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源氏物語 第18帖 松風(1)

二条東院の完成と大堰の邸

登場人物:光源氏・明石の君・花散里・明石の入道・明石の尼君

二条東院が完成し、源氏は花散里を西の対に移し、東の対を明石の君のために用意する。源氏は明石の君に上京を促すが、明石の君は、高貴な女性たちでさえ源氏のつれなさに悩むのを聞いて、身分の低い自分が上京することをためらう。明石の君の父母は、母方の祖父中務宮の旧邸が大堰川のほとりにあることを思い出し、留守番の男を呼んで修理を頼む。

大堰川のほとりの荒れた古い邸で、鬚面の留守番の男が鼻を赤くしながら、明石の入道の使者と話し合っている場面(AI生成)
大堰川のほとりの荒れた古い邸で、鬚面の留守番の男が鼻を赤くしながら、明石の入道の使者と話し合っている場面
  1. 1ひんがしひんがしひんがしののの院ゐん院ゐんいんつくりつくりつくり立た立たたてゝてゝてて、、、花はな花はなはなちるちるちる里さと里さとさとととと聞きこ聞きこきこえええしししうつろはしうつろはしうつろわし給たま給たまたまふふう。。。西にし西にしにしののの對たい對たいたい渡殿わたどの渡殿わたどのわたどのなどなどなどかけかけかけてててけいしけいしけいしなどなどなどあるあるあるべきべきべきさまさまさまにににしししおかおかおかせせせ給たま給たまたまふふう。。。東ひんがし東ひんがしひんがしののの對たい對たいたいははは明石あかし明石あかしあかしののの御おん御おんおん方かた方かたかたとととおぼしおぼしおぼしおきておきておきてたりたりたり。。。
  2. 2北きた北きたきたののの對たい對たいたいははは殊こと殊ことことににに廣ひろ廣ひろひろくくく造つく造つくつくらららせせせ給たま給たまたまひひいててて、、、かりかりかりにににてててももも哀あはれ哀あはれあわれとととおぼしおぼしおぼしててて行ゆ行ゆゆくくく末すゑ末すゑすえかけかけかけててて契ちぎ契ちぎちぎりりり賴たの賴たのたのめめめ給たま給たまたまひひいししし人々びと人々びとびと集つど集つどつどひひい住す住すすむむむべきべきべきさまさまさまにににへだてへだてへだてへだてへだてへだてしつらはしつらはしつらわせせせ給たま給たまたまへへえるるるしもしもしも懷なつか懷なつかなつかしうしうしゅう見み見みみ所どころ所どころどころありありありてててこまかこまかこまかなりなりなり。。。寢殿しんでん寢殿しんでんしんでんはははふたげふたげふたげ給たま給たまたまははわずずず時々ときどき時々ときどきときどき渡わた渡わたわたりりり給たま給たまたまふふう御おん御おんおんすみすみすみどころどころどころにににしししてててさるさるさる方かた方かたかたなるなるなる御おん御おんおんしつらひしつらひしつらいどもどもどもしししおかおかおかせせせ給たま給たまたまへへえりりり。。。
  3. 3明石あかし明石あかしあかしにににははは御おん御おんおんせうそこせうそこしょうそこ絕た絕たたえええずずず。。。今いま今いまいまははは猶なほ猶なほなお上のぼ上のぼのぼりりり給たま給たまたまひひいぬぬぬべきべきべきことことことをををばばばのののたまへたまへたまえどどど、、、女をんな女をんなおんなははは猶なほ猶なほなお我わ我わわががが身み身みみののの程ほど程ほどほどををを思おも思おもおもひひい知し知ししるるるににに、、、こよなくこよなくこよなくやんごとなきやんごとなきやんごとなききはきはきわののの人々びと人々びとびとだにだにだになかなかなかなかなかなかさてさてさてかけかけかけはなれはなれはなれぬぬぬ御おん御おんおん有樣ありさま有樣ありさまありさまのののつれなきつれなきつれなきををを見み見みみつゝつゝつつ物思ものおも物思ものおもものおもひひいまさりまさりまさりぬぬぬべくべくべく聞き聞ききくくくををを、、、
  4. 4ましてましてまして何なに何なになにばかりばかりばかりののの覺おぼ覺おぼおぼえええなりなりなりとととてててかかかさしさしさし出い出いいでででまじらはまじらはまじらわむむん、、、このこのこの若君わかぎみ若君わかぎみわかぎみののの御おん御おんおんおもてぶせおもてぶせおもてぶせににに數かず數かずかずならならならぬぬぬ身み身みみののの程ほど程ほどほどこそこそこそあらはれあらはれあらわれめめめ、、、たまさかたまさかたまさかにににはひはひはいわたりわたりわたり給たま給たまたまふふうついでついでついでををを待ま待ままつつつことことことにてにてにて人ひと人ひとひとわらへわらへわらえにににはしたなきはしたなきはしたなき事こと事ことこといかにいかにいかにあらあらあらむむんととと思おも思おもおもひひい亂みだ亂みだみだれれれてててももも
  5. 5またまたまたさりとてさりとてさりとてかゝるかゝるかかる所ところ所ところところにてにてにて生お生おおひひい出い出いいでででかずまへかずまへかずまえられられられ給たま給たまたまははわざらざらざらむむんもももいといといと哀あはれ哀あはれあわれなれなれなればばばひたすらひたすらひたすらにににもももえええ恨うら恨うらうらみみみ背そむ背そむそむかかかずずず。。。親おや親おやおやたちたちたちもももげにげにげにことわりことわりことわりととと思おも思おもおもひひい歎なげ歎なげなげくくくににになかなかなかなかなかなか心こころ心こころこころもももつきつきつきはてはてはてぬぬぬ。。。
  6. 6昔むかし昔むかしむかし母君ははぎみ母君ははぎみははぎみののの御おん御おんおんおほぢおほぢおおじ、、、中務なかつかさ中務なかつかさなかつかさののの宮みや宮みやみやととと聞きこ聞きこきこえええけるけるけるがががらうじらうじろうじ給たま給たまたまひひいけるけるける所ところ所ところところ、、、大おほ大おほおおゐゐい河がは河がはがわのののわたりわたりわたりにににありありありけるけるけるをををそのそのその御おん御おんおんのちのちのちはかばかしうはかばかしうはかばかしゅうあひあひあいつぐつぐつぐ人ひと人ひとひともももなくなくなくててて年比としごろ年比としごろとしごろ荒あ荒ああれれれ惑まど惑まどまどふふうををを思おも思おもおもひひい出い出いいでででゝゝて、、、かのかのかの時とき時ときときよりよりより傳つた傳つたつたはりはりわりててて宿守やどもり宿守やどもりやどもりのののやうやうようにてにてにてあるあるある人ひと人ひとひとををを呼よ呼よよびびび取と取ととりりりててて語かた語かたかたらふらふらう。。。
  7. 7「「「世よ世よよののの中なか中なかなかををを今いま今いまいまはははととと思おも思おもおもひひいはてゝはてゝはててかゝるかゝるかかるすまひすまひすまいににに沈しづ沈しづしずみみみそめそめそめしかしかしかどもどもども末すゑ末すゑすえののの世よ世よよににに思おも思おもおもひひいかけかけかけぬぬぬ事こと事ことこと出い出いいででできききてててなむなむなん。。。更さら更さらさらににに都みやこ都みやこみやこのののすみかすみかすみか求もと求もともとむるむるむるををを俄にはか俄にはかにわかにににまばゆきまばゆきまばゆき人ひと人ひとひと中なか中なかなかいといといとはしたなくはしたなくはしたなく、、、田舍ゐなか田舍ゐなかいなかびびびにににけるけるける心地ここち心地ここちここちもももしづかしづかしずかなるなるなるまじきまじきまじきをををふるきふるきふるき所ところ所ところところ尋たづ尋たづたずねねねてててとととなむなむなん思おも思おもおもひひいよるよるよる。。。
  8. 8さるべきさるべきさるべき物もの物ものものはははあげあげあげ渡わた渡わたわたさささむむん。。。すりすりすりなどなどなどしししてててかたかたかたのののごとごとごと入いり入いりいり住す住すすみみみぬぬぬべくべくべくはははつくろひつくろひつくろいなさなさなされれれなむなむなんややや」」」ととといふいふいう。。。
  9. 9あづかりあづかりあずかり「「「このこのこの年比としごろ年比としごろとしごろらうずるらうずるろうずる人ひと人ひとひともももものものものししし給たま給たまたまははわずずず、、、怪あや怪あやあやしきしきしき藪やぶ藪やぶやぶににになりなりなりててて侍はべ侍はべはべれれればばばしもやしもやしもやにににぞぞぞつくろひつくろひつくろいててて宿やど宿やどやどりりり侍はべ侍はべはべるるるををを、、、このこのこの春はる春はるはるののの比ころ比ころころよりよりより內うち內うちうちのののおほおほおお殿との殿とのとのののの造つく造つくつくらららせせせ給たま給たまたまふふう御堂みだう御堂みだうみどう近ちか近ちかちかくくくててて、、、かのかのかのわたりわたりわたりなむなむなんいといといと人ひと人ひとひとげげげ騷さわが騷さわがさわがしうしうしゅうなりなりなりにににててて侍はべ侍はべはべるるる。。。いかめしきいかめしきいかめしき御堂みだう御堂みだうみどうどもどもども建た建たたてゝてゝてて、、、多おほ多おほおおくくくののの人ひと人ひとひとなむなむなん造つく造つくつくりりりいとなみいとなみいとなみ侍はべ侍はべはべるるるめるめるめる。。。靜しづか靜しづかしずかなるなるなるほいほいほいならならならばばば其それ其それそれややや違たが違たがたがひひい侍はべ侍はべはべらららむむん」」」。。。
  10. 10「「「何なに何なになにかかかそれそれそれもももかのかのかの殿との殿とのとのののの御おん御おんおんかげかげかげにににかたかたかたかけかけかけてててととと思おも思おもおもふふうことことことありありありててて、、、おのづからおのづからおのずからおひおひおひおひおいおいににに內うち內うちうちののの事こと事ことことどもどもどもはははしししてててむむん。。。まづまづまず急いそ急いそいそぎぎぎててて大方おほかた大方おほかたおおかたののの事こと事ことことどもどもどもををを物もの物ものものせよせよせよ」」」ととといふいふいう。。。
  11. 11「「「自みづか自みづかみずかららららうするらうするろうする所ところ所ところところににに侍はべ侍はべはべらららねねねどどど又また又またまた知し知ししりりり傳つた傳つたつたへへえ給たま給たまたまふふう人ひと人ひとひともももなけれなけれなければばば、、、かごかかごかかごかなるなるなる習なら習ならならひひいにてにてにて年頃としごろ年頃としごろとしごろかくろへかくろへかくろえ侍はべ侍はべはべりりりつるつるつるなりなりなり。。。御おん御おんおんののの田た田たたはたけはたけはたけなどなどなどいふいふいうことことことののの荒あ荒ああれれれ侍はべ侍はべはべりりりしかしかしかばばば故こ故ここ民部みんぶ民部みんぶみんぶののの大輔たいふ大輔たいふたいうののの君きみ君きみきみににに申まう申まうもうししし給たま給たまたまはりはりわりててて、、、さるべきさるべきさるべき物もの物ものものなどなどなど奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりてててなむなむなんらうじらうじろうじ作つく作つくつくりりり侍はべ侍はべはべるるるををを」」」
  12. 12なんどなんどなんど、、、そのそのそのあたりあたりあたりのののたくはへたくはへたくわえののの事こと事ことことどもどもどもをををあやふげあやふげあやうげににに思おも思おもおもひひいててて鬚ひげ鬚ひげひげがちがちがちにににつなしにくきつなしにくきつなしにくき顏かほ顏かほかおををを鼻はな鼻はなはななどなどなどうちうちうち赤あか赤あかあかめめめつゝつゝつつはちぶきはちぶきはちぶきいへいへいえばばば、、、「「「更さら更さらさらにににそのそのその田た田たたなどなどなどやうやうようののの事こと事ことことはははこゝこゝここににに知し知ししるるるまじまじまじ。。。唯ただ唯ただただ年頃としごろ年頃としごろとしごろのののやうやうようににに思おも思おもおもひひいてててものせよものせよものせよ。。。
  13. 13劵けん劵けんけんなどなどなどはははこゝこゝここににになむなむなんあれあれあれどどどすべてすべてすべて世よ世よよののの中なか中なかなかををを捨す捨すすてててたるたるたる身み身みみにてにてにて年頃としごろ年頃としごろとしごろともかくもともかくもともかくも尋たづ尋たづたずねねね知し知ししらららぬぬぬをををそのそのそのことことことももも今いま今いまいま委くは委くはくわしくしくしくしたゝめしたゝめしたためむむん」」」などなどなどいふいふいうにににももも、、、おほいおほいおおい殿との殿とのとののののけはひけはひけわいをををかくれかくれかくればばば、、、煩わづら煩わづらわずらはしくはしくわしくてててそのそのその後のち後のちのち物もの物ものものなどなどなど多おほ多おほおおくくく受う受ううけけけ取と取ととりりりてててなむなむなん急いそ急いそいそぎぎぎつくりつくりつくりけるけるける。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

源氏は東の院を造り上げて、花散里と申し上げた方をお移しになる。西の対から渡殿にかけて、政所や家司などを、しかるべき様子に設けておかせなさる。東の対は、明石の御方のためにとお決めになっていた。北の対は格別に広くお造らせになって、かりそめにも情けをかけて、将来をかけて約束し、頼みにさせなさった人々が集まって住めるように、部屋を仕切り仕切りして整えさせなさったのも、親しみ深く、見どころがあって細やかである。寝殿はふさがずに、時々お渡りになる時のお住まいとして、それにふさわしいお部屋のしつらえをしておかせなさった。

明石へはお便りが絶えない。今はやはり上京なさるようにとおっしゃるけれど、女(明石の君)はやはり我が身の程を思い知っているので、この上なく高貴な身分の方々でさえ、かえってそのまま縁が切れることもない源氏のご様子のつれなさを見ながら、物思いがまさるにちがいないと聞くのに、まして自分はどれほどの声望があると思って、出て行って交じり合えようか、この若君の恥となって、人数にも入らない身の程があらわになるだろう、たまにお越しになる機会を待つことにして、人の笑いものになってきまりの悪いことはどんなにかと、思い乱れても、

また、そうかといって、このような所で育って、人並みに扱われなさらないのもたいそう気の毒なので、ひたすら恨んで背を向けることもできない。親たちも、なるほどもっともだと思い嘆くので、かえって心も尽き果ててしまった。

昔、母君の祖父で中務の宮と申し上げた方が領有なさっていた所が、大堰川のあたりにあったのを、その方の亡き後は、しっかりと受け継ぐ人もなくて、長年荒れ放題になっているのを思い出して、その時から伝わって、留守番のようにしている人を呼び寄せて相談する。「世の中を今はこれまでと思い切って、このような住まいに沈みはじめたのだが、晩年になって思いがけないことが起こってね。改めて都の住まいを求めるのだが、急にまばゆい人中に出るのもたいそうきまりが悪く、田舎じみてしまった気持ちも落ち着かないだろうから、古い所を訪ねてと思いついたのだ。必要な費用は送り届けよう。修理などをして、形ばかりでも住めるように手入れしてくれないか」と言う。

留守番は「ここ数年、領有なさる方もいらっしゃらず、ひどい藪になっておりますので、下屋を手入れして住んでおりますが、この春ごろから、内大臣殿が造らせていらっしゃる御堂が近くて、あのあたりはたいそう人の出入りが多く騒がしくなっております。立派な御堂をいくつも建てて、多くの人が造営に励んでいるようです。静かなお住まいをお望みならば、それでは意に沿わないでしょう」。「何の、それもあの殿のお蔭を頼りにと思うことがあってね。だんだんと内装のことは整えよう。まず急いで大体のことをやってくれ」と言う。

「私が領有する所ではございませんが、ほかに伝え知っていらっしゃる方もいないので、ひっそりとした暮らしで、長年隠れ住んでおりました。御荘園の田畑などというものが荒れておりましたので、亡くなった民部大輔の君にお願いして頂戴し、しかるべきものなどを納めて、耕作しておりますが」などと、そのあたりの蓄えのことを心配そうに思って、鬚の多い、憎々しげな顔の鼻などを赤くしながら、口をとがらせて言うので、「まったくその田などのことは、こちらは関知しない。ただこれまで通りに思ってやってくれ。

証文などはこちらにあるけれど、すっかり世の中を捨てた身で、長年あれこれと調べもしなかったので、そのことも今詳しく処理しよう」などと言うにつけても、内大臣殿との縁をほのめかすので、面倒に思って、その後、費用などを多く受け取って、急いで修理した。

意訳

二条東院が完成し、源氏は花散里を移し、明石の君のために東の対を用意する。しかし明石の君は、身分の低い自分が上京すれば姫君の恥になると思い、上京をためらう。

明石の君の父母は、母方の祖父中務宮の旧邸が大堰川のほとりにあることを思い出し、留守番の男を呼んで修理を頼む。留守番は荘園の田畑のことを心配するが、入道が源氏との縁をほのめかすので、急いで修理する。

語釈・文法注

まどころ
政所(まんどころ)。貴族の家で、家政を取り仕切る役所。家司(けいし)はそこに仕える職員。
御さう
御荘(みしょう)。荘園。

文法

「こそ…め」(身の程こそあらはれめ)
「身の程があらわになるだろう」。「こそ」の結びで推量の「む」が已然形「め」となる。
願望の「なむ」(つくろひなされなむや)
「手入れしてくれないか」。完了の「ぬ」の未然形「な」に推量の「む」がついた形に、疑問の「や」が加わって、依頼を表す。

解説

松風の巻は、明石の君が上京し、大堰の邸に住むまでを描く。明石の君は、二条東院に入れば他の女性たちと比べられ、身分の低さがあらわになることを恐れる。この慎み深さが、のちの明石の君の生き方を決めていく。

大堰の留守番の男の描写は、鬚面で鼻を赤くしながら荘園の権利を心配するという、写実的でユーモラスなものである。物語は、貴族の世界の外にいる人々の生活にも目を向けている。

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出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、334–337頁(コマ170–171)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日