源氏物語 第18帖 松風(5)
源氏の大堰訪問
源氏は落ち着かず、人目もはばからずに大堰へ行こうとする。紫の上には、桂の院の用事や嵯峨の御堂の仏事を口実に二、三日留守にすると告げる。紫の上は、桂の院に明石の君を住まわせたのかと不快に思い、源氏は機嫌をとってから出かける。夕暮れに大堰に着いた源氏は、直衣姿も美しく、明石の君の心の闇も晴れる思いである。源氏は初めて姫君と対面し、その愛らしさに心を奪われる。

- 1かやうかやうかようににに物物ものはかなくはかなくはかなくててて明明あかししし暮暮くらすすすににに、、、おとゞおとゞおとどなかなかなかなかなかなかしづしづしず心心ごころなくなくなく思思おぼさささるれるれるればばば人人ひとめめめをををもももえええ憚憚はばかりりりあへあへあえ給給たまははわでででわたりわたりわたり給給たまふふうををを、、、をんなをんなおんな君君きみにににはははかくかくかくなむなむなんとととたしかたしかたしかににに知知しらせらせらせ奉奉たてまつりりり給給たまははわざりざりざりけるけるけるををを、、、例例れいののの聞聞ききききもももやややあはせあはせあわせ給給たまふふうとととてててせうそこせうそこしょうそこ聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 2「「「桂桂かつらににに見見みるるるべきべきべき事事こと侍侍はべるるるをををいざいざいざややや心心こころにににもももあらあらあらででで程程ほど經經へにににけりけりけり。。。とぶらはとぶらはとぶらわむむんととと言言いひひいししし人人ひとさへさへさへ、、、かのかのかのわたりわたりわたり近近ちかくくく來來き居居いててて待待まつつつなれなれなればばば心苦心苦こころぐるしくしくしくてててなむなむなん。。。嵯峨野嵯峨野さがのののの御堂御堂みどうにににもももかざりかざりかざりなきなきなき佛佛ほとけののの御御おんとぶらひとぶらひとぶらいすすすべけれべけれべければばば二三日二三日ふつかみかははは侍侍はべりりりなむなむなん」」」ととと聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 3桂桂かつらののの院院いんととといふいふいう所所ところ俄俄にわかににに作作つくらららせせせ給給たまふふうととと聞聞きくくくはははそこそこそこにににすゑすゑすえ給給たまへへえるるるにににやややとととおぼすおぼすおぼすににに、、、心心こころづきなけれづきなけれずきなければばば「「「斧斧おののののさへさへさへ改改あらためめめ給給たまははわむむん程程ほどややや。。。待待まち遠遠どおににに」」」ととと心心こころゆかゆかゆかぬぬぬ御御おん氣色氣色けしきなりなりなり。。。
- 4「「「例例れいののの比比くらべべべ苦苦ぐるしきしきしき御心御心みこころかなかなかな。。。いにしへいにしへいにしえののの有樣有樣ありさま名殘名殘なごりなしなしなしととと世世よののの人人ひともももいふいふいうなるなるなるものものものををを」」」ととと何何なにやややかやかやかやととと御心御心みこころとりとりとり給給たまふふう程程ほどににに日日ひたけたけたけぬぬぬ。。。忍忍しのびやかびやかびやかにににごぜんれごぜんれごぜんれうときうときうときはははまぜまぜまぜででで御御おん心心こころづかひづかひづかいしししててて渡渡わたりりり給給たまひひいぬぬぬ。。。たそがれたそがれたそがれ時時ときににに坐坐おわしししつきつきつきたりたりたり。。。
- 5かりかりかりののの御御おんぞぞぞにににやつやつやつ給給たまへへえりりりしししだにだにだに世世よににに知知しらららぬぬぬ心地心地ここちせせせしししををを、、、ましてましてましてさるさるさる御心御心みこころしししてててひきひきひきつくろひつくろひつくろい給給たまへへえるるる御御おん直衣直衣のうし姿姿すがた世世よににになくなくなくなまめかしうなまめかしうなまめかしゅうまばゆきまばゆきまばゆき心地心地ここちすれすれすればばば思思おもひひいむせびむせびむせびつるつるつる心心こころのののやみやみやみももも晴晴はるゝるゝるるやうやうようなりなりなり。。。
- 6珍珍めずらしうしうしゅう哀哀あわれにてにてにて若君若君わかぎみををを見見み給給たまふふうもももいかゞいかゞいかが淺淺あさくくくはははおぼさおぼさおぼされれれむむん。。。今今いままでまでまで隔隔へだてててけるけるける年月年月としつきだにだにだに淺淺あさましくましくましく悔悔くやしきしきしきまでまでまでおぼすおぼすおぼす。。。おほいおほいおおい殿殿とのばらばらばらののの君君きみををを、、、美美うつくしげしげしげなりなりなりととと世世よ人人ひともてもてもて騷騷さわぐぐぐははは猶猶なお時代時代じだいににによれよれよればばば人人ひとののの見見みなすなすなすなりなりなりけりけりけり。。。
- 7かくかくかくこそこそこそはははすぐれすぐれすぐれたるたるたる人人ひとののの山口山口やまぐちはははしるかりしるかりしるかりけれけれけれとととうちうちうち笑笑えみみみたるたるたる顏顏かおののの何何なに心心こころなきなきなきががが愛敬愛敬あいぎょうづきづきずき匂匂におひひいたるたるたるをををいみじういみじういみじゅうらうたしらうたしろうたしとととおぼすおぼすおぼす。。。
現代語訳
このように頼りない様子で明かし暮らしているので、大臣(源氏)はかえって落ち着かないお気持ちになるので、人目もはばかりきれずにお出かけになるのを、女君(紫の上)には、これこれだとはっきりとお知らせ申し上げていなかったので、例によってほかから聞き合わせなさるといけないと思って、お便りを申し上げなさる。
「桂に用事がありますのを、いやもう、心ならずも日が経ってしまいました。訪ねようと約束していた人までが、あのあたりの近くに来て待っているそうなので、気の毒で。嵯峨野の御堂にも、飾りつけのすんでいない仏のお世話をしなければならないので、二、三日はかかりましょう」と申し上げなさる。
紫の上は、桂の院という所を急にお造らせになっていると聞くのは、そこにその人を住まわせなさったのだろうかとお思いになると、おもしろくないので、「斧の柄も朽ちて替えなさるほどの長いお留守でしょうか。待ち遠しいこと」と、ご不満なご様子である。源氏は「例によって、比べられると困るご性分ですね。昔の浮気な有様は名残もないと、世間の人も言っているそうなのに」と、何やかやとご機嫌をとっていらっしゃるうちに、日が高くなった。
人目を忍んで、御前駆も親しくない者は交えずに、心づかいをしてお出かけになった。たそがれ時にお着きになった。かつて明石で、狩衣姿にやつしていらっしゃった時でさえ、この世のものとも思えない気持ちがしたのに、まして、そのお心づもりで装いを整えていらっしゃった直衣姿は、またとないほど優美でまばゆい気持ちがするので、明石の君は、思いにむせんでいた心の闇も晴れるようである。
源氏は、珍しくしみじみとした気持ちで若君(姫君)をご覧になるにつけても、どうして浅くお思いになれようか。今まで離れていた年月さえ、あきれるほど悔しくお思いになる。大殿腹の君(夕霧)を、かわいらしいと世間の人がもてはやすのは、やはり時勢に従って人がそう見なすのだったのだ。このように、すぐれた人の幼い時の様子は、はっきりとわかるものだなあと、にっこり笑っている顔の無邪気なのが、愛嬌があって照り映えているのを、たいそうかわいいとお思いになる。
意訳
源氏は落ち着かず、大堰へ行こうとする。紫の上には桂の院の用事や嵯峨の御堂の仏事を口実にするが、紫の上は不快に思い、源氏は機嫌をとってから出かける。
夕暮れに大堰に着いた源氏の直衣姿は美しく、明石の君の心の闇も晴れる思いである。源氏は初めて姫君と対面し、夕霧よりもすぐれた愛らしさに心を奪われる。
語釈・文法注
- 斧の柄
- 晋の王質が山で仙童の碁を見ているうちに、斧の柄が朽ちるほどの長い年月が過ぎていたという故事(『述異記』)。長い時間が経つことのたとえ。
文法
- 推定の「なり」(待つなれば)
- 「待っているそうなので」。伝聞を表す。
- 反語の「いかゞ…む」(いかゞ淺くはおぼされむ)
- 「どうして浅くお思いになれようか、いや、深くお思いになる」。
解説
源氏が紫の上に告げる口実は、桂の院と嵯峨の御堂という、実際にある用事である。紫の上はそれを見抜き、「斧の柄」の故事で皮肉を言う。二人のやりとりは、源氏と紫の上の関係の微妙さを示している。
源氏と姫君の初対面の場面は、松風の巻の山場の一つである。源氏は、姫君の愛らしさを夕霧と比べ、「すぐれたる人の山口はしるかりけれ」と、その将来に大きな期待を寄せる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、340–343頁(コマ173–174)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日