源氏物語 第34帖 若菜上(38)
女御の物思い
女御は、母の身分が低いとは知っていたが、自分が都を離れた地で生まれたことなどは知らなかった。あまりにおっとりしていたせいである。祖父の入道が仙人のように暮らしていると聞いて胸を痛め、物思いに沈む。そこへ明石の君が来ると、日中の加持で人々が騒がしい中、尼君が得意顔で女御のすぐそばにいる。明石の君は、几帳を引き寄せて控えるべきだ、医師のような様子で見苦しいと、はらはらする。尼君は耳も遠く、首をかしげている。明石の君は、尼君が昔のおかしなことを語ったのではと、ほほえんで女御を見ると、女御はいつもよりしんみりと物思いに沈んでいる。明石の君は、帝の位を極めた時に知らせようと思っていたのに、女御ががっかりしているのではと気の毒に思う。尼君は「老いの波」と詠み、女御は「しほたるる」と、祖父の住む浜の苫屋を訪ねたいと返す。明石の君も泣いて「世を捨てて」と詠み、女御は、別れの朝のことを覚えていないのを残念に思う。

- 1母母はは君君ぎみをををばばばもとよりもとよりもとよりかくかくかく少少すこしししおぼえおぼえおぼえ降降くだれれれるるるすぢすぢすじととと知知しりりりながらながらながら、、、生生うまれれれ給給たまひひいけむけむけん程程ほどなどなどなどをををばばば、、、あるあるある世世よばなればなればなれたるたるたるさかひさかひさかいにてにてにてなどなどなどももも知知しりりり給給たまははわざりざりざりけりけりけり。。。いといといとあまりあまりあまりおほどきおほどきおおどき給給たまへへえるるるけけけにににこそこそこそははは。。。怪怪あやしくしくしくおぼおぼしかりおぼおぼしかりおぼおぼしかりけるけるけることことことなりなりなりややや。。。かのかのかの入入にゅう道道どうののの今今いまははは仙仙せん人人にんののの世世よにににももも住住すまままぬぬぬやうやうようにてにてにて居居いたなるたなるたなるををを聞聞きききき給給たまふふうももも心苦心苦こころぐるしくしくしくなどなどなど、、、かたがたかたがたかたがたににに思思おもひひい亂亂みだれれれ給給たまひひいぬぬぬいといといと物物もの哀哀あわれにににながめながめながめててておはするおはするおわするににに御御おん方方かた參參まいりりり給給たまひひいててて日日にっ中中ちゅうののの御御おん加加か持持じににに此此こ方方なた彼彼か方方なたよりよりより參參まいりりり集集つどひひい物物もの騷騷さわがしくがしくがしくのゝしるのゝしるののしるにににおおお前前まえにににことことことににに人人ひともももさぶらはさぶらはさぶらわずずず尼尼あま君君ぎみ所所ところえええててていといといと近近ちかくくくさぶらひさぶらひさぶらい給給たまふふう。。。
- 2「「「あなあなあな見見み苦苦ぐるしししややや、、、短短みじかききき御御み几几き帳帳ちょうひきひきひきよせよせよせてててこそこそこそ侍侍さぶらひひい給給たまははわめめめ。。。風風かぜなどなどなどさわがしくさわがしくさわがしくててておのづからおのづからおのずからほころびほころびほころびのののひまひまひまもももあらあらあらむむんににに、、、くすしくすしくすしなどなどなどやうやうようのののさまさまさましししててていといといとさかりさかりさかり過過すぎぎぎ給給たまへへえりりりややや」」」などなどなどなまなまなまかたはらいたくかたはらいたくかたわらいたく思思おもひひい給給たまへへえりりり。。。よしよしよしめきめきめきそしそしそしてててふるまふふるまふふるまうとととははは覺覺おぼゆゆゆめれめれめれどもどもども、、、まうまうまうまうもうもうににに耳耳みみもももおぼおぼしかりおぼおぼしかりおぼおぼしかりけれけれければばば、、、あゝあゝああとととかたぶきかたぶきかたぶきてててゐゐいたりたりたり。。。さるはさるはさるはいといといとさささいふいふいうばかりばかりばかりにににもももあらあらあらずずずかしかしかし。。。六六ろく十十じゅう五五ご六六ろくのののほどほどほどなりなりなり。。。尼尼あま姿姿すがたいといといとかはらかかはらかかわらかにににあてあてあてなるなるなるさまさまさましししててて目目めつやゝかつやゝかつややかににに泣泣なきききはれはれはれたるたるたる氣色氣色けしきののの怪怪あやしくしくしく昔昔むかし思思おもひひい出出いでででたるたるたるさまさまさまなれなれなればばば胸胸むね打打うちちちつぶれつぶれつぶれててて「「「こだいこだいこだいのののひがごとひがごとひがごとどもどもどもややや侍侍はべりりりつつつらむらむらん。。。よくよくよくこのこのこの世世よののの外外ほかのののやうやうようなるなるなるひがひがひがおぼえおぼえおぼえどもどもどもにににとりとりとりまぜまぜまぜつゝつゝつつ怪怪あやしきしきしき昔昔むかしのののことことことゞもゞもども出出いでででまうでまうでもうできききつつつらむらむらんはははややや。。。夢夢ゆめののの心地心地ここちこそこそこそししし侍侍はべれれれ」」」ととと、、、うちうちうちほゝゑみほゝゑみほほえみててて見見み奉奉たてまつりりり給給たまへへえばばば、、、いといといとなまめかしくなまめかしくなまめかしく淸淸きよらららにてにてにて例例れいよりよりよりいたくいたくいたくしづまりしづまりしずまり、、、物物ものおぼしおぼしおぼしたるたるたるさまさまさまににに見見みえええ給給たまふふう。。。我我わががが子子ことととももも覺覺おぼえええ給給たまははわずずずかたじけなきかたじけなきかたじけなきにににいとほしきいとほしきいとおしきことことことゞもゞもども聞聞きこえええ給給たまひひいててて、、、おぼしおぼしおぼし亂亂みだるゝるゝるるにににややや、、、今今いまはははかばかりかばかりかばかりととと御御おん位位くらいををを極極きわめめめ給給たまははわむむん世世よににに聞聞きこえええももも知知しらせらせらせむむんとととこそこそこそ思思おもへへえ、、、口惜口惜くちおしくしくしくおぼしおぼしおぼしすつすつすつべきべきべきにににはははあらあらあらねねねどどど、、、いといといといとほしくいとほしくいとおしく心心こころおとりおとりおとりししし給給たまふふうらむらむらんととと覺覺おぼゆゆゆ。。。
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現代語訳
女御は、母君のことは、もともとこのように少し評判の劣った身分だとは知りながら、ご自身のお生まれになったころのことなどは、ある都を離れた所でなどということもご存じなかった。あまりにもおっとりしていらっしゃったせいであろう。不思議なほどぼんやりしていたことであるよ。あの入道が、今は仙人のように、この世にも住んでいないような様子でいると聞きなさるのも心苦しくなど、あれこれと思い乱れておしまいになった。たいそうしみじみと物思いに沈んでいらっしゃると、御方(明石の君)が参上なさって、日中の御加持に、あちらこちらから人々が参集して騒がしく声を上げているので、女御の御前に特に人もお仕えしておらず、尼君が得意顔で、たいそう近くにお仕えしていらっしゃる。
明石の君は、「まあ、見苦しいこと。短い御几帳を引き寄せてお仕えなさるべきです。風などが騒がしくて、自然と几帳のすき間もできるでしょうに、医師などのような様子で。たいそう盛りを過ぎていらっしゃいますのに」などと、何となくはらはらとお思いになった。尼君は、上品ぶってふるまっているとは思っているようだが、もうろくして耳もよく聞こえないので、「ああ」と首をかしげている。とはいえ、実はそれほど言うほどの年でもない。六十五、六ぐらいである。尼姿はたいそうさっぱりとして上品な様子で、目がつややかに泣きはれている様子が、妙に昔を思い出している様子なので、明石の君は胸がつぶれて、「古めかしい間違ったことなどを申し上げたのでしょうか。よくこの世の外のような思い違いなどに取り混ぜながら、変な昔のことを申し出てきたのでしょうね。夢のような気がいたします」と、ほほえんで女御を拝見なさると、女御はたいそう優美で美しく、いつもよりひどく沈んで、物思いをしていらっしゃる様子にお見えになる。明石の君は、わが子とも思われず恐れ多いので、尼君が気の毒なことなどを申し上げなさって、思い乱れていらっしゃるのだろうか、もうこれでと御位を極めなさった時に、申し上げてお知らせしようと思っていたのに、女御が残念に思って見捨てなさるはずはないけれど、たいそう気の毒にも、がっかりしていらっしゃるだろうと思われる。
御加持が終わって験者たちが退出したので、明石の君は、御果物などを近くに用意して、せめてこれだけでもと、たいそう心配そうに思って勧め申し上げなさる。尼君は、女御をたいそうすばらしく、かわいらしく拝見するにつけても、涙はこらえきれず、顔は笑って、口もとなどは見苦しく広がっているけれど、目のあたりは涙にくもって、べそをかいている。明石の君は、まあ見苦しいと目くばせするけれど、聞き入れもしない。尼君は、「老の波かひある浦に立ちいでゝしほたるゝあまを誰かとがめむ(年老いて、かいのある浦に立ち出でて、涙に濡れている尼を、誰がとがめましょう)。昔の世にも、このような年寄りは、罪を許されておりました」と申し上げる。女御は御硯のそばの紙に、「しほたるゝあまを浪路のしるべにてたづねも見ばや濱のとまやを(涙に濡れる尼を波路の道案内として、訪ねてみたいものです。祖父の住む浜の苫屋を)」。御方も、こらえきれずにお泣きになった。「世を捨てゝあかしの浦にすむ人も心のやみははるけしもせじ(世を捨てて明石の浦に住む人も、子を思う心の闇は晴らせないでしょう)」などと申し上げて紛らしなさる。女御は、別れたという明け方のことも、夢の中でさえお思い出しになれないのを、残念なことだったとお思いになる。
意訳
明石の君は、尼君が女御のそばで昔話をしているのを見て、見苦しく思い、女御が出自を知って落胆したのではと心配する。
尼君、女御、明石の君の三代が歌を交わし、女御は祖父の住む明石を訪ねたいと詠む。
語釈・文法注
文法
- 「たなる」(仙人の世にも住まぬやうにて居たなるを)
- 完了の「たる」+伝聞の「なる」の「たんなる」の「ん」が表記されない形。「暮らしているそうだが」。
- 掛詞「かひ」「あま」(老の波かひある浦に…しほたるゝあま)
- 「かひ」は「甲斐」と「貝」、「あま」は「尼」と「海人」を掛ける。「しほたる」は涙に濡れること。
- 「心のやみ」(心のやみははるけしもせじ)
- 子を思う親心の迷い。入道も、出家しながら子や孫への思いは断ち切れないだろうと詠む。
解説
明石の三代の女性が一堂に会し、歌を交わす場面である。尼君の素朴な喜びと、明石の君の気づかいと、女御の初めて知る出自への感慨とが、それぞれの歌に込められている。女御が「たづねも見ばや濱のとまやを」と詠むのは、自分の出自を受け入れ、祖父を思う心を示している。
明石の君は、女御が立后した時にこそ出自を知らせようと思っていた。母として常に娘の立場を考え、身を引いてきた明石の君の慎重さと、尼君の素朴さとの対比が、ほほえましくも哀れである。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、628–631頁(コマ25–26)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日