古典ライブラリー

源氏物語 第13帖 明石(6)

琴の夕べ

登場人物:光源氏・明石の入道

四月、夕月夜に淡路島を眺めて、源氏は久しぶりに琴を弾く。その音は岡辺の家にも届き、入道も勤行を中断して駆けつける。入道は琵琶を弾き、源氏に箏の琴を勧める。入道は、延喜の帝の奏法を伝える自分の娘の箏の腕前を自慢し、源氏は心ひかれる。入道が琵琶と箏を弾き、源氏も拍子をとって歌い、物思いを忘れるほどの夜となる。

初夏の夕月夜、海の向こうに淡路島が見える明石の館で、源氏が琴を弾き、入道が琵琶を抱えて聴き入っている場面(AI生成)
初夏の夕月夜、海の向こうに淡路島が見える明石の館で、源氏が琴を弾き、入道が琵琶を抱えて聴き入っている場面
  1. 1四月うづき四月うづきうづきににになりなりなりぬぬぬ。。。衣更ころもがへ衣更ころもがへころもがえののの御おん御おんおんさうぞくさうぞくそうぞく、、、みちやうみちやうみちょうのののかたびらかたびらかたびらなどなどなどよしよしよしあるあるあるさまさまさまにににしししいづいづいず。。。よろづよろづよろずににに仕つか仕つかつこうううまつりまつりまつり營いとな營いとないとなむむむをををいとほしういとほしういとおしゅうすゞろすゞろすずろなりなりなりとととおぼせおぼせおぼせどどど、、、人ひと人ひとひとざまざまざまのののあくまであくまであくまで思おも思おもおもひひいあがりあがりあがりたるたるたるさまさまさまのののあてあてあてなるなるなるにににおぼしおぼしおぼしゆるしゆるしゆるしててて見み見みみ給たま給たまたまふふう。。。
  2. 2京きやう京きやうきょうよりよりよりもももうちうちうちしきりしきりしきりたるたるたる御おん御おんおんとぶらひとぶらひとぶらいどもどもどもたゆみたゆみたゆみなくなくなくおほかりおほかりおおかり。。。のどやかのどやかのどやかなるなるなる夕月夜ゆふづくよ夕月夜ゆふづくよゆうづくよににに海うみ海うみうみののの上うへ上うへうえ曇くも曇くもくもりりりなくなくなく見み見みみえええ渡わた渡わたわたれれれるるるももも住す住すすみみみ馴な馴ななれれれ給たま給たまたまひひいししし故里ふるさと故里ふるさとふるさとののの池水いけみづ池水いけみづいけみずににに思おも思おもおもひひいまがへまがへまがえられられられ給たま給たまたまふふうににに、、、
  3. 3いはいはいわむむん方かた方かたかたなくなくなく戀こひ戀こひこいしきしきしきことことこといづかたいづかたいずかたととともももなくなくなく行ゆ行ゆゆくへくへくえなきなきなき心地ここち心地ここちここちししし給たま給たまたまひひいててて、、、唯ただ唯ただただ目め目めめののの前まへ前まへまえににに見み見みみやらやらやらるゝるゝるるははは淡路島あはぢしま淡路島あはぢしまあわじしまなりなりなりけりけりけり。。。「「「あはあはあわとととはるかはるかはるかににになどなどなどののの給たま給たまたまひひいててて「「「あはあはあわととと見み見みみるるる淡路あはぢ淡路あはぢあわじののの島しま島しましまののの哀あは哀あはあわれれれさへさへさへ殘のこ殘のこのこるるるくまくまくまなくなくなくすめすめすめるるる夜よ夜よよののの月つき月つきつき」」」。。。
  4. 4久ひさ久ひさひさしうしうしゅう手て手ててももも觸ふ觸ふふれれれ給たま給たまたまははわぬぬぬきんきんきんををを袋ふくろ袋ふくろふくろよりよりより取と取ととりりり出い出いいででで給たま給たまたまひひいててて、、、はかなくはかなくはかなく搔か搔かかききき鳴なら鳴ならならししし給たま給たまたまへへえるるる御おん御おんおんさまさまさまををを見み見みみ奉たてまつ奉たてまつたてまつるるる人ひと人ひとひともももやすからやすからやすからずずず哀あはれ哀あはれあわれににに悲かな悲かなかなしうしうしゅう思おも思おもおもひひいあへあへあえりりり。。。
  5. 5ととといふいふいう手て手ててをををあるあるあるかぎりかぎりかぎり彈ひ彈ひひきききすましすましすまし給たま給たまたまへへえるるるににに、、、かのかのかの岡邊をかべ岡邊をかべおかべののの家いへ家いへいえももも松まつ松まつまつののの響ひびき響ひびきひびき波なみ波なみなみののの音おと音おとおとにににあひあひあいててて心こころ心こころこころばせばせばせあるあるある若わか若わかわかききき人ひと人ひとひとははは身み身みみにににしみしみしみててて思おも思おもおもふふうべかべかべかめりめりめり。。。何なに何なになにとととももも聞き聞きききききわくわくわくまじきまじきまじきこのもこのもこのもかのもかのもかのものののしはぶるしはぶるしわぶる人ひと人ひとひとどもどもどもゝゝもすゞろはしくすゞろはしくすずろわしくててて濱風はまかぜ濱風はまかぜはまかぜをををひきひきひきありくありくありく。。。
  6. 6入道にふだう入道にふだうにゅうどうもももえええ堪た堪たたへへえででで、、、くやうほふくやうほふくようぼうたゆみたゆみたゆみててて急いそ急いそいそぎぎぎ參まゐ參まゐまいれれれりりり。。。「「「更さら更さらさらににに背そむ背そむそむきききにににししし世よ世よよののの中なか中なかなかももも取と取ととりりり返かへ返かへかえししし思おも思おもおもひひい出い出いいでででぬぬぬべくべくべく侍はべ侍はべはべるるる。。。後のち後のちのちののの世よ世よよににに願ねが願ねがねがひひい侍はべ侍はべはべるるる所ところ所ところところのののありありあり樣さま樣さまさまももも思おも思おもおもううう給たま給たまたまへへえやらやらやらるゝるゝるる世よ世よよののの樣さま樣さまさまかなかなかな」」」とととなくなくなくなくなくなくめでめでめで聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。
  7. 7我わ我わわががが御心みこころ御心みこころみこころにににももも折々をりをり折々をりをりおりおりののの御おん御おんおんあそびあそびあそびそのそのその人ひと人ひとひとかのかのかの人ひと人ひとひとののの琴こと琴ことこと笛ふえ笛ふえふえ、、、もしはもしはもしは聲こゑ聲こゑこえののの出いだ出いだいだしししさまさまさま、、、時々ときどき時々ときどきときどきにににつけつけつけててて世よ世よよにににめでめでめでられられられ給たま給たまたまひひいしししありさまありさまありさま、、、みかどみかどみかどよりよりよりはじめはじめはじめ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりりてててもてもてもてかしづきかしづきかしずきあがめあがめあがめられられられ奉たてまつ奉たてまつたてまつりりり給たま給たまたまひひいしししををを、、、
  8. 8人ひと人ひとひとののの上うへ上うへうえももも我わ我わわ御身おほんみ御身おほんみおおんみののの有樣ありさま有樣ありさまありさまもももおぼしおぼしおぼし出い出いいでででられられられててて夢ゆめ夢ゆめゆめののの心地ここち心地ここちここちししし給たま給たまたまふふうまゝまゝままににに、、、搔か搔かかききき鳴なら鳴ならならししし給たま給たまたまへへえるるる聲こゑ聲こゑこえももも心こころ心こころこころすごくすごくすごく聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。ふるふるふる人びと人びとびとははは淚なみだ淚なみだなみだもももとめとめとめあへあへあえずずず。。。
  9. 9岡邊をかべ岡邊をかべおかべににに琵琶びは琵琶びはびわ箏さう箏さうそうののの琴こと琴ことこと取と取ととりりりにににやりやりやりててて入道にふだう入道にふだうにゅうどう琵琶びは琵琶びはびわののの法師ほふし法師ほふしほうしににになりなりなりててていといといとをかしうをかしうおかしゅうめづらしうめづらしうめずらしゅうててて、、、一ひと一ひとひとつつつ二ふた二ふたふたつつつ彈ひ彈ひひききき出い出いいでででたりたりたり。。。箏さう箏さうそうののの御おん御おんおん琴こと琴ことことまゐりまゐりまいりたれたれたればばば少すこ少すこすこししし彈ひ彈ひひききき給たま給たまたまふふうもももさまざまさまざまさまざまいみじういみじういみじゅうのみのみのみ思おも思おもおもひひい聞きこ聞きこきこえええたりたりたり。。。
  10. 10いといといとさしもさしもさしも聞きこ聞きこきこえええぬぬぬ物もの物ものものののの音ね音ねねだにだにだに折をり折をりおりからからからこそこそこそはははまさるまさるまさるものものものなるなるなるををを、、、はるばるはるばるはるばるととと物もの物ものものののの滯とどこほ滯とどこほとどこおりりりなきなきなきうみづらうみづらうみづらなるなるなるににに、、、なかなかなかなかなかなか春秋はるあき春秋はるあきはるあきののの花はな花はなはな紅葉もみぢ紅葉もみぢもみじののの盛さかり盛さかりさかりなるなるなるよりよりよりははは唯ただ唯ただただそこはかとなうそこはかとなうそこはかとのうしげれしげれしげれるるる陰かげ陰かげかげどもどもどもなまめかしきなまめかしきなまめかしきににに、、、水雞くひな水雞くひなくいなのののうちうちうちたゝきたゝきたたきたるたるたるははは誰た誰たたががが門かど門かどかどさしさしさしてててととと哀あはれ哀あはれあわれにににおぼゆおぼゆおぼゆ。。。
  11. 11ねねねもももいといといとににになうなうのう出い出いいづるづるずることことことゞゞどもももをををいといといと懷なつか懷なつかなつかしうしうしゅう彈ひ彈ひひききき鳴なら鳴ならならしししたるたるたるももも御心みこころ御心みこころみこころとまりとまりとまりててて「「「これこれこれははは女をんな女をんなおんなののの懷なつか懷なつかなつかしきしきしきさまさまさまにてにてにてしどけなくしどけなくしどけなく彈ひ彈ひひきききたるたるたるこそこそこそをかしけれをかしけれおかしけれ」」」ととと大おほ大おほおおかたかたかたにににののの給たま給たまたまふふうををを、、、
  12. 12入道にふだう入道にふだうにゅうどうはははあいなくあいなくあいなくうちうちうち笑ゑ笑ゑえみみみててて「「「遊あそ遊あそあそばすばすばすよりよりより懷なつか懷なつかなつかしきしきしきさまさまさまなるなるなるはははいづこいづこいずこのののかかか侍はべ侍はべはべらららむむん。。。なにがしなにがしなにがし延喜えんぎ延喜えんぎえんぎののの御手て御手ててよりよりより彈ひ彈ひひききき傳つた傳つたつたへへえたるたるたることことこと三代さんだい三代さんだいさんだいににになむなむなんなりなりなり侍はべ侍はべはべりりりぬるぬるぬるををを、、、かうかうこう拙つたな拙つたなつたなききき身み身みみにてにてにてこのこのこの世よ世よよのののことことことははは捨す捨すすててて忘わす忘わすわすれれれ侍はべ侍はべはべりりりぬるぬるぬるををを、、、
  13. 13物もの物ものもののののせちせちせちにににいぶせきいぶせきいぶせきをりをりをりをりおりおりはははかきかきかき鳴なら鳴ならならししし侍はべ侍はべはべりりりぬるぬるぬるををを、、、あやしうあやしうあやしゅうまねぶまねぶまねぶものものものゝゝの侍はべ侍はべはべるるるこそこそこそじねんじねんじねんにににかのかのかのののの御手て御手ててににに通かよ通かよかよひひいててて侍はべ侍はべはべれれれ。。。山伏やまぶし山伏やまぶしやまぶしのののひがひがひが耳みみ耳みみみみににに松風まつかぜ松風まつかぜまつかぜををを聞き聞きききききわたしわたしわたし侍はべ侍はべはべるるるにににやややあらあらあらむむん。。。いかでいかでいかでこれこれこれ忍しの忍しのしのびびびててて聞きこ聞きこきこししし召め召めめさささせせせてててしがしがしがななな」」」ととと聞きこ聞きこきこゆるゆるゆるまゝまゝままにににうちうちうちわなゝきわなゝきわななきててて淚なみだ淚なみだなみだ落おと落おとおとすすすべかべかべかめりめりめり。。。
  14. 14君きみ君きみきみ「「「ことことことをををことことことゝゝとももも聞き聞ききききき給たま給たまたまふふうまじかりまじかりまじかりけるけるけるあたりあたりあたりにににねたきねたきねたきわざわざわざかなかなかな」」」とととててておしおしおしやりやりやり給たま給たまたまふふう。。。「「「怪あや怪あやあやしうしうしゅう昔むかし昔むかしむかしよりよりより箏さう箏さうそうははは女をんな女をんなおんななむなむなん彈ひ彈ひひきききとるとるとるものものものなりなりなりけるけるける。。。嵯峨さが嵯峨さがさがののの御おん御おんおんつたへつたへつたえにてにてにて、、、女をんな女をんなおんな五ご五ごごののの宮みや宮みやみや、、、さるさるさるよよよののの中なか中なかなかののの上手じやうず上手じやうずじょうずににに物もの物ものものししし給たま給たまたまひひいけるけるけるをををそのそのその御おん御おんおんすぢすぢすじにてにてにて取と取ととりりり立た立たたてゝてゝてて傳つた傳つたつたふるふるうる人ひと人ひとひとなしなしなし。。。
  15. 15すべてすべてすべて只今ただいま只今ただいまただいま世よ世よよににに名な名ななををを取と取ととれれれるるる人々びと人々びとびとかきなでかきなでかきなでののの心こころ心こころこころやりやりやりばかりばかりばかりにににのみのみのみあるあるあるをををこゝこゝここにににかうかうこう彈ひ彈ひひききき込こ込ここめめめ給たま給たまたまへへえりりりけるけるけるいといといと興きよう興きようきょうありありありけるけるけることことことかなかなかな。。。いかでいかでいかでかかかははは聞き聞ききくくくべきべきべき」」」とととののの給たま給たまたまふふう。。。
  16. 16「「「聞きこ聞きこきこししし召め召めめさささむむんにににははは何なに何なになにのののはゞかりはゞかりはばかりかかかははは侍はべ侍はべはべらららむむん。。。御おん御おんおんまへまへまえににに召め召めめしししてててもももあきびとあきびとあきびとののの中なか中なかなかにてにてにてだにだにだにこそこそこそふることふることふること聞き聞きききききはやすはやすはやす人ひと人ひとひとははは侍はべ侍はべはべりりりけれけれけれ。。。琵琶びは琵琶びはびわなむなむなんまことまことまことののの手て手ててををを彈ひ彈ひひきききしづむるしづむるしずむる人ひと人ひとひといにしへいにしへいにしえももも難かた難かたかとううう侍はべ侍はべはべりりりしししををを、、、をさをさをさをさおさおさ滯とどこほ滯とどこほとどこおるるることことことなうなうのうなつかしきなつかしきなつかしき手て手ててなどなどなどすぢすぢすじことことことににになむなむなん。。。いかでいかでいかでたどるたどるたどるにににかかか侍はべ侍はべはべらららむむん。。。
  17. 17荒あら荒あらあらききき浪なみ浪なみなみののの聲こゑ聲こゑこえにににまじるまじるまじるははは悲かな悲かなかなしうしうしゅうももも思おも思おもおもううう給たま給たまたまへへえられられられながらながらながらかきかきかきつむるつむるつむる物もの物ものものなげかしさなげかしさなげかしさ紛まぎ紛まぎまぎるゝるゝるる折々をりをり折々をりをりおりおりももも侍はべ侍はべはべるるる」」」などなどなどすきすきすきゐゐいたれたれたればばばをかしをかしをかしとととおぼしおぼしおぼしててて箏さう箏さうそうののの琴こと琴ことこととりとりとりかへかへかえててて給たま給たまたまはせはせわせたりたりたり。。。
  18. 18げにげにげにいといといとすくしすくしすくしててて掻か掻かかいいい彈ひ彈ひひきききたりたりたり。。。今いま今いまいまののの世よ世よよににに聞きこ聞きこきこえええぬぬぬすぢすぢすじひきひきひきつけつけつけててて手て手ててづかひづかひづかいいといといといたういたういとうからめきからめきからめきゆゆゆのののねねねふかうふかうふこうすましすましすましたりたりたり、、、伊勢いせ伊勢いせいせののの海うみ海うみうみならならならねねねどどど「「「淸きよ淸きよきよきききなぎさなぎさなぎさににに貝かひ貝かひかいやややひろはひろはひろわむむんなどなどなど聲こゑ聲こゑこえよきよきよき人ひと人ひとひとににに謠うた謠うたうたははわせせせててて、、、
  19. 19我わ我わわももも時々ときどき時々ときどきときどきひやうしひやうしひょうしとりとりとりててて聲こゑ聲こゑこえうちうちうちそへそへそえ給たま給たまたまふふうををを、、、琴こと琴ことこと彈ひ彈ひひきききさしさしさしつゝつゝつつめでめでめで聞きこ聞きこきこゆゆゆ。。。御おん御おんおんくだものくだものくだものなどなどなど珍めづら珍めづらめずらしきしきしきさまさまさまにてにてにて參まゐ參まゐまいらららせせせ、、、人々びと人々びとびとににに酒さけ酒さけさけ强し强ししひひいそしそしそしなどなどなどしししててておのづからおのづからおのずから物もの物ものもの忘わす忘わすわすれれれもももしししぬぬぬべきべきべきよよよのののさまさまさまなりなりなり。。。

引用の仕方

レポート・論文で引用する場合の表記例です。行番号を選んでから開くと、その行へのリンクになります。

現代語訳

四月になった。入道は衣替えのご装束や、御帳台の帷子などを、趣のある様子に整えて差し上げる。何から何までお世話申し上げるのを、源氏は気の毒で、いきすぎだとお思いになるが、入道の人柄が、どこまでも気位が高く上品なので、大目に見ていらっしゃる。

京からも、しきりにお見舞いの便りが絶え間なく多い。のどかな夕月夜に、海の上が曇りなく見渡されるのも、住み慣れていらっしゃった故郷の二条院の池の水と見間違えられなさるので、言いようもなく恋しく、どこへともなく行方の知れないような気持ちがなさって、ただ目の前に見えるのは淡路島であった。「あはとはるかに」などとおっしゃって、「『あは』とはるかに見る淡路島の、しみじみとした趣まで、残る隅なく照らし出して、澄んだ夜の月であることよ」。

長い間手も触れていらっしゃらなかった琴を袋から取り出しなさって、何気なくかき鳴らしていらっしゃるお姿を拝見する人々も、穏やかでなく、しみじみと悲しく思い合った。広陵という曲を、ありったけの技で弾き澄ましなさると、あの岡辺の家にも、松風の響きや波の音に合わせて聞こえ、たしなみのある若い女房は身にしみて思うようである。何とも聞き分けられそうもない、あちこちの年寄りたちも、そわそわとして、浜風にあたって歩き回っている。

入道もこらえきれずに、供養法を怠って急いで参上した。「すっかり背いてしまった世の中も、取り返して思い出してしまいそうでございます。来世に願っております所の有り様も、思いやられるような夜の様子ですね」と泣く泣くおほめ申し上げる。

源氏ご自身のお心にも、折々の管絃の遊びや、あの人この人の琴や笛、あるいは歌の声の出し方、その時々につけて世間にもてはやされなさった有り様や、帝をはじめとして皆に大切にされ、あがめられていらっしゃったことを、

人のことも、ご自分の有り様も思い出されて、夢のような気持ちがなさるままに、かき鳴らしていらっしゃる音色も、もの寂しく聞こえる。年寄りの入道は、涙もとめられない。

入道は、岡辺の家に琵琶や箏の琴を取りにやって、自ら琵琶法師となって、たいそう趣深く珍しい曲を、一つ二つ弾き出した。源氏に箏の御琴を差し上げると、少しお弾きになるのも、入道はさまざまに、たいそうすばらしいとばかりお思い申し上げた。

たいしてうまくもない楽の音でさえ、折によってはまさって聞こえるものなのに、はるばると何も遮るもののない海辺なので、かえって春秋の花や紅葉の盛りよりは、ただ何となく茂っている木陰が優美なところに、水鶏が戸をたたくように鳴くのは、「誰が門さして」と、しみじみと思われる。

入道が、音色もたいそうすばらしく出る箏の琴を、たいそうやさしく弾き鳴らしたのにも源氏はお心がとまって、「これは、女がやさしい様子で、くつろいで弾いたのこそ趣がある」と、何気なくおっしゃるのを、入道はわけもなくほほえんで、

「源氏の君がお弾きになるのより、やさしい様子の弾き手が、どこにおりましょう。私は延喜の帝の御奏法から弾き伝えて三代目になりますが、このように拙い身で、この世のことは捨て忘れてしまいましたのに、何とも気のふさぐ時々には、かき鳴らしておりましたのを、不思議にまねる者がおりまして、それが自然とあの先帝の御奏法に通っております。山伏のひが耳で、松風を聞き違えているのでしょうか。何とかこれを、こっそりとお聞かせ申し上げたいものです」と申し上げるうちに、身を震わせて涙を落とすようである。

源氏は「琴を琴とも聞いてくださりそうもない所で、いまいましいことをしたものだ」と言って、琴を押しやりなさる。「不思議なことに、昔から箏は女が弾きこなすものだった。嵯峨の帝の御伝えで、女五の宮が、当時の名手でいらっしゃったが、その御流儀を取り立てて伝える人はいない。

すべて、今世間で名を取っている人々は、うわべだけの自己満足ばかりなのに、ここにこのように弾き伝えていらっしゃったとは、たいそう興味深いことだ。何とかして聞きたいものだ」とおっしゃる。

入道は「お聞きになるのに、何の遠慮がございましょう。御前にお召しになっても。商人の中でさえ、古曲を聞いて喜ぶ人はおりましたのに。琵琶は、本当の弾き方で弾きこなす人は昔も少のうございましたが、娘は少しも滞ることなく、やさしい手などが格別でございます。どうやって覚えたのでございましょう。

荒い波の音にまじって聞こえるのは悲しく思われながらも、積もる嘆かわしさがまぎれる時もございます」などと、風流ぶっているので、源氏は面白くお思いになって、箏の琴を取り替えてお与えになった。本当にたいそう巧みにかき鳴らした。今の世には聞かれない奏法を弾きこなして、手さばきはたいそう唐風で、揺の音を深く澄ませていた。伊勢の海ではないが、「清き渚に貝や拾はむ」などと、声のよい人に歌わせて、

源氏ご自身も時々拍子をとって、声を添えなさるのを、入道は琴を弾くのをやめてはおほめ申し上げる。お菓子なども珍しい様子で差し上げ、人々に酒を無理に勧めたりなどして、自然と物思いも忘れてしまいそうな夜の様子である。

意訳

夕月夜に淡路島を眺めた源氏は、都を恋しく思い、久しぶりに琴を弾く。その音色は岡辺の家にも届き、入道も勤行を中断して駆けつける。源氏は、都で人々にもてはやされた昔を思い出す。

入道は琵琶を弾き、延喜の帝の奏法を伝える自分の娘の箏の腕前を自慢する。源氏は娘の琴を聞きたいと興味を示す。入道の箏と源氏の歌で、物思いを忘れるほどの夜となる。

語釈・文法注

あはとはるかに
凡河内躬恒の歌「淡路にてあはとはるかに見し月の近き今宵は所がらかも」による。
廣陵
広陵散(こうりょうさん)。中国の琴の名曲。晋の嵆康が刑死の前に弾いたという伝説がある。
せんだいわう
前大王(ぜんだいおう)。延喜の帝(醍醐天皇)をさすとされる。入道は、醍醐天皇の奏法を伝える家系だと誇る。
淸きなぎさに貝やひろはむ
催馬楽「伊勢の海」の一節。「伊勢の海の清き渚に、潮間に、なのりそや摘まむ、貝や拾はむや、玉や拾はむや」。

文法

願望の「てしがな」(聞し召させてしがな)
「お聞かせ申し上げたいものだ」。
反語の「いかでかは…べき」(いかでかは聞くべき)
「何とかして聞きたいものだ」。ここでは願望を表す。

和歌

あはと見る淡路の島の哀れさへ殘るくまなくすめる夜の月

詠者
光源氏
状況
夕月夜に淡路島を眺めて詠んだ歌。「あは」とはるかに見る淡路島の、しみじみとした趣まで残る隅なく照らし出して、澄んだ夜の月であることよ。

修辞

引歌
「淡路にてあはとはるかに見し月の近き今宵は所がらかも」(凡河内躬恒)をふまえる。

解説

琴の夕べの場面は、明石の巻の中でも特に美しい場面である。夕月夜、淡路島、松風、波の音といった景物の中で、源氏の琴の音が響き、入道の娘の住む岡辺の家にまで届く。音楽が、源氏と明石の君とを結ぶきっかけとなる。

入道は、娘の琴の腕前を巧みに自慢して、源氏の関心を引こうとする。延喜の帝の奏法を伝える家系だという入道の誇りには、都の貴族社会への強い憧れがこめられている。

関連

出典

底本
丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、264–267頁(コマ135–136)。国立国会図書館デジタルコレクション
校訂・訳・注
古典ライブラリー編集部
更新日