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源氏物語 第34帖 若菜上(11)

女三の宮の裳着

登場人物:朱雀院・女三の宮・太政大臣・秋好中宮

年の暮れ、病の癒えない朱雀院は、急いで女三の宮の裳着の儀を行う。柏殿の西面に、唐の后の飾りを思わせる華やかな設えを整え、腰結の役は太政大臣が務める。大臣たちや上達部、親王たち、殿上人がそろって参上し、帝や東宮、源氏からも多くの贈り物がある。秋好中宮は、かつて自分が入内した時に院から贈られた櫛の箱を、もとの趣を残して作り直して贈り、「さしながら」の歌を添える。院はこれを見て昔を思い出し、「さしつぎに」と、宮の幸いを祈る歌を返す。

朱雀院の御所で、女三の宮が女房たちに見守られながら裳着の儀に臨んでいる場面(AI生成)
朱雀院の御所で、女三の宮が女房たちに見守られながら裳着の儀に臨んでいる場面
  1. 1年とし年としとしももも暮く暮くくれれれぬぬぬ。。。朱す朱すす雀ざく雀ざくざく院ゐん院ゐんいんにににははは御おん御おんおん心地ここち心地ここちここち猶なほ猶なほなおをこたるをこたるおこたるさまさまさまにににもももおはしまさおはしまさおわしまさねねねばばば萬よろづ萬よろづよろずあわたゞしくあわたゞしくあわただしくおぼしおぼしおぼし立た立たたちちちててて、、、御おん御おんおんもぎもぎもぎのののことことことおぼしおぼしおぼしいそぐいそぐいそぐさまさまさま、、、きしきしきし方かた方かたかた行ゆ行ゆゆくくくさきさきさきありがたげありがたげありがたげなるなるなるまでまでまでいつくしくいつくしくいつくしくのゝしるのゝしるののしる。。。御おん御おんおんしつらひしつらひしつらいはははかへかへかえ殿どの殿どのどのののの西にし西にしにし面おもて面おもておもてににに御み御みみ几き几きき帳ちやう帳ちやうちょうよりよりよりはじめはじめはじめてててこゝこゝここののの綾あや綾あやあや錦にしき錦にしきにしきをををばばばまぜまぜまぜさせさせさせ給たま給たまたまははわずずず、、、もろこしもろこしもろこしののの后きさき后きさききさきののの飾かざり飾かざりかざりをををおぼしおぼしおぼしやりやりやりててて麗うるは麗うるはうるわしくしくしくことごとしくことごとしくことごとしく輝かゞや輝かゞやかがやくくくばかりばかりばかりとゝのへとゝのへととのえさせさせさせ給たま給たまたまへへえりりり。。。御おん御おんおん腰こし腰こしこしゆひゆひゆいにににはははおほきおほきおおきおとゞおとゞおとどをををかねてかねてかねてよりよりより聞きこ聞きこきこえええさせさせさせ給たま給たまたまへへえりりりけれけれければばば、、、ことごとしくことごとしくことごとしくおはするおはするおわする人ひと人ひとひとにてにてにて參まゐ參まゐまいりりりにくゝにくゝにくくおぼしおぼしおぼしけれけれけれどどど、、、院ゐん院ゐんいんののの御おん御おんおん事こと事ことことををを昔むかし昔むかしむかしよりよりより背そむ背そむそむききき申まう申まうもうししし給たま給たまたまははわねねねばばば參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまふふう。。。今いま今いまいま二ふた二ふたふた所ところ所ところところのののおとゞおとゞおとど達たち達たちたちそのそのそののこりのこりのこりののの上達部かんだちめ上達部かんだちめかんだちめなどなどなどははは、、、わりなきわりなきわりなきさはりさはりさわりあるあるあるもももあながちあながちあながちにににためらひためらひためらい助たす助たすたすけけけつゝつゝつつ參まゐ參まゐまいりりり給たま給たまたまふふう。。。御み御みみ子こ子ここ達たち達たちたち八はち八はちはち人にん人にんにん殿上人てんじやうびと殿上人てんじやうびとてんじょうびとはははたたた更さら更さらさらにににもももいはいはいわずずず、、、內うち內うちうち春宮とうぐう春宮とうぐうとうぐうももも殘のこ殘のこのこらららずずず參まゐ參まゐまいりりりつどひつどひつどいててていかめしきいかめしきいかめしき御おん御おんおんいそぎいそぎいそぎののの響ひゞ響ひゞひびきききなりなりなり。。。
  2. 2院ゐん院ゐんいんののの御おん御おんおん事こと事ことことはははこのこのこの度たび度たびたびこそこそこそとぢめとぢめとじめなれなれなれとととみかどみかどみかど春宮とうぐう春宮とうぐうとうぐうををを初はじ初はじはじめめめ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりててて心苦こころぐる心苦こころぐるこころぐるしくしくしく聞きこ聞きこきこししし召め召めめしししつゝつゝつつ、、、藏くら藏くらくら人うど人うどうど所どころ所どころどころをさめをさめおさめどのどのどのゝゝのからからからものものものどもどもども多おほ多おほおおくくく奉たてまつ奉たてまつたてまつらららせせせ給たま給たまたまへへえりりり。。。六ろく六ろくろく條でう條でうじょう院ゐん院ゐんいんよりよりよりももも御おん御おんおんとぶらひとぶらひとぶらいいといといとこちたしこちたしこちたし。。。贈おくり贈おくりおくり物もの物ものものどもどもども人々ひとびと人々ひとびとひとびとののの祿ろく祿ろくろく尊そん尊そんそん者じや者じやじゃののの大臣おとゞ大臣おとゞおとどののの御おん御おんおん引ひき引ひきひき出で出でで物もの物ものものなどなどなど、、、かのかのかの院ゐん院ゐんいんよりよりよりぞぞぞ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららせせせ給たま給たまたまひひいけるけるける。。。中ちゆう中ちゆうちゅう宮ぐう宮ぐうぐうよりよりよりももも御おん御おんおんさうぞくさうぞくそうぞく櫛くし櫛くしくしののの箱はこ箱はこはこ心こころ心こころこころことことことにににてうせてうせちょうせさせさせさせ給たま給たまたまひひいててて、、、かのかのかのむかしむかしむかしののの御おん御おんおんぐしぐしぐしあげあげあげののの具ぐ具ぐぐ故ゆゑ故ゆゑゆえあるあるあるさまさまさまににに改あらた改あらたあらためめめくはへくはへくわえてててさすがにさすがにさすがにもともともとののの心こころ心こころこころばへばへばえもももうしなはうしなはうしなわずずず、、、それそれそれととと見み見みみせせせててて、、、そのそのその日ひ日ひひののの夕ゆふ夕ゆふゆうつつつ方かた方かたかた奉たてまつ奉たてまつたてまつらららせせせ給たま給たまたまふふう。。。宮みや宮みやみやののの權ごん權ごんごんのののすけすけすけ、、、院ゐん院ゐんいんののの殿上てんじやう殿上てんじやうてんじょうにににももも侍さぶら侍さぶらさぶらふふうををを御おん御おんおん使つかひ使つかひつかいにてにてにて、、、姫ひめ姫ひめひめ宮みや宮みやみやののの御おん御おんおん方かた方かたかたににに參まゐ參まゐまいらすらすらすべくべくべくのたまはせのたまはせのたまわせつれつれつれどどどかゝるかゝるかかることことことぞぞぞ中なか中なかなかにににありありありけるけるける。。。「「「さしさしさしながらながらながら昔むかし昔むかしむかしををを今いま今いまいまにににつたふれつたふれつたうればばば玉たま玉たまたまのののをぐしをぐしおぐしぞぞぞかみかみかみさびさびさびにににけるけるける」」」。。。
  3. 3院ゐん院ゐんいん御覽ごらん御覽ごらんごらんじじじつけつけつけててて哀あはれ哀あはれあわれにににおぼしおぼしおぼし出い出いいでででらるゝらるゝらるることことことゞもゞもどもありありありけりけりけり。。。あえあえあえものものものけしうけしうけしゅうはははあらあらあらじじじととと讓ゆづ讓ゆづゆずりりり聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえるるる程ほど程ほどほど、、、げにげにげにおもだゝしきおもだゝしきおもだたしきかんざしかんざしかんざしなれなれなればばば、、、御おん御おんおん返かへ返かへかえりりりももも昔むかし昔むかしむかしのののあはれあはれあわれをををばばばさしさしさし置お置おおきききててて、、、「「「さしさしさしつぎつぎつぎにににみるみるみるものものものにににもももががが萬よろづ萬よろづよろず世よ世よよをををつげつげつげのののをぐしをぐしおぐしのののかみかみかみさぶるさぶるさぶるまでまでまで」」」とととぞぞぞ喜よろこ喜よろこよろこびびび聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえ

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

年も暮れた。朱雀院では、ご病気がやはり快方に向かうご様子でもいらっしゃらないので、何かと慌ただしくお思い立ちになって、御裳着のことをお急ぎになる様子は、過去にも将来にもめったにないほど、盛大に騒ぎ立てる。御設えは、柏殿の西面に、御几帳をはじめとして、日本の綾や錦はお混ぜにならず、唐土の后の装飾を思いやって、端麗に、仰々しく、輝くばかりにお整えになった。御腰結の役には、太政大臣にかねてからお頼み申し上げていらっしゃったので、大臣は仰々しくいらっしゃる人なので参上しにくくお思いになったけれど、院のお言葉には昔から背き申し上げなさらないので、参上なさる。ほかの二人の大臣たちや、その残りの上達部なども、やむを得ない差し障りのある人も、無理に都合をつけて参上なさる。親王たち八人、殿上人はいうまでもなく、帝や東宮方の人々も残らず参集して、盛大なご準備の評判である。

院のご儀式は今度が最後だろうと、帝や東宮をはじめとして、お気の毒にお聞きになりながら、蔵人所や納殿の唐物などを多く献上なさった。六条院からもお祝いがたいそう盛大である。贈り物や人々への禄、尊者の大臣への御引出物などは、あの院(源氏)から献上なさったのだった。中宮(秋好中宮)からも、御装束や櫛の箱を格別に調えさせなさって、あの昔の御髪上げの道具を、由緒ある様子に作り直し加えて、それでももとの趣も失わず、それとわかるように見せて、その日の夕方献上なさる。中宮職の権亮で、院の殿上にもお仕えしている人をお使いとして、姫宮の御方に差し上げるようにとおっしゃったけれど、このような歌がその中にあった。「さしながら昔を今につたふれば玉のをぐしぞかみさびにける(挿したまま昔を今に伝えてきたので、この美しい小櫛も古びてしまいました)」。

院は、それをお見つけになって、しみじみとお思い出しになることがあった。中宮が、自分にあやかってもらうのも悪くはあるまいとお譲り申し上げなさったのは、なるほど晴れがましい挿し櫛なので、御返歌も、昔のしみじみとした思いはさておいて、「さしつぎにみるものにもが萬世をつげのをぐしのかみさぶるまで(あなたに次いで、幸いを見る者であってほしい。万世を告げる黄楊の小櫛が古びるまで)」と、お喜び申し上げなさる。

意訳

朱雀院は女三の宮の裳着を盛大に行い、腰結は太政大臣が務め、多くの人々が参上する。

秋好中宮は、かつて院から贈られた櫛を作り直して贈り、院は宮の幸いを祈る歌を返す。

語釈・文法注

文法

係り結び「こそ…なれ」(この度こそとぢめなれ)
「こそ」に応じて已然形「なれ」で結ぶ。「今度が最後だろう」。
願望の「もが」(みるものにもが)
「…であってほしい」。
掛詞「つげ」(つげのをぐし)
「告げ」と「黄楊(つげ)」を掛ける。「萬世をつげ」で「万世を告げる」、「つげのをぐし」で「黄楊の小櫛」。「かみさぶる」も「神さぶる(古びる)」に「髪」を掛ける。

解説

秋好中宮の贈った櫛は、中宮が斎宮として伊勢に下る時、朱雀帝が別れの櫛として挿したものである。朱雀院はかつて斎宮に心を寄せていたが、斎宮は源氏の後見で冷泉帝に入内した。その櫛が今、院の娘の裳着に贈られるという因縁が、院の胸に昔を思い起こさせる。

院の返歌は、昔の思いを抑えて、中宮のような幸いを女三の宮にも、と祈るものである。中宮は源氏の養女として栄華を極めた人であり、その幸いにあやかりたいという願いには、源氏に宮を託そうとする院の思いも重なっている。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、596–599頁(コマ9–10)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日