源氏物語 第18帖 松風(8)
桂の院の宴
須磨に従った右近将監は、今は靫負の尉となって五位に叙せられていた。将監は明石の女房に昔を懐かしむ言葉をかける。源氏は迎えに来た頭中将らと桂の院に向かい、鵜飼や鷹狩の獲物を肴に酒宴を催す。夜、管絃の遊びが始まると、冷泉帝から使いが来て、うらやましいと歌を贈る。源氏も返歌し、淡路島の月を思い出して詠む。頭中将や右大弁も歌を詠み、宴は夜更けまで続く。

- 1かのかのかの解解とけけけたりたりたりしししくらうどくらうどくろうどもももかへりかへりかえりなりなりなりにににけりけりけり。。。靱負靱負ゆげいののの尉尉じょうにてにてにて今年今年ことしかうぶりかうぶりこうぶり得得えてててけりけりけり。。。昔昔むかしにににあらためあらためあらため心心ここちちちよげよげよげにてにてにてみはかしみはかしみはかし取取とりりりににによりよりより來來きたりたりたり。。。
- 2人影人影ひとかげををを見見みつけつけつけててて「「「きしきしきし方方かたののの物物もの忘忘わすれれれししし侍侍はべらららねねねどどどかしこけれかしこけれかしこければばばえええこそこそこそ浦風浦風うらかぜ覺覺おぼえええ侍侍はべるるる曉曉あかつきののの寢覺寢覺ねざめにににももも驚驚おどろかししし聞聞きこえええさすさすさすべきべきべきよすがよすがよすがだにだにだになくなくなくててて」」」とととけしきばむけしきばむけしきばむををを
- 3「「「やへやへやへたつたつたつ山山やまははは更更さらににに島島しまがくれがくれがくれにににももも劣劣おとらららざりざりざりけるけるけるををを松松まつももも昔昔むかしのののとととたどらたどらたどられれれつるつるつるににに忘忘わすれれれぬぬぬ人人ひともももものものものししし給給たまひひいけるけるけるにににたのもしたのもしたのもし」」」などなどなどいふいふいう。。。こよなしこよなしこよなしややや、、、我我わももも思思おもひひいなきなきなきにににしもしもしもあらあらあらざりざりざりしししをををなどなどなどあさましうあさましうあさましゅう覺覺おぼゆれゆれゆれどどど「「「今今いま殊殊こと更更さらににに」」」とととうちうちうちけざやぎけざやぎけざやぎててて參參まいりりりぬぬぬ。。。
- 4いといといとよそほしくよそほしくよそおしくさしさしさし步步あゆみみみ給給たまふふう程程ほど、、、かしかましうかしかましうかしかましゅう追追おひひい拂拂はらひひいててて御御おん車車くるまのののしりしりしりににに頭頭とうののの中將中將ちゅうじょう兵衛督兵衛督ひょうえのかみのせのせのせ給給たまふふう。。。「「「いといといとかるがるしきかるがるしきかるがるしき隱隱かくれがれがれが見見み顯顯あらわささされれれぬるぬるぬるこそこそこそねたうねたうねとう」」」ととといたういたういとうからがりからがりからがり給給たまふふう。。。
- 5「「「よべよべよべののの月月つきににに口惜口惜くちおしうしうしゅう御供御供ともににに後後おくれれれ侍侍はべりりりにににけるけるけるととと思思おもひひい給給たまへへえられられられしかしかしかばばば、、、今朝今朝けさ霧霧きりをををわけわけわけててて參參まいりりり侍侍はべるるる山山やまののの錦錦にしきはははまだしうまだしうまだしゅう侍侍はべりりりけりけりけり。。。野邊野邊のべののの色色いろこそこそこそ盛盛さかりににに侍侍はべりりりけれけれけれ。。。なにがしなにがしなにがしののの朝臣朝臣あそんののの小鷹小鷹こたかにににかゝづらひかゝづらひかかずらいててて立立たちちち後後おくれれれ侍侍はべりりりぬるぬるぬる、、、いかゞいかゞいかがなりなりなりぬぬぬらむらむらん」」」などなどなどいふいふいう。。。
- 6今日今日きょうははは猶猶なお桂殿桂殿かつらどのにににとととてててそなたそなたそなたざまざまざまにににおはしましおはしましおわしましぬぬぬ。。。俄俄にわかなるなるなる御御おんあるじあるじあるじししし騷騷さわぎぎぎててて鵜飼鵜飼うかいどもどもども召召めしししたるたるたるににに、、、海士海士あまのののさへづりさへづりさえずりおぼしおぼしおぼし出出いでででらるらるらる。。。野野のにににとまりとまりとまりぬるぬるぬる君君きみたちたちたち小鳥小鳥ことりしるししるししるしばかりばかりばかりひきひきひきつけつけつけさせさせさせたるたるたる荻荻おぎのののえだえだえだなどなどなどつとつとつとにににしししててて參參まいれれれりりり。。。
- 7おほみきおほみきおおみきあまたあまたあまたたびたびたびずんながれずんながれずんながれててて、、、川川かわのののわたりわたりわたり危危あやうげげげなれなれなれどどど、、、醉醉えいににに紛紛まぎれれれててておはしましおはしましおわしましくらしくらしくらしつつつ。。。おのおのおのおのおのおのぜくぜくぜくなどなどなど作作つくりりりわたしわたしわたしててて月月つき華華はなやかやかやかにににさしさしさし出出いづるづるずる程程ほどににに大御遊大御遊おおみあそびはじまりはじまりはじまりててていといといと今今いまめかしめかしめかし。。。
- 8ひきものひきものひきもの琵琶琵琶びわ和琴和琴わごんばかりばかりばかり笛笛ふえどもどもども上手上手じょうずのののかぎりかぎりかぎりしししててて折折おりにににあひあひあいたるたるたる調子調子ちょうし吹吹ふきききたつるたつるたつる程程ほど、、、川風川風かわかぜ吹吹ふききき合合あわせせせててておもしろきおもしろきおもしろきににに月月つき高高たかくくくさしさしさしあがりあがりあがり、、、萬萬よろずののの事事ことすめすめすめるるる夜夜よのののやゝやゝややふくるふくるふくる程程ほどににに殿上人殿上人てんじょうびと四五人四五人しごにんばかりばかりばかりつれつれつれててて參參まいれれれりりり。。。
- 9上上うえににに侍侍さぶらひひいけるけるけるををを「「「御御おん遊遊あそびありありありけるけるけるついでついでついでににに今日今日きょうははは六日六日むゆかののの御御おん物忌物忌ものいみあくあくあく日日ひにてにてにて必必かならずずず參參まいりりり給給たまふふうべきべきべきをををいかなれいかなれいかなればばば」」」ととと仰仰おおせせせられられられけれけれければばばこゝこゝここにににかうかうこうとまらとまらとまらせせせ給給たまひひいにににけるけるけるよしよしよし聞聞きこししし召召めしししててて御御おんせうそこせうそこしょうそこあるあるあるなりなりなりけりけりけり。。。御御おん使使つかいははは藏人藏人くろうどののの辨辨べんなりなりなりけりけりけり。。。
- 10「「「月月つきのののすむすむすむ河河かわのののをちをちおちなるなるなる里里さとなれなれなればばばかつらかつらかつらのののかげかげかげはははのどけかるのどけかるのどけかるらむらむらん。。。うらやましううらやましううらやましゅう」」」とととありありあり。。。畏畏かしこまりまりまり聞聞きこえええさせさせさせ給給たまふふう。。。上上うえののの御御おん遊遊あそびよりよりよりももも、、、猶猶なお所所ところからからからのののすごさすごさすごさゝゝさへへへ添添そへへえたるたるたる物物ものののの音音ねをををめでめでめでゝゝてまたまたまた醉醉えひひい加加くわはりはりわりぬぬぬ。。。
- 11こゝこゝここにににはははまうけまうけもうけののの物物ものもももさぶらはさぶらはさぶらわざりざりざりけれけれければばば大井大井おおいににに「「「わざとわざとわざとならならならぬぬぬまうけまうけもうけのののものものものややや」」」ととと言言いひひい遣遣つかわしししたりたりたり。。。とりとりとりあへあへあえたるたるたるににに從從したがひひいててて參參まいらせらせらせたりたりたり。。。絹櫃絹櫃きぬびつふたかけふたかけふたかけにてにてにてあるあるあるををを御御おん使使つかいののの辨辨べんはははとくとくとくかへりかへりかえり參參まいれれればばば女女おんなのののさうぞくさうぞくそうぞくかづけかづけかずけ給給たまふふう。。。
- 12「「「久久ひさかたかたかたのののひかりひかりひかりににに近近ちかききき名名なのみのみのみしししてててあさゆふあさゆふあさゆうきりきりきりももも晴晴はれれれぬぬぬ山里山里やまざと」」」。。。行幸行幸みゆきまちまちまち聞聞きこえええ給給たまふふう御心御心こころばへばへばえなるなるなるべしべしべし。。。「「「中中なかににに生生おひひいたるたるたるとととうちうちうちずんじずんじずんじ給給たまふふうついでついでついでににに、、、かのかのかの淡路島淡路島あわじしまをををおぼしおぼしおぼし出出いでででゝゝて躬恒躬恒みつねがががところところところからからからかかかもももとととおぼめきおぼめきおぼめきけむけむけんことことことなどなどなどのののたまひたまひたまい出出いでででたるたるたるににに、、、物物もの哀哀あわれなるなるなるゑひゑひえいなきなきなきどもどもどもあるあるあるべしべしべし。。。
- 13「「「めぐりめぐりめぐりきききててて手手てにににとるとるとるばかりばかりばかりさやけきさやけきさやけきややや淡路淡路あわじののの島島しまのののあはあはあわととと見見みししし月月つき」」」。。。頭中將頭中將とうのちゅうじょう、、、「「「うきうきうき雲雲くもにににしばししばししばしまがひまがひまがいししし月影月影つきかげのののすみすみすみはつるはつるはつるよよよぞぞぞのどけかるのどけかるのどけかるべきべきべき」」」。。。
- 14右大辨右大辨うだいべんすこしすこしすこしおとなびおとなびおとなびててて故院故院こいんののの御御おん時時ときにににもももむつましうむつましうむつましゅう仕仕つこうううまつりまつりまつりなれなれなれししし人人ひとなりなりなりけりけりけり。。。「「「雲雲くもののの上上うえのののすみかすみかすみかをををすてゝすてゝすてて夜夜よははわののの月月つきいづれいづれいずれののの谷谷たににににかげかげかげかくしかくしかくしけむけむけん」」」。。。心々心々こころごころにににあまたあまたあまたあああめれめれめれどどどうるさくうるさくうるさくてててなむなむなん。。。
現代語訳
あの官職を解かれていた蔵人(右近将監)も、元の職に復していた。靫負の尉で、今年五位に叙せられていた。昔と打って変わって心地よさそうで、御佩刀を取りに、女房たちの所へやって来た。人影を見つけて、「昔のことは忘れておりませんが、畏れ多いので、浦風を思い出す暁の寝覚めにも、お便りを差し上げるよすがさえなくて」と、意味ありげに言うのを、
女房は「八重に重なる山は、まったく島隠れの明石にも劣らなかったので、松も昔の友ではないかとたどたどしく思っていましたが、忘れない人もいらっしゃったのですね。頼もしいこと」などと言う。何ともひどい、自分も思いがなかったわけではないのにと、あきれた気持ちがするけれど、「いずれ改めて」と、きっぱりと言って源氏のもとに参上した。
源氏がたいそう威儀を正して歩みなさる時、やかましく先払いをして、御車の後ろの席に頭中将と兵衛督をお乗せになる。「たいそう軽々しい隠れ家を見つけられてしまったのが悔しい」と、ひどく迷惑がりなさる。「昨夜の月に、残念にもお供に遅れてしまったと思われましたので、今朝、霧を分けて参りました。山の紅葉はまだでございました。野辺の色は盛りでございました。誰それの朝臣は、小鷹狩にかかずらって遅れてしまいましたが、どうなったでしょう」などと言う。
今日はやはり桂の院でということで、そちらの方へお出かけになった。急なご饗応で大騒ぎして、鵜飼たちを召したので、源氏は明石の海士たちのさえずりを思い出しなさる。野に泊まった君たちが、小鳥をしるしばかりに付けさせた荻の枝などを土産にして参上した。お酒が何度も巡って、川のあたりは危なっかしいけれど、酔いにまぎれて一日を過ごしなさった。それぞれ漢詩の絶句などを作り終えて、月が華やかに差し出るころに、管絃の大遊びが始まって、たいそう当世風である。
弾き物は琵琶と和琴だけで、笛は名手ばかりで、季節に合った調子を吹き立てるころ、川風が吹き合わさって趣深い中に、月が高く昇り、何もかも澄みわたる夜が少し更けるころに、殿上人が四、五人ほど連れ立って参上した。宮中に控えていたところ、帝が「管絃の遊びがあったついでに、今日は六日の御物忌の明ける日なので、必ず参内なさるはずなのに、どうしたことか」と仰せになったので、ここにこうして逗留していらっしゃるということをお聞きになって、お手紙があったのだった。お使いは蔵人の弁であった。
「月の澄む桂川の向こうの里なので、月に生えるという桂の木の影は、さぞのどかなことでしょう。うらやましく」とあった。源氏は恐縮して申し上げなさる。宮中の管絃の遊びよりも、やはり場所柄の物寂しさまで添えた楽の音を賞美して、また酔いが加わった。ここには用意の品もなかったので、大堰に「わざとらしくない用意の品はないか」と言い遣わした。あり合わせのものを差し上げた。衣装櫃二荷であったのを、お使いの弁はすぐに帰参するので、女の装束を禄としてお与えになる。
源氏の返歌は「月の光に近い桂という名ばかりで、朝夕霧も晴れない山里です」。帝の行幸をお待ち申し上げるお気持ちなのだろう。「中に生ひたる」と口ずさみなさるついでに、あの淡路島を思い出しなさって、躬恒が、場所柄のせいかと不思議がったことなどを話し出しなさったので、しみじみとした酔い泣きをする人々もあったことだろう。
「都にめぐり帰ってきて、手に取れるほどはっきりと見えるのは、淡路島で、あれはと遠く見た月だろうか」。頭中将は、「浮き雲にしばらく隠れていた月の光が、澄みきる今の世こそ、のどかであるはずです」。右大弁は少し年配で、故院の御代にも親しくお仕えしてきた人であった。「宮中の住まいを捨てて、夜半の月は、どこの谷に姿を隠してしまわれたのでしょう」。それぞれに多くの歌があるようだが、煩わしいので省く。
意訳
須磨に従った右近将監は、今は靫負の尉となって五位に叙せられ、明石の女房に昔を懐かしむ言葉をかける。源氏は迎えに来た頭中将らと桂の院に向かい、鵜飼や鷹狩の獲物を肴に酒宴を催す。
夜、管絃の遊びが始まると、冷泉帝から使いが来て、うらやましいと歌を贈る。源氏も返歌し、須磨で見た淡路島の月を思い出して詠む。頭中将や右大弁も、源氏の復帰や故院を偲ぶ歌を詠む。
語釈・文法注
- 中に生ひたる
- 「久方の中に生ひたる里なれば光をのみぞ頼むべらなる」(古今集・伊勢)の一節。月の中に生える桂の里なので、月の光(帝の恵み)だけを頼りにする、という歌。
文法
- 現在推量の「らむ」(のどけかるらむ)
- 「さぞのどかなことでしょう」。
- 疑問の「や」(さやけきや)
- 「はっきりと見えるのは…だろうか」。
和歌
月のすむ河のをちなる里なればかつらのかげはのどけかるらむ
- 詠者
- 冷泉帝
- 状況
- 桂の院で遊ぶ源氏に贈った歌。月の澄む桂川の向こうの里なので、月に生えるという桂の木の影は、さぞのどかなことでしょう。
修辞
- 掛詞
- 「すむ」に「澄む」と「住む」、「かつら」に月に生えるという「桂」と地名の「桂」をかける。
久かたのひかりに近き名のみしてあさゆふきりも晴れぬ山里
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 帝への返歌。月の光に近い桂という名ばかりで、朝夕霧も晴れない山里です(帝のおいでを待っております)。
修辞
- 縁語
- 「久かたの」は「ひかり」の枕詞。月の桂の縁で、帝の行幸を待つ心をこめる。
めぐりきて手にとるばかりさやけきや淡路の島のあはと見し月
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 須磨で見た淡路島の月を思い出して詠んだ歌。都にめぐり帰ってきて、手に取れるほどはっきりと見えるのは、淡路島で、あれはと遠く見た月だろうか。
修辞
- 掛詞
- 「あは」に「淡路」と「あれは」をかける。
うき雲にしばしまがひし月影のすみはつるよぞのどけかるべき
- 詠者
- 頭中将
- 状況
- 源氏の歌に応じた歌。浮き雲にしばらく隠れていた月の光(源氏)が、澄みきる今の世こそ、のどかであるはずです。
雲の上のすみかをすてゝ夜はの月いづれの谷にかげかくしけむ
- 詠者
- 右大弁
- 状況
- 故桐壺院を偲んで詠んだ歌。宮中の住まいを捨てて、夜半の月(故院)は、どこの谷に姿を隠してしまわれたのでしょう。
解説
桂の院の宴は、源氏の栄華を象徴する華やかな場面である。帝からの使いと歌の贈答は、源氏と冷泉帝の親密な関係を示している。
源氏が淡路島の月を思い出して詠む歌は、須磨での苦難を経て栄華を手にした源氏の感慨を表している。頭中将や右大弁の歌も、源氏の復帰と故院への思いを込めたもので、宴の場が過去と現在をつなぐ場となっている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、344–347頁(コマ175–176)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日