源氏物語 第34帖 若菜上(26)
朧月夜への思い
朧月夜は、故弘徽殿の大后の住んでいた二条の宮に移る。朱雀院は、女三の宮の次に朧月夜のことを気にかけている。朧月夜は尼になろうとするが、院は後を追うようで慌ただしいと諫める。源氏は、心残りのまま別れた朧月夜のことを長年忘れられず、もう一度会って昔のことを語りたいと思っていたが、互いの立場や、かつての騒ぎを思うと控えていた。今、朧月夜が静かに暮らしていると思うと、ますます会いたくなり、見舞いにかこつけて手紙を送る。かつての取り次ぎ役の中納言の君の兄、和泉の前の守を呼んで、ひそかに会えるよう取り計らってほしいと頼む。朧月夜は、院の出家という悲しい時に昔話などできないと断るが、源氏は、昔も逢瀬はあったのだから、今さら清らかな顔をしても仕方あるまいと思い立ち、和泉の前の守を案内役に出かける。

- 1ないないないしししのののかんかんかんののの君君きみははは故故こきさいきさいきさいののの宮宮みやのののおはしましゝおはしましゝおわしましし二二に條條じょうののの宮宮みやにににぞぞぞ住住すみみみ給給たまふふう。。。姫姫ひめ宮宮みやののの御御おん事事ことををを置置おきききてててはははこのこのこの御御おん事事ことをををなむなむなん顧顧かえりみみみがちがちがちにににみかどみかどみかどもももおぼしおぼしおぼしたりたりたりけるけるける。。。尼尼あまににになりなりなりなむなむなんとととおぼしおぼしおぼしたれたれたれどどどかゝるかゝるかかるきほひきほひきおいにににははは慕慕したふふうやうやうようににに心心こころあわたゞしあわたゞしあわただしととと諫諫いさめめめ給給たまひひいててて、、、やうやうやうやうようよう佛佛ほとけののの御御おん事事ことなどなどなど急急いそがががせせせ給給たまふふう。。。六六ろく條條じょうのののおとゞおとゞおとどははは哀哀あわれににに飽飽あかかかずずずのみのみのみおぼしおぼしおぼしてててやみやみやみにににししし御御おんあたりあたりあたりなれなれなればばば年年とし比比ごろももも忘忘わすれれれがたくがたくがたくいかならいかならいかならむむんをりをりおりににに對對たい面面めんあらあらあらむむん、、、今今いま一一ひと度度たびあひあひあい見見みてててそのそのその世世よののの事事ことももも聞聞きこえええまほしくまほしくまほしくのみのみのみおぼしおぼしおぼし渡渡わたるるるをををかたみかたみかたみににに世世よのののきゝきゝきき耳耳みみももも憚憚はばかりりり給給たまふふうべきべきべき身身みののの程程ほどににに、、、いとほしげいとほしげいとおしげなりなりなりししし世世よのののさわぎさわぎさわぎなどなどなどもももおぼしおぼしおぼし出出いでででらるれらるれらるればばば萬萬よろずにににつゝみつゝみつつみ過過すぐしぐしぐし給給たまひひいけるけるけるををを、、、かうかうこうのどやかのどやかのどやかににになりなりなり給給たまひひいててて世世よののの中中なかををを思思おもひひいしづまりしづまりしずまり給給たまふふうらむらむらんころほひころほひころおいののの御御おん有樣有樣ありさま、、、いよいよいよいよいよいよゆかしくゆかしくゆかしく心心こころもとなけれもとなけれもとなければばばあるあるあるまじきまじきまじきことことことゝゝとはははおぼしおぼしおぼしながらながらながら大大おおかたかたかたののの御御おんとぶらひとぶらひとぶらいにににことことことつけつけつけててて哀哀あわれなるなるなるさまさまさまににに常常つねににに聞聞きこえええ給給たまふふう。。。若若わか々々わかしかるしかるしかるべきべきべき御御おんあはひあはひあわいならならならねねねばばば御御おん返返かえりりりももも時時とき々々どきにににつけつけつけててて聞聞きこえええかはしかはしかわし給給たまふふう。。。
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現代語訳
尚侍の君(朧月夜)は、故大后(弘徽殿の大后)がいらっしゃった二条の宮にお住みになる。院の帝も、姫宮のことをさておいては、この方のことを気がかりにお思いになっていた。尚侍の君は尼になろうとお思いになったが、院は、このような慌ただしい時には、私の後を追うようで落ち着かないとお諫めになって、少しずつ仏事の御準備などを急がせなさる。六条の大臣(源氏)は、しみじみと心残りなままに終わってしまったお方なので、長年も忘れがたく、どのような折に対面できるだろうか、もう一度会って、あの頃のことも申し上げたいとばかり思い続けていらっしゃったが、互いに世間の聞こえもはばかりなさるはずの身の上で、気の毒だった当時の騒ぎなども思い出されるので、何かと慎んでお過ごしになっていたが、このようにのんびりとした身の上になられて、世の中のことを静かにお思いになっているであろうこの頃のご様子が、いよいよ知りたく気がかりなので、あってはならないこととはお思いになりながら、一通りのお見舞いにかこつけて、しみじみとした様子でいつもお便りを差し上げなさる。若々しくふるまうような間柄でもないので、尚侍の君もお返事を時々に応じて申し交わしなさる。
昔よりもこの上なく円熟して、すっかり整っていらっしゃるご様子をご覧になるにつけても、やはりこらえきれなくて、昔の中納言の君(朧月夜の女房)のもとにも、心深いことをいつもおっしゃる。その人の兄である和泉の前の守を呼び寄せて、若々しく昔に返って相談なさる。「人づてではなく、物越しにお話し申し上げたいことがあるのだ。うまくお話し申し上げて承知していただいて、たいそう忍んで参上しよう。今はそのような忍び歩きも窮屈な身の上で、並々でなく忍ばなければならないことなので、そなたもまた、人にはお漏らしになるまいと思うので、互いに安心なのだ」とおっしゃる。
尚侍の君は、「さあ、どうでしょう。世の中のことを思い知るにつけても、昔からつらいお心を、たくさん思いつめてきた年月の果てに、院の出家という悲しいことをさしおいて、どのような昔話を申し上げられましょう。本当に、人は漏れ聞かないようにしても、自分の心が問いかけるのが、たいそう恥ずかしいでしょう」とお嘆きになりながら、やはりまったくあってはならないことだとばかり申し上げる。源氏は、「昔、無理な状況だった世でさえ、心を通わせなさらなかったわけでもなかったのに。なるほど、出家なさった院のためには気がかりなようではあるが、なかったことでもないのだから、今になってはっきりと清らかになったようにふるまって、一度立ってしまった自分の浮き名を、今さら取り返しなさることができようか」と、気持ちを奮い起こして、この信太の森(和泉の前の守)を道案内として、お出かけになる。
意訳
朧月夜は二条の宮に移り、源氏は昔を忘れられず、手紙を送り、和泉の前の守に手引きを頼む。
朧月夜は断るが、源氏は昔も逢瀬はあったのだからと思い立ち、ひそかに出かける。
語釈・文法注
文法
- 「しのだの森」(このしのだの森を道のしるべにて)
- 和泉の国の歌枕。和泉の前の守を指す。「和泉なる信太の森の楠の千枝に分かれて物をこそ思へ」(古今六帖)などで知られる。
- 反語の「べきにや」(今さらに取り返し給ふべきにや)
- 「今さら取り返しなさることができようか、いや、できない」。
- 「おぼしおこして」(とおぼしおこして)
- 気持ちを奮い起こして。ためらいを振り切る様子。
解説
朧月夜は、源氏の須磨退去のきっかけとなった女性である。朱雀院の寵愛を受けながら源氏と通じ、その発覚が源氏失脚の口実となった。院が出家した今、源氏はふたたび朧月夜に近づこうとする。
源氏は、女三の宮を迎えたばかりで、紫の上の苦しみも知りながら、昔の恋人のもとへ忍んでいく。「立ちにし我が名今さらに取り返し給ふべきにや」という居直りには、四十歳を迎えた源氏の衰えない情熱と、身勝手さとが同時に表れている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、614–617頁(コマ18–19)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日