源氏物語 第18帖 松風(3)
明石の入道との別れ
入道は、長年の願いがかなったことを喜びながらも、孫の姫君と別れることを悲しむ。尼君も、長年連れ添った夫と別れて上京することを心細く思う。秋の夜明け、出立の朝、入道は涙をこらえきれず、尼君や明石の君と別れの歌を交わす。入道は、姫君の宿世を信じて自分は世を捨てる、自分の死を聞いても供養は無用だと言い放ちながらも、姫君のことは勤行の中でも祈り続けるだろうと泣き顔になる。

- 1親親おやたちたちたちもももかゝるかゝるかかる御御おん迎迎むかえにてにてにて上上のぼるるるさいはひさいはひさいわいははは年頃年頃としごろ寢寢ねてててもももさめさめさめてててももも願願ねがひひいわたりわたりわたりししし志志こころざしのののかなふかなふかなうととといといといと嬉嬉うれしけれしけれしけれどどどあひあひあい見見みででで過過すぐさぐさぐさむむんいぶせさいぶせさいぶせさののの堪堪たへへえ難難がとううう悲悲かなしけれしけれしければばば夜晝夜晝よるひるおぼゝれおぼゝれおぼおれててて同同おなじじじ事事ことをををのみのみのみ「「「さらばさらばさらば若君若君わかぎみをををばばば見見み奉奉たてまつらららでででははは侍侍はべるるるべきべきべきかかか」」」ととといふいふいうよりよりより外外ほかののの事事ことなくなくなく母君母君ははぎみもももいみじういみじういみじゅう哀哀あわれなりなりなり。。。
- 2年頃年頃としごろだにだにだに同同おなじじじいほりいほりいおりにににももも住住すまままずずずかけかけかけ離離はなれれれつれつれつればばばましてましてまして誰誰たれににによりよりよりてててかかかはははかけかけかけとゞまらとゞまらとどまらむむん。。。唯唯ただあだあだあだにににうちうちうち見見みるるる人人ひとののの淺淺あさはかはかはかなるなるなる語語かたらひらひらいにににだにだにだにみなれみなれみなれそなれそなれそなれててて別別わかるゝるゝるる程程ほどはははたゞたゞただならならならざざざめるめるめるををを
- 3ましてましてましてもてもてもて僻僻ひがめめめたるたるたる頭頭かしらつきつきつき心心こころおきておきておきてこそこそこそたのもしげたのもしげたのもしげなけれなけれなけれどどど、、、又又またさるさるさる方方かたにににこれこれこれこそこそこそははは世世よををを限限かぎるるるべきべきべきすみかすみかすみかなめれなめれなめれととと、、、ありありありはてはてはてぬぬぬ命命いのちををを限限かぎりににに思思おもひひいててて契契ちぎりりりすぐしすぐしすぐし來來きつるつるつるををを俄俄にわかににに行行ゆききき離離はなれれれなむなむなんももも心心こころ細細ぼそししし。。。
- 4若若わかききき人々人々びとのののいぶせういぶせういぶしょう思思おもひひい沈沈しずみみみつるつるつるははは嬉嬉うれしきしきしきものものものからからから見見み捨捨すててて難難がたききき濱濱はまのののさまさまさまををを又又またはははえええしもしもしもかへらかへらかえらじじじかしかしかしととと寄寄よするするする波波なみにににそへそへそえててて袖袖そでぬれぬれぬれがちがちがちなりなりなり。。。
- 5秋秋あきのののころほひころほひころおいなれなれなればばば物物ものののの哀哀あわれれれ取取とりりり重重かさねねねたるたるたる心地心地ここちしししてててそのそのその日日ひとととあるあるある曉曉あかつき秋風秋風あきかぜ涼涼すずしくしくしくててて蟲蟲むしののの音音ねもももとりあへとりあへとりあえぬぬぬににに海海うみののの方方かたををを見見み出出いだしししててて居居いたるたるたるににに、、、入道入道にゅうどう例例れいののの後夜後夜ごやよりよりより深深ふこううう起起おきききててて鼻鼻はなすゝりすゝりすすりうちうちうちしししててて行行おこなひひいゐゐいましましましたりたりたり。。。いみじういみじういみじゅうことことこといみいみいみすれすれすれどどど誰誰たれももも誰誰たれもももいといといと忍忍しのびびびがたしがたしがたし。。。
- 6若君若君わかぎみはははいといといともももいといといとももも美美うつくしげくしげくしげににに、、、よるよるよる光光ひかりりりけむけむけん玉玉たまののの心地心地ここちしししててて袖袖そでよりよりより外外ほかににに放放はなちちち聞聞きこえええざりざりざりつるつるつるををを見見み馴馴なれれれてててまつはしまつはしまつわし給給たまへへえるるる心心こころざまざまざまなどなどなどゆゝしきゆゝしきゆゆしきまでまでまでかくかくかく人人ひとににに違違たがへへえるるる身身みをををいまいましくいまいましくいまいましく思思おもひひいながらながらながら、、、片時片時かたとき見見み奉奉たてまつらららででではははいかでいかでいかでかかかすぐさすぐさすぐさむむんとととすすすらむらむらんとととつゝみつゝみつつみあへあへあえずずず。。。
- 7「「「行行ゆくくくさきさきさきをををはるかはるかはるかににに祈祈いのるるるわかれわかれわかれ路路じにににたへたへたえぬぬぬははは老老おいののの淚淚なみだなりなりなりけりけりけり。。。いといといともももゆゝしゆゝしゆゆしややや」」」とととててておしおしおしのごひのごひのごいかくすかくすかくす。。。尼君尼君あまぎみ、、、「「「もろともにもろともにもろともに都都みやこはははいでいでいできききこのこのこのたびたびたびやややひとりひとりひとり野中野中のなかののの道道みちにににまどはまどはまどわむむん」」」とととててて泣泣なききき給給たまふふうさまさまさまいといといとことわりことわりことわりなりなりなり。。。
- 8こゝらこゝらここら契契ちぎりりりかはしかはしかはしてててつもりつもりつもりぬるぬるぬる年月年月としつきののの程程ほどををを思思おもへへえばばばかうかうこう浮浮うきききたるたるたる事事ことををを賴賴たのみみみててて捨捨すてててししし世世よにににかへるかへるかえるももも思思おもへへえばばばはかなしはかなしはかなしややや。。。御御おんかたかたかた、、、「「「生生いきききててて又又またあひあひあい見見みむむんことことことをををいついついつとととてててかかかかぎりかぎりかぎりももも知知しらららぬぬぬ世世よをををばばば賴賴たのまままむむん。。。送送おくりにににだにだにだに」」」とととせちせちせちにににのののたまへたまへたまえどどど、、、
- 9かたかたかたかたかたかたにににつけつけつけてててえええさるさるさるまじきまじきまじきよしよしよしをををいひいひいいつゝつゝつつさすがさすがさすがににに道道みちのののほどほどほどもももいといといと後後うしろめたきめたきめたき氣色氣色けしきなりなりなり。。。
- 10「「「世世よののの中中なかををを捨捨すててて始始はじめめめしししにににかゝるかゝるかかる人人ひとののの國國くにににに思思おもひひい下下くだりりり侍侍はべりりりしししことことことももも唯唯ただ君君きみののの御御おんためためためととと思思おもふふうやうやうようににに明暮明暮あけくれののの御御おんかしづきかしづきかしずきももも心心こころにににかなふかなふかなうやうやうようもももやややととと思思おもひひい給給たまへへえ立立たちちちしかしかしかどどど、、、身身みののの拙拙つたなかりかりかりけるけるけるきはきはきわののの思思おもひひい知知しらるゝらるゝらるる事事こと多多おおかりかりかりしかしかしかばばば、、、
- 11更更さらににに都都みやこににに歸歸かえりりりてててふるふるふるずらうずらうずろうのののしづめしづめしずめるるる類類たぐいにてにてにて、、、貧貧まずしきしきしき家家いえののの蓬蓬よもぎ葎葎むぐらもともともとののの有樣有樣ありさまあらたむるあらたむるあらたむる事事こともももなきなきなきものものものからからから公公おおやけ私私わたくしにににをこがましきをこがましきおこがましき名名なをををひろめひろめひろめててて、、、親親おやののの御御おんなきなきなきかげかげかげをををはづかしめはづかしめはずかしめむむんことことことのののいみじさいみじさいみじさににになむなむなん。。。
- 12やがてやがてやがて世世よををを捨捨すてててつるつるつるかどでかどでかどでなりなりなりけりけりけりととと人人ひとにににももも知知しららられれれにににしししをををそのそのその方方かたにににつけつけつけてててはははようようよう思思おもひひい放放はなちちちてててけりけりけりととと思思おもひひい侍侍はべるるるににに、、、君君きみのののやうやうやうやうようようおとなびおとなびおとなび給給たまひひい物物ものおもほしおもほしおもおし知知しるるるべきべきべきにににそへそへそえてててなどなどなどかうかうこう口惜口惜くちおしきしきしき世界世界せかいにてにてにて錦錦にしきをををかくしかくしかくし聞聞きこゆゆゆらむらむらんととと心心こころののの闇闇やみはれはれはれまままなくなくなく歎歎なげきききわたりわたりわたり侍侍はべりりりしししまゝまゝままににに、、、
- 13佛佛ほとけ神神かみををを賴賴たのみみみ聞聞きこえええてててさりともさりともさりともかうかうこう拙拙つたなききき身身みににに引引ひかかかれれれててて山山やまがつがつがつのののいほりいほりいおりにににはははまじりまじりまじり給給たまははわじじじととと思思おもふふう心心こころ一一ひとつつつををを賴賴たのみみみ侍侍はべりりりしししににに、、、思思おもひひいよりよりより難難がたくくくててて嬉嬉うれしきしきしき事事ことどもどもどもををを見見み奉奉たてまつりりりそめそめそめてててもももなかなかなかなかなかなか身身みののの程程ほどをををとざまかうざまとざまかうざまとざまこうざまににに悲悲かなしうしうしゅう歎歎なげききき侍侍はべりりりつれつれつれどどど、、、
- 14若君若君わかぎみのののかうかうこう出出いでででおはしましおはしましおわしましたるたるたる御御おん宿世宿世すくせのののたのもしさたのもしさたのもしさにににかゝるかゝるかかる渚渚なぎさににに月日月日つきひをををすぐしすぐしすぐし給給たまははわむむんもももいといといとかたじけなうかたじけなうかたじけのう契契ちぎりことことことににに覺覺おぼえええ給給たまへへえばばば、、、見見み奉奉たてまつらららざらざらざらむむん心心こころ惑惑まどひひいはははしづめしづめしずめ難難がたけれけれけれどどどこのこのこの身身みははは長長ながくくく世世よををを捨捨すてててししし心心こころ侍侍はべりりりききき。。。
- 15君君きみだちだちだちははは世世よををを照照てらししし給給たまふふうべきべきべき光光ひかりしるけれしるけれしるければばば暫暫しばしししかゝるかゝるかかる山賤山賤やまがつののの心心こころををを亂亂みだりりり給給たまふふうばかりばかりばかりののの御御おん契契ちぎりこそこそこそはははありありありけめけめけめ。。。天天てんににに生生うまるゝるゝるる人人ひとのののあやしきあやしきあやしき三三みつつつのののににに歸歸かえるるるらむらむらん、、、一時一時ひとときににに思思おもひひいなずらへなずらへなずらえててて今日今日きょう長長ながくくく別別わかれれれ奉奉たてまつりりりぬぬぬ。。。
- 16命命いのちつきつきつきぬぬぬととと聞聞きこしししめすめすめすともともとも、、、後後のちののの事事ことおぼしおぼしおぼしいとないとないとなむむんななな、、、さらさらさらぬぬぬ別別わかれれれににに御心御心みこころ動動うごかししし給給たまふふうなななゝどゝどなど、、、言言いひひい放放はなつつつものものものからからから煙煙けぶりととともももならならならむむん夕夕ゆうべまでまでまでははは若君若君わかぎみののの御御おん事事ことをををなむなむなん六時六時ろくじのののつとめつとめつとめにににももも猶猶なお心心こころぎたなくぎたなくぎたなくうちうちうちまぜまぜまぜ侍侍はべりりりぬぬぬべきべきべき」」」とととてててこれこれこれにににぞぞぞうちうちうちひそみひそみひそみぬるぬるぬる。。。
現代語訳
親たちも、このようなお迎えで上京する幸せは、長年寝ても覚めても願い続けてきた思いがかなうことで、たいそううれしいけれど、入道は、会わずに過ごすことになる心の晴れなさが堪えがたく悲しいので、夜も昼もぼんやりとして、同じことばかり「それでは若君を見申し上げずにいなければならないのか」と言うよりほかのことはなく、母君(尼君)もひどく悲しい。
尼君は、長年でさえ同じ庵にも住まず離れて暮らしていたのだから、まして誰のために明石にとどまろうか。ただかりそめに契る人の浅い縁でさえ、見慣れ、馴れ親しんで別れる時は、平静ではいられないようなのに、まして、偏屈な頭や気立ては頼りなさそうだけれど、またそれなりに、これこそが生涯を終える住まいだろうと、限りある命の終わりまでと思って夫婦として過ごしてきたのに、急に離れて行くのも心細い。
若い女房たちで、ここでの暮らしを気詰まりに思って沈んでいた者は、上京をうれしく思うものの、見捨てがたい浜の様子を、二度と戻ってくることはあるまいと、寄せる波に合わせて、袖が涙で濡れがちである。
秋のころなので、物の哀れを取り重ねたような気持ちがして、出立の日の明け方、秋風が涼しく、虫の音もしきりなころに、明石の君が海の方を眺めていると、入道はいつものように後夜の勤行に夜深く起きて、鼻をすすりながら勤行していた。ひどく縁起の悪いことを言うのを慎むけれど、誰も彼もたいそうこらえきれない。
若君(姫君)はたいそうかわいらしく、夜光る玉のような気持ちがして、入道が袖から外に放さずにいたのに、見慣れてまとわりついていらっしゃる様子など、不吉なほどで、このように世間の人と違った出家の身を忌まわしく思いながらも、片時も見申し上げずに、どうして過ごせようかと、涙をこらえきれない。
入道は「姫君の行く末をはるかに祈る別れの道で、こらえきれないのは老いの涙であることよ。まったく縁起でもない」と言って、涙をぬぐって隠す。尼君は、「かつて一緒に都を出てきたけれど、今度は、私ひとりで野中の道に迷うことになるのでしょうか」と言ってお泣きになる様子は、まことにもっともである。長年契りを交わして積もってきた年月のほどを思うと、こんなに当てにならないことを頼みにして、捨てた世に帰るのも、思えばはかないことよ。御方(明石の君)は、「生きてまた会えるのはいつと思って、限りのわからない命の世を頼みにすればよいのでしょう。せめてお見送りだけでも」と切におっしゃるけれど、入道はあれこれにつけてそうはできない理由を言いながらも、さすがに道中のこともたいそう気がかりな様子である。
「世の中を捨てはじめた時に、このような地方に思い立って下りましたことも、ただあなたのためと思って、明け暮れのお世話も思いどおりにできるかもしれないと思って決意したのですが、我が身のつたない身の程を思い知ることが多かったので、改めて都に帰って、落ちぶれた古受領の類として、貧しい家の蓬や葎のもとの有様を改めることもできないのに、公私にわたってばかげた評判を広めて、亡き親の名を辱めることのつらさに、
そのまま世を捨てる門出であったと人にも知られてしまったので、その方面ではよく思い切ったと思っておりましたが、あなたがだんだん大人になられ、物事がおわかりになるにつけて、どうしてこのように残念な田舎で錦を隠すように埋もれさせておくのかと、心の闇が晴れる間もなく嘆き続けておりましたので、仏や神にお頼み申し上げて、いくら何でも、このようなつたない身に引かれて山賤の庵には交じりなさるまいと思う心一つを頼みにしておりましたところ、思いもよらずうれしいことを拝見しはじめても、かえって身の程をあれこれと悲しく嘆いておりましたが、
若君がこうしてお生まれになったご宿運の頼もしさに、このような渚で月日をお過ごしになるのもたいそう畏れ多く、格別の宿縁と思われますので、拝見できなくなる心の乱れは静めがたいけれど、この身は永く世を捨てた心でございました。あなた方は、世を照らしなさるはずの光がはっきりしているので、しばらくこのような山賤の心を乱しなさるほどのご縁があったのでしょう。天上に生まれる人が、不思議な三悪道に帰るという、そのひとときのことと思いなして、今日、永のお別れを申し上げました。
私の命が尽きたとお聞きになっても、死後の供養などはお考えになるな。避けられない死別にお心を動かしなさるな」と言い放ちながらも、「煙となる夕べまでは、若君のことを、六時の勤行の中でも、やはり未練がましくお祈りに交ぜてしまうでしょう」と言って、そこで泣き顔になった。
意訳
入道は、長年の願いがかなったことを喜びながらも、孫の姫君と別れることを悲しむ。尼君も、長年連れ添った夫と別れて上京することを心細く思う。秋の夜明けの出立の朝、入道は涙をこらえきれず、尼君や明石の君と別れの歌を交わす。
入道は、明石に下ったのも娘のためであったと語り、姫君の宿世を信じて自分は世を捨てる、自分の死を聞いても供養は無用だと言い放つ。しかし、姫君のことは勤行の中でも祈り続けるだろうと言って、泣き顔になる。
語釈・文法注
- 三つの途
- 三途(さんず)。地獄・餓鬼・畜生の三悪道。天上界に生まれた者も、業が尽きれば三悪道に落ちることがあるという仏教の考え。ここでは、高貴な宿世を持つ明石の君や姫君が、一時的に田舎の暮らしに身を置いたことのたとえ。
文法
- 禁止の「な」(おぼしいとなむな)
- 「お考えになるな」。終止形について禁止を表す。
- 「こそ…けめ」(御契こそはありけめ)
- 「ご縁があったのでしょう」。過去推量の「けむ」が「こそ」の結びで已然形となる。
和歌
行くさきをはるかに祈るわかれ路にたへぬは老の淚なりけり
- 詠者
- 明石の入道
- 状況
- 出立の朝、姫君を見つめて詠んだ歌。姫君の行く末をはるかに祈る別れの道で、こらえきれないのは老いの涙であることよ。
もろともに都はいできこのたびやひとり野中の道にまどはむ
- 詠者
- 明石の尼君
- 状況
- 入道への歌。かつて一緒に都を出てきたけれど、今度は、私ひとりで野中の道に迷うことになるのでしょうか。
生きて又あひ見むことをいつとてかかぎりも知らぬ世をば賴まむ
- 詠者
- 明石の君
- 状況
- 父入道への歌。生きてまた会えるのはいつと思って、限りのわからない命の世を頼みにすればよいのでしょう。
解説
明石の入道の別れの言葉は、松風の巻の中心をなす長い独白である。入道は、娘のために明石に下り、住吉の神に祈り続けてきた半生を振り返り、姫君の宿世を信じて自らは世を捨てる決意を語る。
「後の事おぼしいとなむな」と言い放ちながら、すぐに「若君の御事をなむ…うちまぜ侍りぬべき」と泣き顔になる入道の姿は、悟りきれない人間の情愛を描いて、読者の胸を打つ。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、336–341頁(コマ171–173)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日