源氏物語 第34帖 若菜上(7)
朱雀院の憂い
乳母は、今の世の高貴な女性は皆しっかりとしているが、女三の宮はあまりに頼りなく、確かな後見がなくては心細いと申し上げる。朱雀院も、皇女が結婚するのは軽々しく見えるが、親に先立たれた後に一人で世を渡るのも危うく、高貴な家の娘が身分の低い好色者にだまされて親の名を汚す例も多いと語る。しかるべき人が認めた結婚ならば、たとえ後に不幸があっても本人の過ちにはならないが、親も知らない忍び事は女にとってこの上ない疵である、まして頼りない女三の宮のような人が、周りの者の思うままに扱われて、そのような噂が立つのはつらいことだと案じる。

- 1よくよくよくおぼしめしおぼしめしおぼしめし定定さだめめめてててこそこそこそよくよくよく侍侍はべらららめめめ。。。限限かぎりなきなきなき人人ひとととと聞聞きこゆれゆれゆれどどど今今いまののの世世よのののやうやうようとととてててははは皆皆みなほがらかほがらかほがらかにににあるべかしくあるべかしくあるべかしく、、、世世よののの中中なかををを御心御心みこころとととすぐしすぐしすぐし給給たまひひいつつつべきべきべきもももおはしますおはしますおわしますべかめるべかめるべかめるををを、、、姫姫ひめ宮宮みやはははあさましくあさましくあさましく覺覺おぼ束束つかなくなくなく心心こころもとなくもとなくもとなくのみのみのみ見見みえええさせさせさせ給給たまふふうにににさぶらふさぶらふさぶらう人々人々ひとびとははは仕仕つかうまつるうまつるうまつるかぎりかぎりかぎりこそこそこそ侍侍はべらららめめめ。。。大方大方おおかたののの御御おん心心こころおきておきておきてにににしたがひしたがひしたがい聞聞きこえええてててさかしきさかしきさかしきしもしもしも人人びともももなびきなびきなびき侍侍さぶらふふうこそこそこそたよりたよりたよりあるあるあることことことにににははは侍侍はべらららめめめ。。。取取とりりり立立たてててたるたるたる御御おんうしろみうしろみうしろみものしものしものし給給たまははわざらざらざらむむんははは猶猶なお心細心細こころぼそきききわざわざわざににになむなむなん侍侍はべるるるべきべきべき」」」ととと聞聞きこゆゆゆ。。。
- 2「「「しかしかしか思思おもひひいたどるたどるたどるににによりよりよりなむなむなん。。。御御み子子こ達達たちののの世世よづきづきずきたるたるたる有樣有樣ありさまはははうたてうたてうたてあはあはしきあはあはしきあわあわしきやうやうようにににもももありありあり。。。又又また高高たかききききはきはきわととといへいへいえどもどもども女女おんなははは男男おとこににに見見みゆるゆるゆるにににつけつけつけてててこそこそこそくやしげくやしげくやしげなるなるなることことこともももめざましきめざましきめざましき思思おもひひいももも、、、おのづからおのづからおのずからうちうちうちまじるまじるまじるものものものなめれなめれなめれどどど、、、かつはかつはかつは心苦心苦こころぐるしくしくしく思思おもひひい亂亂みだるゝるゝるるををを、、、又又またさるべきさるべきさるべき人人ひとににに立立たちちちおくれおくれおくれててて賴賴たのむむむかげかげかげどもどもどもににに別別わかれれれぬるぬるぬるのちのちのち心心こころををを立立たてててゝゝて世世よののの中中なかににに過過すぐさぐさぐさむむんことことことももも、、、昔昔むかしははは人人ひとののの心心こころたひらかたひらかたいらかにてにてにて世世よににに許許ゆるさささるるるまじきまじきまじき程程ほどのののことことことをををばばば思思おもひひい及及およばばばぬぬぬものものものとととならひならひならいたりたりたりけむけむけん。。。今今いまののの世世よにににはははすきずきしくすきずきしくすきずきしく亂亂みだりりりがはしきがはしきがわしきことことことももも、、、るゐるゐるいににに觸觸ふれれれててて聞聞きこゆゆゆめりめりめりかしかしかし。。。昨昨きの日日うまでまでまで高高たかききき親親おやののの家家いえにににあがめあがめあがめられられられかしづかかしづかかしずかれれれししし人人ひとのののむすめむすめむすめののの、、、今今け日日きょうはははなほなほしくなほなほしくなおなおしく降降くだれれれるるるきはきはきわのののすきすきすきものものものどもどもどもににになほなほなおたちたちたちあざむかあざむかあざむかれれれててて、、、なきなきなき親親おやのののおもておもておもてをををふせふせふせ影影かげををを辱辱はずかしむるむるむるたぐひたぐひたぐい多多おおくくく聞聞きこゆるゆるゆる、、、いひいひいいもてもてもて行行ゆけけけばばば皆皆みなおなじおなじおなじことことことなりなりなり。。。程程ほど々々ほどにににつけつけつけててて宿世宿世すくせなどなどなどいふいふいうなるなるなることことことははは知知しりりりがたきがたきがたきわざわざわざなれなれなればばばよろづよろづよろずにににうしろめたくうしろめたくうしろめたくなむなむなん。。。
- 3總總すべててて惡惡あしくしくしくももも善善よくくくもももさるべきさるべきさるべき人人ひとののの心心こころににに許許ゆるししし置置おきききたるたるたるまゝまゝままにてにてにて世世よののの中中なかををを過過すぐすぐすぐすははは宿宿すく世世せ宿宿すく世世せにてにてにて後後のちののの世世よににに衰衰おとろへへえあるあるあるときときときもももみづからみづからみずからのののあやまちあやまちあやまちにににはははならならならずずず。。。ありありありへへへてててこよなきこよなきこよなきさいはひさいはひさいわいありありあり、、、めやすきめやすきめやすきことことことににになるなるなるをりをりおりははは、、、かくかくかくてててしもしもしもあしからあしからあしからざりざりざりけりけりけりととと見見みゆれゆれゆれどどど、、、なほなほなおたちまちたちまちたちまちにににふとふとふと打打うちちち聞聞ききききつけつけつけたるたるたる程程ほどははは、、、親親おやににに知知しららられれれずずずさるべきさるべきさるべき人人ひとももも許許ゆるさささぬぬぬににに心心こころづからづからずからののの忍忍しのびびびわざわざわざししし出出いでででたるたるたるなむなむなん、、、女女おんなののの身身みにににはははますますますことことことなきなきなききずきずきずととと覺覺おぼゆるゆるゆるわざわざわざなるなるなる。。。なほなほしきなほなほしきなおなおしきたゞたゞただ人人ひとのののなからひなからひなからいにてにてにてだにだにだにあはつけくあはつけくあわつけく心心こころづきなきづきなきずきなきことことことなりなりなり。。。みづからみづからみずからののの心心こころよりよりより離離はなれれれてててあるあるあるべきべきべきにににもももあらあらあらぬぬぬををを思思おもふふう心心こころよりよりより外外ほかににに人人ひとにににももも見見みえええ宿世宿世すくせののの程程ほど定定さだめめめられられられむむんなむなむなん、、、いといといとかろがろしくかろがろしくかろがろしく身身みのののもてなしもてなしもてなしありさまありさまありさまおしおしおしはからはからはからるゝるゝるることことことなるなるなるををを、、、怪怪あやしくしくしく物物ものはかなきはかなきはかなき心心こころざまざまざまにににやややととと見見みゆゆゆめるめるめる御御おんさまさまさまなるなるなるををを、、、これこれこれかれかれかれののの心心こころにににまかせまかせまかせてててもてなしもてなしもてなし聞聞きこゆるゆるゆるにににさやうさやうさようなるなるなる事事ことののの世世よにににもりもりもり出出いでででむむんことことこといといといと憂憂うきききことことことなりなりなり」」」などなどなど、、、
現代語訳
乳母は、「よくお考えになってお決めになるのがよいでしょう。この上ない身分の人と申しても、今の世のありさまとしては、皆しっかりとして、それらしく、世の中を自分の心で過ごしていらっしゃれるような方もいらっしゃるようですが、姫宮はあきれるほど頼りなく、心もとなくばかりお見えになりますので、お仕えする者たちは、お仕えするにも限りがございましょう。主人の大体のお心構えに従い申し上げて、賢い下々の者も従ってお仕えするのが、頼りがいのあることでございましょう。取り立てたご後見がいらっしゃらないのは、やはり心細いことでございましょう」と申し上げる。
院は、「そのように考えたどるからこそなのだ。皇女たちが結婚した様子は、いやに軽々しいようでもある。また、高い身分といっても、女は男と結ばれるにつけて、後悔するようなことも、不愉快な思いも、自然と混じるものであろうが、一方では気の毒で思い乱れるのに、また、しかるべき親に先立たれて、頼みとする庇護者たちに別れた後、自分の意志をしっかり立てて世の中を過ごしていくことも、昔は人の心が穏やかで、世間に許されないほどのことは思いも及ばないものと慣れていたのだろう。今の世には、好色めいた乱れたことも、何かにつけて聞こえてくるようだ。昨日まで高貴な親の家で大切にかしずかれていた人の娘が、今日は平凡な身分の低い好色者たちにだまされて、亡き親の面目をつぶし、その名を辱める例が多く聞こえるが、言ってみれば皆同じことである。身分身分につけて、宿縁などというものは知りがたいことなので、何かにつけて気がかりなのだ。
すべて、悪くても善くても、しかるべき人が心に許しておいたとおりにして世の中を過ごすのは、それぞれの宿縁であって、後の世に落ちぶれることがあっても、自分自身の過ちにはならない。年月を経て、この上ない幸いがあり、見苦しくないことになる折は、こうであっても悪くはなかったと見えるけれど、やはり、すぐにふと耳にした時は、親に知られず、しかるべき人も許さないのに、自分の心からの忍び事をしでかしたというのは、女の身にとってはこれ以上ない疵と思われることである。平凡な臣下の間柄でさえ、軽薄で気にくわないことだ。自分の心から離れてあるべきでもないのに、思う心のほかに人に見られて、宿縁のほどが定められてしまうというのは、たいそう軽々しく、身の扱い方や様子が推し量られることであるのに、宮は不思議なほど頼りない心の持ち主ではないかと見えるご様子なので、あれこれの者の心に任せてお扱い申し上げるうちに、そのようなことが世に漏れ出るようなことは、たいそうつらいことだ」などと、
意訳
乳母は、頼りない女三の宮には確かな後見が必要だと申し上げる。
院は、親の許しのない忍び事は女にとって最大の疵であり、頼りない宮が周りの者の思うままにされるのを恐れる。
語釈・文法注
文法
- 係り結び「こそ…め」(よく侍らめ)
- 「こそ」に応じて推量の「む」の已然形「め」で結ぶ。「よいでしょう」。
- 「心づから」(心づからの忍びわざ)
- 自分の心から、自分の意志で。
- 「やと見ゆめる」(物はかなき心ざまにやと見ゆめる)
- 「にや」は「にやあらむ」の省略。「頼りない心の持ち主ではないかと見えるようだ」。
解説
朱雀院の長い語りは、女性が親の許しのない関係を結ぶことへの強い警戒である。院の不安は、のちに柏木が女三の宮に忍び入ることで、そのまま現実になってしまう。「これかれの心にまかせてもてなし聞ゆるに」という懸念は、女房の小侍従が柏木を手引きすることを予言するかのようである。
院が語る「昨日まで高き親の家に…」という例は、この時代の皇女や貴族の娘の不安定な立場を示している。後見を失った女性が身分の低い男にだまされる話は、のちの宇治十帖にも通じる主題である。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部2(源氏物語 下) 板倉屋書房、明治36年(1903)、592–595頁(コマ7–8)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日