源氏物語 第34帖 若菜上(40)
明石入道の決意
尼君は、若宮を見始めてからかえって恋しさが募り、命も縮まるほどである。明石の入道は、若宮誕生の知らせを聞いて、聖のような心にもたいそう嬉しく、今こそ心安らかにこの世を離れようと弟子たちに言う。家を寺にして田などをその寺のものとし、この国の奥の郡の、人も通わない深い山に籠もることにする。少し気がかりなことが残っていたので今まで生き長らえていたが、今はもうよいと、仏神に頼んで移っていく。近年は京とも特に便りをしなかったが、この世の最後に、明石の君に手紙を書く。この年頃は、同じ世にいながら身を変えたように思い、手紙も差し上げずにいたが、人づてに、姫君が東宮に入内して男宮が生まれたと聞き、深く喜んでいる、と書き始める。

- 1なかなかなかなかなかなか見見み奉奉たてまつりりりそめそめそめててて戀戀こひひい聞聞きこゆるゆるゆるにににぞぞぞ命命いのちもももえええたふたふたうまじかりまじかりまじかりけるけるける。。。かのかのかの明明あか石石しにににもももかゝるかゝるかかる御御おんことことこと傳傳つたへへえ聞聞ききききててて、、、さるさるさるひじりひじりひじり心地心地ここちにににもももいといといと嬉嬉うれしくしくしく覺覺おぼえええけれけれければばば、、、今今いまなむなむなんこのこのこの世世よのののさかひさかひさかいををを心心こころ安安やすくくくゆきゆきゆきはなるはなるはなるべきべきべきとととでしでしでしどもどもどもにににいひいひいいててて、、、このこのこの家家いえをををばばば寺寺てらににになしなしなしてててあたりあたりあたりののの田田たなどなどなどやうやうようのののものものものははは皆皆みなそのそのその寺寺てらのののことことことにににしおきしおきしおきててて、、、このこのこの國國くにのののおくおくおくののの郡郡こおりににに人人ひとももも通通かよひひい難難かたくくく深深ふかききき山山やまあるあるあるをををとしとしとしごろごろごろもももしめしめしめおきおきおきながらながらながらあしこあしこあしこににに籠籠こもりりりなむなむなん後後のち又又また人人ひとにににははは見見みえええ知知しらららるるるべきべきべきにににもももあらあらあらずずずととと思思おもひひいててて、、、唯唯ただ少少すこしししののの覺覺おぼ束束つかなきなきなき事事こと殘殘のこりりりけれけれければばば、、、今今いままでまでまでながらへながらへながらへけるけるけるををを今今いまはははさりともさりともさりともととと佛佛ほとけ神神かみををを賴賴たのみみみ申申もうしししてててなむなむなんうつろひうつろひうつろいけるけるける。。。
- 2このこのこの近近ちかきききとしとしとしごろごろごろとととなりなりなりてててははは京京きょうにににことことことなるなるなることことことならならならででで、、、人人ひとももも通通かよはしはしわし奉奉たてまつらららざりざりざりつつつ。。。これこれこれよりよりよりくだしくだしくだし給給たまふふう人人ひとばかりばかりばかりにににつけつけつけてててなむなむなん、、、ひとひとひとくだりくだりくだりにてにてにてももも尼尼あま君君ぎみにににさるべきさるべきさるべき折折おりふしふしふしのののことことこともももかよひかよひかよいけるけるける。。。思思おもひひい離離はなるゝるゝるる世世よのののとぢめとぢめとじめにににふみふみふみ書書かきききててて御御おん方方かたににに奉奉たてまつれれれ給給たまへへえりりり。。。「「「このこのこのとしとしとしごろごろごろははは同同おなじじじ世世よののの中中なかのののうちうちうちにににめぐらひめぐらひめぐらい侍侍はべりりりつれつれつれどどど、、、何何なにかはかはかはかくかくかくながらながらながら身身みをををかへかへかへたるたるたるやうやうようににに思思おもひひい給給たまへへえなしなしなしつゝつゝつつ、、、させるさせるさせることことことなきなきなき限限かぎりははは聞聞きこえええうけうけうけ給給たまはらはらわらずずず、、、かなかなかなぶみぶみぶみ見見み給給たまへへえるるるははは目目めのののいとまいとまいとまいりいりいりててて、、、念念ねん佛佛ぶつもももけだいけだいけだいするするするやうやうようにににやくやくやくなうなうのうてててなむなむなん御御おんせうそこせうそこしょうそこももも奉奉たてまつらららぬぬぬををを、、、つてつてつてにににうけうけうけ給給たまはれはれわればばば若若わか君君ぎみははは春宮春宮とうぐうににに參參まいりりり給給たまひひいててて男男おとこ宮宮みや生生うまれれれ給給たまへへえるるるよしよしよしをををなむなむなん深深ふかくくく悅悅よろこびびび申申もうししし侍侍はべるるる。。。
現代語訳
尼君は、なまじ若宮を拝見し始めて、恋しく思い申し上げるので、命も耐えられそうにないほどであった。あの明石でも、このようなご誕生のことを伝え聞いて、入道は、あのような聖の心にもたいそううれしく思われたので、「今こそ、この世の境を心安らかに離れていこう」と弟子たちに言って、この家を寺にして、あたりの田などのようなものは皆その寺のものとして、この国の奥の郡に、人も通いにくい深い山があるのを、長年占めておきながら、あそこに籠もってしまった後は、もう人に見られ知られることもあるまいと思って、ただ少し気がかりなことが残っていたので、今まで生き長らえていたが、今はもうよかろうと、仏や神にお頼み申し上げて、移っていったのだった。
この最近の年頃になっては、京に特別なことがなければ、人も通わせ申し上げなかった。こちらから京へ下しなさる人に託してだけ、一行ほどでも、尼君にはしかるべき折々のことも便りを交わしていた。世を思い離れる最後に、手紙を書いて御方(明石の君)に差し上げなさった。「この年頃は、同じ世の中の内に生きてはおりましたが、何の、このままで身を変えたように思いなしまして、特別なことがない限りは、お便りを申し上げることも承ることもしませんでした。仮名文を読みますのは、目に暇がかかって、念仏も怠るようで役に立たないので、お手紙も差し上げませんでしたが、人づてに承りますと、若君(明石の姫君)は東宮に入内なさって、男宮がお生まれになったということを、深くお喜び申し上げます。
意訳
明石の入道は、若宮誕生の知らせを聞いて、家を寺にし、深い山に籠もる決意をする。
入道は、この世の最後に明石の君に手紙を書き、若宮誕生を深く喜ぶ。
語釈・文法注
文法
- 強意の「なむ…べき」(今なむこの世のさかひを心安くゆきはなるべき)
- 「今こそ、この世の境を心安らかに離れよう」。意志を表す「べし」の連体形で結ぶ。
- 「めぐらふ」(同じ世の中のうちにめぐらひ侍りつれど)
- 生き長らえる、この世に暮らす。
- 「けだい」(念佛もけだいするやうに)
- 懈怠。怠ること。仏道修行を怠ることをいう仏教語。
解説
明石の入道は、明石の巻以来、娘に一族の再興を託してきた人物である。孫娘が東宮の皇子を産んだことで、入道の長い宿願はついにかなった。入道は、この世への最後の執着も断ち切って、深い山へと入っていく。
入道の手紙は、物語の中でも特に長い独白である。入道は「若君は春宮に參り給ひて男宮生れ給へる」ことを喜びながら、なぜ自分がそれを喜ぶのかを、次の場面で夢の話として明かしていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、632–633頁(コマ27)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日