源氏物語 第34帖 若菜上(37)
明石の尼君の昔語り
明石の女御の出産が近づき、正月から祈祷が絶え間なく行われる。源氏は、葵の上の出産で恐ろしい目にあったので、紫の上に子がないことを残念に思いながらも嬉しくも思う。二月頃から女御の様子が変わり、陰陽師の勧めで、明石の君の町の中の対に移る。明石の君は、心を尽くして世話をする。明石の尼君も、すっかり年老いながら、女御のそばに近づき、喜びのあまり、涙ながらに昔のことを震える声で語り聞かせる。女御は初め変わった人だと思うが、そういう祖母がいるとは聞いていたので、親しく接する。尼君は、女御が明石の浦で生まれた頃のこと、源氏が都へ帰る時の悲しみなどを語り、女御は初めて知る昔に涙する。女御は、自分は本当は思い上がってよい身分ではなく、紫の上に育てられたおかげで人に認められていたのだと、すべてを思い知る。

- 1桐桐きり壺壺つぼののの御御おん方方かた近近ちかづきづきずき給給たまひひいぬるぬるぬるににによりよりより正正しょう月月がつ朔朔つい日日たちよりよりより、、、御御おんずずず法法ほうふだんふだんふだんにににせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。てらでらてらでらてらでらやしろやしろやしろやしろやしろやしろののの御御おんいのりいのりいのりはたはたはた數數かずももも知知しらららずずず。。。おとゞおとゞおとどののの君君きみゆゝしきゆゝしきゆゆしきことことことををを見見み給給たまへへえてててしかしかしかばばばかゝるかゝるかかる程程ほどのののことことことはははいといといと恐恐おそろしきしきしきものものものにににおぼしおぼしおぼししみしみしみたるたるたるををを、、、對對たいののの上上うえなどなどなどのののさるさるさることことことししし給給たまははわぬぬぬははは口惜口惜くちおしくしくしくさうざうしきさうざうしきそうぞうしきものものものからからから嬉嬉うれしくしくしくおぼさおぼさおぼさるゝるゝるるににに、、、まだまだまだいといといとあえかあえかあえかなるなるなる御御おん程程ほどにににいかにいかにいかにおはせおはせおわせむむんとととかねてかねてかねておぼしおぼしおぼしさわぐさわぐさわぐににに、、、二二きさら月月ぎばかりばかりばかりよりよりより怪怪あやしくしくしく御御おん氣色氣色けしきかはりかはりかわりててて惱惱なやみみみ給給たまふふうににに御心御心みこころどもどもどもさわぐさわぐさわぐべしべしべし。。。おんみやうしおんみやうしおんみょうしどもどもどもゝゝも所所ところをををかへかへかへてててつゝしみつゝしみつつしみ給給たまふふうべくべくべく申申もうしししけれけれければばば、、、外外ほかのののさしさしさしはなれはなれはなれたらたらたらむむんははは覺覺おぼ束束つかなしなしなしとてとてとて、、、かのかのかの明明あか石石しののの御御おん町町まちののの中中なかののの對對たいににに渡渡わたししし奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。此此こ方方なたははは唯唯ただおほきおほきおおきなるなるなる對對たい二二ふたつつつ、、、廊廊ろうどもどもどもなむなむなんめぐりめぐりめぐりてててありありありけるけるけるににに御御おん修修ず法法ほうのののだんだんだんひまひまひまなくなくなくぬりぬりぬりててて、、、いみじきいみじきいみじきげんざげんざげんざどもどもども集集つどひひいてててのゝしるのゝしるののしる。。。母母はは君君ぎみこのこのこの時時ときににに我我わがががすくせすくせすくせをををももも見見みゆゆゆべきべきべきわざわざわざなめれなめれなめればばばいみじきいみじきいみじき心心こころををを盡盡つくししし給給たまふふう。。。
- 2かのかのかの大大おお尼尼あま君君ぎみももも今今いまはははこよなきこよなきこよなきほけほけほけ人人びとにてにてにてぞぞぞありありありけむけむけんかしかしかし。。。このこのこの御御おん有樣有樣ありさまををを見見み奉奉たてまつるるるははは夢夢ゆめののの心地心地ここちしししててていつしかいつしかいつしかととと參參まいりりり近近ちかづきづきずきなれなれなれ奉奉たてまつるるる。。。年年とし比比ごろこのこのこの母母はは君君ぎみはははかうかうこうそひそひそいさぶらひさぶらひさぶらい給給たまへへえどどど、、、昔昔むかしのののことことことなどなどなどまほまほまほにににしもしもしも聞聞きこえええ知知しらららせせせ給給たまははわざりざりざりけるけるけるををを、、、このこのこの尼尼あま君君ぎみ喜喜よろこびびびにににえええ堪堪たへへえずずず、、、參參まいりりりてててはははいといといと淚淚なみだがちがちがちにににふるめかしきふるめかしきふるめかしきことことことゞもゞもどもをををわなゝきわなゝきわななき出出いでででつゝつゝつつ語語かたりりり聞聞きこゆゆゆ。。。始始はじめつかたつかたつかたははは怪怪あやしくしくしくむつかしきむつかしきむつかしき人人ひとかなかなかなととと打打うちちちまもりまもりまもり給給たまひひいしかしかしかどどど、、、かゝるかゝるかかる人人ひとありありありとととばかりばかりばかりはははほのほのほの聞聞きききき置置おききき給給たまへへえれれればばば、、、なつかしくなつかしくなつかしくもてなしもてなしもてなし給給たまへへえりりり。。。生生うまれれれ給給たまひひいしししほどほどほどのののことことことおとゞおとゞおとどののの君君きみのののかのかのかの浦浦うらにににおはしましおはしましおわしましたりたりたりししし有樣有樣ありさま、、、今今いまはははとてとてとて京京きょうへへへ上上のぼりりり給給たまひひいしししににに誰誰たれももも誰誰たれももも心心こころをををまどはしまどはしまどわしててて、、、今今いまはははかぎりかぎりかぎりかばかりかばかりかばかりののの契契ちぎりにににこそこそこそはははありありありけれけれけれととと歎歎なげかしきかしきかしきををを、、、若若わか君君ぎみのののかくかくかくひきひきひきたすけたすけたすけ給給たまへへえるるる御御おんすくせすくせすくせのののいみじくいみじくいみじく悲悲かなしきしきしきことことことゝゝとほろほろほろほろほろほろととと泣泣なけけけばばば、、、げにげにげに哀哀あわれなりなりなりけるけるける昔昔むかしのののことことことををを、、、かくかくかく聞聞きかかかせせせざらざらざらましかましかましかばばば覺覺おぼ束束つかなくなくなくてててももも過過すぎぎぎぬぬぬべかりべかりべかりけりけりけりとととおぼしおぼしおぼしててて打打うちちち泣泣なききき給給たまふふう。。。
- 3心心こころのののうちうちうちにににははは、、、我我わががが身身みはははげにげにげにうけばりうけばりうけばりててていみじかるいみじかるいみじかるべきべきべききはきはきわにににはははあらあらあらざりざりざりけるけるけるををを對對たいののの上上うえののの御御おんもてなしもてなしもてなしにににみがかみがかみがかれれれててて人人ひとののの思思おもへへえるるるさまさまさまなどなどなどもももかたほかたほかたおにににはははあらあらあらぬぬぬなりなりなりけりけりけり、、、身身みをををばばば又又またなきなきなきものものものににに思思おもひひいてててこそこそこそ宮仕宮仕みやずかえのののほどほどほどにににもももかたへかたへかたえののの人々人々ひとびとをををばばば思思おもひひいけちけちけち、、、こよなきこよなきこよなき心心こころおごりおごりおごりをををばばばしししつれつれつれ、、、世世よののの人人ひとはははしたしたしたにににいひいひいい出出いづるづるずるやうやうようもももありありありつつつらむらむらんかしかしかしなどなどなどおぼしおぼしおぼし知知しりりりはてはてはてぬぬぬ。。。
現代語訳
桐壺の御方(明石の女御)のご出産が近づいていらっしゃったので、正月一日から、御修法を絶え間なく行わせなさる。寺々や神社での御祈祷も、数えきれない。大臣の君(源氏)は、恐ろしいこと(葵の上の死)を目にしていらっしゃったので、出産のようなことは、たいそう恐ろしいものと身にしみてお思いになっていたので、対の上(紫の上)などがそのようなことをなさらないのは残念で物足りないものの、うれしくお思いになっているのに、女御はまだたいそうか弱いお年頃なので、どうおなりになるだろうかと、前々から心配していらっしゃったが、二月ごろから妙にご様子が変わってお苦しみになるので、皆さまのお心が騒ぐことであろう。陰陽師たちも、場所を変えて慎みなさるようにと申し上げたので、外の離れた所では心配だといって、あの明石の御方の町の中の対にお移し申し上げなさる。こちらは、ただ大きな対の屋が二つと、渡り廊下がめぐらされていたが、御修法の壇をすき間なく塗り立てて、すぐれた験者たちが集まって、声高に祈祷する。母君(明石の君)は、この時にこそ自分の宿縁の良し悪しも見えるはずのことなので、たいそう心を尽くしなさる。
あの大尼君(明石の尼君)も、今はすっかりぼけた人になっていたのであろうよ。この女御のご様子を拝見するのは夢のような気がして、早く早くと参上して近づきなじみ申し上げる。長年、この母君はこうして付き添ってお仕えしていらっしゃったけれど、昔のことなどは、はっきりとはお話し申し上げなさらなかったのに、この尼君は喜びに耐えられず、参上しては、たいそう涙がちに、昔の古めかしいことを、震える声で語り申し上げる。女御は、初めのうちは、妙に気味の悪い人だなあとじっと見つめていらっしゃったが、このような人がいるとだけは、ほのかに聞いていらっしゃったので、親しくお扱いになった。お生まれになったころのこと、大臣の君があの浦にいらっしゃったご様子、もうこれまでと都へお上りになった時に、誰もが心を惑わせて、もうこれで終わりだ、これほどの縁であったのだと嘆いていたのを、若君(女御)がこのように救ってくださったご宿縁が、たいそうありがたいことだと、ほろほろと泣くので、女御は、なるほどしみじみとした昔のことを、こうして聞かせなかったら、知らないままで過ごしてしまっただろうとお思いになって、お泣きになる。
心の中では、「自分は本当は、思い上がってすばらしいはずの身分ではなかったのに、対の上のお扱いに磨かれて、人が思っている様子なども、不十分ではなかったのだ。自分をまたとない身と思って、宮仕えの間も、ほかの方々を見下して、この上ない思い上がりをしていたけれど、世の人は陰で言うこともあっただろう」などと、すっかりお気づきになった。
意訳
明石の女御の出産が近づき、明石の君の町に移って祈祷が行われる。
明石の尼君が昔のことを涙ながらに語り、女御は自分の出自を初めて知って、紫の上の養育のおかげで今の自分があると思い知る。
語釈・文法注
文法
- 「ゆゆしきこと」(ゆゝしきことを見給へてしかば)
- 恐ろしいこと、不吉なこと。葵の上が夕霧の出産後に亡くなったことを指す。
- 反実仮想「ましかば…べかりけり」(かく聞かせざらましかば覺束なくても過ぎぬべかりけり)
- 「もしこう聞かせなかったら、知らないままで過ごしてしまっただろう」。
- 係り結び「こそ…しつれ」(身をば又なきものに思ひてこそ…心おごりをばしつれ)
- 「こそ」に応じて已然形「つれ」で結ぶが、下に逆接で続く。「思い上がりをしていたけれど」。
解説
明石の女御は、自分が明石の浦で、受領の娘を母として生まれたことを、ここで初めて詳しく知る。紫の上に育てられ、東宮の女御となった女御にとって、それは自分の身分の本当の姿を知る衝撃的な体験であった。
尼君が「ほけ人」と語られ、口をゆがめて泣く姿は、見苦しくもあるが、孫の栄華を見届けた喜びの深さを伝えている。この尼君の語りが、次の明石の入道の手紙の場面へとつながり、明石一族の長い宿願の物語が明かされていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、628–629頁(コマ25)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日