源氏物語 第13帖 明石(14)
帰京と権大納言への復帰
源氏は難波で祓をし、住吉には使いを送って急いで帰京する。二条院で紫の上と再会し、その美しさに安堵しながらも、明石の君のことを打ち明ける。源氏は権大納言となり、宮中に参内する。朱雀帝は源氏と昔を語り合い、二人は歌を交わす。源氏は東宮の成長を喜び、藤壺とも対面する。明石の君には文を送り、五節や花散里にも便りをする。

- 1君君きみははは難波難波なにわののの方方かたにににわたりわたりわたりててて御御おん祓祓はらへへえししし給給たまひひいててて、、、住吉住吉すみよしにににももも、、、たひらかたひらかたいらかにてにてにていろいろいろいろいろいろののの願願がんはたしはたしはたし申申もうすすすべきべきべきよしよしよし御御おん使使つかいしししててて申申もうさささせせせ給給たまふふう。。。俄俄にわかににに所所ところせうせうしょうててて自自みずからららはははこのこのこの度度たびえええ詣詣もうででで給給たまははわずずず。。。殊殊ことなるなるなる御御おん逍遙逍遙しょうようなどなどなどなくなくなくててて急急いそぎぎぎ入入いりりり給給たまひひいぬぬぬ。。。
- 2二條院二條院にじょういんにににおはしましおはしましおわしましつきつきつきててて都都みやこののの人人ひとももも御供御供ともののの人人ひとももも夢夢ゆめののの心地心地ここちしししててて行行ゆきききあひあひあい、、、喜喜よろこびびび泣泣なきききもももゆゝしきゆゝしきゆゆしきまでまでまで立立たちちち騷騷さわぎぎぎたりたりたり。。。女君女君おんなぎみもももかひかひかいなきなきなきものものものにににおぼしおぼしおぼし捨捨すてててつるつるつる命命いのち嬉嬉うれしうしうしゅうおぼさるおぼさるおぼさるらむらむらんかしかしかし。。。
- 3いといといと美美うつくしげしげしげにににねびねびねびとゝのほりとゝのほりととのおりててて御御おん物思物思ものおもひひいののの程程ほどににに所所ところせかりせかりせかりししし御御おんぐしぐしぐしののの少少すこしししへがれへがれへがれたるたるたるしもしもしもいみじういみじういみじゅうめでたきめでたきめでたきををを今今いまはははかくかくかくててて見見みるるるべきべきべきぞぞぞかしかしかしととと御心御心みこころ落落おちちちゐるゐるいるにににつけつけつけてててははは、、、又又またかのかのかの飽飽あかかかずずず別別わかれれれししし人人ひとののの思思おもへへえりりりしししさまさまさま心苦心苦こころぐるしうしうしゅうおぼしおぼしおぼしやらやらやらるるる。。。
- 4猶猶なお世世よととと共共ともにににかゝるかゝるかかる方方かたにてにてにて御心御心みこころのののいとまいとまいとまぞぞぞなきなきなきややや。。。そのそのその人人ひとののの事事ことどもどもどもなどなどなど聞聞きこえええ出出いででで給給たまへへえりりり。。。おぼしおぼしおぼし出出いでででたるたるたる御御おん氣色氣色けしき淺淺あさからからからずずず見見みゆるゆるゆるををを、、、たゞたゞただならならならずずずややや見見み奉奉たてまつりりり給給たまふふうらむらむらん。。。わざとわざとわざとならならならずずず「「「身身みをををばばば思思おもははわずずずなどなどなどほのめかしほのめかしほのめかし給給たまふふうぞぞぞをかしうをかしうおかしゅうらうたくらうたくろうたく思思おもひひい聞聞きこえええ給給たまふふう。。。
- 5かつかつかつ見見みるるるにににだにだにだに飽飽あかかかぬぬぬ御御おんさまさまさまをををいかでいかでいかで隔隔へだてててつるつるつる年月年月としつきぞぞぞとととあさましきあさましきあさましきまでまでまでおもほすおもほすおもおすににに、、、とりとりとりかへしかへしかえし世世よののの中中なかもももいといといとうらめしううらめしううらめしゅうなむなむなん程程ほどもももなくなくなくもともともとののの御御おん位位くらいあらたまりあらたまりあらたまりてててかずかずかずよりよりより外外ほかののの權大納言權大納言ごんだいなごんににになりなりなり給給たまふふう。。。
- 6つぎつぎつぎつぎつぎつぎののの人人ひともももさるべきさるべきさるべき限限かぎりはははもともともとのののつかさつかさつかさかへしかへしかへし給給たまふふう。。。世世よににに許許ゆるさささるゝるゝるるほどほどほど、、、枯枯かれれれたりたりたりししし木木きののの春春はるにににあへあへあえるるる心地心地ここちしししててていといといとめでたげめでたげめでたげなりなりなり。。。めしめしめしありありありてててうちうちうちににに參參まいりりり給給たまふふう。。。
- 7御前御前おまえににに侍侍さぶらひひい給給たまふふうにににねびねびねびまさりまさりまさりててていかでいかでいかでさるさるさる物物ものむつかしきむつかしきむつかしき住住すまひひいににに年年とし經經へ給給たまひひいつつつらむらむらんととと見見み奉奉たてまつるるる。。。女房女房にょうぼうなどなどなどののの院院いんののの御御おん時時ときよりよりより侍侍さぶらひひいててて老老おいいいしらへしらへしらえるるるどもどもどもははは悲悲かなしくしくしくててて今今いま更更さらににになきなきなき騷騷さわぎぎぎめでめでめで聞聞きこゆゆゆ。。。
- 8上上うえもももはづかしうはづかしうはずかしゅうさへさへさへおぼさおぼさおぼされれれててて御御おんよそひよそひよそいなどなどなど殊殊ことににに引引ひきききつくろひつくろひつくろいててて出出いでででおはしますおはしますおわします。。。御御おん心地心地ここち例例れいならならならずずず日頃日頃ひごろ經經へさせさせさせ給給たまひひいけれけれければばばいたういたういとう衰衰おとろへへえさせさせさせ給給たまへへえるるるををを、、、昨日昨日きのう今日今日きょうぞぞぞ少少すこしししよろしうよろしうよろしゅう思思おぼささされれれけるけるける。。。
- 9御御おん物語物語ものがたりしめやかしめやかしめやかにににありありありててて夜夜よににに入入いりりりぬぬぬ。。。十五夜十五夜じゅうごやののの月月つきおもしろうおもしろうおもしろう靜靜しずかなるなるなるににに昔昔むかしののの事事ことかきかきかきくづしくづしくずしおぼしおぼしおぼし出出いでででられられられてててしほたれしほたれしおたれさせさせさせ給給たまふふう。。。物物もの心心こころ細細ぼそくくく思思おぼさささるゝるゝるるなるなるなるべしべしべし。。。
- 10「「「遊遊あそびなどなどなどもももせせせずずず、、、昔昔むかし聞聞ききききししし物物ものののの音音ねなどなどなどももも聞聞きかかかででで、、、久久ひさしうしうしゅうなりなりなりにににけるけるけるかなかなかな」」」とととののの給給たまはするはするわするににに、、、「「「わたつわたつわたつ海海うみにににしなえしなえしなえうらぶれうらぶれうらぶれひるひるひるのののこここののの足足あしたゝたゝたたざりざりざりししし年年としははは經經へにににけりけりけり」」」ととと聞聞きこえええ給給たまへへえばばば、、、
- 11いといといとあはれあはれあわれににに心心こころはづかしうはづかしうはずかしゅう思思おぼささされれれててて、、、「「「宮宮みやばしらばしらばしらめぐりめぐりめぐりあひあひあいけるけるける時時ときしししあれあれあればばば別別わかれれれししし春春はるのののうらみうらみうらみのこすのこすのこすななな」」」。。。いといといとなまめかしきなまめかしきなまめかしき御御おん有樣有樣ありさまなりなりなり。。。
- 12院院いんののの御御おんためためためににに、、、御御おん八講八講はっこう行行おこなははわるるるべきべきべき事事ことまづまづまず急急いそがががせせせ給給たまふふう。。。春宮春宮とうぐうををを見見み奉奉たてまつりりり給給たまふふうにににこよなくこよなくこよなくおよすげおよすげおよすげさせさせさせ給給たまひひいててて珍珍めずらしうしうしゅうおぼしおぼしおぼし悅悅よろこびびび給給たまへへえるるるををを限限かぎりなくなくなく哀哀あわれととと見見み奉奉たてまつりりり給給たまふふう。。。
- 13御御おんざえざえざえもももこよなくこよなくこよなくまさらまさらまさらせせせ給給たまひひいててて世世よををを保保たもちちち給給たまははわむむんにににはゞかりはゞかりはばかりあるあるあるまじくまじくまじくかしこうかしこうかしこう見見みえええさせさせさせ給給たまふふう。。。入道入道にゅうどうののの宮宮みやにににももも御心御心みこころ少少すこししししづめしづめしずめててて御御おん對面對面たいめんのののほどほどほどにににももも哀哀あわれなるなるなる事事ことどもどもどもあらあらあらむむんかしかしかし。。。
- 14誠誠まことやややかのかのかの明石明石あかしにににはははかへるかへるかえる波波なみにににつけつけつけててて御御おん文文ふみつかはすつかはすつかわす。。。引引ひきききかくしかくしかくしてててこまやかこまやかこまやかににに書書かききき給給たまふふうめりめりめり。。。「「「波波なみのののよるよるよるよるよるよるいかにいかにいかに、、、「「「歎歎なげきききつゝつゝつつあかしあかしあかしののの浦浦うらににに朝朝あさぎりぎりぎりのののたつたつたつやややととと人人ひとをををおもひおもひおもいやるやるやるかなかなかな」」」。。。
- 15かのかのかのそちそちそちのののむすめむすめむすめののの五節五節ごせち、、、あいなくあいなくあいなく人人ひと知知しれれれぬぬぬ物思物思ものおもひひいさめさめさめぬるぬるぬる心地心地ここちしししててて、、、まくなぎまくなぎまくなぎつくらつくらつくらせせせてててさしさしさし置置おかかかせせせけりけりけり。。。「「「須磨須磨すまのののうらうらうらににに心心こころをををよせよせよせししし船人船人ふなびとのののやがてやがてやがてくたせくたせくたせるるるそでそでそでををを見見みせせせばやばやばや」」」。。。
- 16手手てなどなどなどこよなくこよなくこよなくまさりまさりまさりにににけりけりけりととと見見みおほせおほせおおせ給給たまひひいてててつかはすつかはすつかわす。。。「「「かへりかへりかえりてててはははかごとかごとかごとやややせせせましましまし寄寄よせせせたりたりたりししし名殘名殘なごりににに袖袖そでのののひひひがたかりがたかりがたかりしししををを」」」。。。
- 17飽飽あかかかずずずをかしをかしをかしととと思思おもしししゝゝし名殘名殘なごりなれなれなればばば驚驚おどろかかかささされれれ給給たまひひいててていとゞいとゞいとど思思おもししし出出いづれづれずれどどど、、、このこのこの頃頃ころはははさやうさやうさようののの御御おんふるまひふるまひふるまい更更さらにににつゝみつゝみつつみ給給たまふふうめりめりめり。。。花散里花散里はなちるさとなどなどなどにににももも唯唯ただ御御おんせうそこせうそこしょうそこばかりばかりばかりにてにてにて覺束覺束おぼつかなくなくなくなかなかなかなかなかなかうらめしげうらめしげうらめしげなりなりなりとととなむなむなん。。。
現代語訳
源氏は難波の方に渡って御祓をなさって、住吉にも、無事に帰京できたので、さまざまな願をお礼参りに果たす旨を、お使いを遣わして申し上げさせなさる。急に人数が多くなって窮屈なので、ご自身は今回は参詣なさらない。特別な遊覧などもせずに、急いで京にお入りになった。
二条院にお着きになって、都の人もお供の人も夢のような気持ちで対面し、喜び泣きも縁起が悪いほどに騒ぎ立てた。女君も、かいのないものと思い捨てていた命を、うれしくお思いになっていることだろう。たいそうかわいらしく大人びて、物思いの間に多すぎるほどだった御髪が少し減っているのが、かえってたいそうすばらしいのを、これからはこうして見ていられるのだと、お心が落ち着くにつけては、またあの名残惜しく別れた人の思い沈んでいた様子が、気の毒に思いやられなさる。
やはり、いつまでたってもこうした方面で、お心の休まる暇がないことよ。その人のことなどを話し出しなさった。思い出していらっしゃるご様子が浅くなく見えるのを、紫の上は穏やかでなくご覧になっているのだろうか。わざとらしくなく、「身をば思はず」などとほのめかしなさるのを、源氏はおもしろく、かわいらしくお思い申し上げなさる。
こうして見ている間でさえ見飽きないご様子なのに、どうして離れて年月を過ごしたのだろうと、あきれるほどお思いになるにつけて、取り返して世の中もたいそう恨めしい。まもなく、もとの位に復されて、定員外の権大納言におなりになる。
次々の人々も、しかるべき者は皆、もとの官職をお返しになる。世間に許されるさまは、枯れていた木が春にあったような気持ちがして、たいそうめでたい様子である。お召しがあって、宮中に参内なさる。
御前に控えていらっしゃると、ひときわ立派になられて、どうしてあのようなうっとうしい住まいで年月を過ごされたのだろうと、人々は拝見する。女房などで、院のご在世の時からお仕えして年老いた者たちは、悲しくて、今さらのように泣き騒いでおほめ申し上げる。
帝も気恥ずかしいとまでお思いになって、ご装束などを特に整えてお出ましになる。ご気分がすぐれない日が続いていらっしゃったので、ひどく衰えていらっしゃったが、昨日今日は少しよくお感じになっていた。お話がしみじみとあって、夜になった。十五夜の月が趣深く静かなので、昔のことを次々と思い出されて、涙を流される。何となく心細くお思いなのだろう。
帝が「管絃の遊びなどもせず、昔聞いた楽の音なども聞かずに、久しくなったなあ」とおっしゃると、源氏は「海辺にしおれて落ちぶれ、蛭子が足が立たなかった三年のように、立つ瀬のない年月が過ぎました」と申し上げなさるので、帝はたいそうしみじみと、気恥ずかしくお思いになって、「宮殿の柱をめぐって巡り会えた時が来たのだから、別れた春の恨みを残さないでおくれ」。たいそう優美なご様子である。
院のために、御八講を行われることを、まず急がせなさる。源氏が東宮を拝見なさると、たいそう大人びていらっしゃって、珍しく思って喜んでいらっしゃるのを、この上なくしみじみと拝見なさる。ご学才もこの上なくすぐれていらっしゃって、天下を治めなさるのに支障はなさそうに、賢くお見えになる。入道の宮にも、お心を少し静めて対面なさる間にも、しみじみとすることがあったことだろう。
そうそう、あの明石には、帰っていく波に託してお手紙をお遣わしになる。人目を避けて細やかにお書きになるようだ。「波の寄る夜ごとに、いかがお過ごしですか。嘆きながら夜を明かす明石の浦に、朝霧が立つように、あなたの嘆きの息が立っているかと思いやることです」。
あの大宰大弐の娘の五節は、わけもなく人知れぬ物思いが覚めたような気持ちがして、使いの者にそれとなく置かせた。「須磨の浦であなたに心を寄せた船人の、そのまま涙で朽ちさせてしまった袖をお見せしたいものです」。筆跡などはこの上なく上達したものだと見て取りなさって、返事をお遣わしになる。「かえってこちらが恨み言を言いたいものです。あなたが心を寄せてくれた名残に、私の袖も涙で乾きにくかったのですから」。
源氏は、見飽きず魅力的だとお思いになった名残なので、驚かされなさって、いっそう思い出しなさるが、このごろは、そのようなお振る舞いはまったく慎んでいらっしゃるようだ。花散里などにも、ただお便りだけで、気がかりなので、かえって恨めしそうであるということだ。
意訳
源氏は急いで帰京し、二条院で紫の上と再会する。紫の上の美しさに安堵しながらも、明石の君のことを思い、打ち明ける。紫の上は、それとなく嫉妬をほのめかす。
源氏は権大納言となり、宮中に参内する。病み衰えた朱雀帝は源氏と昔を語り合い、二人は蛭子の神話にちなむ歌を交わす。源氏は東宮の成長を喜び、藤壺とも対面する。明石の君には文を送り、五節や花散里にも便りをする。
語釈・文法注
- 身をば思はず
- 「忘らるる身をば思はず誓ひてし人の命の惜しくもあるかな」(拾遺集・右近)による。忘れられる自分のことは思わないが、誓ったあなたの命が(罰を受けないか)惜しい、という歌。紫の上は、源氏の心変わりをそれとなくなじる。
文法
- 推量の「つらむ」(年經給ひつらむ)
- 「どうして年月を過ごされたのだろう」。過去の事実の理由を推量する。
- 禁止の「な」(うらみのこすな)
- 「恨みを残さないでおくれ」。
和歌
わたつ海にしなえうらぶれひるのこの足たゝざりし年は經にけり
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 朱雀帝に昔を語られて答えた歌。海辺にしおれて落ちぶれ、蛭子(ひるこ)が足が立たなかった三年のように、立つ瀬のない年月が過ぎました。
修辞
- 引歌
- 伊弉諾・伊弉冉の神が生んだ蛭子が、三歳になっても足が立たなかったという神話による。須磨・明石での不遇の三年をたとえる。
宮ばしらめぐりあひける時しあればわかれし春のうらみのこすな
- 詠者
- 朱雀帝
- 状況
- 源氏への返歌。宮殿の柱をめぐって巡り会えた時が来たのだから、別れた春の恨みを残さないでおくれ。
修辞
- 引歌
- 伊弉諾・伊弉冉が天の御柱をめぐって出会った神話をふまえ、源氏の歌の蛭子に応じる。
歎きつゝあかしの浦に朝ぎりのたつやと人をおもひやるかな
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 帰京後、明石の君に送った歌。嘆きながら夜を明かす明石の浦に、朝霧が立つように、あなたの嘆きの息が立っているかと思いやることです。
修辞
- 掛詞
- 「あかし」に「明かし」と「明石」をかける。
須磨のうらに心をよせし船人のやがてくたせるそでを見せばや
- 詠者
- 筑紫の五節
- 状況
- 源氏の帰京を聞いて送った歌。須磨の浦であなたに心を寄せた船人(私)の、そのまま涙で朽ちさせてしまった袖をお見せしたいものです。
かへりてはかごとやせまし寄せたりし名殘に袖のひがたかりしを
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 五節への返歌。かえってこちらが恨み言を言いたいものです。あなたが心を寄せてくれた名残に、私の袖も涙で乾きにくかったのですから。
解説
明石の巻は、源氏の帰京と権大納言への復帰で閉じられる。須磨・明石の流離を経て、源氏は再び政治の中心に戻る。枯れ木が春にあうという比喩は、源氏の復活を象徴している。
朱雀帝と源氏の歌の贈答は、伊弉諾・伊弉冉の国生み神話をふまえた、機知に富んだものである。帝は、源氏を追いやったことを悔やみながら、再会を喜ぶ。次の澪標の巻では、朱雀帝が退位し、冷泉帝が即位して、源氏の栄華が始まる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、280–283頁(コマ143–144)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日