源氏物語 第34帖 若菜上(24)
幼い女三の宮
念入りに装った源氏の姿を、宮の女房たちは見るかいがあると思うが、年配の乳母たちは、この方お一人は立派だが、不愉快なこともあるだろうと思う。女三の宮は、仰々しく麗しい設えの中で、ただあどけなく、着物に埋もれるように小さく、人見知りもせずにかわいらしい。源氏は、朱雀院は風流の方面には優れていたのに、なぜこのようにおっとりと育てたのかと残念に思うが、憎くはなく見る。宮は言われるままになよなよと従い、思いついたことを幼く口にする。昔なら失望しただろうが、今は人それぞれだと思い直し、よそ目には申し分ない夫婦だろうと思う。そして、長年見てきた紫の上の様子こそ、やはりめったになく、我ながらよく育てたものだと思い、一夜離れただけでも恋しく、ますます愛情が深まるのを、不吉なほどだと思う。

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現代語訳
特に念入りにお化粧などをなさったご様子を、今初めて拝見する宮付きの女房などは、まして見るかいがあるとお思い申し上げていることだろう。御乳母などのような年配の人々は、「さあどうでしょう。この方お一人こそご立派だけれど、不愉快なこともきっとあるでしょうよ」と、喜びと不安を混ぜて思う者もあった。女宮は、たいそういじらしく幼い様子で、御設えなどが仰々しく大げさで端麗であるのに、ご自身は無心で、頼りないお年頃で、たいそう御衣に埋もれるようで、体もないかのようにか弱い。特に恥ずかしがったりもなさらず、ただ幼子が人見知りをしないような感じで、気楽でかわいらしい様子をしていらっしゃる。源氏は、「院の帝は、男らしくしっかりとした方面の御学識などは、不十分でいらっしゃると世間の人は思っているようだ。風流な方面で、優美で由緒ある点は人に勝っていらっしゃるのに、どうしてこのようにおっとりとお育てになったのだろう。それに、たいそうお心にかけていらっしゃる皇女と聞いていたのに」と思うのも、何となく残念だけれど、憎くはなく拝見なさる。
宮は、ただ源氏が申し上げなさるままに、なよなよとお従いになって、お返事なども、心に浮かんだことは幼くおっしゃり出して、見放しがたくお見えになる。源氏は、「昔の心であったら、ひどく失望しただろうが、今は世の中のことを皆さまざまに穏やかに思うようになって、ああいう人もこういう人も、普通から抜きん出ることは難しいものだ。それぞれに長所短所があって、大体はそういうものだ。よそ目には、たいそう申し分のない夫婦であろう」とお思いになると、離れずにずっと並んで見申し上げていらっしゃった年月よりも、対の上(紫の上)のご様子こそ、やはりめったになく、我ながらよく育て上げたものだとお思いになる。一夜の間、朝の間も恋しく気がかりで、いっそうご愛情がまさるのを、どうしてこのように思われるのだろうと、不吉なほどである。
意訳
女三の宮はあまりに幼く、源氏は朱雀院がなぜこのように育てたのかと残念に思う。
源氏は宮と比べて紫の上の得がたさを思い知り、一夜離れても恋しいほど愛情が深まるのを不吉に思う。
語釈・文法注
文法
- 「おもぎらひ」(唯ちごのおもぎらひせぬ心地して)
- 面嫌い。人見知り。
- 「けむ」(などてかくおいらかにおほしたて給ひけむ)
- 過去の原因推量。「どうしてこのようにおっとりとお育てになったのだろう」。
- 「ゆゆし」(などかく覺ゆらむとゆゝしきまでなむ)
- 不吉だ、恐ろしい。愛情が深まりすぎることを、かえって不吉に感じている。
解説
女三の宮は「御ぞがちにみもなく」、つまり着物ばかりで体がないかのように小さく描かれる。源氏は宮を憎くは思わないが、心を引かれるところもない。かつて若紫を理想の女性に育てた源氏にとって、この宮の幼さは、張り合いのないものであった。
源氏は、宮と比べることで、紫の上への愛情がいっそう深まるのを感じる。しかしそれを「ゆゆしきまで」と不吉に思うところに、この幸せが長くは続かないことへの予感がひそんでいる。紫の上の発病は、この巻の続きである若菜下の巻で描かれる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、612–615頁(コマ17–18)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日