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源氏物語 第34帖 若菜上(21)

紫の上の心づかい

登場人物:紫の上・光源氏・中務・中将の君

紫の上は、女房たちの噂を聞き苦しく思い、宮が来られたのはむしろよいことで、自分も親しくしたいのに、人々が隔てがあるように取りなすのではないかと言う。中務や中将の君などの女房は目くばせし合う。他の御方々からも、紫の上を気づかう見舞いがあり、紫の上は、こう推し量る人こそかえってつらいと思う。夜更けに寝所に入るが、独り寝の寂しさに、須磨の別れの折を思い出し、あの時に比べれば、同じ世にいるだけでもよいと思い直す。寝つかれずに夜を明かし、まんじりともせずにいる。紫の上の思いが通じたのか、源氏の夢に紫の上が現れ、源氏は胸騒ぎがして、まだ暗いうちに急いで宮のもとを出る。

夜更けの六条院の対の屋で、紫の上が庭を前に座り、眠れずに物思いにふけっている場面(AI生成)
夜更けの六条院の対の屋で、紫の上が庭を前に座り、眠れずに物思いにふけっている場面
  1. 1かうかうこう人ひと人ひとひとのののたゞたゞただならならならずずずいひいひいい思おも思おもおもひひいたるたるたるももも聞き聞きききききにくしにくしにくしとととおぼしおぼしおぼしててて「「「かくかくかくこれこれこれかれかれかれ數あま數あまあま多た多たた物もの物ものものししし給たま給たまたまふふうめれめれめれどどど御心みこころ御心みこころみこころにににかなひかなひかないててて今いま今いまいまめかしくめかしくめかしくすぐれすぐれすぐれたるたるたるきはきはきわにににもももあらあらあらずずずととと、、、めめめなれなれなれてててさうざうしくさうざうしくそうぞうしくおぼしおぼしおぼしたりたりたりつるつるつるににに、、、このこのこの宮みや宮みやみやのののかくかくかく渡わた渡わたわたりりり給たま給たまたまへへえるるるこそこそこそめやすけれめやすけれめやすけれ。。。猶なほ猶なほなおわらはわらはわらわごゝろごゝろごころのののうせうせうせぬぬぬにににやややあらあらあらむむん、、、我わ我わわれれれもももむつびむつびむつび聞きこ聞きこきこえええてててあらあらあらまほしきまほしきまほしきををを、、、あいなくあいなくあいなくへだてへだてへだてあるあるあるさまさまさまににに人々ひとびと人々ひとびとひとびとやややとりなさとりなさとりなさむむんとととすすすらむらむらん。。。ひとしきひとしきひとしき程ほど程ほどほど劣おと劣おとおとりりりざまざまざまなどなどなど思おも思おもおもふふう人ひと人ひとひとにににこそこそこそたゞたゞただならならならずずず耳みゝ耳みゝみみだつだつだつことことこともももおのづからおのづからおのずから出い出いいででで來き來ききるるるわざわざわざなれなれなれ。。。辱かたじけな辱かたじけなかたじけなくくく心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしきしきしき御おん御おんおんことことことなめれなめれなめればばばいかでいかでいかで心こころ心こころこころおかおかおかれれれ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららじじじとととなむなむなん思おも思おもおもふふう」」」などなどなどのたまへのたまへのたまえばばば、、、中なか中なかなか務つかさ務つかさつかさ中ちゆう中ちゆうちゅう將じやう將じやうじょうののの君きみ君きみきみなどなどなどやうやうようののの人々ひとびと人々ひとびとひとびとめめめをををくはせくはせくわせつゝつゝつつ、、、「「「あまりあまりあまりなるなるなる御おん御おんおん思おも思おもおもひやりひやりいやりかなかなかな」」」などなどなどいふいふいうべしべしべし。。。昔むかし昔むかしむかしはははたゞたゞただならならならぬぬぬさまさまさまにににつかひつかひつかいならしならしならし給たま給たまたまひひいししし人ひと人ひとひとどもどもどもなれなれなれどどど年とし年としとし比ごろ比ごろごろはははこのこのこの御おん御おんおん方かた方かたかたにににさぶらひさぶらひさぶらいててて皆みな皆みなみな心こころ心こころこころよせよせよせ聞きこ聞きこきこえええたるたるたるなめりなめりなめり。。。
  2. 2ことことこと御おん御おんおん方かた方かたかた々がた々がたがたよりよりよりもももいかにいかにいかにおぼすおぼすおぼすらむらむらん。。。もとよりもとよりもとより思おも思おもおもひひい見み見みみ馴な馴ななれれれたるたるたる人々ひとびと人々ひとびとひとびとはははなかなかなかなかなかなか心こころ心こころこころやすきやすきやすきをををなどなどなどおもむけおもむけおもむけつゝつゝつつとぶらひとぶらひとぶらい聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふうもももあるあるあるををを、、、かくかくかくおしおしおしはかるはかるはかる人ひと人ひとひとこそこそこそなかなかなかなかなかなか苦くる苦くるくるしけれしけれしけれ、、、世よ世よよののの中なか中なかなかもももいといといと常つね常つねつねなきなきなきものものものをををなどなどなどてててかかかさささのみのみのみははは思おも思おもおもひひい惱なや惱なやなやまままむむんなどなどなどおぼすおぼすおぼす。。。あまりあまりあまり久ひさ久ひさひさしきしきしきよひよひよいゐゐいももも例れい例れいれいならならならずずず人ひと人ひとひとややや咎とが咎とがとがめめめむむんととと心こころ心こころこころのののおにおにおにゝゝにおぼしおぼしおぼしててて入い入いいりりり給たま給たまたまひひいぬれぬれぬればばば、、、御おん御おんおんふすまふすまふすままゐりまゐりまいりぬれぬれぬれどどど、、、實げ實げげにににかたはらかたはらかたわら寂さび寂さびさびしきしきしきよなよなよなよなよなよなへへへにににけるけるけるももも猶なほ猶なほなおたゞたゞただならならならぬぬぬ心地ここち心地ここちここちすれすれすれどどどかのかのかの須す須すす磨ま磨ままののの御おん御おんおん別わかれ別わかれわかれののの折をり折をりおりをををおぼしおぼしおぼし出い出いいづれづれずればばば、、、今いま今いまいまはははとととかけかけかけはなれはなれはなれ給たま給たまたまひひいてててももも、、、唯ただ唯ただただ同おな同おなおなじじじ世よ世よよのののうちうちうちににに聞き聞ききききき奉たてまつ奉たてまつたてまつらららましかましかましかばばばととと我わ我わわががが身み身みみまでまでまでのののことことことはははうちうちうち置お置おおきききあたらしくあたらしくあたらしく悲かな悲かなかなしかりしかりしかりししし有樣ありさま有樣ありさまありさまぞぞぞかしかしかし。。。さてさてさてそのそのそのまぎれまぎれまぎれににに我わ我わわももも人ひと人ひとひとももも命いのち命いのちいのち堪た堪たたへへえずずずなりなりなりなななましかましかましかばばばいふかひいふかひいうかいあらあらあらましましまし世よ世よよかはかはかはとととおぼしおぼしおぼしなほすなほすなおす。。。
  3. 3風かぜ風かぜかぜ打う打ううちちち吹ふ吹ふふきききたるたるたる夜よ夜よよのののけはひけはひけわい冷ひや冷ひやひややかやかやかにてにてにてふとふとふとももも寢ね寢ねね入い入いいららられれれ給たま給たまたまははわぬぬぬををを近ちか近ちかちかくくくさぶらふさぶらふさぶらう人々ひとびと人々ひとびとひとびと怪あや怪あやあやしししとととややや聞き聞ききかかかむむんとととうちうちうちもももみじろぎみじろぎみじろぎ給たま給たまたまははわぬぬぬももも猶なほ猶なほなおいといといと苦くる苦くるくるしげしげしげなりなりなり。。。夜よ夜よよ深ふか深ふかふかきききとりとりとりののの聲こゑ聲こゑこえののの聞きこ聞きこきこえええたるたるたるももも物もの物ものもの哀あはれ哀あはれあわれなりなりなり。。。わざとわざとわざとつらしつらしつらしとととにににはははあらあらあらねねねどどどかやうかやうかようににに思おも思おもおもひひい亂みだ亂みだみだれれれ給たま給たまたまふふうけけけにににややや、、、かのかのかの御おん御おんおん夢ゆめ夢ゆめゆめににに見み見みみえええ給たま給たまたまひひいけれけれければばば、、、打う打ううちちち驚おどろ驚おどろおどろききき給たま給たまたまひひいててていかにいかにいかにととと心こころ心こころこころ騷さわ騷さわさわがしがしがし給たま給たまたまふふうにににとりとりとりのののねねね待ま待ままちちち出い出いいででで給たま給たまたまへへえれれればばば、、、夜よ夜よよふかきふかきふかきももも知し知ししらららずずずがほがほがおににに急いそ急いそいそぎぎぎ出い出いいででで給たま給たまたまふふう。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

紫の上は、このように女房たちがただならず言ったり思ったりしているのも、聞き苦しいとお思いになって、「このように、あの方この方と大勢いらっしゃるようですが、院のお心にかなって、当世風で優れた身分の方でもないと、見慣れて物足りなくお思いになっていたところに、この宮がこうしてお越しになったのは、結構なことです。私はやはり子どもっぽい心が抜けないのでしょうか、私も親しくしていただきたいのに、むやみに隔てがあるように、人々が取りなすのではないかしら。同じ程度の身分か、劣った身分の人などと思う人にこそ、平静でいられず耳にとまることも自然と出てくるものです。恐れ多く、お気の毒なお方のようですから、何とかして隔て心をお持ちいただかないようにと思っています」などとおっしゃるので、中務や中将の君などの女房たちは目くばせし合って、「あまりにもお心が広すぎるのでは」などと言っているのだろう。この人々は、昔は源氏が格別なご様子でお使い慣らしになった人たちだが、ここ数年はこの御方にお仕えして、皆心を寄せ申し上げているようだ。

ほかの御方々からも、「どのようにお思いでしょう。もともと思いあきらめている私たちは、かえって気が楽ですが」などと、それとなく言い寄せながらお見舞い申し上げなさる方もあるので、紫の上は、このように推し量る人こそかえってつらい、世の中もたいそう無常なものなのに、どうしてそうばかり思い悩むことがあろうか、などとお思いになる。あまり長く夜更かしするのも、いつもと違うと人が咎めるのではないかと、気がとがめてお休みになったので、御衾を差し上げたが、本当に、そばが寂しい夜々を過ごしてきたのも、やはり平静ではいられない気持ちがするけれど、あの須磨の御別れの時をお思い出しになると、「もうこれまでと遠く離れておしまいになっても、ただ同じ世の中にいらっしゃると聞いていられたら」と、自分のことはさておいて、惜しく悲しかったご様子だったのだ。「あの時、その騒ぎの中で、自分も源氏も命が絶えてしまっていたら、何の甲斐のある夫婦仲だったろうか」と、お思い直しになる。

風が吹いている夜の様子が冷ややかで、すぐには寝つくこともおできにならないのを、近くにお仕えする女房たちが変だと聞くだろうかと、身動きもなさらないのも、やはりたいそう苦しそうである。夜深い鶏の声が聞こえたのも、しみじみとしている。紫の上は、ことさら源氏をつらいと思っているわけではないが、このように思い乱れていらっしゃるせいであろうか、源氏の御夢に紫の上がお見えになったので、源氏ははっと目を覚まされて、どうしたのだろうかと胸騒ぎがなさるので、鶏の声を待ち受けなさると、まだ夜深いのも知らない顔で、急いでお出になる。

意訳

紫の上は、宮の降嫁を歓迎するように振る舞い、女房たちの噂をたしなめる。

独り寝の夜、紫の上は須磨の別れを思って自分を慰めるが眠れず、その思いが源氏の夢に現れて、源氏は急いで帰る。

語釈・文法注

文法

「心の鬼」(心のおにゝおぼして)
良心の呵責、気のとがめ。人にどう思われるかと気にする心。
反実仮想「ましかば…まし」(命堪へずなりなましかばいふかひあらまし世かは)
「もし命が絶えていたら、何の甲斐のある仲だったろうか」。「かは」は反語。
「けにや」(思ひ亂れ給ふけにや)
「け」は「故(け)」で、せい、ため。「思い乱れていらっしゃるせいであろうか」。

解説

紫の上は、女房たちの前では宮の降嫁を歓迎してみせる。その「あまりなる御思ひやり」は、自分を守るための誇りでもある。周囲の同情を受けることが、紫の上にとってはかえってつらいのである。

独り寝の紫の上が須磨の別れを思い出す場面は、二人の長い歴史を振り返らせる。あの時の別れに比べれば今はまだよいと思い直す姿は、自分を納得させようとする痛ましい努力である。紫の上の思いが源氏の夢に現れるのは、思う人の魂が夢に通うという当時の考え方による。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、610–611頁(コマ16)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日