源氏物語 第18帖 松風(6)
尼君との語らい
源氏は乳母をねぎらい、明石の君に二条東院へ移るよう勧めるが、明石の君はもうしばらくここにと答える。源氏は一晩中語り明かし、翌日は庭の手入れを指図しながら、明石での日々を語る。源氏は袿姿でくつろぎ、尼君にも直衣に着替えて丁重に挨拶する。尼君は姫君の行く末を祝い、遣り水の音にことよせて歌を詠み、源氏も歌を返す。

- 1めのとめのとめのとののの下下くだりりりししし程程ほどははは衰衰おとろへへえたりたりたりしししかたちかたちかたちねびねびねびまさりまさりまさりててて月頃月頃つきごろののの御御おん物語物語ものがたりなどなどなど馴馴なれれれ聞聞きこゆるゆるゆるををを哀哀あわれにににさるさるさるしほやしほやしおやののの傍傍かたわらににに過過すぐしぐしぐしつつつらむらむらんことことことをををおぼしおぼしおぼしのたまふのたまふのたまう。。。
- 2「「「こゝこゝここにににもももいといといと里里さと離離はなれれれててて渡渡わたらららむむんことことことももも難難かたきききををを猶猶なおかのかのかのほいほいほいあるあるある所所ところにににうつろひうつろひうつろい給給たまへへえ」」」とととのののたまへたまへたまえどどど「「「いといといとうひうひしきうひうひしきういういしき程程ほどすぐしすぐしすぐしててて」」」ととと聞聞きこゆるゆるゆるもももことわりことわりことわりなりなりなり。。。夜一夜夜一夜よひとよよろづよろづよろずににに契契ちぎりりり語語かたらひらひらい明明あかししし給給たまふふう。。。
- 3繕繕つくろふふうべきべきべき所々所々ところどころのののあづかりあづかりあずかり、、、今今いま加加くわへへえたるたるたるけいしけいしけいしなどなどなどににに仰仰おおせせせらるらるらる。。。桂桂かつらののの院院いんににに渡渡わたりりり給給たまふふうべしべしべしとととありありありけれけれければばば近近ちかきききみさうみさうみそうののの人々人々びと參參まいりりり集集あつまりりりたりたりたりけるけるけるももも皆皆みな尋尋たずねねね參參まいりりりたりたりたり。。。前栽前栽せんざいどもどもどもののの折折おれれれふしふしふしたるたるたるなどなどなどつくろはつくろはつくろわせせせ給給たまふふう。。。
- 4「「「こゝかしここゝかしこここかしこのののたてたてたて石石いしどもどもどもゝゝも皆皆みな轉轉まろびびびうせうせうせたるたるたるをををなさけなさけなさけありありありてててしししなさなさなさばばばをかしかりをかしかりおかしかりぬぬぬべきべきべき所所ところかなかなかな。。。かゝるかゝるかかる所所ところをををわざとわざとわざとつくろふつくろふつくろうもももあいなきあいなきあいなきわざわざわざなりなりなり。。。さてもさてもさても過過すぐしぐしぐしはてはてはてねねねばばば立立たつつつ時時とき物物ものうくうくうく心心こころとまるとまるとまる苦苦くるしかりしかりしかりききき」」」などなどなどきしきしきし方方かたのののことことことゞゞどももものののたまひたまひたまい出出いでででゝゝて泣泣なきききみみみ笑笑わらひひいみみみうちとけうちとけうちとけ給給たまへへえるるるいといといとめでたしめでたしめでたし。。。
- 5尼君尼君あまぎみのぞきのぞきのぞきててて見見み奉奉たてまつるるるににに老老おいももも忘忘わすれれれ物思物思ものおもひひいもももはるゝはるゝはるる心地心地ここちしししてててうちうちうち笑笑えみみみぬぬぬ。。。
- 6東東ひんがしののの渡殿渡殿わたどのののの下下したよりよりより出出いづるづるずる水水みずののの心心こころばへばへばえつくろはつくろはつくろわせせせ給給たまふふうとととててていといといとなまめかしきなまめかしきなまめかしき袿袿うちき姿姿すがたうちとけうちとけうちとけ給給たまへへえるるるをををいといといとめでたうめでたうめでとう嬉嬉うれしししととと見見み奉奉たてまつるるるににに、、、閼伽閼伽あかののの具具ぐなどなどなどのののあるあるあるををを見見み給給たまふふうにににおぼしおぼしおぼし出出いでででゝゝて「「「尼君尼君あまぎみはははこなたこなたこなたにににかかか。。。いといといとしどけなきしどけなきしどけなき姿姿すがたなりなりなりけりけりけりややや」」」とととててて御御おん直衣直衣のうし召召めししし出出いでででゝゝて奉奉たてまつるるる。。。
- 7几帳几帳きちょうのののもともともとににによりよりより給給たまひひいててて「「「罪罪つみ輕輕かろくくくおほしおほしおおし立立たててて給給たまへへえるるる人人ひとののの故故ゆえははは御御おんおこなひおこなひおこないのののほどほどほど哀哀あわれにににこそこそこそ思思おもひひいなしなしなし聞聞きこゆれゆれゆれ。。。いといといといたくいたくいたく思思おもひひいすましすましすまし給給たまへへえりりりししし御御おんすみかすみかすみかををを捨捨すてゝてゝててうきうきうき世世よににに歸歸かえりりり給給たまへへえるるる志志こころざし淺淺あさからからからずずず。。。又又また彼處彼處かしこにににはははいかにいかにいかにとまりとまりとまりててて思思おもひひいおこせおこせおこせ給給たまふふうらむらむらんとととさまざまさまざまさまざまににになむなむなん」」」ととといといといとなつかしうなつかしうなつかしゅうのののたまふたまふたまう。。。
- 8「「「捨捨すててて侍侍はべりりりししし世世よををを今今いまさらさらさらににに立立たちちち歸歸かえりりり思思おもひひい亂亂みだるゝるゝるるををを推推おしししはからはからはからせせせ給給たまひひいけれけれければばば命命いのちながさながさながさのののしるししるししるしももも思思おもひひい給給たまへへえ知知しららられれれぬるぬるぬる」」」とととうちうちうち泣泣なきききててて「「「あらあらあら磯磯いそかげかげかげににに心苦心苦こころぐるしうしうしゅう思思おもひひい聞聞きこえええさせさせさせ侍侍はべりりりしししののの松松まつももも今今いまははは賴賴たのもしきもしきもしき御御おんおひさきおひさきおいさき」」」ととといはひいはひいわい聞聞きこえええさするさするさするををを
- 9「「「淺淺あさききき根根ねざしざしざしゆゑゆゑゆえやややいかゞいかゞいかがとととかたがたかたがたかたがた心心こころ盡盡つくささされれれ侍侍はべるるる」」」などなどなど聞聞きこゆるゆるゆるけはひけはひけわいよしよしよしなからなからなからねねねばばば昔物語昔物語むかしものがたりににに御子御子みこののの住住すみみみ給給たまひひいけるけるける有樣有樣ありさまなどなどなど語語かたらららせせせ給給たまふふうにににつくろはつくろはつくろわれれれたるたるたる水水みずののの音音おとなひなひないかごとかごとかごとがましうがましうがましゅう聞聞きこゆゆゆ。。。
- 10「「「住住すみみみ馴馴なれれれししし人人ひとはははかへりかへりかえりてててたどれたどれたどれどもどもども淸水淸水しみずぞぞぞ宿宿やどのののあるじあるじあるじがほがほがおなるなるなる」」」。。。わざとわざとわざとはははなくなくなくててていひいひいいけつけつけつさまさまさまみやびかみやびかみやびかににによしよしよしととと聞聞きききき給給たまふふう。。。「「「いさらゐいさらゐいさらいははははやくはやくはやくのののことことことももも忘忘わすれれれじじじをををもともともとのののあるじあるじあるじややや面面おもがはりがはりがわりせせせるるる」」」。。。あはれあはれあわれとととうちうちうち眺眺ながめめめててて立立たちちち給給たまふふう。。。姿姿すがたにほひにほひにおい世世よににに知知しらららずずずとととのみのみのみ思思おもひひいきこゆきこゆきこゆ。。。
現代語訳
乳母が明石に下った時は衰えていた容貌も、大人びて美しさを増して、この何か月かの話などを親しげに申し上げるのを、源氏はしみじみと、あのような塩焼き小屋のそばで過ごしてきたことだろうと、お思いになっておっしゃる。「ここもたいそう人里離れていて、私が通うのも難しいので、やはりあの、かねて考えていた所にお移りなさい」とおっしゃるけれど、明石の君が「たいそう慣れない時期を過ごしてから」と申し上げるのももっともである。一晩中、あれこれと約束し語り合って夜を明かしなさる。
修理すべきあちこちの管理を、留守番や新しく加えた家司などにお命じになる。桂の院にお渡りになるはずだと伝えてあったので、近くの荘園の人々が参り集まっていたのも、皆尋ねて大堰に参上した。源氏は、前栽などの折れ伏しているのを手入れさせなさる。
「あちこちの立石も皆転がり失せているのを、趣向をこらして作り直せば、おもしろくなりそうな所だな。こういう所を、わざわざ手入れするのもつまらないことだ。それでも、住み続けるわけではないので、立ち去る時に名残惜しく心が残るのがつらかった」などと、明石での昔のことを話し出しなさって、泣いたり笑ったりして打ち解けていらっしゃるのは、たいそうすばらしい。尼君がのぞいて拝見すると、老いも忘れ、物思いも晴れる気持ちがして、思わずほほえんだ。
東の渡殿の下から流れ出る遣り水の趣を手入れさせなさるといって、たいそう優美な袿姿でくつろいでいらっしゃるのを、尼君はたいそうすばらしくうれしいと拝見していると、源氏は閼伽の道具などがあるのをご覧になって思い出しなさって、「尼君はこちらにいらっしゃるのか。たいそうしどけない姿であったことよ」と言って、御直衣を取り寄せてお召しになる。
源氏は几帳のそばにお寄りになって、「姫君を罪もなくお育てになった方のおかげは、そのご勤行のおかげとしみじみと思われます。たいそう深く悟りすましていらっしゃった住まいを捨てて、つらい俗世にお帰りになったお気持ちは浅くありません。また、あちらではどんなに残って思いやっていらっしゃるだろうかと、さまざまに思われて」と、たいそう親しみ深くおっしゃる。
尼君は「捨てました世に、今さら立ち帰って思い乱れておりますのを、お察しくださいましたので、長生きしたかいもあったと思い知られます」と泣いて、「荒磯の陰でお気の毒に思い申し上げておりました二葉の松(姫君)も、今は頼もしいご将来で」とお祝い申し上げるのを、源氏は「浅い根ざし(母方の身分の低さ)のせいで、どうなるかと、あれこれ心配しております」などと申し上げる。尼君の様子も品がないわけではないので、源氏は、昔この邸に中務の宮が住んでいらっしゃった様子などを話させなさると、手入れされた遣り水の音が、恨みごとを言うように聞こえる。
尼君は「昔住み慣れていた私はかえって勝手がわからずにたどたどしいけれど、清水だけは宿の主人顔で流れていることです」。わざとらしくなく、言い紛らわす様子が優雅で品があるとお聞きになる。源氏は「小さな泉は昔のことも忘れていないでしょうが、もとの主人であるあなたが、尼姿に面変わりしたのでしょうか」。しみじみとして、物思いにふけってお立ちになる。尼君は、その姿や照り映えるような美しさは、この世のものとも思えないとばかり思い申し上げる。
意訳
源氏は乳母をねぎらい、明石の君に二条東院へ移るよう勧めるが、明石の君はもうしばらくここにと答える。源氏は一晩中語り明かし、翌日は庭の手入れを指図しながら、明石での日々を語る。
源氏は直衣に着替えて尼君に丁重に挨拶し、尼君は姫君の行く末を祝う。尼君は遣り水の音にことよせて昔を懐かしむ歌を詠み、源氏も歌を返す。
語釈・文法注
- 二葉の松
- 芽生えたばかりの松の若木。幼い子のたとえで、姫君を指す。松は長寿の象徴でもあり、将来を祝う意がこもる。
文法
- 現在推量の「らむ」(過ぐしつらむこと)
- 「過ごしてきたことだろう」。完了の「つ」と結びつく。
- 疑問の「や」(面がはりせる)
- 「面変わりしたのでしょうか」。下の「る」は連体形で、係り結び。
和歌
住み馴れし人はかへりてたどれども淸水ぞ宿のあるじがほなる
- 詠者
- 明石の尼君
- 状況
- 修理された遣り水の音を聞いて詠んだ歌。昔住み慣れていた私はかえって勝手がわからずにたどたどしいけれど、清水だけは宿の主人顔で流れていることです。
いさらゐははやくのことも忘れじをもとのあるじや面がはりせる
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 尼君への返歌。小さな泉は昔のことも忘れていないでしょうが、もとの主人であるあなたが、尼姿に面変わりしたのでしょうか。
解説
源氏が尼君に対して直衣に着替えて丁重に接する場面は、源氏が明石の君の家族を大切に扱おうとしていることを示している。尼君は中務宮の孫にあたる高貴な血筋であり、源氏はそれにふさわしい敬意を払う。
尼君と源氏の歌の贈答は、遣り水の音を軸に、昔と今の対比を詠んでいる。尼君の機知に富んだ歌は、明石の君の教養の源がどこにあるかを示唆している。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、342–343頁(コマ174)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日