源氏物語 第23帖 初音(7)
空蝉の尼君
源氏は二条東院の空蝉の尼君を訪ねる。空蝉は控えめな部屋に仏を安置して、勤行に励んでいる。青鈍の几帳に隠れて、袖口だけが見える姿に、源氏は昔を思って涙ぐむ。源氏は、昔からつらい縁だったが、このくらいの親しみは絶えなかったと言い、空蝉が昔自分を悩ませた報いを仏にわびているのだろうとからかう。空蝉は、継子の河内守に言い寄られたことを源氏が聞いているのだと恥じて泣く。源氏は、東院の人々を見舞い、命のある限り忘れないと優しく語る。

- 1空蟬空蟬うつせみのののあまあまあま衣衣ごろもにににもももさしさしさしのぞきのぞきのぞき給給たまへへえりりり。。。うけばりうけばりうけばりたるたるたるさまさまさまにににはははあらあらあらずずずかごやかかごやかかごやかにににつぼねつぼねつぼね住住ずみみみにににしししなしなしなしててて、、、佛佛ほとけばかりばかりばかりににに所所ところえええさせさせさせ奉奉たてまつりりりててて行行おこなひひい勤勤つとめめめけるけるけるさまさまさまあはれあはれあわれににに見見みえええててて經經きょう佛佛ほとけのののかざりかざりかざりはかなくはかなくはかなくしししなしなしなしたるたるたるあかあかあかののの具具ぐなどなどなどもももをかしげをかしげおかしげににになまめかしくなまめかしくなまめかしく、、、猶猶なお心心こころばせばせばせありありありととと見見みゆるゆるゆる人人ひとのののけはひけはひけわいなりなりなり。。。
- 2あをにびあをにびあおにびののの几帳几帳きちょう、、、心心こころばへばへばえをかしきをかしきおかしきにににいたくいたくいたく居居い隱隱かくれれれててて袖袖そで口口ぐちばかりばかりばかりぞぞぞ色色いろ異異ことなるなるなるしもしもしも懷懷なつかしけれしけれしければばば、、、淚淚なみだぐみぐみぐみ給給たまひひいててて松松まつががが浦浦うらををを遙遙はるかににに思思おもひひいでででぞぞぞ止止やみみみぬぬぬべかりべかりべかりけるけるける。。。
- 3「「「昔昔むかしよりよりより心心こころ憂憂うかりかりかりけるけるける御御おん契契ちぎりかなかなかな。。。さすがさすがさすがにににかばかりかばかりかばかりのののむつびむつびむつびはははたゆたゆたゆまじかりまじかりまじかりけるけるけるよよよ」」」などなどなどのたまふのたまふのたまう。。。尼君尼君あまぎみももも物物ものあはれあはれあわれなるなるなるけはひけはひけわいにてにてにて、、、「「「かゝるかゝるかかる方方かたににに賴賴たのみみみ聞聞きこえええさするさするさするしもしもしもなむなむなん淺淺あさくくくはははあらあらあらずずず思思おもひひい給給たまへへえ知知しららられれれ侍侍はべりりりけるけるける」」」ととと聞聞きこゆゆゆ。。。
- 4「「「常常つねにににをりをりをりをりおりおり重重かさねねねててて心心こころ惑惑まどはしはしわし給給たまへへえししし世世よののの報報むくいなどなどなどををを佛佛ほとけにににかしこまりかしこまりかしこまり聞聞きこゆるゆるゆるこそこそこそ苦苦くるしけれしけれしけれ、、、おぼしおぼしおぼし知知しるるるややや、、、かくかくかくいといといとすなほすなほすなおにににしもしもしもあらあらあらぬぬぬものものものをををととと、、、思思おもひひいあはせあはせあわせ給給たまふふう事事こともももあらあらあらじじじやはやはやはとととなむなむなん思思おもふふう」」」とととのたまふのたまふのたまう。。。
- 5かのかのかのあさましかりあさましかりあさましかりししし世世よのののふることふることふることををを聞聞きききき置置おききき給給たまへへえるるるなななめりめりめりとととはづかしくはづかしくはずかしく、、、「「「かゝるかゝるかかる有樣有樣ありさまををを御覽御覽ごらんじじじはてはてはてらるゝらるゝらるるよりよりより外外ほかののの報報むくいはははいづこいづこいずこにににかかか侍侍はべらららむむん」」」とてとてとて誠誠まことにににうちうちうち泣泣なきききぬぬぬ。。。
- 6いにしへいにしへいにしえよりよりよりももも物物もの深深ふかくくく恥恥はずかしげさしげさしげさまさりまさりまさりててて、、、かくかくかくもてもてもて離離はなれれれたるたるたる如如ごとくくくおぼすおぼすおぼすしもしもしも見見み放放はなちちち難難がたくくくおぼさるれおぼさるれおぼさるれどどどはかなきはかなきはかなき事事ことをををのたまひのたまひのたまいかくかくかくべくべくべくもももあらあらあらずずず。。。
- 7大方大方おおかたののの昔昔むかし今今いまののの物語物語ものがたりをををししし給給たまひひいててて、、、かばかりかばかりかばかりのののいふかひいふかひいうかいだにだにだにあれあれあれかしかしかしとととあなたあなたあなたををを見見み遣遣やりりり給給たまふふうかやうかやうかようにてにてにてももも御御おん蔭蔭かげににに隱隱かくれれれたるたるたる人々人々びと多多おおかりかりかり皆皆みなさしさしさし覗覗のぞききき渡渡わたししし給給たまひひいててて、、、
- 8「「「覺束覺束おぼつかなきなきなき日日ひ數數かず積積つもるるる折々折々おりおりあれあれあれどどど心心こころののの中中なかははは怠怠おこたらららずずずなむなむなん。。。唯唯ただ限限かぎりあるあるある道道みちののの別別わかれのみのみのみこそこそこそ後後うしろめたけれめたけれめたけれ、、、命命いのちぞぞぞ知知しらららぬぬぬ」」」などなどなどなつかしくなつかしくなつかしくのたまふのたまふのたまう。。。いづれいづれいずれをををももも程々程々ほどほどにににつけつけつけてててあはれあはれあわれとととおぼしおぼしおぼしたりたりたり。。。
- 9われわれわれはははとととおぼしおぼしおぼしあがりあがりあがりぬぬぬべきべきべき御御おん身身みののの程程ほどなれなれなれどどど。。。さしもさしもさしもことごとしくことごとしくことごとしくもてもてもてなしなしなし給給たまははわずずず、、、所所ところにににつけつけつけ人人ひとののの程程ほどにににつけつけつけつゝつゝつつあまねくあまねくあまねく懷懷なつかしくしくしくおはしませおはしませおわしませばばば、、、唯唯ただかばかりかばかりかばかりののの御心御心みこころにににかゝりかゝりかかりてててなむなむなん多多おおくくくののの人々人々びと年年とし月月つきををを經經へけるけるける。。。
現代語訳
源氏は空蝉の尼衣の方にもお立ち寄りになった。我が物顔の様子ではなく、こぢんまりと局住まいのようにして、仏だけに広い所を占めさせ申し上げて、勤行に励んでいる様子がしみじみと見えて、経や仏の飾り、ささやかに整えた閼伽の道具なども、美しく優雅で、やはり心ばせのある人と見える様子である。
青鈍の几帳の、趣向の面白いものにすっかり隠れて、袖口だけが色の違っているのも慕わしいので、源氏は涙ぐみなさって、「松が浦島」をはるかに思うだけで終わるべきであった。
「昔からつらいご縁でしたね。それでも、これくらいの親しみは絶えなかったのですね」などとおっしゃる。尼君もしみじみとした様子で、「このようにお頼り申し上げていることこそ、浅くはないご縁と思い知られております」と申し上げる。
「いつも折々に重ねて、私の心を惑わせなさった昔の報いなどを、仏におわび申し上げていらっしゃるのがつらいのです。おわかりですか。このように素直でもない者もいるのにと、思い当たりなさることもないでしょうかと思うのです」とおっしゃる。
空蝉は、あのあきれた昔のこと(継子の河内守の懸想)をお聞きになっていたのだろうと恥ずかしくて、「このような姿をすっかりご覧いただいていること以外に、何の報いがございましょう」と言って、本当に泣いてしまった。
昔よりも奥ゆかしく、こちらが気恥ずかしくなるほどの様子がまさって、このように世を離れたようにお思いになっているのも、見捨てがたくお思いになるけれど、たわいない冗談を言いかけるわけにもいかない。
おおよその昔や今の話をなさって、せめてこれくらいの話し相手であってほしいものだと、あちら(末摘花の方)をご覧になる。このようにして源氏のお陰に隠れている人々は多かった。皆の所に立ち寄りなさって、
「気がかりな日数が積もる折々もあるけれど、心の中では怠ってはいません。ただ限りある命の別れだけが気がかりで、命のほどはわからないものですから」などと、親しくおっしゃる。どの方をも、身分に応じていとしいとお思いになっている。
自分こそはと思い上がってもよいお身の上だけれど、それほど仰々しく振る舞いなさらず、場所に応じ、人の身分に応じて、分け隔てなく親しくしていらっしゃるので、ただこれだけのお心にすがって、多くの人々が年月を過ごしてきたのである。
意訳
源氏は二条東院の空蝉の尼君を訪ねる。空蝉は控えめな部屋で勤行に励み、青鈍の几帳に隠れて袖口だけを見せている。源氏は、空蝉が昔自分を悩ませた報いを仏にわびているのだろうとからかい、空蝉は昔のことを源氏が知っていると恥じて泣く。
源氏は、東院の人々を見舞い、命のある限り忘れないと優しく語る。源氏の分け隔てない心にすがって、多くの人々が年月を過ごしている。
語釈・文法注
- 松が浦島
- 「音に聞く松が浦島今日ぞ見るむべも心ある海人は住みけり」(後撰集)による。尼(海人)となった空蝉の住まいを、遠くから思いやるだけにすべきだったと、源氏は思う。
文法
- 反語の「あらじやは」(思ひあはせ給ふ事もあらじやは)
- 「思い当たりなさることもないでしょうか、いや、あるでしょう」。
- 「だに」(かばかりのいふかひだにあれかし)
- 「せめてこれくらいの話し相手であってほしい」。
解説
空蝉は、かつて源氏を拒み通した女性である。尼となった今も、その慎み深さと教養は変わらず、源氏はそれを惜しみつつも、昔の思い出をからかいの種にする。
源氏が「いづれをも程々につけてあはれとおぼしたり」という姿は、六条院と二条東院に多くの女性を抱える源氏の、分け隔てない情愛を示している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、446–449頁(コマ227–228)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日