源氏物語 第13帖 明石(10)
紫の上への告白と年明け
その後、源氏は人目を忍んで時々岡辺に通う。紫の上に噂が伝わることを恐れた源氏は、自ら手紙で明石の君とのことをほのめかす。紫の上は、変わらぬ契りを信じていたのにと、恨みをこめた返歌をおっとりと書く。源氏は心を痛め、しばらく岡辺に通わなくなり、明石の君は嘆く。源氏は絵を描いて思いを書きつけ、紫の上も同じように日記のような絵を描いていた。やがて年が明ける。

- 1御御おん文文ふみいといといと忍忍しのびびびてててぞぞぞけふけふきょうはははあるあるある。。。あいなきあいなきあいなき御心御心みこころのののおにおにおになりなりなりややや。。。こゝこゝここにににもももかゝるかゝるかかる事事こといかでいかでいかで漏漏もらさささじじじとととつゝみつゝみつつみててて御御おん使使つかいことごとしくことごとしくことごとしくももももてなさもてなさもてなさぬぬぬををを胸胸むねいたくいたくいたく思思おもへへえりりり。。。かくかくかくててて後後のちははは忍忍しのびびびつゝつゝつつ時々時々ときどきおはすおはすおわす。。。
- 2程程ほどももも少少すこししし離離はなれれれたるたるたるにににおのづからおのづからおのずから物物ものいひいひいいさがなささがなささがなさ海士海士あまのののこここもももややや立立たちちちまじらまじらまじらむむんとととおぼしおぼしおぼし憚憚はばかるるる程程ほどををを、、、さればよさればよさればよととと思思おもひひい歎歎なげきききたるたるたるををを、、、げにげにげにいかならいかならいかならむむんととと入道入道にゅうどうももも極樂極樂ごくらくののの願願ねがひひいをををばばば忘忘わすれれれててて唯唯ただこのこのこの氣色氣色けしきををを待待まつつつことことことにににはははすすす。。。今今いま更更さらににに心心こころををを亂亂みだるるるもももいといといといとほしげいとほしげいとおしげなりなりなり。。。
- 3二條二條にじょうののの君君きみののの、、、風風かぜのののつてつてつてにににももも漏漏もりりり聞聞きききき給給たまははわむむん事事ことははは、、、戯戯たわぶれぶれぶれにてにてにてももも心心こころののの隔隔へだてありありありけるけるけるととと思思おもひひい疎疎うとまままれれれ奉奉たてまつらららむむんははは心苦心苦こころぐるしうしうしゅう耻耻はずかしうしうしゅうおぼさるゝおぼさるゝおぼさるるもももあながちあながちあながちなるなるなる御御おん志志こころざしののの程程ほどなりなりなりかしかしかし。。。
- 4かゝるかゝるかかる方方かたののの事事ことをををばばばさすがさすがさすがににに心心こころ留留とどめめめててて怨怨うらみみみ給給たまへへえりりりししし折々折々おりおり、、、などなどなどてててあやなきあやなきあやなきすさびすさびすさび事事ごとにににつけつけつけてててもももさささ思思おもははわれれれ奉奉たてまつりりりけむけむけんなどなどなどとりとりとりかへさかへさかえさまほしうまほしうまほしゅう、、、人人ひとののの有樣有樣ありさまををを見見み給給たまふふうにににつけつけつけてててももも戀戀こいしさしさしさののの慰慰なぐさむむむかたかたかたなけれなけれなければばば、、、例例れいよりよりよりももも御御おん文文ふみこまやかこまやかこまやかににに書書かききき給給たまひひいててて、、、
- 5奧奧おくににに「「「まことまことまことややや、、、われわれわれながらながらながら心心こころよりよりより外外ほかなるなるなるなほざりごとなほざりごとなおざりごとにてにてにて疎疎うとまままれれれ奉奉たてまつりりりしししふしぶしふしぶしふしぶしををを思思おもひひい出出いづるづるずるさへさへさへ胸胸むね痛痛いたきききににに、、、又又また怪怪あやしうしうしゅう物物ものはかなきはかなきはかなき夢夢ゆめをををこそこそこそ見見み侍侍はべりりりしかしかしか。。。かうかうこう聞聞きこゆるゆるゆる問問とはははずずずがたりがたりがたりににに隔隔へだてなきなきなき心心こころのののほどほどほどははは思思おもししし合合あわせよせよせよ。。。誓誓ちかひひいしししことことことももも」」」などなどなど書書かきききててて
- 6「「「何事何事なにごとにににつけつけつけてててももも、、、しほしほしほしほしおしおとととまづまづまずぞぞぞ流流ながるゝるゝるるかりそめかりそめかりそめのののみるめみるめみるめははは蜑蜑あまのののすさびすさびすさびなれなれなれどもどもども」」」とととあるあるある御御おんかへりかへりかえり、、、何何なに心心ごころなくなくなくらうたげらうたげろうたげににに書書かきききててて、、、はてはてはてににに
- 7「「「忍忍しのびびびかねかねかねたるたるたる御御おん夢夢ゆめがたりがたりがたりにににつけつけつけてててももも思思おもひひい合合あわせせせらるゝらるゝらるることことこと多多おおかるかるかるににに、、、うらなくうらなくうらなくももも思思おもひひいけるけるけるかなかなかな契契ちぎりりりしししをををまつまつまつよりよりより浪浪なみははは越越こえええじじじものものものぞぞぞととと」」」。。。老老おいらからからかなるなるなるものものものからからからたゞたゞただならならならずずずかすめかすめかすめ給給たまへへえるるるををを、、、いといといと哀哀あわれにににうちうちうち置置おききき難難がたくくく見見み給給たまひひいててて、、、名殘名殘なごり久久ひさしうしうしゅう忍忍しのびびびののの旅寢旅寢たびねもももししし給給たまははわずずず。。。
- 8女女おんな思思おもひひいしししもももしるきしるきしるきににに、、、今今いまぞぞぞ誠誠まことににに身身みももも投投なげげげつつつべきべきべき心心こころちちちするするする。。。行行ゆくくくすゑすゑすえみじかげみじかげみじかげなるなるなる親親おやばかりばかりばかりをををたのもしきたのもしきたのもしきものものものにてにてにていついついつののの世世よににに人人ひとなみなみなみなみなみなみににになるなるなるべきべきべき身身みとととははは思思おもははわざりざりざりしかしかしかどどど、、、唯唯ただそこはかとなくそこはかとなくそこはかとなくてててすぐしすぐしすぐしつるつるつる年月年月としつきははは何事何事なにごとをををかかか心心こころをををもももなやましなやましなやましけむけむけん、、、
- 9かうかうこういみじういみじういみじゅう物物もの思思おもはしきはしきわしき世世よにににこそこそこそありありありけれけれけれととと、、、かねてかねてかねて推推おししし量量はかりりり思思おもひひいしししよりよりよりもももよろづよろづよろずににに悲悲かなしけれしけれしけれどどど、、、なだらかなだらかなだらかにににもてなしもてなしもてなしてててにくからにくからにくからぬぬぬさまさまさまににに見見みえええ奉奉たてまつるるる。。。
- 10哀哀あわれとととははは月日月日つきひにににそへそへそえててておぼしおぼしおぼしませませませどどど、、、やんごとなきやんごとなきやんごとなき方方かたののの覺束覺束おぼつかなくなくなくててて、、、年月年月としつきをををすぐしすぐしすぐし給給たまふふうがががたゞたゞただならならならずずずうちうちうち思思おもひひいおこせおこせおこせ給給たまふふうらむらむらんがががいといといと心苦心苦こころぐるしけれしけれしければばば、、、一人一人ひとり臥臥ふしししがちがちがちにてにてにて過過すぐししし給給たまふふう。。。
- 11繪繪えをををさまざまさまざまさまざまかきかきかき集集あつめめめててて思思おもふふうことことことゞゞどもももををを書書かきききつけつけつけ、、、かへりごとかへりごとかえりごと聞聞きくくくべきべきべきさまさまさまにににしししなしなしなし給給たまへへえりりり。。。見見みむむん人人ひとののの心心こころにににしみしみしみぬぬぬべきべきべきものものものゝゝのさまさまさまなりなりなり。。。いかでいかでいかでかかかそらそらそらににに通通かよふふう御心御心みこころならならならむむん。。。
- 12二條二條にじょうののの君君きみももも物物もの哀哀あわれににに慰慰なぐさむむむ方方かたなくなくなく覺覺おぼえええ給給たまふふう。。。折々折々おりおり同同おなじじじやうやうようににに繪繪えをををかきかきかき集集あつめめめ給給たまひひいつゝつゝつつやがてやがてやがてわがわがわが御御おん有樣有樣ありさまをををのののやうやうようににに書書かききき給給たまへへえりりり。。。いかなるいかなるいかなるべきべきべき御御おん有樣有樣ありさまどもどもどもにににかかかあらあらあらむむん。。。年年としかはりかはりかわりぬぬぬ。。。
現代語訳
お手紙は、たいそうひそかに今日は届けられた。わけもない良心のとがめであるよ。こちらでも、このようなことを何とかして漏らすまいと隠して、お使いを仰々しくもてなさないのを、入道は胸を痛めて思っている。こうして後は、源氏は人目を忍んで時々おいでになる。
少し距離も離れているので、自然と口さがない海人の子どもも立ち交じっているだろうかと、源氏が遠慮していらっしゃる間を、娘は、思ったとおりだと嘆いているのを、本当にどうなるのだろうかと、入道も極楽往生の願いを忘れて、ただ源氏のご様子を待つことにしている。今さら心を乱すのも、たいそう気の毒な様子である。
二条の君(紫の上)が、風の便りにでも漏れ聞きなさったら、冗談にせよ心に隔てがあったのだと疎まれ申し上げるのは心苦しく、恥ずかしくお思いになるのも、並々ならぬご愛情のほどであるよ。
このような方面のことは、さすがにお心にとめて恨んでいらっしゃった折々、どうしてつまらない慰みごとにつけても、そのように思われ申し上げたのだろうなどと、取り返したいほどで、明石の君の様子をご覧になるにつけても、恋しさの慰めようもないので、いつもより手紙を細やかにお書きになって、
奥に「そうそう、我ながら心ならずも浮気をして、疎まれ申し上げた折々を思い出すだけでも胸が痛いのに、またおかしな、はかない夢を見たのです。このように申し上げる問わず語りに、隔てのない私の心のほどを思い合わせてください。誓ったことも(忘れません)」などと書いて、
「あなたを思うと、まずしおしおと涙が流れることです。かりそめの見る目は、海人の慰みごとにすぎないけれど」とあるお手紙へのご返事は、無邪気にかわいらしく書いて、最後に「隠しきれずにお書きになった夢のお話につけても、思い合わされることが多いのですが、
疑いもなく信じていたことよ。約束したのだから、末の松山を波が越えないように、あなたの心変わりはないものと」。おっとりとしたものながら、ただならず皮肉をこめていらっしゃるのを、たいそうしみじみと、下に置きがたくご覧になって、その後しばらくは、忍びの旅寝もなさらない。
女は、思ったとおりで、今こそ本当に身を投げてしまいたい気持ちがする。行く末も短そうな親だけを頼みにして、いつになったら人並みになれる身とは思っていなかったが、ただ何ということもなく過ごしてきた年月は、何に心を悩ませただろうか、このようにひどく物思いをする世の中だったのだと、前もって推し量っていたよりも何もかも悲しいが、穏やかにふるまって、憎らしくない様子でお会い申し上げる。
源氏は、いとしいと月日とともにお思いになるが、大切な方(紫の上)のことが気がかりで、年月を過ごしていらっしゃるのを、穏やかでなく思いやっていらっしゃるだろうことがたいそう心苦しいので、独り寝がちに過ごしていらっしゃる。
さまざまな絵を描き集めて、思うことなどを書きつけ、返事を聞けるように仕立てていらっしゃる。見る人の心にしみるに違いない絵の様子である。どうして空を通じて通い合うお心なのだろうか。二条の君も、しみじみと慰めようもなく思われなさって、折々、同じように絵を描き集めなさりながら、そのままご自分の有り様を日記のようにお書きになっていた。どうなっていくお二人のご様子なのだろうか。年が改まった。
意訳
源氏は人目を忍んで時々明石の君のもとに通う。紫の上に噂が伝わることを恐れた源氏は、自ら手紙で明石の君とのことをほのめかす。紫の上は、おっとりとした筆致ながら、心変わりをなじる歌を返す。
源氏は心を痛め、しばらく明石の君のもとに通わなくなり、明石の君は嘆く。源氏は絵を描いて思いを書きつけ、紫の上も同じように日記のような絵を描いていた。離れていても、二人の心は通い合っていた。
語釈・文法注
- にき
- 日記(にっき)。紫の上は、絵に添えて日々の思いを日記のように書きつけた。この絵日記は、のちの絵合の巻で、源氏の須磨の絵日記とともに重要な役割を果たす。
文法
- 疑問の「か…けむ」(何事をか心をもなやましけむ)
- 「何に心を悩ませただろうか、いや、何も悩まなかった」。
- 疑問の「か…む」(いかでかそらに通ふ御心ならむ)
- 「どうして空を通じて通い合うお心なのだろうか」。
和歌
しほしほとまづぞ流るゝかりそめのみるめは蜑のすさびなれども
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 明石の君とのことをほのめかして、紫の上に送った歌。あなたを思うと、まずしおしおと涙が流れることです。かりそめの見る目(逢瀬)は、海人の慰みごとにすぎないけれど。
修辞
- 掛詞
- 「みるめ」に「海松布」と「見る目(逢うこと)」をかける。
うらなくも思ひけるかな契りしをまつより浪は越えじものぞと
- 詠者
- 紫の上
- 状況
- 源氏への返歌。疑いもなく信じていたことよ。約束したのだから、末の松山を波が越えないように、あなたの心変わりはないものと。
修辞
- 掛詞
- 「まつ」に「(末の)松」と「待つ」をかける。
- 引歌
- 「君をおきてあだし心をわが持たば末の松山波も越えなむ」(古今集)をふまえ、心変わりをなじる。
解説
源氏が自ら紫の上に明石の君のことをほのめかすのは、噂で知られるよりはと考えたためである。紫の上の返歌は、おっとりとした筆致の中に、末の松山の古歌を引いて、源氏の心変わりを鋭くなじっている。
離れた場所で、源氏と紫の上がそれぞれ絵日記を描いていたという描写は、二人の心の深いつながりを示している。この絵日記は、のちに絵合の巻で、源氏の須磨の絵日記が勝敗を決める場面へとつながる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、274–275頁(コマ140)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日