源氏物語 第18帖 松風(4)
大堰への移住と松風
一行は人目を避けて船で明石を発ち、尼君と明石の君は別れの歌を詠む。予定の日に大堰に着くと、邸は明石の海辺に似ていて、住み替えた心地もしない。源氏はなかなか訪れず、明石の君は所在なさに、源氏の形見の琴を弾く。その音に松風が響き合い、尼君と明石の君は、故郷を思う歌を詠み交わす。

- 1御御おん車車くるまはははあまたあまたあまたつゞけつゞけつづけむむんももも所所ところせくせくせくかたへかたへかたえづゝづゝずつ分分わけけけむむんももも煩煩わずらはしはしわしとととててて、、、御供御供ともののの人々人々びともももあながちあながちあながちにににかくろへかくろへかくろえ忍忍しのぶれぶれぶればばば船船ふねにてにてにて忍忍しのびやかびやかびやかにににととと定定さだめめめたりたりたり。。。辰辰たつののの時時ときににに船出船出ふなでししし給給たまふふう。。。
- 2昔昔むかしののの人人ひとももも哀哀あわれととといひいひいいけるけるける浦浦うらののの隔隔へだたりたりたり行行ゆくくくまゝまゝままにににいといといと物物もの悲悲かなしくしくしくててて、、、入道入道にゅうどうははは心心こころすみすみすみはつはつはつまじくまじくまじくあくがれあくがれあくがれててて眺眺ながめめめ居居いたりたりたり。。。こゝらこゝらここら年年としををを經經へててて今今いま更更さらににに歸歸かえるるるももも猶猶なお思思おもひひいつきつきつきせせせずずず、、、尼君尼君あまぎみははは泣泣なききき給給たまふふう。。。
- 3「「「かのかのかのきしきしきしににに心心こころよりよりよりにににししし海士船海士船あまぶねのののそむきそむきそむきしししかたかたかたにににこぎこぎこぎかへるかへるかえるかなかなかな」」」。。。御御おんうたうたうた、、、「「「いくいくいくかへりかへりかえり行行ゆきききかふかふかう秋秋あきをををすぐしすぐしすぐしつゝつゝつつうきうきうき木木きにににのりのりのりてててわれわれわれかへるかへるかえるらむらむらん」」」。。。
- 4思思おもふふう方方かたののの風風かぜにてにてにて限限かぎりりりけるけるける日日ひ違違たがへへえずずず入入いりりり給給たまひひいぬぬぬ。。。人人ひとににに見見み咎咎とがめめめられられられじじじののの心心こころもももあれあれあればばば道道みちののの程程ほどももも輕輕かろらからからかにににしししなしなしなしたりたりたり。。。家家いえのののさまさまさまももも面面おも白白しろうううててて年頃年頃としごろ經經へつるつるつる海海うみづらづらずらににに覺覺おぼえええたれたれたればばば所所ところかへかへかへたるたるたる心地心地ここちもももせせせずずず、、、昔昔むかしのののことことこと思思おもひひい出出いでででられられられててて哀哀あわれなるなるなることことこと多多おおかりかりかり。。。
- 5作作つくりりりそへそへそえたるたるたるらうらうろうなどなどなど故故ゆえあるあるあるさまさまさまににに水水みずののの流流ながれれれもももをかしうをかしうおかしゅうしししなしなしなしたりたりたり。。。まだまだまだこまやかこまやかこまやかなるなるなるにににはははあらあらあらねねねどどどすみすみすみつかつかつかばばばさてさてさてもももありありありぬぬぬべしべしべし。。。親親したしきしきしきけいしけいしけいしににに仰仰おおせせせ給給たまひひいててて御御おんまうけまうけもうけののの事事ことせせせさせさせさせ給給たまひひいけりけりけり。。。
- 6渡渡わたりりり給給たまははわむむんことことことはははとかうとかうとこうおぼしおぼしおぼしたばかるたばかるたばかる程程ほどににに日頃日頃ひごろ經經へぬぬぬ。。。なかなかなかなかなかなか物思物思ものおもひひい續續つづけけけられられられてててすてすてすてししし家居家居いえいももも戀戀こいしうしうしゅう徒然徒然つれずれなれなれなればばばかのかのかの御御おん形見形見かたみのののきんきんきんをををかきかきかきならすならすならすをりをりおりのののいみじういみじういみじゅう忍忍しのびびび難難がたけれけれければばば、、、人人ひと離離はなれれれたるたるたる方方かたにににうちとけうちとけうちとけててて少少すこししし彈彈ひくくくににに松風松風まつかぜはしたなくはしたなくはしたなく響響ひびきききあひあひあいたりたりたり。。。
- 7尼君尼君あまぎみ物物もの悲悲かなしげしげしげにてにてにてよりよりよりふしふしふし給給たまへへえるるる、、、起起おきききあがりあがりあがりててて「「「身身みをををかへかへかへてててひとりひとりひとりかへれかへれかえれるるる山里山里やまざとにににきゝきゝききしししににに似似にたるたるたる松風松風まつかぜぞぞぞふくふくふく」」」。。。御御おんかたかたかた、、、「「「故里故里ふるさとににに見見みししし世世よののの友友ともをををこひこひこいわびわびわびててて囀囀さえずるるることことことをををたれたれたれかかかわくわくわくらむらむらん」」」。。。
現代語訳
お車を何台も連ねるのも仰々しく、何台かずつに分けるのも面倒だということで、お供の人々もひたすら人目を忍ぶので、船でひそやかにと決めた。辰の刻に船出なさる。昔の人もしみじみと詠んだ明石の浦の朝霧に隔たっていくにつれて、たいそう物悲しくて、入道は心が澄みきれず、うわの空で物思いにふけっていた。長年を経て今さら帰るのも、やはり思いが尽きず、尼君はお泣きになる。
「あの彼岸に心を寄せていた尼の私が、海士船に乗って、背を向けて捨てた都の方へ漕ぎ帰っていくことよ」。御方の歌は、「幾度も行き交う秋を明石で過ごしてきて、浮き木のような頼りない船に乗って、私は都へ帰っていくのだろうか」。
思う方向への順風で、予定の日を違えずに大堰にお入りになった。人に見とがめられまいという気持ちもあって、道中も身軽にしていた。家の様子も趣深くて、長年過ごした海辺に似ていると思われるので、住む所を変えた気持ちもせず、昔のことが思い出されて、しみじみとすることが多い。造り足した廊などは由緒ありげな様子で、遣り水の流れも趣深くこしらえてある。まだ細やかに整ってはいないけれど、住み慣れればこれでもよいだろう。源氏は、親しい家司にお命じになって、到着のお祝いの準備をおさせになった。
源氏は、お渡りになることを、あれこれと工夫していらっしゃるうちに、何日も過ぎた。明石の君は、かえって物思いが続いて、捨ててきた家も恋しく、所在ないので、あの源氏の形見の琴をかき鳴らすと、折が折だけにたいそう忍びがたいので、人気のない方で気を許して少し弾くと、松風がきまり悪いほどに響き合った。尼君は、物悲しそうに横になっていらっしゃったが、起き上がって、「尼に身を変えて、ひとり帰ってきた山里に、明石で聞いたのと似た松風が吹いていることよ」。御方は、「故郷の明石で親しんだ人を恋い慕って、私が弾く琴の音を、誰が聞き分けてくれるでしょう」。
意訳
一行は人目を避けて船で明石を発ち、尼君と明石の君は別れの歌を詠む。予定の日に大堰に着くと、邸は明石の海辺に似ていて、住み替えた心地もしない。
源氏はなかなか訪れず、明石の君は所在なさに、源氏の形見の琴を弾く。その音に松風が響き合い、尼君と明石の君は、故郷を思う歌を詠み交わす。
語釈・文法注
- 浦の朝霧
- 「ほのぼのと明石の浦の朝霧に島隠れゆく舟をしぞ思ふ」(古今集・伝柿本人麻呂)による。明石の浦の朝霧は、この歌によって名高い。
文法
- 現在推量の「らむ」(われかへるらむ)
- 「私は帰っていくのだろうか」。
- 反語の「か…らむ」(たれかわくらむ)
- 「誰が聞き分けてくれるだろうか、いや、誰もいない」。
和歌
かのきしに心よりにし海士船のそむきしかたにこぎかへるかな
- 詠者
- 明石の尼君
- 状況
- 船出して明石を離れる時に詠んだ歌。あの彼岸(悟りの世界)に心を寄せていた尼の私が、海士船に乗って、背を向けて捨てた都の方へ漕ぎ帰っていくことよ。
修辞
- 掛詞
- 「きし」に「岸」と「彼岸」、「あま」に「海士」と「尼」をかける。
いくかへり行きかふ秋をすぐしつゝうき木にのりてわれかへるらむ
- 詠者
- 明石の君
- 状況
- 船の上で詠んだ歌。幾度も行き交う秋を明石で過ごしてきて、浮き木のような頼りない船に乗って、私は都へ帰っていくのだろうか。
修辞
- 掛詞
- 「うき木」に「浮き木」と「憂き」をかける。
身をかへてひとりかへれる山里にきゝしに似たる松風ぞふく
- 詠者
- 明石の尼君
- 状況
- 明石の君の琴の音に松風が響き合うのを聞いて詠んだ歌。尼に身を変えて、ひとり帰ってきた山里に、明石で聞いたのと似た松風が吹いていることよ。
故里に見し世の友をこひわびて囀ることをたれかわくらむ
- 詠者
- 明石の君
- 状況
- 尼君への返歌。故郷の明石で親しんだ人(父入道)を恋い慕って、私が弾く琴の音を、誰が聞き分けてくれるでしょう。
修辞
- 掛詞
- 「こと」に「事(言葉)」と「琴」をかける。
解説
巻名「松風」は、この場面の尼君の歌に由来する。明石の君が弾く琴の音に、大堰の松風が響き合う情景は、故郷を離れた母と娘の孤独と郷愁を、音の風景として描き出している。
明石の君が弾く琴は、明石の巻で源氏が別れの形見として残したものである。源氏を待つ明石の君の思いが、琴の音に託されている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、340–341頁(コマ173)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日