源氏物語 第34帖 若菜上(16)
玉鬘の若菜
年が明け、朱雀院は女三の宮を六条院に移す準備を進める。求婚していた人々は残念に思い、帝も入内を考えていたが思いとどまる。この年、源氏は四十歳になり、朝廷でも賀を祝おうとするが、源氏は大げさなことを好まず、すべて辞退する。正月二十三日の子の日に、鬚黒の大将の北の方となった玉鬘が、ひそかに準備して若菜を献上する。六条院の南の御殿の西の放出に、華やかで趣向をこらした設えが整えられる。源氏は玉鬘と久しぶりに対面し、昔を思い出しながら、隔てなく語り合う。源氏はとても四十歳とは見えないほど若々しく美しい。

- 1年年としもももかへりかへりかえりぬぬぬ。。。朱朱す雀雀ざく院院いんにににははは、、、姫姫ひめ宮宮みや六六ろく條條じょう院院いんにににうつろひうつろひうつろい給給たまははわむむん御御おんいそぎいそぎいそぎをををししし給給たまふふう。。。聞聞きこえええ給給たまひひいつるつるつる人々人々ひとびといといといと口惜口惜くちおしくしくしくおぼしおぼしおぼしなげくなげくなげく。。。內內うちにににももも御御おん心心こころばへばへばえありありありててて聞聞きこえええ給給たまひひいけるけるける程程ほどににに、、、かゝるかゝるかかる御御おん定定さだめめめををを聞聞きこししし召召めしししててておぼしおぼしおぼしとまりとまりとまりにににけりけりけり。。。さるはさるはさるは今今こ年年としぞぞぞ四四よ十十そぢぢじににになりなりなり給給たまひひいけれけれければばば、、、御御おん賀賀がのののことことことおほやけおほやけおおやけにににももも聞聞きこししし召召めししし過過すぐさぐさぐさずずず、、、世世よののの中中なかのののいとなみいとなみいとなみにてにてにてかねてかねてかねてよりよりより響響ひびくくくををを、、、ことことことのののわづらひわづらひわずらい多多おおくくく、、、嚴嚴いかめしきめしきめしきとととははは昔昔むかしよりよりより好好このみみみ給給たまははわぬぬぬ御心御心みこころにてにてにて皆皆みなかへさひかへさひかえさい申申もうししし給給たまふふう。。。
- 2正正しょう月月がつ廿廿にじゅう三三さん日日にち子子ねののの日日ひなるなるなるににに左左さ大大だい將將しょう殿殿どのののの北北きたののの方方かた若若わか菜菜なまゐりまゐりまいり給給たまふふう。。。かねてかねてかねて氣色氣色けしきももも漏漏もらししし給給たまははわでででいといといといたくいたくいたく忍忍しのびびびててておぼしおぼしおぼし設設もうけけけたりたりたりけれけれければばば俄俄にわかにてにてにて得得え諫諫いさめめめ返返かへししし聞聞きこえええ給給たまははわずずず。。。忍忍しのびびびたれたれたれどどどさばかりさばかりさばかりののの御御おんいきほひいきほひいきおいなれなれなればばば、、、渡渡わたりりり給給たまふふう儀儀ぎ式式しきなどなどなどいといといとひゞきひゞきひびきことことことなりなりなり。。。南南みなみのののおとゞおとゞおとどののの西西にしのののはなちはなちはなちいでいでいでにににおましおましおましよそふよそふよそう。。。屏屏びょう風風ぶかべしろかべしろかべしろよりよりより始始はじめめめ新新あたらしくしくしく拂拂はらひひいしつらはしつらはしつらわれれれたりたりたり。。。麗麗うるわしくしくしくいしいしいしなどなどなどははは建建たてててずずず御御おん地地じ敷敷しき四四し十十じゅう枚枚まい御御おんしとねしとねしとね脇脇きょう息息そくなどなどなどすべてすべてすべてそのそのその御御おん具具ぐどもどもどもいといといと淸淸きよらららにににせせせさせさせさせ給給たまへへえりりり螺螺ら鈿鈿でんののの御御み厨厨ず子子し二二ふたよろひよろひよろいににに御御おん衣衣ぞ箱箱ばこ四四よつつつすゑすゑすえててて、、、夏夏なつ冬冬ふゆののの御御おんさうさうそう束束ぞく、、、かうごかうごこうご、、、藥藥くすりののの箱箱はこ、、、御御おん硯硯すずり、、、ゆするつきゆするつきゆするつき、、、かゝげかゝげかかげののの箱箱はこなどなどなどやうやうようのののものものもの、、、うちうちうちうちうちうちきよらきよらきよらををを盡盡つくししし給給たまへへえりりり。。。御御おんかざしかざしかざしののの臺臺だいにににはははぢんぢんじんしたんしたんしたんををを作作つくりりり、、、珍珍めずらしきしきしきあやめあやめあやめををを盡盡つくししし、、、同同おなじきじきじきかねかねかねをををももも色色いろづかひづかひずかいなしなしなしたるたるたる心心こころばへばへばえありありあり今今いまめかしくめかしくめかしく、、、かんかんかんののの君君きみ物物もののののみやびみやびみやび深深ふかくくくかどかどかどめきめきめき給給たまへへえるるる人人ひとにてにてにてめめめなれなれなれぬぬぬさまさまさまにににしなししなししなし給給たまへへえりりり。。。大大おおかたかたかたのののことことことをををばばば殊殊こと更更さらににに事事こと々々ごとしからしからしからぬぬぬ程程ほどなりなりなり。。。
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現代語訳
年も改まった。朱雀院では、姫宮が六条院にお移りになるご準備をなさる。求婚申し上げていらっしゃった人々は、たいそう残念にお嘆きになる。帝にもお心づもりがあって、お申し入れなさっていたところに、このようなお取り決めをお聞きになって、思いとどまりなさった。実は、今年、源氏は四十歳におなりになったので、御賀のことを朝廷でも聞き過ごしなさらず、世を挙げての催しとして、以前から評判になっているが、源氏は、物事の面倒が多く、大げさなことは昔からお好みにならないご気性なので、すべてご辞退申し上げなさる。
正月二十三日、子の日に当たる日に、左大将殿(鬚黒)の北の方(玉鬘)が、若菜を献上なさる。前もって様子もお漏らしにならず、たいそうひそかにご準備なさっていたので、急なことで、源氏はお止めしてお返し申し上げることもおできにならない。ひそかにとはいっても、あれほどのご威勢なので、お渡りになる儀式などは、たいそう評判が格別である。南の御殿の西の放出に御座所を設ける。屏風や壁代をはじめ、新しく清めて設えられている。格式ばって椅子などは立てず、御地敷四十枚、御褥、脇息など、すべてその御道具類は、たいそう美しく調えさせなさった。螺鈿の御厨子二具に、御衣箱四つを置いて、夏冬の御装束、香壺、薬の箱、御硯、泔坏、掻上げの箱などのような物は、内々に美しさを尽くしていらっしゃった。御挿頭の台には、沈や紫檀を作り、珍しい模様を尽くし、同じ金属も色合いを工夫した趣向があって当世風で、尚侍の君(玉鬘)は、物事の風雅に深く、才気のある方なので、見慣れない様子にしつらえていらっしゃった。全体のことは、ことさらに仰々しくない程度である。
人々が参上などなさって、源氏が御座所にお出になるというので、尚侍の君とご対面がある。お心の中では、昔のことをお思い出しになることもさまざまであったろう。たいそう若く美しくて、このように四十の御賀などということは、数え間違いではないかと思われるほど優美で、子の親らしくなくいらっしゃるのを、玉鬘は、久しぶりに年月を隔てて拝見なさるのは、たいそう恥ずかしいけれど、やはりはっきりとした隔てもなく、お話を交わし申し上げなさる。
意訳
源氏は四十歳になるが、大げさな賀は辞退する。正月の子の日に、玉鬘がひそかに準備して若菜を献上する。
源氏は玉鬘と久しぶりに対面し、四十とは見えない若々しさで、隔てなく語り合う。
語釈・文法注
文法
- 「子の日」(正月廿三日子の日なるに)
- 正月の最初の子の日に、野に出て小松を引き、若菜を摘んで長寿を祝う行事。ここでは若菜を献上して源氏の四十の賀を祝う。
- 過去推量の「けむ」(さまざまなりけむかし)
- 「さまざまであったろうよ」。語り手が源氏の心中を推し量っている。
- 「ひがかぞへ」(ひがかぞへにやと覺ゆる)
- 数え違い。四十の賀というのは年の数え間違いではないかと思われるほど、源氏が若々しいということ。
解説
巻名の「若菜」は、玉鬘が源氏の四十の賀に若菜を献上したことによる。四十歳は当時、老いの始まりとされ、長寿を祝う賀が行われた。しかし源氏は「ひがかぞへにや」と思われるほど若々しく、その若さと老いとのずれが、この巻の主題の一つとなる。
玉鬘はかつて源氏の養女として六条院に迎えられ、源氏の恋情を受けた人である。今は鬚黒の北の方として落ち着き、二人の子の母となった。源氏の「古おぼし出づることもさまざまなりけむかし」という心の内には、玉鬘への未練もほのかに残っている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、604–605頁(コマ13)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日