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源氏物語 第24帖 胡蝶(8)

呉竹の歌

登場人物:光源氏・玉鬘

帰りがけに、源氏は御前の若竹のしなやかになびく様子に足を止め、垣根の内に大切に植えた竹の子も、やがて自分の生き方を選んで離れていくのだろうかと、玉鬘を竹の子にたとえて歌を詠む。玉鬘は、今さらどうして実の根を尋ねたりしましょうと返す。けれども心の内では、いつか実の父に打ち明けたいと思っている。ただ、源氏の心づかいがあまりにありがたいので、実の親でもこれほどではあるまいと、昔物語を読んで世の中のことを知るにつけ、内大臣に心を寄せられることは難しいだろうと思う。

初夏の六条院の西の対の御前で、若々しくなびく呉竹のそばに源氏が立ち止まり、御簾を引き上げて、いざり出た玉鬘に歌を詠みかけている場面(AI生成)
初夏の六条院の西の対の御前で、若々しくなびく呉竹のそばに源氏が立ち止まり、御簾を引き上げて、いざり出た玉鬘に歌を詠みかけている場面
  1. 1おまへおまへおまえ近ちか近ちかちかきききのののいといといと若わか若わかわかやかやかやかににに生お生おおひひいたちたちたちててて打う打ううちちち靡なび靡なびなびくくくさまさまさま懷なつか懷なつかなつかしきしきしきににに、、、立た立たたちちちとまりとまりとまり給たま給たまたまひひいててて、、、「「「ませませませのののうちうちうちににに根ね根ねね深ふか深ふかふかくくくうゑうゑうえししし竹たけ竹たけたけのののこここのののおのおのおのががが世々よゝ世々よゝよよにににややや生お生おおひひいわかるわかるわかるべきべきべき。。。思おも思おもおもへへえばばばうらめしかべいうらめしかべいうらめしかべいことことことぞぞぞかしかしかし」」」とととみすみすみすををを引ひ引ひひききき上あ上ああげげげててて聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまへへえばばば、、、
  2. 2ゐざりゐざりいざりいでいでいでゝゝて「「「今いま今いまいまさらさらさらにににいかならいかならいかならむむん世よ世よよかかかわかわかわか竹たけ竹たけたけのののおひおひおいはじめはじめはじめけむけむけん根ね根ねねをををばばば尋たづ尋たづたずねねねむむん。。。なかなかなかなかなかなかにににこそこそこそ侍はべ侍はべはべるるるらめらめらめ」」」ととと聞きこ聞きこきこえええ給たま給たまたまふふうををを、、、いといといとあはれあはれあわれとととおぼしおぼしおぼしけりけりけり。。。
  3. 3さるはさるはさるは心こころ心こころこころのののうちうちうちにににはははさささももも思おも思おもおもははわずずずかしかしかし、、、いかならいかならいかならむむん折をり折をりおり聞きこ聞きこきこえええ出い出いいでででむむんとととすすすらむらむらんととと心こころ心こころこころもとなくもとなくもとなくあはれあはれあわれなれなれなれどどど、、、このこのこのおとゞおとゞおとどののの御心こころ御心こころこころばへばへばえのののいといといとありがたきありがたきありがたきををを、、、親おや親おやおやととと聞きこ聞きこきこゆゆゆともともとももとよりもとよりもとより見み見みみ馴な馴ななれれれ給たま給たまたまははわぬぬぬはははえええかうかうこうしもしもしも細こま細こまこまやかやかやかならならならずずずやややととと、、、昔むかし昔むかしむかし物語ものがたり物語ものがたりものがたりををを見み見みみ給たま給たまたまふふうにににもももやうやうやうやうようよう人ひと人ひとひとののの有樣ありさま有樣ありさまありさま世よ世よよののの中なか中なかなかのののあるあるあるやうやうようををを見み見みみしりしりしり給たま給たまたまへへえばばば、、、いといといとつゝましうつゝましうつつましゅう心こころ心こころこころとまらとまらとまられれれ奉たてまつ奉たてまつたてまつらららむむんことことことはははかたかるかたかるかたかるべうべうびょうおぼすおぼすおぼす。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

御前近くの呉竹が、たいそう若々しく生い立って、なびいている様子が慕わしいので、源氏は立ち止まりなさって、「垣根の内に根深く植えた竹の子も、それぞれの世を得て、生い別れていくのだろうか。思えば恨めしいことだね」と、御簾を引き上げて申し上げなさると、

玉鬘はいざり出て、「今さらどのような時に、若竹の生い始めた根を尋ねたりしましょうか。かえってつらいことでございましょう」と申し上げなさるのを、源氏はたいそういとしくお思いになった。

とはいえ、心の中では、そうも思っていないのだ。いつになったら実の父に打ち明けられるのだろうと、じれったく悲しいけれど、この大臣(源氏)のお心づかいがたいそうめったにないほどなのを、実の親と申し上げても、もともとお見慣れになっていない方は、これほどまでこまやかではないのではないかと、昔物語をご覧になるにつけても、しだいに人の様子や世の中のありさまをおわかりになってくるので、たいそう気がひけて、実の父に心をとめていただくのは難しいだろうとお思いになる。

意訳

源氏は御前の若竹に足を止め、大切に育てた竹の子もやがて離れていくのだろうかと、玉鬘をたとえて歌を詠む。玉鬘は、今さら実の根を尋ねたりしないと返す。

けれども心の内では、いつか実の父に打ち明けたいと思っている。ただ、源氏の心づかいがあまりにありがたいので、実の親でもこれほどではあるまいと思う。

語釈・文法注

吳竹
呉竹。淡竹(はちく)の一種で、葉が細かく、庭に植えられた。清涼殿の東庭にも植えられていた。

文法

疑問の「や…べき」(おのが世々にや生ひわかるべき)
「生い別れていくのだろうか」。
推量の「らめ」(なかなかにこそ侍るらめ)
「かえってつらいことでございましょう」。「こそ」の結び。

和歌

ませのうちに根深くうゑし竹のこのおのが世々にや生ひわかるべき

詠者
光源氏
状況
若竹を見て、玉鬘に詠みかけた歌。垣根の内に根深く植えた竹の子も、それぞれの世(結婚)を得て、生い別れていくのだろうか。

修辞

掛詞
「世々」に「(竹の)節(よ)」と「男女の仲(世)」をかける。竹の子に玉鬘をたとえる。

今さらにいかならむ世かわか竹のおひはじめけむ根をば尋ねむ

詠者
玉鬘
状況
源氏への返歌。今さらどのような時に、若竹の生い始めた根(実の親)を尋ねたりしましょうか。

解説

源氏が玉鬘を竹の子にたとえるのは、親として育てたものがやがて離れていく寂しさを詠むようでいて、実は玉鬘を他の男に渡したくない思いを込めている。

玉鬘は表向きは実の親を尋ねないと答えながら、心の内では父を慕っている。しかし源氏の厚意に縛られ、本心を打ち明けられない。玉鬘の複雑な立場がよく表れている。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、458–461頁(コマ233–234)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日