源氏物語 第18帖 松風(7)
御堂と琴の契り
源氏は嵯峨の御堂で仏事の段取りを定め、月の明るい夜に大堰へ帰る。明石の君は、明石で別れた夜の形見の琴を差し出し、二人は変わらぬ契りを歌に詠み交わす。源氏は、姫君を二条院に引き取って育てたいと思うが、明石の君の心を思って言い出せない。翌朝、桂の院に人々が集まり、源氏は帰らなければならない。源氏は姫君を抱いて別れを惜しみ、見送りに出た明石の君の気品ある姿に心を打たれる。

- 1御寺御寺みてらににに渡渡わたりりり給給たまひひいててて月月つきごとごとごとののの十四五日十四五日じゅうしごにちつごもりつごもりつごもりににに行行おこなははわるるるべきべきべき普賢講普賢講ふげんこう、、、阿彌陀阿彌陀あみだ、、、さかさかさかののの念佛念佛ねんぶつのののをををばばばさるさるさるものものものにてにてにて又々又々またまた加加くわへへえ行行おこなははわせせせ給給たまふふうべきべきべき事事こと定定さだめめめ置置おかかかせせせ給給たまふふう。。。堂堂どうのののかざりかざりかざり佛佛ほとけののの御御おん具具ぐなどなどなどめぐらしめぐらしめぐらし仰仰おおせせせらるらるらる。。。
- 2月月つきののの明明あかきききににに歸歸かえりりり給給たまふふう。。。ありありありししし夜夜よののの事事ことおぼしおぼしおぼし出出いでででらるゝらるゝらるる折折おりすぐさすぐさすぐさずずずかのかのかのきんきんきんののの御御おんことことことさしさしさし出出いでででたりたりたり。。。そこはかとなくそこはかとなくそこはかとなく物物もの哀哀あわれなるなるなるににに、、、えええ忍忍しのびびび給給たまははわでででかきかきかきならしならしならし給給たまふふう。。。まだまだまだしらべしらべしらべももも變變かわらららずずず彈彈ひきききかへしかへしかえしそのそのそのをりをりおり今今いまののの心心ここちちちししし給給たまふふう。。。
- 3「「「契契ちぎりりりしししにににかはらかはらかわらぬぬぬことことことのののしらべしらべしらべにてにてにて絕絕たえええぬぬぬ心心こころのののほどほどほどををを知知しりりりきききややや」」」。。。女女おんな、、、「「「かはらかはらかわらじじじととと契契ちぎりりりしししことことことをををたのみたのみたのみにてにてにて松松まつのののひゞきひゞきひびきににに音音ねをををそへそへそえしししかなかなかな」」」ととと聞聞きこえええかはしかはしかわしたるたるたるももも似似にげげげなからなからなからぬぬぬこそこそこそははは身身みににに餘餘あまりりりたるたるたる有樣有樣ありさまなめれなめれなめれ。。。
- 4こよなうこよなうこよのうねびねびねびまさりまさりまさりにににけるけるけるかたちかたちかたちけはひけはひけわいえええおもほしおもほしおもおしすつすつすつまじうまじうまじゅう若君若君わかぎみはははたたたつきつきつきもももせせせずずずまもらまもらまもられれれ給給たまふふう。。。いかにいかにいかにせせせましましまし。。。かくろへかくろへかくろえたるたるたるさまさまさまにてにてにておひおひおい出出いでででむむんががが心苦心苦こころぐるしうしうしゅう口惜口惜くちおしきしきしきををを、、、二條院二條院にじょういんににに渡渡わたしししててて心心こころののの行行ゆくくくかぎりかぎりかぎりもてなさもてなさもてなさばばば後後のちののの覺覺おぼえええももも罪罪つみ免免まぬかれれれなむなむなんかしかしかしとととおもほせおもほせおもおせどどど又又また思思おもははわむむん事事こといとほしくいとほしくいとおしくてててえええうちうちうち出出いででで給給たまははわででで淚淚なみだぐみぐみぐみててて見見み給給たまふふう。。。
- 5幼幼おさなききき心地心地ここちににに少少すこししし耻耻はじらひらひらいたりたりたりしししがががやうやうやうやうようよううちうちうち解解とけけけててて物物ものいひいひいい笑笑わらひひいなどなどなどしししてててむつれむつれむつれ給給たまふふうををを見見みるるるまゝまゝままににににほひにほひにおいまさりまさりまさりてててうつくしうつくしうつくし。。。抱抱いだきききててておはするおはするおわするさまさまさま見見みるるるかひかひかいありありありててて宿世宿世すくせこよなしこよなしこよなしととと見見みえええたりたりたり。。。
- 6又又またののの日日ひははは京京きょうへへへ歸歸かえらららせせせ給給たまふふうべけれべけれべければばば、、、少少すこししし大殿籠大殿籠おおとのごもりりり過過すぐしぐしぐしてててやがてやがてやがてこれこれこれよりよりより出出いででで給給たまふふうべきべきべきををを桂桂かつらののの院院いんににに人々人々びと多多おおくくく參參まいりりり集集つどひひいてててこゝこゝここにににももも殿上人殿上人てんじょうびとあまたあまたあまた參參まいりりりたりたりたり。。。御御おんさうぞくさうぞくそうぞくなどなどなどししし給給たまひひいててて「「「いといといとはしたなきはしたなきはしたなきわざわざわざかなかなかな。。。かくかくかく見見み顯顯あらはさはさわさるるるべきべきべき隈隈くまにににもももあらあらあらぬぬぬををを」」」とととてててさわがしきさわがしきさわがしきににに引引ひかかかれれれててて出出いででで給給たまふふう。。。
- 7心苦心苦こころぐるしけれしけれしければばばさりげなくさりげなくさりげなくまぎらはしまぎらはしまぎらわしててて立立たちちちとまりとまりとまり給給たまへへえるるる戶口戶口とぐちにににめのとめのとめのと若君若君わかぎみ抱抱いだきききてててさしさしさし出出いでででたりたりたり、、、哀哀あわれなるなるなる御御おん氣色氣色けしきにににかきかきかきなでなでなで給給たまひひいててて「「「見見みででではははいといといと苦苦くるしかりしかりしかりぬぬぬべきべきべきこそこそこそいといといとうちつけうちつけうちつけなれなれなれ。。。いかゞいかゞいかがすすすべきべきべき。。。いといといと里里さと遠遠とおしししややや」」」とととのののたまへたまへたまえばばば「「「遙遙はるかににに思思おもひひい給給たまへへえたりたりたりけるけるける年頃年頃としごろよりよりよりももも今今いまからからからののの御御おんもてなしもてなしもてなしののの覺束覺束おぼつかなうなうのう侍侍はべらららむむんははは心心こころづくしづくしづくしににに」」」などなどなど聞聞きこゆゆゆ。。。
- 8若君若君わかぎみ手手てをををさしさしさし出出いでででゝゝて立立たちちち給給たまへへえるるるををを慕慕したひひい給給たまへへえばばばついついつい居居い給給たまひひいててて「「「怪怪あやしうしうしゅう物思物思ものおもひひい絕絕たえええぬぬぬ身身みにににこそこそこそありありありけれけれけれ。。。しばししばししばしにてにてにてももも苦苦くるしししややや。。。いづらいづらいずら。。。などなどなど諸共諸共もろともににに出出いでででゝゝてはははをしみをしみおしみ給給たまははわぬぬぬ、、、さらばさらばさらばこそこそこそ人人ひと心地心地ごこちもももせせせめめめ」」」とととのののたまへたまへたまえばばばうちうちうち笑笑わらひひいててて、、、女君女君おんなぎみにににかくかくかくなむなむなんととと聞聞きこゆゆゆ。。。
- 9なかなかなかなかなかなか物思物思ものおもひひい亂亂みだれれれててて臥臥ふしししたれたれたればばばとみとみとみにににしもしもしも動動うごかかかれれれずずず、、、あまりあまりあまり上手上手じょうずめかしめかしめかしととと思思おぼしししたりたりたり。。。人々人々びとももも傍傍かたわらいたがれいたがれいたがればばば、、、しぶしぶしぶしぶしぶしぶにににゐざりゐざりいざり出出いでででゝゝて几帳几帳きちょうにににはたはたはた隱隱かくれれれたるたるたるかたはらめかたはらめかたわらめいみじういみじういみじゅうなまめいなまめいなまめいてててよしよしよしありありあり。。。たをやぎたをやぎたおやぎたるたるたるけはひけはひけわいみこみこみこたちたちたちととといはいはいわむむんにににもももたりたりたりぬぬぬべしべしべし。。。
- 10かたびらかたびらかたびら引引ひきききやりやりやりてててこまやかこまやかこまやかににに語語かたらひらひらい出出いででで給給たまふふうとととてててとばかりとばかりとばかりかへりかへりかえり見見み給給たまへへえるるるにににさささこそこそこそしづめしづめしずめつれつれつれ、、、見見み送送おくりりり聞聞きこゆゆゆ。。。いはいはいわむむん方方かたなきなきなき盛盛さかりののの御御おんかたちかたちかたちなりなりなり。。。いたういたういとうそびやぎそびやぎそびやぎ給給たまへへえりりりしししががが少少すこしししなりなりなりあふあふあう程程ほどににになりなりなり給給たまひひいにににけりけりけり。。。御御おん姿姿すがたなどなどなどかくかくかくてててこそこそこそものものしかりものものしかりものものしかりけれけれけれととと御御おん指貫指貫さしぬきののの裾裾すそまでまでまでなまめかしうなまめかしうなまめかしゅう愛敬愛敬あいぎょうのののこぼれこぼれこぼれ出出いづるづるずるぞぞぞあながちあながちあながちなるなるなる見見みなしなしなしなるなるなるべきべきべき。。。
現代語訳
源氏は御寺(嵯峨の御堂)にお渡りになって、毎月の十四、五日と月末に行うはずの普賢講や阿弥陀の念仏、釈迦の念仏の三昧はもちろんのこと、さらに加えて行わせなさることをお決めになる。御堂の飾りや仏の御道具などを、あれこれとお命じになる。月の明るい時にお帰りになる。明石の君は、明石の別れの夜のことを思い出しなさっている折を逃さず、あの琴を差し出した。何となくしみじみとした気持ちなので、源氏は我慢しきれずにかき鳴らしなさる。まだ調べも変わっておらず、弾き返すと、その時のことが今のような気持ちがなさる。
「約束したとおり変わらない琴の調べで、絶えることのない私の心のほどを、知ってくれましたか」。女は、「変わるまいと約束なさったお言葉を頼みにして、松風の響きに泣く音を添えて、琴を弾いておりました」と詠み交わしたのも、不似合いでないのは、身に余る有様であるようだ。
この上なく美しく大人びた容貌や様子は、お見捨てになれそうもなく、若君は、また飽きることなく見つめられていらっしゃる。どうしたものか。日陰の身として育つのが気の毒で残念なので、二条院に引き取って、思う存分大切にしたら、後の世評も、母の身分が低いという欠点を免れるだろうとお思いになるけれど、また明石の君が悲しむことが気の毒で、言い出せずに、涙ぐんでご覧になる。
幼な心に少し恥ずかしがっていたのが、だんだんと打ち解けて、何か言ったり笑ったりしてまつわりつきなさるのを見るにつけ、いっそう照り映えるようにかわいらしい。源氏が抱いていらっしゃる様子は、見るかいがあって、この上ない宿縁だと見えた。
翌日は京へお帰りになるはずなので、少し朝寝坊をして、そのままここからお出かけになるつもりだったが、桂の院に人々が大勢参り集まって、こちらにも殿上人がたくさん参上した。源氏はご装束などをお召しになって、「たいそうきまりの悪いことだ。こんなふうに見つけられるような所でもないのに」と言って、騒がしさに引かれてお出かけになる。
心苦しいので、さりげなく紛らわして、立ち止まっていらっしゃる戸口に、乳母が若君を抱いて出てきた。源氏はしみじみとしたご様子で姫君をなでなさって、「見ないでいると、たいそうつらいだろうと思うのも、我ながら急なことだ。どうしたらよかろう。たいそう里が遠いことよ」とおっしゃると、乳母は「遠く離れて思いやっておりました年月よりも、これからのお扱いが気がかりでございましたら、心配が尽きませんでしょう」などと申し上げる。
若君が手を差し出して、立っていらっしゃる源氏を慕いなさるので、源氏はひざまずいて、「不思議と物思いの絶えない身であることよ。しばらくでもつらいことだ。どうしたのか。どうして一緒に出てきて、別れを惜しんでくださらないのか。そうしてこそ人心地もするだろうに」とおっしゃると、乳母は笑って、女君(明石の君)に、これこれですと申し上げる。
明石の君は、かえって物思いに乱れて臥していたので、すぐには動けず、源氏の言葉をあまりにも上手めかしているとお思いになった。女房たちも見苦しがるので、しぶしぶ膝行して出て、几帳に半ば隠れている横顔は、たいそう優美で気品がある。しなやかな様子は、皇女たちと言っても十分なほどである。
源氏は几帳の帷子を引きのけて、細やかにお話しになろうとして、しばらく振り返ってご覧になると、明石の君はあれほど心を静めていたのに、見送り申し上げる。言いようもない盛りのご容貌である。ひどくすらりとしていらっしゃったのが、少し均整のとれた体つきにおなりになった。お姿なども、こうであってこそ重々しいのだと、御指貫の裾まで優美で、愛嬌がこぼれ出るように見えるのは、ひいき目な見方であろう。
意訳
源氏は嵯峨の御堂で仏事の段取りを定めて大堰へ帰り、明石の君が差し出した形見の琴を弾く。二人は変わらぬ契りを歌に詠み交わす。源氏は姫君を二条院に引き取りたいと思うが、明石の君の心を思って言い出せない。
翌朝、桂の院に人々が集まり、源氏は帰らなければならない。源氏は姫君を抱いて別れを惜しみ、しぶしぶ見送りに出た明石の君の気品ある姿に心を打たれる。
語釈・文法注
- 念佛の三昧
- 念仏三昧。ひたすら念仏を唱えることに心を集中させる修行。
文法
- 反実仮想の「まし」(いかにせまし)
- 「どうしたものか」。迷いを表す。
- 「こそ…め」(さらばこそ人心地もせめ)
- 「そうしてこそ人心地もするだろうに」。「こそ」の結びで推量の「む」が已然形「め」となる。
和歌
契りしにかはらぬことのしらべにて絕えぬ心のほどを知りきや
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 明石の君が差し出した形見の琴を弾いて詠んだ歌。約束したとおり変わらない琴の調べで、絶えることのない私の心のほどを、知ってくれましたか。
修辞
- 掛詞
- 「こと」に「言(約束)」と「琴」をかける。明石の巻で、源氏は「この琴の調べが変わらないうちに必ず会おう」と約束して琴を残した。
かはらじと契りしことをたのみにて松のひゞきに音をそへしかな
- 詠者
- 明石の君
- 状況
- 源氏への返歌。変わるまいと約束なさったお言葉を頼みにして、松風の響きに泣く音を添えて、琴を弾いておりました。
修辞
- 掛詞
- 「こと」に「言」と「琴」、「松」に「待つ」、「音」に「琴の音」と「泣く音」をかける。
解説
形見の琴をめぐる二人の贈答は、明石の巻で交わした約束を受けたものである。源氏が残した琴の調べが変わらないことは、二人の心が変わらないことの象徴となっている。
源氏は、姫君を二条院で育てることを考え始める。姫君の将来のためには、身分の高い紫の上の養女とするのがよいが、それは明石の君から娘を奪うことでもある。この葛藤が、次の薄雲の巻へと続いていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、342–345頁(コマ174–175)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日