源氏物語 第18帖 松風(2)
上京の準備
源氏は、明石の君が上京をためらうのを不審に思っていたが、大堰の邸を修理したと聞いて、人前に出るのを避けるためだったと納得し、その心づかいに感心する。源氏は惟光を遣わして準備をさせる。大堰の邸は海辺に似た趣のある所で、源氏が造らせている嵯峨の御堂の近くにある。明石の君は、住み慣れた浦を離れ、父入道を一人残すことを悲しむ。

- 1かやうかやうかようににに思思おもひひいよるよるよるらむらむらんとととももも知知しりりり給給たまははわでででのぼらのぼらのぼらむむん事事ことををを物物ものうがるうがるうがるももも心心こころ得得えずずずおぼしおぼしおぼし、、、若君若君わかぎみのののさてさてさてつくづくつくづくつくづくととと物物ものししし給給たまふふうををを後後のちののの世世よににに人人ひとののの言言いひひい傳傳つたへへえむむん、、、今今いまひときはひときはひときわ人人ひとわろきわろきわろきにににやややとととおもほすおもほすおもおすににに、、、造造つくりりりはてゝはてゝはててぞぞぞ然々然々しかじかののの所所ところをををなむなむなん思思おもひひい出出いでででたるたるたるととと聞聞きこえええさせさせさせけるけるける。。。
- 2人人ひとにににまじらはまじらはまじらわむむん事事ことををを苦苦くるしげしげしげにににのみのみのみものものものするするするははは、、、かくかくかく思思おもふふうなりなりなりけりけりけりととと心心こころ得得え給給たまふふう。。。口惜口惜くちおしからしからしからぬぬぬ心心こころののの用意用意よういののの程程ほどかなかなかなとととおぼしおぼしおぼしなりなりなりぬぬぬ。。。惟光惟光これみつののの朝臣朝臣あそん、、、例例れいのののしのぶるしのぶるしのぶる道道みちはははいついついつとととなくなくなくいろひいろひいろい仕仕つこうううまつるまつるまつる人人ひとなれなれなればばば遣遣つかわしししてててさるべきさるべきさるべきさまさまさまににに此處此處ここ彼處彼處かしこののの用意用意よういなどなどなどせせせさせさせさせ給給たまひひいけりけりけり。。。
- 3「「「あたりあたりあたりをかしうをかしうおかしゅうててて海海うみづらづらずらににに通通かよひひいたるたるたる所所ところのののさまさまさまににになむなむなん侍侍はべりりりけるけるける」」」ととと聞聞きこゆれゆれゆればばば、、、さやうさやうさようのののすまひすまひすまいににによしよしよしなからなからなからずずずはははありありありぬぬぬべしべしべしとととおぼすおぼすおぼす。。。造造つくらららせせせ給給たまふふう御堂御堂みどうはははののの南南みなみにににあたりあたりあたりててて瀧殿瀧殿たきどのののの心心こころばへばへばえなどなどなど劣劣おとらららずずずおもしろきおもしろきおもしろき寺寺てらなりなりなり。。。
- 4これこれこれははは川川かわづらづらずらにににえもいはえもいはえもいわぬぬぬ松松まつかげかげかげににに何何なにのののいたはりいたはりいたわりもももなくなくなく建建たてててたるたるたる寢殿寢殿しんでんのののことことことそぎそぎそぎたるたるたるさまさまさまもももおのづからおのづからおのずから山里山里やまざとののの哀哀あわれををを見見みせせせたりたりたり。。。內內うちのののしつらひしつらひしつらいなどなどなどまでまでまでおぼしおぼしおぼしよるよるよる。。。親親したしきしきしき人々人々びといみじういみじういみじゅう忍忍しのびびびてててくだしくだしくだしつかはすつかはすつかわす。。。
- 5遁遁のがれれれ難難がたくくくててて今今いまはははととと思思おもふふうににに年年とし經經へつるつるつる浦浦うらををを離離はなれれれなむなむなんことことこと哀哀あわれににに、、、入道入道にゅうどうののの心心こころぼそくぼそくぼそくててて一人一人ひとりとまらとまらとまらむむんことことことををを思思おもひひい亂亂みだれれれてててよろづよろづよろずににに悲悲かなししし。。。すべてすべてすべてなどなどなどかくかくかく心心こころづくしづくしづくしににになりなりなり始始はじめめめけむけむけん身身みにににかかかととと露露つゆのののかゝらかゝらかからぬぬぬ類類たぐひひいうらやましくうらやましくうらやましく覺覺おぼゆゆゆ。。。
現代語訳
源氏は、明石の君がこのように考えているとはご存じなくて、上京することを嫌がるのも不審にお思いになり、若君(姫君)がそのまま田舎でつくねんとしていらっしゃるのを、後の世に人が語り伝えるとしたら、いっそう体裁の悪いことだろうかとお思いになっていたが、修理が終わってから、これこれの所を思い出しましたと、明石の君は申し上げさせた。
人中に交じることをつらそうにばかりしていたのは、こう考えていたからなのだと、源氏は納得なさる。残念ではない心づかいのほどだなとお思いになった。惟光の朝臣は、例によって忍び事の方面には、いつもかかわってお仕えする人なので、遣わして、しかるべき様子にあちこちの準備などをおさせになった。
「あたりが趣深く、海辺に似通った所の様子でございました」と申し上げるので、源氏は、そのような住まいとしては、趣がないわけでもないだろうとお思いになる。源氏が造らせていらっしゃる御堂は、大覚寺の南に当たって、滝殿の趣なども大覚寺に劣らず、趣深い寺である。こちらの邸は、川辺の何とも言えない松陰に、何の飾りもなく建てた寝殿の簡素な様子も、自然と山里の情趣を見せている。源氏は内部のしつらえなどまでお気を配りになる。親しい人々を、ひどく人目を忍んで明石へお遣わしになる。
明石の君は、逃れがたくて、今はもう上京するのだと思うと、長年住み慣れた浦を離れることが悲しく、入道が心細く一人残ることを思い乱れて、何かと悲しい。どうしてこう、何もかも気苦労ばかりになり始めた身なのだろうかと、露ほどもそういう思いのかからない人々がうらやましく思われる。
意訳
源氏は、明石の君が上京をためらうのを不審に思っていたが、大堰の邸を修理したと聞いて、その心づかいに感心する。惟光を遣わして準備をさせ、大堰の邸は海辺に似た趣のある所だと報告を受ける。
明石の君は、住み慣れた浦を離れ、父入道を一人残すことを悲しむ。
語釈・文法注
- 大覺寺
- 大覚寺。京都の嵯峨にある寺。もとは嵯峨天皇の離宮で、滝殿の遺構「名古曽の滝」で知られた。源氏の御堂はその南に造られた。
文法
- 推量の「らむ」(思ひよるらむとも知り給はで)
- 「このように考えているだろうともご存じなくて」。
- 過去推量の「けむ」(なり始めけむ身にか)
- 「なり始めた身なのだろうか」。
解説
源氏は、明石の君が大堰の邸を用意したことを知って、その思慮深さに感心する。明石の君の慎み深さは、源氏の信頼を得るとともに、のちに姫君を紫の上に託す決断にもつながっていく。
大堰の邸は、海辺に似た趣を持つ所として描かれる。明石の君にとって、故郷の明石を思わせる場所であり、物語は「松風」という巻名の情趣へと読者を導いていく。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、336–337頁(コマ171)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日