身みははは變變へん化化げのののものものものとととおぼしおぼしおぼしなしなしなしててて老老ろう法法ほう師師しのののためためためにににはははくどくくどくくどくをををつくりつくりつくり給給たまへへえ。。。このこのこの世世よののの樂樂たのしみみみににに添添そへへえてててももも後後のちののの世世よををを忘忘わすれれれ給給たまふふうななな。。。願願ねがひひい侍侍はべるるる所所ところにににだにだにだにいたりいたりいたり侍侍はべりりりなななばばば必必かならず又又また對對たい面面めんももも侍侍はべりりりなむなむなん。。。さばさばさばのののほかほかほかののの岸岸きしににに到到いたりりりてててとくとくとくあひあひあい見見みむむんとととをををおぼせおぼせおぼせ」」」、、、さてさてさてかのかのかの社社やしろにににたてたてたて集集あつめめめたるたるたるぐわんぐわんがん文文もんどもどもどもをををおほきおほきおおきなるなるなるぢんぢんじんのののふばこふばこふばこにににふんじふんじふんじ籠籠こめめめててて奉奉たてまつりりりたりたりたり。。。
現代語訳
そのわけは、自分がこのように似つかわしくない山伏の身で、今さらこの世の栄華を望むのでもございません。過ぎ去った年月、心汚くも、六時の勤行にも、ただあなたのことを心にかけて、蓮の上の露の願い(極楽往生の願い)をさしおいて、お祈り申し上げてきました。私は、あなたがお生まれになろうとしたその年の二月のある夜の夢に見たのは、自分が須弥山を右の手に捧げ持っている、山の左右から月と日の光が明るくさし出て世を照らす、自分は山の下の陰に隠れて、その光に当たらない、山を広い海に浮かべておいて、小さな船に乗って西の方を目指して漕いでいく、という夢でございました。夢から覚めた朝から、人数にも入らない身に頼みとするところが出てきたものの、何によってそのような大それたことを待ち受けられようかと、心の中で思っておりましたが、その頃からあなたが母の胎内に宿られて以来、俗世の書物を見ましても、また仏典の心を尋ねる中にも、夢を信じるべきことが多くございましたので、卑しい懐の内でも、恐れ多くも大切にお育て申し上げましたが、力の及ばない身と思いかねまして、このような受領の道に赴いたのでございます。また、この国のことにうずもれまして、老いの波のように二度と都へ立ち返るまいと思い決めて、この浦に長年おりました間も、若君(あなた)を頼みとすることに思い申し上げておりましたので、心ひとつに多くの願を立てました。そのお礼参りの時が、無事に思いどおりの時にめぐりあいなさいました。若君が国の母(皇后)とおなりになって、願いがかなわれるような御代に、住吉の御社をはじめとして、願ほどきをしてさしあげてください。もはや何事を疑いましょう。このひとつの願いが近い世にかないましたので、はるか西の方、十万億の国を隔てた九品の極楽の上の望みは疑いないこととなりましたので、今はただ迎えの蓮を待っております間、その夕べまで、水や草の清い山の奥で勤行いたしましょう」と書いて、山に入ってしまった。
「ひかりいでむ曉ちかくなりにけり今ぞ見しよの夢がたりする(光が出るであろう夜明けが近くなったことです。今こそ昔見た夢の話をいたします)」と書いて、日付を書いてある。「私の命の終わる月日も、決してお気になさいますな。昔から人が染めておいた喪服にも、何の、身をやつしなさることがありましょうか。ただ私の身は変化の者とお思いなして、老法師のためには功徳をお積みください。この世の楽しみにつけても、後の世のことをお忘れなさいますな。願っております所(極楽)にさえ行き着きましたら、必ずまた対面もございましょう。娑婆の外の岸に到って、早く会おうとお思いください」。そして、あの住吉の社に立てて集めておいた願文類を、大きな沈香の文箱に封じ込めて差し上げた。
意訳
入道は、明石の君が生まれる年に見た、月日の光が世を照らす夢を語り、その夢を信じて一族の栄華を願い続けたことを明かす。
入道は、願がかなった今、極楽往生を待つために山に入ると告げ、住吉の願文を贈る。
語釈・文法注
文法
- 「すみの山」(みづからすみの山を右の手に捧げたり)
- 須弥山。仏教で、世界の中心にそびえるとされる山。
- 「九ぼん」(九ぼんの上の望)
- 九品。極楽浄土に往生する人の九つの等級。その最上の上品上生を望むこと。
- 禁止の「な…そ」(更になしろしめしそ)
- 「決してお気になさいますな」。
解説
入道の夢は、須弥山(明石の君)の左右から月と日(帝と皇后、あるいは東宮と女御)の光が世を照らし、入道自身は山の陰に隠れて光に当たらず、西方浄土へ去っていくというものである。この夢は、明石一族の栄華と、入道自身の運命とを、見事に予言していた。
入道は「命終らむ月日も更になしろしめしそ」と、自分の死を知らなくてよい、喪服も着なくてよいと言う。この世への執着を断ち切ろうとする入道の決意は、悲壮であるとともに、どこかすがすがしい。一族の宿願をかなえた入道は、今や仏の道へと完全に身を委ねていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、632–635頁(コマ27–28)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日