源氏物語 第34帖 若菜上(34)
二条院の賀宴
二条院の祝宴には、左右の大臣や式部卿宮をはじめ、多くの上達部が参列する。舞台の左右に楽人の幄が張られ、屯食や禄の唐櫃が並べられる。未の刻に楽人が参り、万歳楽や皇麞などが舞われ、日暮れに高麗楽の乱声とともに落蹲が舞われる。舞の終わりに、夕霧(権中納言)と柏木(衛門督)が庭に下りて入綾をほのかに舞い、紅葉の陰に消えていく姿に、人々は感興を覚える。かつて朱雀院への行幸で源氏と頭中将が青海波を舞った夕べを思い出す人々は、その子たちが劣らず並び立っていることを、めでたいことと思う。源氏も涙ぐむ。夜、禄を受けた楽人たちの白い衣が、千年を祝う鶴の毛衣のように見える。東宮が用意した楽器で管絃の遊びが始まり、源氏は昔の宮中のことを思い出す。

- 1南南みなみののの廂廂ひさしににに上達部上達部かんだちめ、、、左左さ右右ゆうののの大臣大臣おとど、、、式部式部しきぶ卿卿きょう宮宮のみやをををはじめはじめはじめ奉奉たてまつりりりててて次次つぎ々々つぎはははましてましてまして參參まいりりり給給たまははわぬぬぬ人人ひとなしなしなし。。。舞舞ぶ臺臺たいののの左左さ右右ゆうににに樂樂がく人人にんのののひらひらひらばりばりばりうちうちうちてててにしにしにしひんがしひんがしひんがしにににとんじきとんじきとんじき八八はち十十じゅうぐぐぐ、、、祿祿ろくののの唐唐から櫃櫃びつ四四し十十じゅう續續つづけけけててて立立たてててたりたりたり。。。未未ひつじののの時時ときばかりばかりばかりににに樂樂がく人人にんまゐるまゐるまいる。。。萬萬まん歲歲ざい樂樂らく皇皇おう麞麞じょうなどなどなど舞舞まひひいててて日日ひ暮暮くれれれかゝるかゝるかかるほどほどほどににに、、、高高こ麗麗まのののらんじやうらんじやうらんじょうしししててて落落らく蹲蹲そんののの舞舞まひひい出出いでででたるたるたるほどほどほど、、、猶猶なお常常つねのののめめめなれなれなれぬぬぬ舞舞まいのののさまさまさまなれなれなればばば舞舞まひひいはつるはつるはつる程程ほどににに權權ごん中中ちゅう納納な言言ごん衛衛え門門もん督督かみおりおりおりててていりいりいりあやあやあやをををほのかほのかほのかににに舞舞まひひいててて紅紅もみ葉葉じのののかげかげかげににに入入いりりりぬるぬるぬる名名な殘殘ごり飽飽あかかかずずず興興きょうありありありととと人々人々ひとびとおぼしおぼしおぼしたりたりたり。。。
- 2いにしへいにしへいにしえののの朱朱す雀雀ざく院院いんののの行行ぎょう幸幸こうににに靑靑せい海海がい波波はのののいみじかりいみじかりいみじかりししし夕夕ゆうべ思思おもひひい出出いででで給給たまふふう人々人々ひとびとははは權權ごん中中ちゅう納納な言言ごん衛衛え門門もん督督かみののの又又また劣劣おとらららずずず立立たちちち續續つづききき給給たまひひいにににけるけるける、、、世々世々よよのののおぼえおぼえおぼえありさまありさまありさまかたちかたちかたち用意用意よういなどなどなどもももをさをさをさをさおさおさ劣劣おとらららずずず、、、つかさつかさつかさくらゐくらゐくらいはははやゝやゝやや進進すすみみみてててさへさへさへこそこそこそなどなどなどよはひよはひよわいののの程程ほどをををももも數數かぞへへへててて猶猶なおさるべきさるべきさるべきにてにてにて昔昔むかしよりよりよりかくかくかくたちたちたち續續つづきききたるたるたる御御おんなからひなからひなからいなりなりなりけりけりけりとととめでたくめでたくめでたく思思おもふふう。。。あるじあるじあるじののの院院いんももも哀哀あわれににに淚淚なみだぐましくぐましくぐましくおぼしおぼしおぼし出出いでででらるゝらるゝらるることことことどもどもども多多おおかりかりかり。。。
- 3夜夜よににに入入いりりりててて樂樂がく人人にんどもどもども罷罷まかりりり出出いづづず。。。北北きたのののまんどころまんどころまんどころののの別別べつ當當とうどもどもども人々人々ひとびとひきひきひきゐゐいててて祿祿ろくののの唐唐から櫃櫃びつににによりよりよりてててひとつひとつひとつつゞつゞつづ取取とりりりてててつぎつぎつぎつぎつぎつぎたまふたまふたまう。。。白白しろきききものものものどもどもどもををを品品しな々々じなかづきかづきかずきててて山山やまぎはぎはぎわよりよりより池池いけのののつゝみつゝみつつみ過過すぐるぐるぐる程程ほどのののよそよそよそめめめははは千千ち年年とせをををかねかねかねてててあそぶあそぶあそぶ鶴鶴たずののの毛毛け衣衣ごろもににに思思おもひひいまがへまがへまがえらるらるらる。。。御御おん遊遊あそび始始はじまりまりまりてててまたまたまたおもしろしおもしろしおもしろし。。。御御おんことことことどもどもどもははは春宮春宮とうぐうよりよりよりぞぞぞとゝのへとゝのへととのえさせさせさせ給給たまひひいけるけるける。。。朱朱す雀雀ざく院院いんよりよりより渡渡わたりりり參參まいれれれるるる琵琵び琶琶わきんきんきん、、、內內うちよりよりより賜賜たまはりはりわり給給たまへへえるるる箏箏そうののの御御おん琴琴ことなどなどなど皆皆みな昔昔むかし覺覺おぼえええたるたるたる物物もののののねねねどもどもどもにてにてにて珍珍めずらしくしくしく彈彈ひききき合合あわせせせ給給たまへへえるるるににに、、、何何なにののの折折おりにににももも過過すぎぎぎにににししし方方かたののの御御おん有樣有樣ありさまうちうちうちわたりわたりわたりなどなどなどおぼしおぼしおぼし出出いでででらるらるらる。。。
現代語訳
南の廂の間に、上達部や左右の大臣、式部卿の宮をはじめとして、その次々の人々は、まして参上なさらない人はいない。舞台の左右に楽人の平張りを張って、西と東に屯食八十具、禄の唐櫃四十を続けて立ててある。未の刻ごろに楽人が参る。万歳楽や皇麞などを舞って、日が暮れかかるころに、高麗楽の乱声をして、落蹲が舞い出たところは、やはりいつもは見慣れない舞の様子なので、舞い終わるころに、権中納言(夕霧)と衛門督(柏木)が庭に下りて、入綾をほのかに舞って、紅葉の陰に入っていった名残が、いつまでも飽きず、興趣があると、人々はお思いになった。
昔、朱雀院への行幸で、青海波がすばらしかった夕べを思い出しなさる人々は、「権中納言と衛門督が、また劣らずに父君の跡を継いで並び立っていらっしゃったことよ。代々の声望も、様子も容貌も、心づかいなども、ほとんど劣らず、官位はむしろやや進んでいるくらいだ」などと、年齢のほどまで数えて、「やはりそうなるはずの宿縁で、昔からこのように並び立っているお家柄だったのだ」と、めでたく思う。主人の院(源氏)も、しみじみと涙ぐましく、思い出されることが多い。
夜に入って、楽人たちが退出する。北の政所の別当たちが人々を率いて、禄の唐櫃に寄って、一つずつ取って次々にお与えになる。白い衣類を身分に応じて肩にかけて、築山のそばから池の堤を過ぎていくあたりのよそ目は、千年の寿命を兼ねて遊ぶ鶴の毛衣かと見間違えられる。御遊びが始まって、またおもしろい。楽器類は、東宮の方からお整えになった。朱雀院から渡ってきた琵琶や琴(きん)、帝から賜った箏の御琴など、皆昔を思い出させる楽器の音で、珍しくお弾き合わせになると、源氏は何の折にも、過ぎ去った昔のご様子や宮中のことなどを、お思い出しになる。
意訳
二条院の祝宴で舞楽が演じられ、夕霧と柏木が入綾を舞う姿に、人々は昔の源氏と頭中将の青海波を思い出す。
夜は禄が配られ、昔ゆかりの楽器で管絃の遊びが行われ、源氏は昔を思い出す。
語釈・文法注
文法
- 「入綾」(いりあやをほのかに舞ひて)
- 舞楽で、舞い終わって退場する時に、もう一度舞い返しながら入ること。
- 「とんじき」(にしひんがしにとんじき八十ぐ)
- 屯食。強飯を卵形に握り固めたもの。下々の者に振る舞われた。
- 強調の「さへこそ」(つかさくらゐはやゝ進みてさへこそ)
- 「…までもだ」。下に「あれ」などが省略されている。
解説
夕霧と柏木が紅葉の陰に入綾を舞う場面は、紅葉賀の巻で、源氏と頭中将が青海波を舞った場面と響き合う。父の世代の栄光を子の世代が受け継いでいく様子が、美しく描かれている。
しかし、ここでも柏木は夕霧と並ぶ存在として、華やかに描かれる。後に女三の宮をめぐって源氏と対立する柏木が、この時は源氏の賀を祝う舞を舞っている。栄華の頂点にある宴の美しさは、その後の悲劇をいっそう際立たせることになる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、622–625頁(コマ22–23)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日