源氏物語 第13帖 明石(9)
明石の君との契り
秋、源氏は入道に娘をこちらへと促すが、娘は身分の差を思って応じない。娘は、文を交わすだけでも身に余ると思い、親たちも先行きを案じる。入道はひそかに吉日を選び、八月十三日の月夜、源氏を岡辺の家に招く。源氏は馬で月下の浦を行き、紫の上を恋しく思う。娘は源氏を避けて部屋に閉じこもるが、源氏は契りを結ぶ。娘の気配は六条御息所に似ていた。

- 1明石明石あかしにににははは例例れいののの秋秋あきははは濱風濱風はまかぜののの殊殊ことなるなるなるににに、、、獨寢獨寢ひとりねもももまめやかまめやかまめやかににに物物もの侘侘わびしうしうしゅうててて入道入道にゅうどうにににももも折々折々おりおり語語かたらはらはらわせせせ給給たまふふう。。。「「「とかうとかうとこうまぎらはしまぎらはしまぎらわしててて、、、こちこちこち參參まいらららせよせよせよ」」」とととののの給給たまひひいててて、、、渡渡わたりりり給給たまははわむむんことことことをををばばばあるあるあるまじうまじうまじゅう思思おぼしししたるたるたるををを、、、さうじみさうじみそうじみはははたたた更更さらににに思思おもひひい立立たつつつべくべくべくもももあらあらあらずずず。。。
- 2いといといと口惜口惜くちおしきしきしき際際きわののの田舍人田舍人いなかびとこそこそこそかりかりかりにににくだりくだりくだりたるたるたる人人ひとのののうちとけうちとけうちとけ事事ごとにににつきつきつきてててさやうさやうさようににに輕輕かろらからからかににに語語かたらふらふらうわざわざわざをををもももすすすなれなれなれ、、、人數人數ひとかずにににもももおぼさおぼさおぼされれれざらざらざらむむんものものものゆゑゆゑゆえわれわれわれはははいみじきいみじきいみじき物思物思ものおもいをををやややそへそへそえむむん、、、
- 3かくかくかく及及およびびびなきなきなき心心こころををを思思おもへへえるるる親達親達おやたちももも世世よごもりごもりごもりてててすぐすすぐすすぐす年月年月としつきこそこそこそあいなだのみあいなだのみあいなだのみににに行行ゆくくく末末すえ心心こころにくゝにくゝにくく思思おもふふうらめらめらめ、、、なかなかなかなかなかなかなるなるなる心心こころをををややや盡盡つくさささむむんととと思思おもひひいててて、、、唯唯ただこのこのこの浦浦うらにににおはさおはさおわさむむん程程ほど斯斯かかるるる御御おん文文ふみばかりばかりばかりををを聞聞きこえええかはさかはさかわさむむんこそこそこそおろかおろかおろかならならならねねね、、、
- 4年頃年頃としごろ音音おとにににのみのみのみ聞聞ききききててていついついつかかかはははさるさるさる人人ひとののの御御おん有樣有樣ありさまをををほのかほのかほのかにににももも見見み奉奉たてまつらららむむんなどなどなど遙遙はるかににに思思おもひひい聞聞きこえええしししををを、、、かくかくかく思思おもひひいかけかけかけざりざりざりししし御御おん住住すまひひいにてにてにてまほまほまほならならならねねねどどどほのかほのかほのかにににももも見見み奉奉たてまつりりり、、、よよよににになきなきなきものものものととと聞聞きききき傳傳つたへへえししし御御おん琴琴ことののの音音ねをををももも風風かぜにににつけつけつけててて聞聞きききき、、、
- 5明暮明暮あけくれののの御御おん有樣有樣ありさま覺束覺束おぼつかなからなからなからでででかくかくかくまでまでまで世世よにににあるあるあるものものものととと思思おぼししし尋尋たずぬるぬるぬるなどなどなどこそこそこそかゝるかゝるかかる海士海士あまののの中中なかににに朽朽くちちちぬるぬるぬる身身みにににあまるあまるあまる事事ことなれなれなれなどなどなど思思おもふふうににに、、、いよいよいよいよいよいよ耻耻はずかしうしうしゅうててて露露つゆもももけぢかきけぢかきけじかき事事ことははは思思おもひひいよらよらよらずずず。。。
- 6親達親達おやたちはははこゝらこゝらここらののの年頃年頃としごろのののいのりいのりいのりがががなふなふなうべきべきべきををを思思おもひひいながらながらながら、、、ゆくりかゆくりかゆくりかににに見見みせせせ奉奉たてまつりりりててておぼしおぼしおぼしかずまへかずまへかずまえざらざらざらむむん時時ときいかなるいかなるいかなる歎歎なげきをををかかかせせせむむんととと思思おもひひいやるやるやるにににゆゝしくゆゝしくゆゆしくててて、、、めでたきめでたきめでたき人人ひとととと聞聞きこゆゆゆともともともつらうつらうつろういみじういみじういみじゅうもももあるあるあるべきべきべきををを目目めににに見見みえええぬぬぬほとけほとけほとけ神神かみををを賴賴たのみみみ奉奉たてまつりりりててて人人ひとののの御心御心みこころをををももも宿世宿世すくせをををももも知知しらららでででなどなどなどうちうちうち返返かえししし思思おもひひい亂亂みだれれれたりたりたり。。。
- 7君君きみはははこのこのこの頃頃ころののの浪浪なみののの音音おとににに「「「かのかのかの物物ものののの音音ねををを聞聞きかかかばやばやばや。。。さらさらさらずずずばばばかひかひかいなくなくなくこそこそこそ」」」などなどなど常常つねはははののの給給たまふふう。。。忍忍しのびびびてててよろしきよろしきよろしき日日ひ見見みせせせててて母君母君ははぎみのののとかくとかくとかく思思おもひひい煩煩わずらふふうををを聞聞きききき入入いれれれずずず、、、弟子弟子でしどもどもどもなどなどなどにににだにだにだに知知しらせせせずずず心心こころ一一ひとつつつにににたちたちたちゐゐいかゞやくかゞやくかがやくばかりばかりばかりしつらひしつらひしつらいててて、、、
- 8十三日十三日じゅうさんにちののの月月つきののの華華はなやかやかやかにににさしさしさし出出いでででたるたるたるににに、、、唯唯ただ「「「あたらあたらあたら夜夜よのののととと聞聞きこえええたりたりたり。。。君君きみはははすきすきすきのののさまさまさまやややととと思思おぼせせせどどど御御おん直衣直衣のうし奉奉たてまつりりり引引ひきききつくろひつくろひつくろいててて夜夜よふかしふかしふかしててて出出いででで給給たまふふう。。。御車御車みくるまははは二二になくなくなく作作つくりりりたれたれたれどどど所所ところせしせしせしとととててて御御おん馬馬うまにてにてにて出出いででで給給たまふふう。。。惟光惟光これみつなどなどなどばかりばかりばかりをををさぶらはさぶらはさぶらわせせせ給給たまふふう。。。
- 9やゝやゝやや遠遠とおくくく入入いるるる所所ところなりなりなりけりけりけり。。。道道みちのののほどほどほどもももよもよもよもののの浦々浦々うらうら見見み渡渡わたししし給給たまひひいててて思思おもふふうどちどちどち見見みまほしきまほしきまほしき入江入江いりえののの月月つきかげかげかげにににもももまづまづまず戀戀こいしきしきしき人人ひとののの御御おん事事ことををを思思おもひひい出出いででで聞聞きこえええ給給たまふふうにににやがてやがてやがて馬馬うまひきひきひきすぎすぎすぎててて赴赴おもむきききぬぬぬべくべくべくおぼすおぼすおぼす。。。
- 10「「「秋秋あきののの夜夜よのののつきげつきげつきげののの駒駒こまよよよわがわがわがこふるこふるこうる雲居雲居くもいにににかけれかけれかけれ時時ときのののまままももも見見みむむん」」」とととうちうちうちひとりごたひとりごたひとりごたれれれ給給たまふふう。。。造造つくれれれるるるさまさまさま木木こぶかくぶかくぶかくいたきいたきいたき所所ところまさりまさりまさりててて見所見所みどころあるあるある住住すまひひいなりなりなり。。。
- 11海海うみのののつらつらつらはははいかめしういかめしういかめしゅうおもしろくおもしろくおもしろく、、、これこれこれははは心心こころぼそくぼそくぼそくすみすみすみたるたるたるさまさまさま、、、こゝこゝここににに居居いててて思思おもひひい殘殘のこすすす事事ことはははあらあらあらじじじとととすすすらむらむらんとととおぼしおぼしおぼしやらやらやらるゝるゝるるににに物物もの哀哀あわれなりなりなり。。。三昧堂三昧堂さんまいどう近近ちかくくくててて鐘鐘かねののの聲聲こえ松松まつののの風風かぜににに響響ひびきききあひあひあいてててものものものがなしうがなしうがなしゅう岩岩いわににに生生おひひいたるたるたる松松まつののの根根ねざしざしざしももも心心こころばへばへばえあるあるあるさまさまさまなりなりなり。。。
- 12前栽前栽せんざいどもどもどもににに蟲蟲むしののの聲聲こえをををつくしつくしつくしたりたりたり。。。こゝかしここゝかしこここかしこののの有樣有樣ありさまなどなどなど御覽御覽ごらんずずず。。。むすめむすめむすめすませすませすませたるたるたる方方かたははは心心こころことことことにににみがきみがきみがきててて月月つき入入いれれれたるたるたる槇槇まきののの戶口戶口とぐち、、、氣色氣色けしきばかりばかりばかりおしおしおしあけあけあけたりたりたり。。。
- 13うちうちうちやすらひやすらひやすらい何何なにかかかとととののの給給たまふふうにににもももかうかうこうまでまでまでははは見見みえええ奉奉たてまつらららじじじととと深深ふこううう思思おもふふうににに物物もの歎歎なげかしうかしうかしゅうててて、、、うちとけうちとけうちとけぬぬぬ心心こころざまざまざまをををこよなうこよなうこよのうももも人人ひとめいめいめいたるたるたるかなかなかな、、、さしもさしもさしもあるあるあるまじきまじきまじききはきはきわののの人人ひとだにだにだにかばかりかばかりかばかりいひいひいいよりよりよりぬれぬれぬればばば心心こころ强强づようううしもしもしもあらあらあらずずずならひならひならいたりたりたりしししををを、、、
- 14いといといとかくかくかくやつれやつれやつれたるたるたるにににあなづらはしきあなづらはしきあなずらわしきにににやややとととねたうねたうねとう、、、さまざまさまざまさまざまにににおぼしおぼしおぼし惱惱なやめめめりりり。。。情情なさけなうなうのうおしおしおし立立たたたたむむんももも、、、ことことことのののさまさまさまににに違違たがへへえりりり、、、心心こころくらべくらべくらべににに負負まけけけむむんこそこそこそ人人ひとわるけれわるけれわるけれなどなどなど亂亂みだれれれ怨怨うらみみみ給給たまふふうさまさまさま、、、げにげにげに物物もの思思おもひひい知知しらららむむん人人ひとにににこそこそこそ見見みせせせまほしけれまほしけれまほしけれ。。。
- 15近近ちかききき几帳几帳きちょうのののひもひもひもににに箏箏そうののの琴琴ことのののひきひきひき鳴鳴ならささされれれたるたるたるもももけはひけはひけわいしどけなくしどけなくしどけなくうちとけうちとけうちとけながらながらながら、、、搔搔かきききまさぐりまさぐりまさぐりけるけるける程程ほど見見みえええてててをかしけれをかしけれおかしければばば「「「このこのこの聞聞ききききならしならしならしたるたるたることことことをををさへさへさへややや」」」などなどなどよろづよろづよろずにににののの給給たまふふう。。。
- 16「「「むつごとむつごとむつごとをををかたりかたりかたりあはせあはせあわせむむん人人ひともももがががなななうきうきうき世世よののの夢夢ゆめもももなかばなかばなかばさむさむさむやややととと」」」。。。「「「明明あけけけぬぬぬ夜夜よにににやがてやがてやがてまどへまどへまどえるるる心心こころにににはははいづれいづれいずれををを夢夢ゆめとととわきわきわきてててかたらかたらかたらむむん」」」。。。ほのかほのかほのかなるなるなるけはひけはひけわい伊勢伊勢いせののの御息所御息所みやすんどころにににいといといとようようよう覺覺おぼえええたりたりたり。。。
- 17何何なに心心ごころもももなくなくなくうちとけうちとけうちとけててて居居いたりたりたりけるけるけるをををかうかうこう物物もの覺覺おぼえええぬぬぬにににいといといとわりなくわりなくわりなくててて近近ちかかゝりかゝりかかりけるけるけるざうしざうしぞうしののの內內うちににに入入いりりりててて、、、いかでいかでいかで堅堅かためめめけるけるけるにににかかかいといといとつよきつよきつよきををを、、、强强しひひいてててもももおしおしおし立立たちちち給給たまははわぬぬぬさまさまさまなりなりなり。。。
- 18されどされどされどさささのみのみのみもももいかでいかでいかでかかかはははあらあらあらむむん、、、人人ひとざまざまざまいといといとあてあてあてにににそびえそびえそびえててて心心こころ耻耻はずかしきしきしきけはひけはひけわいぞぞぞしししたるたるたる。。。かうかうこうあながちあながちあながちなりなりなりけるけるける契契ちぎりををを思思おぼすすすにににももも淺淺あさからからからずずず哀哀あわれなりなりなり。。。御御おん志志こころざしのののちかまさりちかまさりちかまさりするするするなるなるなるべしべしべし。。。
- 19常常つねはははいとはしきいとはしきいとわしき夜夜よののの長長ながさささももも疾疾とくくく明明あけけけぬるぬるぬる心地心地ここちすれすれすればばば人人ひとににに知知しららられれれじじじとととおぼすおぼすおぼすももも心心こころあわたゞしうあわたゞしうあわただしゅうてててこまかこまかこまかににに語語かたらひらひらい置置おきききててて出出いででで給給たまひひいぬぬぬ。。。
現代語訳
明石では、例年の秋は浜風が格別なので、独り寝も本当にわびしくて、源氏は入道にも折々お話しになる。「何とかうまく取りつくろって、娘をこちらへ参らせなさい」とおっしゃって、ご自分から出向かれるのは、とんでもないこととお思いになっているが、娘本人はまた、まったく思い立ちそうにもない。
たいそう身分の低い田舎の人ならば、仮に下ってきた人の気まぐれな言葉に乗って、そのように軽々しく契りを結ぶこともするだろうが、人並みにもお思いにならないだろうに、私はたいそうな物思いを加えることになるだろう。このように及びもつかない望みを抱いている親たちも、娘を世間に出さずに過ごしている年月こそ、あてにならない期待で、将来を楽しみに思っているだろうが、かえって心を尽くすことになるだろうと思って、
ただ、源氏がこの浦にいらっしゃる間、このようなお手紙だけでも交わすのは並々のことではない。長年、噂にばかり聞いて、いつそのような方のお姿をほのかにでも拝見できるだろうかなどと、はるかにお思い申し上げていたのに、このように思いがけないお住まいで、まともにではないがほのかにも拝見し、世にまたとないものと聞き伝えていたお琴の音も風に乗せて聞き、
明け暮れのご様子も気がかりでなく、このように、この世に生きている者として尋ね求めてくださるなどということこそ、このような海人の中で朽ちていく身には余ることだなどと思うにつけても、いよいよ恥ずかしくて、少しも親しく近づこうなどとは思いもよらない。
親たちは、長年の祈りがかなうことを思いながらも、軽率にお見せ申し上げて、人数にも入れていただけなかった時には、どんなに嘆くことになるだろうと思いやると縁起でもなく、すばらしい方と申し上げても、つらく悲しいこともあるだろうに、目に見えない仏や神をお頼み申し上げて、あの方のお心も、娘の宿縁も知らないでなどと、繰り返し思い乱れていた。
源氏は、このごろの波の音につけて、「あの琴の音を聞きたいものだ。そうでなければかいがない」などと、いつもおっしゃる。入道は、ひそかに吉日を占わせて、母君があれこれと思い悩むのも聞き入れず、弟子たちなどにさえ知らせず、自分一人の心で、まばゆいばかりに部屋を飾りつけて、
十三日の月が華やかにさし出たところで、ただ「あたら夜の」と申し上げた。源氏は、色好みなことよとお思いになるが、御直衣をお召しになって身なりを整え、夜が更けてからお出かけになる。お車は、またとないほど立派に作ってあるが、仰々しいと言って、お馬でお出かけになる。惟光などだけをお供になさる。
少し遠く入り込んだ所であった。道中も、四方の浦々を見渡しなさって、思い合う者どうしで見たいような入江の月の光にも、まず恋しい人(紫の上)のことを思い出し申し上げなさると、そのまま馬を引き過ぎて、都へ向かってしまいたいとお思いになる。「秋の夜の月毛の駒よ、私が恋い慕う都の空へ駆けていけ。ほんのわずかの間でも、あの人に会いたい」と、思わず独り言をおっしゃる。
造ってある様子は、木立が深く、すばらしい所がまさって、見どころのある住まいである。浜の館は堂々として趣深く、こちらは心細く住みなしている様子で、ここに住んだら、思い残すことはないだろうと思いやられるので、しみじみとしている。三昧堂が近くて、鐘の声が松風に響き合ってもの悲しく、岩に生えた松の根ざしも趣のある様子である。
前栽には虫が声の限りに鳴いている。あちこちの様子などをご覧になる。娘を住ませている所は、格別に磨き立てて、月の光をさし入れた槇の戸口が、わずかに押し開けてある。
源氏はためらいながら何かとおっしゃるにつけても、娘はこれほどまでにはお目にかかるまいと深く思っているので、何となく嘆かわしくて、打ち解けない心のありようを、源氏は、ずいぶん身分ありげにふるまうものだ、これほどでもない身分の人でさえ、これほど言い寄れば、それほど強情ではなかったものなのに、
このようにやつれた私を侮っているのだろうかと、いまいましく、さまざまにお思い悩みになる。情けなく無理に押し入るのも、事の成り行きに反する。意地の張り合いに負けるのこそ体裁が悪いなどと、思い乱れて恨みごとをおっしゃる様子は、本当に情趣を解する人にこそ見せたいものだ。
近くの几帳の紐に、箏の琴が触れて鳴ったのも、くつろいで、打ち解けたまま、手すさびに弾いていた様子が見えて趣深いので、「このいつも聞いていらっしゃる琴までも(聞かせてくださらないのか)」などと、いろいろにおっしゃる。
「睦言を語り合う人がほしいものです。つらいこの世の夢も、半ばは覚めるかと思って」。娘は「明けることのない闇の夜に、そのまま迷っている私の心には、どれを夢と区別してお話しできましょう」。ほのかな気配は、伊勢の御息所にたいそうよく似ていた。
何の心構えもなく、くつろいでいたところに、このように思いがけないことになったので、たいそう困って、近くにあった部屋の中に入って、どうやって閉めたのか、たいそう堅く閉ざしたのを、源氏はしいて押し入ろうともなさらない様子である。けれども、いつまでもそうしてばかりいられようか。娘の人柄はたいそう上品で、すらりとして、こちらが気後れするような気配がしている。
このように無理に結ばれた宿縁をお思いになるにつけても、浅からずしみじみと思われる。お心は、近くで会ってかえってまさったのだろう。いつもはいやな秋の夜の長さも、早く明けてしまう気持ちがするので、人に知られまいとお思いになるのも気ぜわしくて、細やかに約束を言い置いてお帰りになった。
意訳
秋、源氏は入道に娘をこちらへと促すが、娘は身分の差を思って応じない。娘は、文を交わすだけでも身に余ると思い、親たちも、娘が源氏に顧みられなかった時のことを案じる。
入道はひそかに吉日を選び、八月十三日の月夜、源氏を岡辺の家に招く。源氏は馬で月下の浦を行き、紫の上を恋しく思う。娘は源氏を避けて部屋に閉じこもるが、源氏は契りを結ぶ。娘の気品ある気配は、六条御息所に似ていた。
語釈・文法注
- あたら夜の
- 「あたら夜の月と花とを同じくは心知れらむ人に見せばや」(後撰集)による。惜しい今夜の月を、情趣を解する人に見せたい、という意で、源氏を招く誘いの言葉。
文法
- 反語の「いかでかは…む」(さのみもいかでかはあらむ)
- 「いつまでもそうしてばかりいられようか、いや、いられない」。
- 推量の「らむ」(人めいたるかな…思ふらめ)
- 「(親たちは)楽しみに思っているだろう」。
和歌
秋の夜のつきげの駒よわがこふる雲居にかけれ時のまも見む
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 岡辺の家へ向かう道中、月を見て紫の上を思って詠んだ歌。秋の夜の月毛の駒よ、私が恋い慕う都の空へ駆けていけ。ほんのわずかの間でも、あの人に会いたい。
修辞
- 掛詞
- 「つきげ」に馬の毛色の「月毛」と、空の「月」をかける。
むつごとをかたりあはせむ人もがなうき世の夢もなかばさむやと
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 岡辺の家で、明石の君に詠みかけた歌。睦言を語り合う人がほしいものです。つらいこの世の夢も、半ばは覚めるかと思って。
明けぬ夜にやがてまどへる心にはいづれを夢とわきてかたらむ
- 詠者
- 明石の君
- 状況
- 源氏への返歌。明けることのない闇の夜に、そのまま迷っている私の心には、どれを夢と区別してお話しできましょう。
解説
明石の君と源氏の契りは、入道の周到な準備によって実現する。しかし明石の君自身は、最後まで源氏を拒もうとする。身分の差を知りながら、誇りを失わない明石の君の姿が印象深い。
道中、源氏が紫の上を思って詠む歌は、明石の君のもとへ向かいながらも心は都にあることを示している。また、明石の君の気配が六条御息所に似ているという描写は、明石の君の気品の高さを表すとともに、物語の人物どうしの響き合いを感じさせる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、270–275頁(コマ138–140)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日