源氏物語 第34帖 若菜上(25)
朱雀院の文
その月のうちに、朱雀院は西山の御寺に移る。院は源氏に、女三の宮のことを、遠慮なく心にかけて世話してほしいと、たびたび手紙を送る。紫の上にも特に手紙があり、幼い宮を罪のない者と許して後見してほしい、縁故を尋ねれば訪ねてもらえる理由もあろうと頼み、「背きにし」の歌を添える。源氏は、丁重にお返事なさいと言い、使者にも酒をふるまう。紫の上は返事に困るが、心のままに「背く世の」と返し、使者に女の装束を与える。院は、紫の上の筆跡の見事さを見て、何事も気後れするほど立派な人のそばで、幼い宮がどう見られているかと心を痛める。女御や更衣たちも、それぞれ院のもとを離れていき、悲しいことが多い。

- 1院院いんのののみかどみかどみかどははは月月つきのののうちうちうちにににみみみ寺寺てらにににうつろひうつろひうつろい給給たまひひいぬぬぬこのこのこの院院いんににに哀哀あわれなるなるなる御御おんせうそこせうそこしょうそこどもどもども聞聞きこえええ給給たまふふう。。。姫姫ひめ宮宮みやののの御御おんことことことははは更更さらなりなりなり、、、煩煩わずらはしくはしくわしくいかにいかにいかに聞聞きくくく所所ところやややなどなどなど憚憚はばかりりり給給たまふふう事事ことなくなくなくてててともかくもともかくもともかくも唯唯ただ御心御心みこころにににかけかけかけてててもてなしもてなしもてなし給給たまふふうべくべくべくぞぞぞたびたびたびたびたびたび聞聞きこえええ給給たまひひいけるけるける。。。されどされどされど哀哀あわれにににうしろめたくうしろめたくうしろめたく幼幼おさなくくくおはするおはするおわするををを思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまひひいけりけりけり。。。紫紫むらさきののの上上うえにににももも御御おんせうそこせうそこしょうそこことことことにににありありあり。。。「「「幼幼おさなききき人人ひとののの心心こころなきなきなきさまさまさまにてにてにてうつろひうつろひうつろいものすものすものすらむらむらんををを、、、罪罪つみなくなくなくおぼしおぼしおぼし許許ゆるしししててて、、、後見後見うしろみ給給たまへへえ尋尋たずねねね給給たまふふうべきべきべき故故ゆえもももやややあらあらあらむむんとととぞぞぞ。。。そむきそむきそむきにににしししこのこのこの世世よにににのこるのこるのこる心心こころこそこそこそいるいるいる山山やまみちみちみちのののほだしほだしほだしなりなりなりけれけれけれ。。。やみやみやみをををえええはるけはるけはるけででで聞聞きこゆるゆるゆるもももをこがましくをこがましくおこがましくややや」」」とととありありあり。。。
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現代語訳
院の帝は、その月のうちに御寺にお移りになった。この院(源氏)に、しみじみとしたお手紙を何度も差し上げなさる。姫宮のことはいうまでもなく、「私が煩わしく、どう聞くだろうかなどと遠慮なさることなく、ともかくもただお心にかけてお世話してください」と、たびたび申し上げなさった。けれども、しみじみと気がかりに、宮が幼くいらっしゃるのをお思い申し上げていらっしゃった。紫の上にも、お手紙が特別にある。「幼い人が分別もない様子でそちらに移っていったでしょうが、罪のない者とお許しくださって、お世話してください。縁故を尋ねれば、お世話くださるはずの理由もあるでしょうかと思いまして。そむきにしこの世にのこる心こそいる山みちのほだしなりけれ(背いて捨てたこの世に残る心こそ、山に入る道の妨げなのでした)。子を思う心の闇を晴らせずに申し上げるのも、愚かしいことでしょうか」とある。
大臣(源氏)もご覧になって、「しみじみとしたお手紙です。謹んでお返事申し上げなさい」と言って、お使いにも女房を通じて杯を差し出させなさって、酒をおすすめになる。紫の上は、お返事はどう申し上げたらよいかなどと、申し上げにくくお思いになったけれど、仰々しく趣向をこらすような折のことでもないので、ただ思うままを述べて、「背く世のうしろめたくはさりがたきほだしをしひてかけな離れそ(お背きになったこの世が気がかりならば、離れがたいほだしを、しいて振り捨てて離れなさいますな)」などというようであった。女の装束に細長を添えて、使者にお与えになる。院は、紫の上の御筆跡などのたいそう見事なのをご覧になって、何事も気後れするほど立派なようなあたりで、宮が幼く見えていらっしゃるだろうことを、たいそう心苦しくお思いになった。いよいよ最後ということで、女御や更衣たちなどがそれぞれ院のもとをお離れになるのも、しみじみと悲しいことが多かった。
意訳
朱雀院は御寺に移り、源氏と紫の上に女三の宮の後見を頼む手紙を送る。
紫の上は心のままに返歌し、院はその見事な筆跡に、幼い宮のことをいっそう案じる。
語釈・文法注
文法
- 「心の闇」(やみをえはるけで)
- 子を思う親心の迷い。「人の親の心は闇にあらねども子を思ふ道にまどひぬるかな」(後撰集・藤原兼輔)による。
- 禁止の「な…そ」(しひてかけな離れそ)
- 「しいて振り捨てて離れなさいますな」。
- 「かづく」(細長添へてかづけ給ふ)
- 下二段活用で、褒美として衣服を与える。受け取った者は肩にかけて退出した。
解説
朱雀院が紫の上に直接手紙を送り、女三の宮の後見を頼むのは、紫の上が六条院の実質的な女主人であることを認めているからである。「尋ね給ふべき故もやあらむ」とは、紫の上も女三の宮も藤壺の姪であるという縁を指している。
紫の上の返歌は、院の出家の決意を励ましつつ、女三の宮への心配を受け止める、見事な応答である。その筆跡の立派さが、かえって院に女三の宮の幼さを痛感させる。紫の上の優れた資質は、皮肉にも、宮との差を際立たせることになる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、614–615頁(コマ18)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日