源氏物語 第24帖 胡蝶(7)
右近の話と源氏の教え
右近は、玉鬘は手紙を受け取るだけで、源氏に勧められた時しか返事をしないと答え、結び文は内大臣の中将(柏木)からのものだと明かす。源氏は、柏木は落ち着いた立派な人だから、無下に恥をかかせてはいけないと言う。源氏は、内大臣に知らせるのは時期尚早だとし、兵部卿宮は浮気な人、髭黒は年上の妻を嫌っていると評して、自分を母親と思って何でも相談するよう言う。玉鬘は、親を知らずに育ったので何もわからないと答える。源氏は、世のたとえにいう後の親と思って、自分の深い志を見届けてほしいと言うが、心の内は打ち明けられない。

- 1「「「更更さらににに人人ひとののの御御おんせうそこせうそこしょうそこなどなどなどははは聞聞きこえええ傳傳つたふるふるうる事事こと侍侍はべらららずずず。。。さきざきさきざきさきざきもももしろしめししろしめししろしめし御覽御覽ごらんじじじたるたるたる三三みつつつ四四よつつつははは引引ひきききかへしかへしかえしはしたなめはしたなめはしたなめ聞聞きこえええむむんもももいかゞいかゞいかがとてとてとて御御おんふみふみふみばかりばかりばかり取取とりりり入入いれれれなどなどなどししし侍侍はべるるるめれめれめれどどど、、、御御おんかへりかへりかえりははは更更さらににに聞聞きこえええさせさせさせ給給たまふふう折折おりばかりばかりばかりなむなむなん。。。それそれそれをををだにだにだに苦苦くるしいしいしいことことことにににおぼいおぼいおぼいたるたるたる」」」ととと聞聞きこゆゆゆ。。。
- 2「「「さてさてさてこのこのこの若若わかやかやかやかにににむすぼゝれむすぼゝれむすぼおれたるたるたるはははたたたがががぞぞぞ。。。いといといといたういたういとうかいかいかいたるたるたる氣色氣色けしきかなかなかな」」」とととほゝゑみほゝゑみほほえみててて御覽御覽ごらんずれずれずればばば、、、「「「かれかれかれはははしふねくしふねくしうねくとゞめとゞめとどめててて罷罷まかりりりにににけるけるけるにににこそこそこそ。。。內內うちのののおほいどのおほいどのおおいどのゝゝの中將中將ちゅうじょうののの、、、このこのこの侍侍さぶらふふうみるみるみる子子こをををもとよりもとよりもとより見見み知知しりりり給給たまへへえりりりけるけるける傳傳つたへへえにてにてにて侍侍はべりりりけるけるける。。。又又また見見みいるゝいるゝいるる人人ひとももも侍侍はべらららざりざりざりしししにににこそこそこそ」」」ととと聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、
- 3「「「いといといとらうたきらうたきろうたきことことことかなかなかな。。。下﨟下﨟げろうなりなりなりともともともかのかのかのぬしぬしぬしたちたちたちをををばばばいかゞいかゞいかがいといといとさささははははしたなめはしたなめはしたなめむむん。。。公卿公卿くぎょうととといへいへいえどどどこのこのこの人人ひとのののおぼえおぼえおぼえににに必必かならずずずしもしもしも並並ならぶぶぶまじきまじきまじきこそこそこそ多多おおかれかれかれ。。。さるさるさる中中なかにににもももいといといとしづまりしづまりしずまりたるたるたる人人ひとなりなりなり。。。おのづからおのづからおのずから思思おもひひい合合あわするするする世世よもももこそこそこそあれあれあれ。。。けちえんけちえんけちえんにににはははあらあらあらでででこそこそこそ言言いひひいまぎらはさまぎらはさまぎらわさめめめ。。。見見み所所どころあるあるあるふみふみふみかきかきかきかなかなかな」」」などなどなどとみとみとみにににもももうちうちうち置置おききき給給たまははわずずず。。。
- 4「「「かうかうこう何何なにやややかやかやかやととと聞聞きこゆるゆるゆるをををもももおぼすおぼすおぼす所所ところやややあらあらあらむむんとととやゝましきやゝましきややましきををを、、、かのかのかのおとゞおとゞおとどににに知知しららられれれ奉奉たてまつりりり給給たまははわむむんことことこともももまだまだまだかうかうこう若若わか々々わかしうしうしゅう何何なにとととなきなきなきほどほどほどにににこゝらこゝらここら年年とし經經へ給給たまへへえるるる御御おん中中なかににに、、、さしさしさし出出いででで給給たまははわむむんことことことはははいかゞいかゞいかがととと思思おもひひいめぐらしめぐらしめぐらし侍侍はべるるる。。。猶猶なお世世よののの人人ひとのののあああめるめるめるかたかたかたににに定定さだまりりりてててこそこそこそははは人人ひと々々びとしうしうしゅうさるべきさるべきさるべきついでついでついでもももものしものしものし給給たまははわめめめととと思思おもふふうををを、、、
- 5宮宮みやはははひとりひとりひとり物物ものししし給給たまふふうやうやうようなれなれなれどどど人人ひとがらがらがらいといといといたういたういとうあだめいあだめいあだめいててて通通かよひひい給給たまふふう所所ところあまたあまたあまた聞聞きこえええ、、、めしうどめしうどめしゅうどゝゝとかかかにくげにくげにくげなるなるなる名名なのりのりのりするするする人人ひとどもどもどもなむなむなん數數かずあまたあまたあまた聞聞きこゆるゆるゆる。。。さやうさやうさようならならならむむんことことことはははにくげにくげにくげなうなうのうててて見見みなほいなほいなおい給給たまははわむむん人人ひとはははいといといとようようようなだらかなだらかなだらかにににもてもてもてけちけちけちてててむむん。。。少少すこししし心心こころにににくせくせくせありありありてててははは、、、人人ひとにににあかあかあかれれれぬぬぬべきべきべき事事ことなむなむなんおのづからおのづからおのずから出出いででで來來くぬぬぬべきべきべきををを、、、そのそのその御御おん心心こころづかひづかひずかいなむなむなんあるあるあるべきべきべき。。。
- 6大將大將だいしょうははは年年とし經經へたるたるたる人人ひとのののいたういたういとうねびねびねびすぎすぎすぎたるたるたるををを厭厭いとひひいがてらがてらがてらににに求求もとむむむなれなれなれどどど、、、それそれそれももも人々人々びと煩煩わずらはしがるはしがるわしがるなりなりなり。。。さささもももあべいあべいあべいことことことなれなれなればばばさまざまさまざまさまざまににになむなむなん人人ひとしれしれしれずずず思思おもひひい定定さだめめめかねかねかね侍侍はべるるる。。。
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現代語訳
右近は「決して、人からのお手紙などを取り次ぐことはございません。以前からご存じでご覧になった三、四通は、突き返して恥をかかせ申し上げるのもどうかと思って、お手紙だけは受け取ったりしているようですが、お返事は、殿がお勧め申し上げなさる時だけで。それさえも、つらいことにお思いになっています」と申し上げる。
「では、この若々しく結ぼれているのは誰のだ。たいそう熱心に書いた様子だね」とほほえんでご覧になると、「それは、しつこく置いて帰ってしまったのでございます。内大臣の中将が、こちらにお仕えしているみるこを以前からご存じだった、その手づるでございました。ほかに取り次ぐ人もございませんでしたので」と申し上げると、
「たいそうかわいらしいことよ。たとえ身分が低くても、あの人たちを、どうしてそれほど恥をかかせられようか。公卿といっても、この人の評判に必ずしも並ばない者が多いのだ。その中でも、たいそう落ち着いた人だ。自然と思い合わせる時もあるだろう。はっきりと言わずに、うまく言い紛らわしておきなさい。見どころのある手紙の書き手だね」などと言って、すぐには手放しなさらない。
「このようにあれこれと申し上げるのを、お思いになるところがあるのではないかと気がかりですが、あの大臣に知られ申し上げなさることも、まだこのように若く、取るに足りない身で、長年過ごしていらっしゃる多くのお子たちの中に、名乗り出なさるのはどうかと思いめぐらしております。やはり世間の人のように、どこかに身を落ち着けてこそ、人並みにしかるべき機会もおありになるだろうと思いますが、
宮は独り身でいらっしゃるようだけれど、人柄がたいそう浮気っぽくて、通っていらっしゃる所も多いと聞こえ、召人とかいう憎らしい名で呼ばれる女たちも、数多いと聞きます。そのようなことは、憎まずに見直してくださる人なら、たいそううまく穏やかに取りつくろうでしょう。少しでも心に癖があっては、夫に飽きられてしまうことも自然と起こるでしょうから、その心づかいがあるべきです。
大将は、長年連れ添った妻がひどく年をとってしまったのを嫌って、そのついでに求めているそうだけれど、それも人々は面倒がっているそうです。それももっともなことなので、さまざまに人知れず思い定めかねております。
このようなことは、親などにも、はっきりと自分の思うところとして語り出しにくいことですが、それほど幼いお年でもない。今は、どうして何事でもご自分のお心で判断なさらないことがありましょう。私を昔の母君になぞらえてお思いください。お心に不満なことがあっては気の毒ですから」などと、たいそうまじめに申し上げなさるので、
玉鬘はつらくて、お返事を申し上げようともお思いにならない。あまり子どもっぽいのもいやだと思われて、「何事もわきまえませんでしたころから、親などは見ないものと思い慣れておりまして、どうとも考えられません」と申し上げなさる様子が、たいそうおっとりとしているので、
源氏は、もっともだとお思いになって、「それでは、世のたとえの『後の親』を親とお思いになって、私の並々でない志のほどを、最後まで見届けてくださいますか」などとお話しになる。
お思いになっていることは、きまりが悪いので、口に出すことはおできにならない。意味ありげな言葉を時々交えなさるけれど、玉鬘は気づかない様子なので、何となくため息が出て、お帰りになる。
意訳
右近は、玉鬘は源氏に勧められた時しか返事をしないと答え、結び文は柏木からのものだと明かす。源氏は、柏木は落ち着いた立派な人だから、恥をかかせてはいけないと言う。
源氏は、内大臣に知らせるのは時期尚早だとし、兵部卿宮や髭黒の欠点を評して、自分を母親と思って何でも相談するよう言う。源氏は、後の親と思って自分の志を見届けてほしいと言うが、心の内は打ち明けられない。
語釈・文法注
- のちの親
- 継親、養い親のこと。実の親に代わって世話をする親。源氏は、玉鬘に自分をそのように思ってほしいと言う。
文法
- 「もこそ」(思ひ合する世もこそあれ)
- 「思い合わせる時もあるだろう」。危惧や予想を表す。
- 「てむや」(見顯しはて給ひてむや)
- 「最後まで見届けてくださいますか」。勧誘・依頼の意。
解説
源氏が求婚者たちを品定めする言葉は、親として娘の幸せを考えるようでいて、実は誰にも玉鬘を渡したくないという本心を隠している。兵部卿宮の浮気ぶりや髭黒の妻のことを持ち出すのも、その表れである。
「おぼすさまのことはまばゆければえうち出で給はず」という一文は、源氏の恋心がもはや抑えがたいところまで来ていることを示し、次の場面への伏線となっている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、456–459頁(コマ232–233)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日