源氏物語 第23帖 初音(6)
二条東院の末摘花
二条東院に住む女君たちは、訪れの少なさに寂しさを募らせながらも、それぞれの願いに従って静かに暮らしている。正月の騒がしさが過ぎてから、源氏は東院を訪ねる。末摘花は、昔の豊かな髪も衰え、源氏から贈られた柳の織物も似合わず、黒い掻練の上に寒そうに着ている。赤い鼻も相変わらずだが、源氏を頼り切っている様子があわれである。末摘花は、皮衣を兄の阿闍梨に取られて寒いと言い、源氏は苦笑しながら、蔵を開けて絹や綾を贈る。源氏は、人の住まない向かいの院の紅梅を見て歌を詠む。

- 1ましてましてましてひんがしひんがしひんがしののの院院いんににに離離はなれれれ給給たまへへえるるる御御おん方々方々かたがたははは年年とし月月つきににに添添そへへえてててつれづれつれづれつれずれののの數數かずのみのみのみまされまされまされどどど、、、世世よのののうきうきうきめめめ見見みえええぬぬぬ山山やま路路じににに思思おもひひいなずらへなずらへなずらえててて、、、つれなきつれなきつれなき人人ひとののの御心御心みこころをををばばば何何なにとととかかかははは見見み奉奉たてまつりりり咎咎とがめめめむむん。。。
- 2そのそのその外外ほかののの心心こころもとなくもとなくもとなく寂寂さびしきしきしきことことことはははたたたなけれなけれなければばば、、、おこなひおこなひおこないののの方方かたののの人人ひとはははそのそのそのまぎれまぎれまぎれなくなくなくつとめつとめつとめ、、、かなかなかなののの萬萬よろずののの草草そう紙紙しののの學問學問がくもん心心こころににに入入いれれれ給給たまははわむむん人人ひとはははまたまたまたそのそのその願願ねがひひいににに從從したがひひい、、、物物ものまめやかまめやかまめやかにににはかばかしきはかばかしきはかばかしきおきておきておきてにににももも唯唯ただ心心こころののの願願ねがひひいににに從從したがひひいにににたるたるたる住住すまひひいなりなりなり。。。
- 3騷騷さわがしきしきしき日日ひごろごろごろ過過すぐしししててて渡渡わたりりり給給たまへへえりりり。。。常陸常陸ひたちののの宮宮みやののの御御おん方方かたははは人人ひとのののほどほどほどあれあれあればばば心苦心苦こころぐるしくしくしくおぼしおぼしおぼしててて人人ひと目目めのののかざりかざりかざりばかりばかりばかりはははいといといとよくよくよくもてもてもてなしなしなし聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 4いにしへいにしへいにしえ盛盛さかりととと見見みえええししし御御おん若若わか髮髮がみももも、、、年年としごろごろごろににに衰衰おとろへへえゆきゆきゆき、、、ましてましてまして瀧瀧たきののの恥恥はずかしげしげしげなるなるなる御御おんかたはらめかたはらめかたわらめなどなどなどをををいとほしいとほしいとおしとととおぼせおぼせおぼせばばば、、、まほまほまほにににももも向向むかひひい給給たまははわずずず。。。
- 5柳柳やなぎはははげにげにげにこそこそこそすさまじかりすさまじかりすさまじかりけれけれけれととと見見みゆるゆるゆるもももきききなしなしなし給給たまへへえるるる人人ひとがらがらがらなるなるなるべしべしべし。。。光光ひかりもももなくなくなく黑黑くろきききかいねりかいねりかいねりのののさいざいしくさいざいしくさいざいしくはりはりはりたるたるたるひとひとひとかさねかさねかさね、、、さるさるさる織織おり物物ものののの袿袿うちきををを着着き給給たまへへえるるるいといといと寒寒さむげげげににに心苦心苦こころぐるししし。。。かさねかさねかさねののの袿袿うちきなどなどなどはははいかにいかにいかにしししなしなしなしたるたるたるにににかかかあらあらあらむむん。。。
- 6御御おん鼻鼻はなののの色色いろばかりばかりばかり、、、霞霞かすみにににもももまぎるまぎるまぎるまじくまじくまじく花花はなやかやかやかなるなるなるににに御心御心みこころにににもももあらあらあらずずず打打うちちち歎歎なげかかかれれれ給給たまひひいててて、、、殊殊こと更更さらににに御御おん几帳几帳きちょう引引ひきききつくろひつくろひつくろい隔隔へだててて給給たまふふう。。。
- 7なかなかなかなかなかなか女女おんなはははさしもさしもさしもおぼしおぼしおぼしたらたらたらずずず、、、今今いまはははかくかくかくあはれあはれあわれににに長長ながききき御心御心みこころのののほどほどほどをををおだしきおだしきおだしきものものものにににうちうちうちとけとけとけ賴賴たのみみみ聞聞きこえええ給給たまへへえるるる御御おんさまさまさまあはれあはれあわれなりなりなり。。。かゝるかゝるかかる方方かたにににもももおしなべておしなべておしなべてののの人人ひとならならならずずずいとほしくいとほしくいとおしく悲悲かなしきしきしき人人ひとののの御御おんさまさまさまとととおぼせおぼせおぼせばばば、、、あはれあはれあわれにににわれわれわれだにだにだにこそこそこそはははととと御心御心みこころとゞめとゞめとどめ給給たまへへえるるるもももありがたきありがたきありがたきぞぞぞかしかしかし。。。
- 8御御おん聲聲こえなどなどなどもももいといといと寒寒さむげげげににに打打うちちちわなゝきわなゝきわななきつゝつゝつつ語語かたらひらひらい聞聞きこえええ給給たまふふう。。。見見み煩煩わずらひひい給給たまひひいててて「「「御御おんぞぞぞどもどもどものののことことこと後見後見うしろみ聞聞きこゆるゆるゆる人人ひとははは侍侍はべるるるややや。。。かくかくかく心心こころやすやすやすききき御御おん住住すまひひいははは唯唯ただいといといと打打うちちち解解とけけけたるたるたるさまさまさまにににふくみふくみふくみなえなえなえたるたるたるこそこそこそよけれよけれよけれ。。。うはべうはべうわべばかりばかりばかりつくろひつくろひつくろいたるたるたる御御おんよそひよそひよそいはははあいなくあいなくあいなくなむなむなん」」」ととと聞聞きこえええ給給たまへへえばばば、、、
- 9こちごちしくこちごちしくこちごちしくさすがさすがさすがににに笑笑わらひひい給給たまひひいててて、、、「「「醍醐醍醐だいごののの阿闍梨阿闍梨あざりののの君君きみののの御御おんあつかひあつかひあつかいししし侍侍はべるるるとてとてとて、、、きぬきぬきぬどもどもどもゝゝもえええ縫縫ぬひひい侍侍はべらららでででなむなむなん、、、かはぎぬかはぎぬかわぎぬをををさへさへさへとらとらとられれれにににししし後後のち寒寒さむくくく侍侍はべるるる」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふうはははいといといと鼻鼻はな赤赤あかききき御御おんせうとせうとしょうとなりなりなりけりけりけり。。。
- 10心心こころうつくしうつくしうつくしととといひいひいいながらながらながらあまりあまりあまり打打うちちち解解とけけけ過過すぎぎぎたりたりたりとととおぼせおぼせおぼせどどど、、、此處此處ここにてにてにてはははいといといとまめまめまめにににきすくきすくきすく人人ひとにてにてにておはすおはすおわす。。。
- 11「「「かはぎぬかはぎぬかわぎぬはははいといといとよしよしよし。。。山山やま伏伏ぶしのののみのしろごろもみのしろごろもみのしろごろもににに讓讓ゆずりりり給給たまひひいてててあえあえあえなむなむなん。。。さてさてさてこのこのこのいたはりいたはりいたわりなきなきなき白白しろ妙妙たえののの衣衣ころもははは、、、なゝへなゝへななえにににもももなどなどなどかかか重重かさねねね給給たまははわざらざらざらむむん。。。さるべきさるべきさるべき折々折々おりおりははは打打うちちち忘忘わすれれれたらたらたらむむんことことことももも驚驚おどろかししし給給たまへへえかしかしかし。。。もとよりもとよりもとよりをれをれしくをれをれしくおれおれしくたゆきたゆきたゆき心心こころのののをこたりをこたりおこたりににに、、、ましてましてまして方々方々かたがたのののまぎらはしきまぎらはしきまぎらわしききほひきほひきおいにににもももおのづからおのづからおのずからなむなむなん」」」とととのたまひのたまひのたまいててて、、、
- 12向向むかひひいののの院院いんのののみくらみくらみくらあけあけあけさせさせさせててて絹絹きぬ綾綾あやなどなどなど奉奉たてまつらららせせせ給給たまふふう。。。荒荒あれれれたるたるたる所所ところもももなけれなけれなけれどどど、、、住住すみみみ給給たまははわぬぬぬ所所ところのののけはひけはひけわいはははしづかしづかしずかにてにてにて御御おんまへまへまえののの木木こ立立だちばかりばかりばかりぞぞぞいといといとおもしろくおもしろくおもしろく、、、紅梅紅梅こうばいののの咲咲さききき出出いでででたるたるたるにほひにほひにおいなどなどなど見見みはやすはやすわやす人人ひともももなきなきなきををを、、、見見みわたしわたしわたし給給たまひひいててて、、、
- 13「「「ふるさとふるさとふるさとののの春春はるののの木木こ末末ずえにににたづねたづねたずねきききててて世世よのののつねつねつねならならならぬぬぬ花花はなををを見見みるるるかなかなかな」」」。。。ひとりごちひとりごちひとりごち給給たまへへえどどど聞聞きききき知知しりりり給給たまははわざりざりざりけむけむけんかしかしかし。。。
現代語訳
まして二条東院に離れて住んでいらっしゃる御方々は、年月とともに所在なさの数ばかりが増すけれど、世のつらさを見ない山路の暮らしに思いなぞらえて、つれない源氏のお心を、どうしてとがめ申し上げようか。
そのほかの気がかりで寂しいことは、またないので、勤行の方面の人(空蝉)はその紛れもなく勤め、仮名のさまざまな草子の学問に心を入れなさる人(末摘花)は、またその願いに従い、何となくまじめでしっかりした暮らしぶりも、ただ心の願いに従った住まいである。
騒がしい日々を過ごして、源氏は二条東院においでになった。常陸宮の御方(末摘花)は、身分が高いので、お気の毒にお思いになって、人目に立つ体裁だけはたいそうよくお扱い申し上げなさる。
昔は盛りと見えたお若いころの髪も、年とともに衰えていき、まして滝の淀みも恥ずかしくなるほど白くなった御横顔などを、気の毒にお思いになるので、まともには向き合いなさらない。
柳の織物は、なるほど興ざめなものだと見えるのも、着こなしていらっしゃる人柄のせいだろう。光沢もなく黒い掻練の、さわさわと音がするほど張ったものを一重ねに、その柳の織物の袿を着ていらっしゃるのは、たいそう寒そうで気の毒である。重ねの袿などは、どうしてしまったのだろう。
お鼻の色だけは、霞にも紛れそうもなく鮮やかなので、心ならずもため息をつかれて、ことさらに御几帳を引き直して隔てなさる。
かえって女のほうは、それほどにもお思いにならず、今はこのようにしみじみと長いお心を、穏やかなものとして、気を許して頼りにしていらっしゃるご様子があわれである。このような方面でも、並の人ではなく、気の毒で悲しい方のご様子だとお思いになるので、しみじみと、せめて自分だけでもと、お心にとめていらっしゃるのも、めったにないことである。
お声なども、たいそう寒そうに震えながらお話し申し上げなさる。源氏は見かねなさって、「お召し物のことを、お世話申し上げる人はおりますか。このような気楽なお住まいでは、ただたいそうくつろいだ様子で、ふっくらと柔らかくなった衣を着ているのがよいのです。表面だけ取りつくろったお装いは、つまらないものです」と申し上げなさると、
ぎこちなく、それでもお笑いになって、「醍醐の阿闍梨の君のお世話をいたしますとて、着物なども縫えずにおりまして、皮衣までも取られてしまってからは寒うございます」と申し上げなさるのは、たいそう鼻の赤い兄君のことであった。
素直といっても、あまりにも打ち解けすぎていると思われるけれど、ここではたいそうまじめで生一本な人として振る舞っていらっしゃる。
「皮衣はたいそう結構です。山伏の蓑代わりの衣に譲っておしまいになってよいでしょう。さて、この惜しくもない白妙の衣は、七重にでもどうして重ねなさらないのですか。しかるべき折々には、私が忘れていることも気づかせてください。もともと愚かで怠けがちな心の怠りに加えて、まして方々の紛らわしい忙しさにも、自然と」とおっしゃって、
向かいの院の御倉を開けさせて、絹や綾などを差し上げなさる。荒れた所もないけれど、源氏のお住みにならない所の様子は静かで、御前の木立だけがたいそう趣深く、紅梅の咲き出した色香なども、見てほめる人もいないのを、見渡しなさって、
「古里の春の梢を訪ねてきて、世にまたとない花を見たことよ」。独り言をおっしゃったけれど、末摘花はお聞きわけにならなかっただろうよ。
意訳
二条東院に住む女君たちは、訪れの少なさに寂しさを募らせながらも、それぞれ静かに暮らしている。正月の騒がしさが過ぎてから、源氏は末摘花を訪ねる。
末摘花は、髪も衰え、贈られた柳の織物も似合わず、寒そうにしている。皮衣を兄の阿闍梨に取られたと言う末摘花に、源氏は苦笑しながら絹や綾を贈る。源氏は、向かいの院の紅梅を見て、末摘花の赤い鼻をからかう歌を詠む。
語釈・文法注
- 瀧のよどみ
- 「落ちたぎつ滝の水上年積もり老いにけらしな黒き筋なし」(古今集)による。白髪になったことを、白く泡立つ滝の水にたとえる。
文法
- 反語の「何とかは…む」(何とかは見奉り咎めむ)
- 「どうしてとがめ申し上げようか、いや、とがめない」。
- 「だに」(われだにこそは)
- 「せめて自分だけでも」。最小限の限定。
和歌
ふるさとの春の木末にたづねきて世のつねならぬ花を見るかな
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 末摘花を訪ねた帰り、向かいの院の紅梅を見て独り言に詠んだ歌。古里の春の梢を訪ねてきて、世にまたとない(赤い)花を見たことよ。
修辞
- 掛詞
- 「花」に紅梅の「花」と末摘花の赤い「鼻」をかけて、からかっている。
解説
末摘花の描写は、末摘花の巻以来の滑稽さを受け継ぎながらも、源氏を素直に頼り切る姿に、あわれさがにじむ。源氏は、末摘花を見捨てず、変わらぬ心で世話を続ける。
紅梅の歌で末摘花の赤い鼻をからかう源氏の茶目っ気は、末摘花の巻の「なつかしき色ともなしに何にこの末摘花を袖にふれけむ」を思い起こさせる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、446–447頁(コマ227)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日