源氏物語 第25帖 蛍(7)
物語論
例年より長い梅雨に、女君たちは絵物語に慰めを求める。玉鬘は物語に熱中するが、自分のような身の上の話はないと思い、住吉物語の主計頭を大夫監になぞらえる。源氏は、女は人にだまされるために生まれてきたようなものだとからかうが、やがて、物語は日本紀などよりもくわしく人の世のありさまを伝えるもので、善いことも悪いことも後の世に伝えたい思いから書かれたのだと、物語の意義を語る。そして源氏は、自分たちのような珍しい親子の物語を世に伝えようと玉鬘に迫り、親に背く子はないと詠む。玉鬘は、こんな親心も昔からないと返す。

- 1長長なが雨雨あめ例例れいののの年年としよりよりよりもももいたくいたくいたくしししててて晴晴はるゝるゝるる方方かたなくなくなくつれづれつれづれつれずれなれなれなればばば、、、御御おんかたがたかたがたかたがた繪繪え物語物語ものがたりなどなどなどのののすさびすさびすさびにてにてにて明明あかししし暮暮くらししし給給たまふふう。。。明石明石あかしののの御御おん方方かたはははさやうさやうさようのののことことことをををもももよしよしよしありありありてててしししなしなしなし給給たまひひいててて、、、姫君姫君ひめぎみののの御御おん方方かたににに奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。
- 2西西にしののの對對たいにににはははましてましてまして珍珍めずらしくしくしくおぼえおぼえおぼえ給給たまふふうことことことのののすぢすぢすじなれなれなればばば明暮明暮あけくれ書書かききき讀讀よみみみいとなみいとなみいとなみおはすおはすおわす。。。つきなからつきなからつきなからぬぬぬわかうどわかうどわこうどあまたあまたあまたありありあり。。。さまざまさまざまさまざまににに珍珍めずらからからかなるなるなる人人ひとのののうへうへうえなどなどなどををを、、、まことまことまことにににやややいつはりいつはりいつわりにににややや言言いひひい集集あつめめめたるたるたる中中なかにににももも、、、我我わががが有樣有樣ありさまのののやうやうようなるなるなるはははなかりなかりなかりけりけりけりととと見見み給給たまふふう。。。
- 3住吉住吉すみよしののののののさしあたりさしあたりさしあたりけむけむけん折折おりはははさるさるさるものものものにてにてにて、、、今今いまののの世世よのののおぼえおぼえおぼえももも猶猶なお心心こころことことことなななめるめるめるににに、、、かぞへかぞへかぞへのののかみかみかみはははほとほとしかりほとほとしかりほとほとしかりけむけむけんなどなどなどぞぞぞかのかのかのげんげんげんがががゆゝしさゆゝしさゆゆしさをををおぼしおぼしおぼしなぞらへなぞらへなぞらえ給給たまふふう。。。
- 4殿殿とのはははこなたこなたこなたかなたかなたかなたにににかゝるかゝるかかる物物ものどもどもどもののの散散ちりりりつゝつゝつつ御御おん目目めににに離離はなれれれねねねばばば、、、「「「あなあなあなむつかしむつかしむつかし。。。女女おんなこそこそこそ物物ものうるさがりうるさがりうるさがりせせせずずず人人ひとににに欺欺あざむかかかれれれむむんとととうまれうまれうまれたるたるたるものものものなれなれなれ。。。こゝらこゝらここらののの中中なかににに誠誠まことはははいといといと少少すくなからからからむむんををを、、、かつかつかつしるしるしるしるしるしるかゝるかゝるかかるすゞろごとすゞろごとすずろごとににに心心こころををを移移うつしししはからはからはかられれれ給給たまひひいててて、、、あつかはしきあつかはしきあつかわしきさみだれさみだれさみだれ髮髮がみののの亂亂みだるるるももも知知しらららでででかきかきかき給給たまふふうよよよ」」」とてとてとて笑笑わらひひい給給たまふふうものものものからからから、、、
- 5又又また「「「かゝるかゝるかかる世世よのののふることふることふることならならならででではははげにげにげに何何なにをををかかかまぎるゝまぎるゝまぎるることことことなきなきなきつれづれつれづれつれずれををを慰慰なぐさめめめましましまし。。。さてさてさてもももこのこのこのいつはりいつはりいつわりどもどもどもののの中中なかにににげにげにげにさささもももあらあらあらむむんとととあはれあはれあわれををを見見みせせせ、、、つきづきしうつきづきしうつきずきしゅうつゞけつゞけつづけたるたるたるはははたたた、、、はかなしごとはかなしごとはかなしごとゝゝと知知しりりりながらながらながら徒徒いたずらららににに心心こころ動動うごききき、、、らうたげらうたげろうたげなるなるなる姫君姫君ひめぎみののの物物もの思思おもへへえるるる見見みるるるにににかたかたかた心心ごころつくつくつくかしかしかし。。。
- 6又又またいといといとあるあるあるまじきまじきまじきことことことかなかなかなととと見見みるるるみるみるみるおどろおどろしくおどろおどろしくおどろおどろしくとりとりとりなしなしなしけるけるけるががが、、、目目め驚驚おどろきききててて靜靜しずかににに又又また聞聞きくくくたびたびたびぞぞぞにくけれにくけれにくけれどどど、、、ふとふとふとをかしきをかしきおかしきふしふしふしあらはあらはあらわなるなるなるなどなどなどもももあるあるあるべしべしべし。。。
- 7このこのこの頃頃ころ幼幼おさなききき人人ひとののの女房女房にょうぼうなどなどなどににに時々時々ときどき讀讀よまままするするするをををたちたちたち聞聞きけけけばばば、、、物物ものよくよくよくいふいふいうものものものゝゝの世世よにににあべきあべきあべきかなかなかな。。。そらごとそらごとそらごとをををよくよくよくしししなれなれなれたるたるたる口口くちつきつきつきよりよりよりぞぞぞ言言いひひい出出いだすすすらむらむらんとととおぼゆれおぼゆれおぼゆれどどどさささしもしもしもあらあらあらじじじややや」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、
- 8「「「げにげにげに僞僞いつわりりりなれなれなれたるたるたる人人ひとやややさまざまさまざまさまざまにににさささもももくみくみくみ侍侍はべらららむむん。。。唯唯ただいといといと誠誠まことののの事事こととととこそこそこそ思思おもひひい給給たまへへえられられられけれけれけれ」」」とてとてとて硯硯すずりをををおしおしおしやりやりやり給給たまへへえばばば、、、
- 9「「「こちなくこちなくこちなくももも聞聞きこえええおとしおとしおとしてててけるけるけるかなかなかな。。。神神かみ代代よよりよりより世世よにににあるあるあることことことををを記記しるししし置置おきききけるけるけるななななりなりなり。。。などなどなどははは唯唯ただかたそばかたそばかたそばぞぞぞかしかしかし。。。これらこれらこれらにににこそこそこそみちみちしくみちみちしくみちみちしくくはしきくはしきくわしきことことことはははあらあらあらめめめ」」」とてとてとて笑笑わらひひい給給たまふふう
- 10「「「そのそのその人人ひとののの上上うえとてとてとてありありありのののまゝまゝままににに言言いひひい出出いづるづるずることことことこそこそこそなけれなけれなけれ、、、善善よきききももも惡惡あしきしきしきももも世世よにににふるふるふる人人ひとののの有樣有樣ありさまののの見見みるるるにににももも飽飽あかかかずずず聞聞きくくくにににもももあまるあまるあまることことことををを、、、後後のちののの世世よにににももも言言いひひい傳傳つたへへえさせさせさせまほしきまほしきまほしきふしぶしふしぶしふしぶしををを心心こころににに籠籠こめめめ難難がたくくくててて言言いひひい置置おききき始始はじめめめたるたるたるなりなりなり。。。
- 11よきよきよきさまさまさまににに言言いふふうとてとてとてはははよきよきよきことことことののの限限かぎりをををえりえりえり出出いででで、、、人人ひとにににしたがはしたがはしたがわむむんとてとてとてははは又又また惡惡あしきしきしきさまさまさまののの珍珍めずらしきしきしきことことことををを取取とりりり集集あつめめめたるたるたる、、、皆皆みなかたがたかたがたかたがたにににつけつけつけたるたるたるこのこのこの世世よののの外外ほかのののことことことならならならずずずかしかしかし。。。人人ひとのののみかどみかどみかどのののざえざえざえつくりつくりつくりょやうやううかはれかはれかわれるるる、、、同同おなじじじやまとやまとやまとののの國國くにのののことことことなれなれなればばば昔昔むかし今今いまのののににに變變かわるるるべしべしべし。。。
- 12深深ふかききき事事こと淺淺あさききき事事ことのののけぢめけぢめけじめこそこそこそあらあらあらめめめ、、、ひたぶるひたぶるひたぶるにににそらごとそらごとそらごとゝゝと言言いひひいはてはてはてむむんもももことことことののの心心こころ違違たがひひいてててなむなむなんありありありけるけるける。。。佛佛ほとけのののいといといとうるはしきうるはしきうるわしき心心こころにてにてにて說說とききき置置おききき給給たまへへえるるる御御おん法法のりももも方方ほう便便べんととといふいふいうことことことありありありててて、、、さとりさとりさとりなきなきなきものものものはははこゝかしここゝかしこここかしこたがふたがふたがう疑疑うたがひひいををを置置おきききつつつべくべくべくなむなむなん方方ほう等等どう經經きょうののの中中なかににに多多おおかれかれかれどどど、、、
- 13いひいひいいもてもてもて行行ゆけけけばばば一一ひとつつつ胸胸むねににに當當あたりりりててて、、、菩提菩提ぼだいととと煩煩ぼん腦腦のうとととののの隔隔へだたりたりたりなむなむなんこのこのこの人人ひとののの善善よききき惡惡あしきしきしきばかりばかりばかりのののことことことははは變變かわりりりけるけるける。。。よくよくよくいへいへいえばばばすべてすべてすべて何事何事なにごとももも空空むなしからしからしからずずずなりなりなりぬぬぬややや」」」ととと物語物語ものがたりをををいといといとわざとわざとわざとのののことことことにににのたまひのたまひのたまいなしなしなしつつつ。。。
- 14「「「さてさてさてかゝるかゝるかかるふるふるふる事事ことのののなかなかなかににに、、、まろまろまろ、、、かやうかやうかようにににじほうじほうじほうなるなるなるまれものまれものまれものゝゝの物語物語ものがたりはははありありありややや。。。いみじういみじういみじゅうけどほきけどほきけどおきものものものゝゝの姫君姫君ひめぎみももも、、、御心御心みこころのののやうやうようにににつれなくつれなくつれなくそらそらそらおぼめきおぼめきおぼめきしししたるたるたるははは世世よにににあらあらあらじじじななな。。。いざいざいざたぐひたぐひたぐいなきなきなき物語物語ものがたりにににしししててて世世よににに傳傳つたへへえさせさせさせむむん」」」とととさしさしさしよりよりよりててて聞聞きこえええ給給たまへへえばばば、、、
- 15顏顏かおをををひきひきひき入入いれれれててて、、、「「「さらさらさらずずずともともとも、、、かくかくかく珍珍めずらからからかなるなるなることことことははは世世よ語語がたりにににこそこそこそはははなりなりなり侍侍はべりりりぬぬぬべかべかべかめれめれめれ」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、「「「珍珍めずらからからかにににやややおぼえおぼえおぼえ給給たまふふう。。。げにげにげにこそこそこそまたまたまたなきなきなき心地心地ここちすれすれすれ」」」とてとてとてよりよりより居居い給給たまへへえるるるさまさまさまいといといとあざれあざれあざれたりたりたり
- 16「「「思思おもひひいあまりあまりあまり昔昔むかしのののあとあとあとををを尋尋たずぬれぬれぬれどどど親親おやにににそむけそむけそむけるるる子子こぞぞぞたぐひたぐひたぐいなきなきなき。。。ふけうふけうふきょうなるなるなるははは佛佛ほとけののの道道みちにににもももいみじくいみじくいみじくこそこそこそいひいひいいたれたれたれ」」」とととのたまへのたまへのたまえどどど、、、顏顏かおももももたげもたげもたげ給給たまははわねねねばばば、、、みぐしみぐしみぐしをををかきかきかきやりやりやりつゝつゝつついみじういみじういみじゅう恨恨うらみみみ給給たまへへえばばば、、、からうじてからうじてかろうじて、、、
- 17「「「ふるきふるきふるき跡跡あとをををたづねたづねたずねれれれどどどげにげにげになかりなかりなかりけりけりけりこのこのこの世世よにににかゝるかゝるかかる親親おやののの心心こころははは」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふうももも心心こころはづかしけれはづかしけれはずかしければばばいといといといたくいたくいたくももも亂亂みだれれれ給給たまははわずずず。。。かくかくかくしししててていかなるいかなるいかなるべきべきべき御御おん有樣有樣ありさまならならならむむん。。。
現代語訳
長雨が例年よりもひどくて、晴れる間もなく所在ないので、御方々は絵物語などの慰みで日を明かし暮らしていらっしゃる。明石の御方は、そのようなことも趣深く仕立てなさって、姫君の御方に差し上げなさる。
西の対(玉鬘)では、まして珍しく思われなさる方面のことなので、朝夕、書いたり読んだりして熱中していらっしゃる。似つかわしい若い女房も多くいる。さまざまに珍しい人の身の上などを、本当か嘘か、言い集めてある中にも、自分の身の上のようなものはなかったとご覧になる。
住吉物語の姫君の、差し迫った時のことはともかく、今の世の評判もやはり格別のようだが、主計頭にはすんでのところだったろうなどと、あの大夫監の恐ろしさに思いなぞらえなさる。
殿は、あちらこちらにこのような物語などが散らばっていて、お目から離れないので、「ああ、うるさいことだ。女こそ、面倒がらずに人にだまされるように生まれてきたものなのだ。たくさんの物語の中に、本当のことはほとんどないだろうに、一方では承知しながら、このようなとりとめもない話に心を移してだまされなさって、蒸し暑い五月雨に髪が乱れるのも気にせずに書き写していらっしゃることよ」と言ってお笑いになるものの、
また、「このような昔話でなくては、本当に、何で紛らわしようもない所在なさを慰められようか。それにしても、この作り話の中に、なるほどそうもあろうかと情を見せ、もっともらしく書き続けてあるのは、また、たわいない作り事と知りながら、むなしく心が動き、かわいらしい姫君が物思いに沈んでいるのを見ると、少し心が引かれるものだ。
また、とてもありそうにないことだと見ながらも、大げさに書き立ててあるのが、目を見張らされて、落ち着いてまた聞く時は憎らしいけれど、ふと面白い節がはっきりしているところなどもあるのだろう。
このごろ、幼い姫君が女房などに時々読ませているのを立ち聞きすると、話のうまい者が世の中にはいるものだ。嘘をつき慣れた口から言い出すのだろうと思われるけれど、そうでもないのかな」とおっしゃると、
玉鬘は「本当に、嘘をつき慣れた人は、さまざまにそのように推し量るのでございましょう。ただ、まったく本当のことと思われました」と言って、硯を押しやりなさるので、
「無骨にもけなしてしまったね。物語は、神代から世にあることを書き記しておいたものだそうだ。日本紀などは、ほんの一面にすぎない。これらの物語にこそ、道理にかなった詳しいことはあるのだろう」と言ってお笑いになる。
「その人の身の上として、ありのままに言い出すことはないけれど、善いことも悪いことも、世に生きる人の有様で、見ても見飽きず、聞いても聞き流せないことを、後の世にも言い伝えさせたい節々を、心にしまっておけなくて、言い置き始めたものなのだ。
善いように言おうとしては、善いことの限りを選び出し、読者に合わせようとしては、また悪い方面の珍しいことを取り集めたので、どちらもそれぞれの方面につけて、この世の外のことではないのだよ。異国の朝廷の物語は、才学や作り方が違っているし、同じ日本のことでも、昔と今とでは違うだろう。
深いことと浅いことの違いはあるだろうが、ひたすら作り事と言い切ってしまうのも、物事の本質から外れているのだ。仏がたいそう立派な心で説き置かれた御法も、方便ということがあって、悟りのない者は、あちらこちら食い違うという疑いを置きそうなことが方等経の中に多いけれど、
突き詰めていけば、一つの趣旨に帰着して、菩提と煩悩との隔たりというのは、この物語の人物の善し悪しほどの違いなのだ。よく言えば、すべて何事も無駄ではなくなるのだね」と、物語をたいそう意義のあるものにおっしゃってしまった。
「さて、このような古い物語の中に、私のような、律儀な愚か者の物語はあるだろうか。ひどくよそよそしい物語の姫君でも、あなたのお心のようにつれなく、そらとぼけている者は世にないだろうね。さあ、類のない物語にして世に伝えさせよう」と、近寄って申し上げなさると、
玉鬘は顔を引き入れて、「そうしなくても、このような珍しいことは、世間の語り草になってしまうでしょう」とおっしゃるので、「珍しくお思いになるのか。本当に、またとない気持ちがするよ」と言って、寄り添っていらっしゃる様子は、たいそう戯れている。
「思いあまって昔の物語を探してみたけれど、親に背く子というのは類がない。親不孝は、仏の道でもひどく戒めている」とおっしゃるけれど、顔も上げなさらないので、御髪をかきやりながら、ひどくお恨みになるので、やっとのことで、
「昔の物語を探してみても、本当にありませんでした。この世に、このような親の心は」と申し上げなさるのも、気後れするので、それほどひどくは乱れたふるまいもなさらない。こうして、どのようになっていくご関係なのだろうか。
意訳
長雨の季節、玉鬘は物語に熱中するが、自分のような身の上の話はないと思う。源氏は、女は人にだまされるために生まれてきたとからかうが、やがて、物語は日本紀などよりもくわしく人の世のありさまを伝えるものだと、物語の意義を語る。
源氏は、自分たちのような珍しい親子の物語を世に伝えようと玉鬘に迫り、親に背く子はないと詠む。玉鬘は、こんな親心も昔からないと返す。
語釈・文法注
- 住吉の姫君
- 住吉物語の主人公。継母にいじめられ、主計頭という老人との結婚を強いられそうになるが、住吉に逃れて、最後は幸せになる。玉鬘は、大夫監から逃れた自分の身の上を重ねている。
- 日本紀
- 日本書紀をはじめとする六国史。漢文で書かれた正史。源氏は、正史は物事の一面しか伝えず、物語にこそ人の世の真実がくわしく描かれていると言う。
文法
- 反実仮想の「まし」(何をか…慰めまし)
- 「何で慰められようか、いや、物語でなくては慰められない」。
- 伝聞の「ななり」(記し置きけるななり)
- 「書き記しておいたものだそうだ」。「なるなり」の撥音便無表記。
和歌
思ひあまり昔のあとを尋ぬれど親にそむける子ぞたぐひなき
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 玉鬘に迫って詠んだ歌。思いあまって昔の物語を探してみたけれど、親に背く子というのは類がない。
ふるき跡をたづねれどげになかりけりこの世にかゝる親の心は
- 詠者
- 玉鬘
- 状況
- 源氏への返歌。昔の物語を探してみても、本当にありませんでした。この世に、このような親の心は。
解説
源氏の物語論は、源氏物語の中でも特に有名な一節である。物語は、正史よりもくわしく人の世の真実を伝えるものであり、善悪を描くのも後世に伝えたい思いからだという主張には、作者自身の物語観が込められていると考えられている。
源氏は、物語論を語った後、それを玉鬘への求愛につなげる。物語の意義を説く真剣な議論と、源氏の戯れとが入りまじり、場面は皮肉な余韻を残して終わる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、470–475頁(コマ240–242)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日