源氏物語 第13帖 明石(13)
明石との別れ
出立の明け方、源氏と明石の君は別れの歌を交わす。入道は盛大に餞別を整え、明石の君は旅の装束に歌を添える。源氏は自分の衣を形見に残す。入道は境まで見送りたいと願い、源氏は涙ながらに明石の浦との別れを惜しむ。残された明石の君は涙に沈み、母君は嘆き、入道はぼけたようになって、ついには遣水に落ちて腰を痛める。

- 1立立たちちち給給たまふふう曉曉あかつきははは夜夜よふかうふかうふこう出出いででで給給たまひひいててて御御おん迎迎むかえののの人々人々びともももさわがしけれさわがしけれさわがしければばば心心こころもももそらそらそらなれなれなれどどど人人ひとまままをををはからひはからひはからいててて、、、「「「うちうちうちすてゝすてゝすてて立立たつつつももも悲悲かなしきしきしき浦浦うらなみなみなみのののなごりなごりなごりいかにいかにいかにととと思思おもひひいやるやるやるかなかなかな」」」。。。
- 2御御おんかへりかへりかえり、、、「「「年年とし經經へつるつるつるももも荒荒あれれれてててうきうきうきなみなみなみのののかへるかへるかえるかたかたかたにににややや身身みをををたぐへたぐへたぐえましましまし」」」とととうちうちうち思思おもひひいけるけるけるまゝまゝままなるなるなるををを見見み給給たまふふうににに忍忍しのびびび給給たまへへえどどどほろほろほろほろほろほろとととこぼれこぼれこぼれぬぬぬ。。。
- 3心心こころ知知しらららぬぬぬ人々人々びとははは、、、猶猶なおかゝるかゝるかかる御御おん住住すまひひいなれなれなれどどど年頃年頃としごろととといふいふいうばかりばかりばかりなれなれなれ給給たまへへえるるるををを今今いまはははととと思思おぼすすすはははさささもももあるあるある事事ことぞぞぞかしかしかしなどなどなど見見み奉奉たてまつるるる。。。良淸良淸よしきよなどなどなどはははおろかおろかおろかならならならずずずおぼすおぼすおぼすなななめりめりめりかしかしかしとととにくゝにくゝにくくぞぞぞ思思おもふふう。。。
- 4「「「嬉嬉うれしきしきしきにににもももげにげにげに今日今日きょうをををかぎりかぎりかぎりにににこのこのこの渚渚なぎさををを別別わかるゝるゝるるこそこそこそ」」」などなどなど哀哀あわれがりがりがりててて口々口々くちぐちしほたれしほたれしおたれ言言いひひいあへあへあえるるる事事ことどもどもどもあああめりめりめり。。。されどされどされど何何なにかかかはははとととてててなむなむなん。。。
- 5入道入道にゅうどう今日今日きょうののの御御おんまうけまうけもうけいといといといかめしういかめしういかめしゅう仕仕つこうううまつれまつれまつれりりり。。。人々人々びと下下しもののの品品しなまでまでまで旅旅たびのののさうぞくさうぞくそうぞくめづらしいめづらしいめずらしいつつつのののまままにににかかかきききあへあへあえけむけむけんととと見見みえええたりたりたり。。。御御おんよそひよそひよそいはははいふいふいうべくべくべくもももあらあらあらずずず。。。みぞびつみぞびつみぞびつあまたあまたあまたかけかけかけさぶらはすさぶらはすさぶらわす。。。
- 6まことまことまことののの都都みやこのののつとつとつとにににまつまつまつべきべきべき御御おん贈物贈物おくりものどもどもどもゆゑづきゆゑづきゆえづきててて思思おもひひいよらよらよらぬぬぬくまくまくまなしなしなし。。。今日今日きょう奉奉たてまつるるるべきべきべきかりかりかりののの御御おんさうぞくさうぞくそうぞく「「「よるよるよる浪浪なみにににたちたちたちかさねかさねかさねたるたるたる旅旅たびごろもごろもごろもしほどけししほどけししおどけしとととややや人人ひとのののいとはいとはいとわむむん」」」とととあるあるあるををを御覽御覽ごらんじじじつけつけつけててて、、、
- 7さわがしけれさわがしけれさわがしけれどどど「「「かたみかたみかたみにににぞぞぞかふかふかうべかりべかりべかりけるけるける逢逢あふふうことことことののの日數日數ひかずへだてへだてへだてむむん中中なかののの衣衣ころもををを」」」とととててて志志こころざしあるあるあるをををとととててて奉奉たてまつりりりかふかふかう。。。御身御身おおんみににになれなれなれたるたるたるどもどもどもををを遣遣つかわすすす。。。げにげにげに今今いまひとへひとへひとえしのばしのばしのばれれれ給給たまふふうべきべきべき事事ことをををそふるそふるそうるかたみかたみかたみなななめりめりめり。。。
- 8えならぬえならぬえならぬ御御おんぞぞぞににに匂匂におひひいのののうつりうつりうつりたるたるたるをををいかゞいかゞいかが人人ひとののの心心こころにににもももしめしめしめざらざらざらむむん。。。入道入道にゅうどう今今いまはははととと世世よををを離離はなれれれ侍侍はべりりりにににしししことことことなれなれなれどもどもども今日今日きょうののの御御おんおくりおくりおくりににに仕仕つこうううまつらまつらまつらぬぬぬ事事ことなどなどなど申申もうしししてててかいかいかいつくるつくるつくるもももいとほしいとほしいとおしながらながらながら若若わかききき人人ひとははは笑笑わらひひいぬぬぬべしべしべし
- 9「「「世世よををを海海うみにににこゝらこゝらここらしほじむしほじむしおじむ身身みとととなりなりなりてててなほなほなおこのこのこの岸岸きしをををえええこそこそこそはなれはなれはなれねねね。。。心心こころのののやみやみやみはははいとゞいとゞいとど惑惑まどひひいぬぬぬべくべくべく侍侍はべれれればばば境境さかいまでまでまでだにだにだに」」」ととと聞聞きこえええててて「「「すきずきしきすきずきしきすきずきしきやうやうようなれなれなれどどど思思おもししし出出いでででさせさせさせ給給たまふふうをりをりおり侍侍はべらららばばば」」」などなどなど御御おん氣色氣色けしきたまはるたまはるたまわる。。。
- 10いみじういみじういみじゅう物物ものををを哀哀あわれとととおぼしおぼしおぼしててて所々所々ところどころうちうちうち赤赤あかみみみ給給たまへへえるるる御御おんまみまみまみのののわたりわたりわたりなどなどなど言言いははわむむんかたかたかたなくなくなく見見みえええ給給たまふふう。。。「「「思思おもひひい捨捨すててて難難がたきききすぢすぢすじもももあああめれめれめればばば今今いまいといといと疾疾とくくく見見みなほしなほしなおし給給たまひひいてててむむん。。。唯唯ただこのこのこのすみかすみかすみかこそこそこそ見見み捨捨すてててがたけれがたけれがたけれ。。。いかゞいかゞいかがすすすべきべきべき」」」とととててて、、、
- 11「「「都都みやこ出出いでででししし春春はるのののなげきなげきなげきにににおとらおとらおとらめめめややや年年としふるふるふる浦浦うらをををわかれわかれわかれぬるぬるぬる秋秋あき」」」とととててておしおしおしのごひのごひのごい給給たまへへえるるるにににいとゞいとゞいとど物物ものおぼえおぼえおぼえずずずしほたれしほたれしおたれまさるまさるまさるたちたちたちゐゐいもももあさましうあさましうあさましゅうよろぼふよろぼふよろぼう。。。
- 12さうじみさうじみそうじみののの心心こころちちちははは譬譬たとふふうべきべきべきかたかたかたなくなくなくてててかうかうこうしもしもしも人人ひとににに見見みえええじじじととと思思おもひひいしづむれしづむれしずむれどどど、、、身身みのののうきうきうきをををもともともとにてにてにてわりなきわりなきわりなきことことことなれなれなれどどどうちうちうち棄棄すててて給給たまへへえるるる恨恨うらみのののやるやるやる方方かたなきなきなきににに、、、面影面影おもかげそひそひそいててて忘忘わすれれれがたきがたきがたきにににたけきたけきたけきことことことゝゝとははは唯唯ただ淚淚なみだににに沈沈しずめめめりりり。。。
- 13母君母君ははぎみももも慰慰なぐさめめめわびわびわびててて「「「何何なににににかくかくかく心心こころづくしづくしづくしなるなるなる事事ことををを思思おもひひいそめそめそめけむけむけん。。。すべてすべてすべてひがひがしきひがひがしきひがひがしき人人ひとににに從從したがひひいけるけるける心心こころのののをこたりをこたりおこたりぞぞぞ」」」ととといふいふいう。。。
- 14「「「あなかまあなかまあなかまやややおぼしおぼしおぼしすつすつすつまじきまじきまじき事事ことももも物物ものししし給給たまふふうめれめれめればばばさりともさりともさりともおぼすおぼすおぼす所所ところあらあらあらむむん。。。思思おもひひい慰慰なぐさめめめててて御御おん湯湯ゆなどなどなどをををだにだにだにまゐれまゐれまいれ。。。あなあなあなゆゝしゆゝしゆゆしややや」」」とととててて片隅片隅かたすみににに寄寄よりりり居居いたりたりたり。。。
- 15めのとめのとめのと母君母君ははぎみなどなどなどひがめひがめひがめるるる心心こころををを言言いひひい合合あわせせせつゝつゝつつ「「「いつしかいつしかいつしかいかでいかでいかで思思おもふふうさまさまさまにてにてにて見見み奉奉たてまつらららむむんととと年月年月としつきをををたのみたのみたのみ過過すぐししし、、、今今いまややや思思おもひひいかなふかなふかなうとととこそこそこそ賴賴たのみみみ聞聞きこえええつれつれつれ、、、心苦心苦こころぐるしきしきしきことことことをををももも物物ものののの始始はじめににに見見みるるるかなかなかな」」」ととと歎歎なげくくくををを見見みるるるにににもももいとほしけれいとほしけれいとおしければばば、、、
- 16いとゞいとゞいとどぼけぼけぼけられられられててて晝晝ひるははは日日ひ一日一日ひとひいいいをををのみのみのみ寢寢ねくらしくらしくらし夜夜よはははすくよかすくよかすくよかににに起起おききき居居いててて、、、「「「ずゞずゞずずののの行行ゆくへくへくえももも知知しらららずずずなりなりなりにににけりけりけり」」」とととててて、、、手手てをををおしおしおし摺摺すりりりててて仰仰あおぎぎぎ居居いたりたりたり。。。
- 17弟子弟子でしどもどもどもにににあばめあばめあばめられられられててて、、、月夜月夜つきよににに出出いでゝでゝでてぎやうだうぎやうだうぎょうどうするするするものものものはははやりみづやりみづやりみずににに倒倒たおれれれ入入いりりりにににけりけりけり。。。よしよしよしあるあるある岩岩いわのののかたそばかたそばかたそばににに腰腰こしもももつきつきつきそこなひそこなひそこないててて病病やみみみ臥臥ふしししたるたるたる程程ほどににになむなむなん少少すこししし物物ものまぎれまぎれまぎれけるけるける。。。
現代語訳
出立なさる明け方は、まだ暗いうちにお出になって、お迎えの人々も騒がしいので、心も上の空だが、人のいない隙をうかがって、「あなたを残して出立するのも悲しい。浦の波の名残は、どうなるだろうかと思いやることです」。ご返事に、「長年住んだ苫屋も荒れて、つらい波が帰っていく方へ、身を投げてついて行こうかしら」と、思ったままに書いてあるのをご覧になると、こらえていらっしゃるが、涙がほろほろとこぼれた。
事情を知らない人々は、やはりこのようなお住まいでも、一年ほど住み慣れていらっしゃったのを、今はもうお別れだとお思いになるのは、もっともなことだなどと拝見する。良清などは、並々でなく思っていらっしゃるようだと、憎らしく思う。供人たちは「うれしいにつけても、本当に今日を限りにこの渚と別れるのは」などとしみじみとして、口々に涙にくれて言い合っていることもあるようだ。けれども、それを書いても何になろうと思って、書かない。
入道は、今日のご用意をたいそう盛大に整えた。人々には下々の者まで、旅の装束が珍しいほどで、いつの間に用意したのだろうと見えた。源氏のご装束は言うまでもない。御衣櫃をたくさん担がせてお供させる。本当に都への土産となるようなお贈り物などは、由緒ありげで、行き届かないところがない。
今日お召しになるはずの旅のご装束に、「寄る波に裁ち重ねた旅の衣は、潮で濡れているといって、あなたは嫌がるでしょうか」とあるのをご覧になって、騒がしいけれど、「形見として互いに取り替えるべきだったのです。逢う日までの日数を隔てる、二人の間の衣を」と詠んで、心のこもった贈り物だからと言って、お召し替えになる。ご自分が着慣れていらっしゃったものを、明石の君にお贈りになる。本当にもう一つ、しのばれなさるはずの形見を加えるものなのだろう。
すばらしいお召し物に、香りが移っているのを、どうして人の心に染みないことがあろうか。入道は、「今はもう世を離れました身ですが、今日のお見送りにお仕えしないことが」などと申し上げて、べそをかいているのも気の毒だが、若い人は笑ってしまいそうである。
「世を憂しと思って海辺に住み、長年潮に染まる身となりましたが、なおこの岸を離れることができません。子を思う心の闇に、いっそう迷ってしまいそうでございますので、せめて国境までは」と申し上げて、「色めいたことのようでございますが、思い出しなさる折がございましたら」など、ご意向をうかがう。
源氏はたいそうしみじみとお思いになって、所々赤くなっていらっしゃる目もとのあたりなどが、言いようもなくお見えになる。「見捨てがたい事情もあるようだから、いずれ間もなく見直してくださるだろう。ただ、この住まいこそ見捨てがたい。どうしたらよいだろう」と言って、「都を出た春の嘆きに劣るだろうか、いや劣りはしない。長年過ごした浦と別れるこの秋の悲しみは」と詠んで、涙を押しぬぐいなさると、入道はいっそう正気を失って、涙にくれるばかりである。立ち居もあきれるほどよろめいている。
娘本人の気持ちは、たとえようもなくて、これほどまでに人に見られまいと気持ちを静めるが、身のつらさをもとにして、どうにもならないことではあるが、捨てていかれた恨みのやり場もないうえに、面影が寄り添って忘れがたいので、できることといえば、ただ涙に沈むばかりである。
母君も慰めかねて、「どうしてこんなに気苦労なことを思い立ったのでしょう。何もかも、ひねくれた人に従った私の心の過ちです」と言う。入道は「静かにしなさい。お見捨てになるはずのないこと(懐妊)もおありのようだから、いくら何でもお考えがあるだろう。気持ちを慰めて、薬湯だけでも召し上がれ。ああ縁起でもない」と言って、片隅に寄りかかって座っていた。
乳母や母君などは、入道のひがんだ心を言い合いながら、「早く何とかして、思いどおりのお姿を拝見しようと、年月を頼みにして過ごし、今こそ願いがかなうと頼りにしておりましたのに、心苦しいことを、初めから見ることよ」と嘆くのを見るにつけても気の毒なので、入道はいっそうぼけて、昼は一日中寝てばかり暮らし、夜はしゃんと起きて、「数珠の行方もわからなくなってしまった」と言って、手をすり合わせて天を仰いでいる。
弟子たちにばかにされて、月夜に出て行道をしていたところ、遣水に倒れ込んでしまった。趣のある岩の角に腰を打って痛めて、寝込んでいる間に、少し物思いがまぎれたのだった。
意訳
出立の明け方、源氏と明石の君は別れの歌を交わす。入道は盛大に餞別を整え、明石の君は旅の装束に歌を添える。源氏は自分の衣を形見に残し、明石の浦との別れを惜しむ。
残された明石の君は涙に沈み、母君は入道を責めて嘆く。入道は、懐妊していることを頼みにしながらも、ぼけたようになり、ついには遣水に落ちて腰を痛める。明石の巻の別れは、悲しみと滑稽さとが入り混じって描かれる。
語釈・文法注
- 苫屋
- 苫(菅や茅を編んだもの)で屋根をふいた粗末な小屋。明石の君は自分の住まいをこう詠む。
文法
- 反語の「めや」(おとらめや)
- 「劣るだろうか、いや劣りはしない」。
- 反語の「いかゞ…む」(いかゞ人の心にもしめざらむ)
- 「どうして人の心に染みないことがあろうか、いや、染みる」。
和歌
うちすてゝ立つも悲しき浦なみのなごりいかにと思ひやるかな
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 出立の明け方、明石の君に送った歌。あなたを残して出立するのも悲しい。浦の波の名残(後に残るあなた)は、どうなるだろうかと思いやることです。
年經つる苫屋も荒れてうきなみのかへるかたにや身をたぐへまし
- 詠者
- 明石の君
- 状況
- 源氏への返歌。長年住んだ苫屋も荒れて、つらい波が帰っていく方(あなたの行く都)へ、身を投げてついて行こうかしら。
よる浪にたちかさねたる旅ごろもしほどけしとや人のいとはむ
- 詠者
- 明石の君
- 状況
- 旅の装束に添えた歌。寄る波に裁ち重ねた旅の衣は、潮で濡れているといって、あなたは嫌がるでしょうか。
修辞
- 掛詞
- 「たち」に「裁ち」と「立ち」をかける。「しほどけし」は潮に濡れて湿っていること、涙に濡れることをかける。
かたみにぞかふべかりける逢ふことの日數へだてむ中の衣を
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 明石の君への返歌。形見として互いに取り替えるべきだったのです。逢う日までの日数を隔てる、二人の間の衣を。
世を海にこゝらしほじむ身となりてなほこの岸をえこそはなれね
- 詠者
- 明石の入道
- 状況
- 見送りの際に詠んだ歌。世を憂しと思って海辺に住み、長年潮に染まる身となりましたが、なおこの岸(この世への執着)を離れることができません。
修辞
- 掛詞
- 「海」に「憂み」、「岸」に「此岸(この世)」をかける。
都出でし春のなげきにおとらめや年ふる浦をわかれぬる秋
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 入道への返歌。都を出た春の嘆きに劣るだろうか、いや劣りはしない。長年過ごした浦と別れるこの秋の悲しみは。
解説
明石との別れの場面は、源氏と明石の君の悲しみ、入道の執念と悲しみが交錯する。衣を取り替える形見の交換は、二人の深い結びつきを示している。
入道が遣水に倒れて腰を痛めるという結末は、悲劇の中にユーモアを交える源氏物語らしい描写である。娘のために一生をかけてきた入道の、滑稽でありながら哀れな姿が印象深い。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、278–281頁(コマ142–143)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日