源氏物語 第13帖 明石(2)
落雷と故院の夢
翌日の明け方から嵐はさらに激しくなり、人々は死を覚悟して神仏に祈る。源氏は住吉の神に願を立て、供人たちは源氏の身代わりになろうと叫ぶ。ついに雷が廊に落ちて焼け、源氏は大炊殿に移る。夜、疲れてまどろんだ源氏の夢に故桐壺院が現れ、住吉の神の導きに従って須磨を去れと告げ、内裏に奏上することがあると言って去っていく。

- 1かくかくかくしししつゝつゝつつ世世よははは盡盡つきききぬぬぬべきべきべきにににやややととと思思おぼさささるゝるゝるるにににそのそのその又又またののの日日ひののの曉曉あかつきよりよりより風風かぜいみじういみじういみじゅう吹吹ふききき潮潮しお高高たこううう滿滿みちちちててて浪浪なみののの音音おとあらきあらきあらきことことこと嚴嚴いわほほおももも山山やまももも殘殘のこるるるまじきまじきまじき氣色氣色けしきなりなりなり。。。
- 2神神かみののの鳴鳴なりりり閃閃ひらめくくくさまさまさま更更さらにににいはいはいわむむんかたかたかたなくなくなくててて落落おちちちかゝりかゝりかかりぬぬぬとととおぼゆるおぼゆるおぼゆるににに有有あるるるかぎりかぎりかぎりさかしきさかしきさかしき人人ひとなしなしなし。。。「「「我我わはははいかなるいかなるいかなる罪罪つみををを犯犯おかしししてててかくかくかく悲悲かなしきしきしきめめめををを見見みるるるらむらむらん。。。父母父母ちちははにににもももあひあひあい見見みずずず悲悲かなしきしきしきめこめこめこののの顏顏かおをををももも見見みででで死死しぬぬぬべきべきべきことことこと」」」とととなげくなげくなげく。。。
- 3君君きみははは御心御心みこころをををしづめしづめしずめててて、、、何何なにばかりばかりばかりのののあやまちあやまちあやまちにてにてにてかかかこのこのこの渚渚なぎさににに命命いのちをををばばば極極きわめめめむむんととと、、、强强つようううおぼしおぼしおぼしなせなせなせどどどいといといと物物ものさわがしけれさわがしけれさわがしければばばいろいろいろいろいろいろのののみてぐらみてぐらみてぐら捧捧ささげげげさせさせさせ給給たまひひいててて、、、
- 4「「「住吉住吉すみよしののの神神かみ近近ちかききき境境さかいをををしづめしづめしずめ守守まもりりり給給たまへへえまことまことまことににに跡跡あとををを垂垂たれれれ給給たまふふう神神かみならならならばばば助助たすけけけ給給たまへへえ」」」ととと多多おおくくくののの大願大願だいがんををを立立たててて給給たまふふう。。。
- 5おのおのおのおのおのおの自自みずからららののの命命いのちをををばばばさるさるさるものものものにてにてにてかゝるかゝるかかる御身御身おおんみのののまたまたまたなきなきなき例例ためしににに沈沈しずみみみ給給たまひひいぬぬぬべきべきべきことことことのののいみじういみじういみじゅう悲悲かなしきしきしきににに心心こころををを起起おこしししててて少少すこししし物物もの覺覺おぼゆるゆるゆるかぎりかぎりかぎりははは「「「身身みををを代代かへへへてててこのこのこの御身御身おおんみ一一ひとつつつををを救救すくひひい奉奉たてまつらららむむん」」」ととととよみとよみとよみててて諸聲諸聲もろごえにににほとけほとけほとけ神神かみををを念念ねんじじじ奉奉たてまつるるる。。。
- 6「「「帝王帝王ていおうののの深深ふかききき宮宮みやににに養養やしなははわれれれ給給たまひひいててていろいろいろいろいろいろのののたのしみたのしみたのしみににに驕驕おごりりり給給たまひひいしかしかしかどどど深深ふかききき御御おんうつくしみうつくしみうつくしみ大八洲大八洲おおやしまににに普普あまねくくく沈沈しずめめめるるるともがらともがらともがらをををこそこそこそ多多おおくくくうかべうかべうかべ給給たまひひいしかしかしか。。。今今いま何何なにのののむくいむくいむくいにににかかかこゝらこゝらここら橫橫よこさまさまさまなるなるなる波風波風なみかぜにににはははおぼゝれおぼゝれおぼおれ給給たまははわむむん。。。
- 7天地天地あめつちことわりことわりことわり給給たまへへえ。。。罪罪つみなくなくなくててて罪罪つみにににあたりあたりあたり、、、つかさつかさつかさくらゐくらゐくらいををを取取とららられれれ家家いえををを離離はなれれれ境境さかいををを去去さりりりててて明暮明暮あけくれ安安やすききき空空そらなくなくなく歎歎なげききき給給たまふふうににに、、、かくかくかく悲悲かなしきしきしきめめめをををさへさへさへ見見み、、、命命いのち盡盡つくさささなななむむんとととするするするははは前前さきののの世世よのののむくいむくいむくいかかか、、、このこのこの世世よのののをかしをかしをかしかかか、、、神神かみほとけほとけほとけ明明あきらかにににましまさましまさましまさばばばこのこのこのうれへうれへうれえやめやめやめ給給たまへへえ」」」
- 8とととみみみ社社やしろののの方方かたににに向向むきききてててさまざまさまざまさまざまののの願願がんををを立立たててて、、、又又また海海うみののの中中なかのののりうわうりうわうりゅうおう、、、萬萬よろずののの神神かみたちたちたちににに願願がんたてたてたてさせさせさせ給給たまふふうにににいよいよいよいよいよいよ鳴鳴なりりり轟轟とどろきききててておはしますおはしますおわしますににに續續つづきききたるたるたる廊廊ろうににに落落おちちちかゝりかゝりかかりぬぬぬ。。。
- 9ほのほほのほほのお燃燃もえええあがりあがりあがりててて廊廊ろうははは燒燒やけけけぬぬぬ。。。こゝろこゝろこころたましひたましひたましいなくなくなくてててあるあるあるかぎりかぎりかぎり惑惑まどふふう。。。うしろうしろうしろののの方方かたなるなるなる大炊大炊おおいとととおぼしきおぼしきおぼしき屋屋やににに移移うつししし奉奉たてまつりりりててて上下上下かみしもとととなくなくなく立立たちちち込込こみみみててていといといとらうがはしくらうがはしくろうがわしく泣泣なきききとよむとよむとよむ聲聲こえいかづちいかづちいかずちにににももも劣劣おとらららずずず。。。空空そらははは墨墨すみをををすりすりすりたるたるたるやうやうようにてにてにて日日ひももも暮暮くれれれにににけりけりけり。。。
- 10やうやうやうやうようよう風風かぜなほりなほりなおり雨雨あめのののあしあしあししめりしめりしめり星星ほしののの光光ひかりももも見見みゆるゆるゆるにににこのこのこのおましどころおましどころおましどころのののいといといと珍珍めずらからからかなるなるなるもももいといといとかたじけなくかたじけなくかたじけなくててて、、、寢殿寢殿しんでんにににかへしかへしかへし移移うつししし奉奉たてまつらららむむんとととするするするににに燒燒やけけけ殘殘のこりりりたるたるたる方方かたもももうとましげうとましげうとましげにににそこらそこらそこらののの人人ひとののの蹈蹈ふみみみ轟轟とどろかししし惑惑まどへへえるるるにににみすみすみすなどなどなどももも皆皆みな吹吹ふきききちらしちらしちらしてててけりけりけり。。。
- 11夜夜よををを明明あかしししてててこそこそこそはははとととたどりたどりたどりあへあへあえるるるににに君君きみははは御御おんねんずねんずねんずししし給給たまひひいててておぼしおぼしおぼしめぐらすめぐらすめぐらすにににいといといと心心こころあわたゞしあわたゞしあわただし。。。月月つきさしさしさし出出いででで潮潮しおののの近近ちかくくく滿滿みちちちけるけるけるあとあとあともももあらはあらはあらわににに名殘名殘なごり猶猶なお寄寄よせせせかへるかへるかえる浪浪なみ荒荒あらきききををを柴柴しばののの戶戶と押押おしししあけあけあけててて詠詠ながめめめおはしますおはしますおわします。。。
- 12近近ちかききき世界世界せかいににに物物ものののの心心こころををを知知しりりり、、、きしきしきし方方かた行行ゆくくくさきさきさきののの事事ことうちうちうちおぼえおぼえおぼえ、、、とやかくやとやかくやとやかくやとととはかばかしうはかばかしうはかばかしゅう悟悟さとるるる人人ひともももなしなしなし。。。あやしきあやしきあやしき海士海士あまどもどもどもなどなどなどののの、、、たかきたかきたかき人人ひとおはするおはするおわする所所ところとととててて集集あつまりりり參參まいりりりててて聞聞ききききももも知知しりりり給給たまははわぬぬぬ事事ことどもどもどもををを囀囀さえずりりりあへあへあえるるるもももいといといと珍珍めずらからからかなれなれなれどどどえええ追追おひひいももも拂拂はらははわずずず。。。
- 13「「「このこのこの風風かぜ今今いま暫暫しばしししやまやまやまざらざらざらましかましかましかばばば潮潮しおのぼりのぼりのぼりててて殘殘のこるるる所所ところなからなからなからましましまし、、、神神かみののの助助たすけけけおろかおろかおろかならならならざりざりざりけりけりけり」」」ととといふいふいうををを聞聞きききき給給たまふふうもももいといといと心心こころ細細ぼそしししととといへいへいえばばばおろかおろかおろかなりなりなり「「「海海うみにににますますます神神かみのののたすけたすけたすけにににかゝらかゝらかからずずずははは鹽鹽しおのののやほあひやほあひやおあいにににさすらへさすらへさすらえなななましましまし」」」。。。
- 14ひねもすひねもすひねもすにににいりいりいりもみもみもみつるつるつる風風かぜののの騷騷さわぎぎぎににに、、、さささこそこそこそいへいへいえ、、、いたういたういとうこうじこうじこうじ給給たまひひいにににけれけれければばば心心こころにににもももあらあらあらずずずうちうちうちまどろみまどろみまどろみ給給たまふふう。。。かたじけなきかたじけなきかたじけなきおましどころおましどころおましどころなれなれなればばばたゞたゞただ寄寄よりりり居居い給給たまへへえるるるににに故故こ院院いん唯唯ただおはしましおはしましおわしましゝゝしさまさまさまながらながらながら立立たちちち給給たまひひいててて、、、
- 15「「「などなどなどかくかくかくあやしきあやしきあやしき所所ところにににははは物物ものするするするぞぞぞ」」」とととててて御手御手てををを取取とりりりててて引引ひききき立立たててて給給たまふふう。。。「「「住吉住吉すみよしののの神神かみののの導導みちびききき給給たまふふうまゝまゝままにににはやはやはや船出船出ふなでしししてててこのこのこの浦浦うらををを去去さりりりねねね」」」とととののの給給たまはすはすわす。。。
- 16いといといと嬉嬉うれしくしくしくててて、、、「「「畏畏かしこききき御影御影みかげににに別別わかれれれ奉奉たてまつりりりにににしししこなたこなたこなた、、、さまざまさまざまさまざま悲悲かなしきしきしき事事ことのみのみのみ多多おおくくく侍侍はべれれればばば今今いまはははこのこのこの渚渚なぎさににに身身みをををややや捨捨すててて侍侍はべりりりなななましましまし」」」ととと聞聞きこえええ給給たまへへえばばば、、、
- 17「「「いといといとあるあるあるまじきまじきまじきことことこと。。。これこれこれははは唯唯ただいさゝかいさゝかいささかなるなるなるものものものゝゝのむくいむくいむくいなりなりなり。。。我我わははは位位くらいにににありありありししし時時とき、、、過過あやまつつつことことことなかりなかりなかりしかしかしかどどど、、、おのづからおのづからおのずからをかしをかしをかしありありありけれけれければばばそのそのその罪罪つみををを終終おふるふるうる程程ほどいとまいとまいとまなくなくなくててて、、、このこのこの世世よをををかへりみかへりみかえりみざりざりざりつれつれつれどどど、、、
- 18いみじきいみじきいみじき憂憂うれえににに沈沈しずむむむををを見見みるるるににに堪堪たへへえ難難がたくくくててて海海うみににに入入いりりり渚渚なぎさにににのぼりのぼりのぼり、、、いたくいたくいたくこうじこうじこうじにににたれたれたれどどど、、、かゝるかゝるかかる序序ついでにににだいりだいりだいりににに奏奏そうすすすべきべきべき事事ことあるあるあるににによりよりよりてててなむなむなん急急いそぎぎぎのぼりのぼりのぼりぬるぬるぬる」」」とととててて立立たちちち去去さりりり給給たまひひいぬぬぬ。。。
- 19飽飽あかかかずずず悲悲かなしくしくしくててて、、、「「「御供御供ともににに參參まいりりりなななむむん」」」ととと泣泣なききき入入いりりり給給たまひひいててて見見み上上あげげげ給給たまへへえれれればばば、、、人人ひともももなくなくなくててて、、、月月つきののの顏顏かおのみのみのみきらきらきらきらきらきらとととしししててて夢夢ゆめののの心地心地ここちもももせせせずずず。。。御御おんけはひけはひけわいとまれとまれとまれるるる心心こころちちちしししててて空空そらののの雲雲くもあはれあはれあわれにににたなびけたなびけたなびけりりり。。。
- 20年頃年頃としごろ夢夢ゆめののの中中なかにににももも見見み奉奉たてまつらららででで戀戀こいしうしうしゅう覺束覺束おぼつかなきなきなき御御おんさまさまさまをををほのかほのかほのかなれなれなれどどどさだかさだかさだかににに見見み奉奉たてまつりりりつるつるつるのみのみのみ面影面影おもかげににに覺覺おぼえええ給給たまひひいててて、、、我我わかくかくかく悲悲かなしみしみしみををを極極きわめめめ命命いのちつきつきつきなななむむんとととしししつるつるつるををを助助たすけけけにににかけりかけりかけり給給たまへへえるるるととと哀哀あわれにににおぼすおぼすおぼすににに
- 21よくよくよくぞぞぞかゝるかゝるかかるさわぎさわぎさわぎもももありありありけるけるけるととと名殘名殘なごりたのもしうたのもしうたのもしゅう嬉嬉うれしししとととおぼえおぼえおぼえ給給たまふふう事事こと限限かぎりなしなしなし。。。胸胸むねつとつとつとふたがりふたがりふたがりてててなかなかなかなかなかなかなるなるなる御御おん心心こころ惑惑まどひひいににに、、、現現うつつののの悲悲かなしきしきしきことことことももも打打うちちち忘忘わすれれれててて夢夢ゆめにににももも御御おんいらへいらへいらえををを今今いま少少すこししし聞聞きこえええずずずなりなりなりぬるぬるぬる事事ことととといぶせさいぶせさいぶせさににに、、、又又またややや見見みえええ給給たまふふうととと殊更殊更ことさらににに寢寢ね入入いりりり給給たまへへえどどど更更さらににに御目御目めもももあはあはあわででで曉方曉方あかつきがたににになりなりなりにににけりけりけり。。。
現代語訳
こうしてこの世も終わってしまうのだろうかとお思いになっていると、その翌日の明け方から、風がひどく吹き、潮が高く満ちて、波の音の荒いことは、岩も山も残りそうにない様子である。雷の鳴りひらめく様子は、さらに言いようもなく、今にも落ちかかってくるように思われるので、居合わせた者で落ち着いている人はいない。
「私はどんな罪を犯して、このように悲しい目にあうのだろう。父母にも会えず、いとしい妻子の顔も見ないで死んでしまうことよ」と嘆く。源氏はお心を静めて、どれほどの過ちのために、この渚で命を終えることがあろうかと、気を強くお持ちになるが、たいそう騒がしいので、色とりどりの幣を捧げさせなさって、
「住吉の神よ、近くのこの地を鎮め守ってください。本当にこの世に姿を現していらっしゃる神ならば、お助けください」と、多くの大願をお立てになる。供人たちは、それぞれ自分の命はもちろんのこと、このようなお方が、またとない例として海に沈んでしまわれそうなことがたいそう悲しいので、気を奮い起こして、少しでも正気のある者は皆、「わが身に代えて、このお方お一人をお救い申し上げよう」と大声を上げて、声を合わせて仏や神に祈り申し上げる。
「帝王の奥深い宮殿で育てられなさって、さまざまな楽しみにおごっていらっしゃったが、深いご慈しみは日本の国の隅々まで行き渡り、沈んでいた多くの人々を救い上げてこられた。今、何の報いで、このような理不尽な波風に溺れなさるのか。天地の神々よ、是非を明らかにしてください。罪もないのに罪に当たり、官位を取り上げられ、家を離れ、都の境を去って、明け暮れ心の安まる時もなく嘆いていらっしゃるのに、このような悲しい目にまであって、命を落とそうとしているのは、前世の報いか、この世の罪か。神仏が明らかにいらっしゃるなら、この嘆きを止めてください」と、
住吉の社の方に向かって、さまざまな願を立て、また海の中の竜王やあらゆる神々にも願を立てさせなさると、いよいよ雷が鳴り轟いて、源氏のいらっしゃる御殿に続いている廊に落ちかかった。炎が燃え上がって、廊は焼けてしまった。正気を失って、居合わせた者は皆うろたえる。後ろの方にある大炊殿と思われる建物にお移し申し上げて、身分の上下の区別なく立てこんで、たいそう騒がしく泣き叫ぶ声は、雷にも劣らない。空は墨をすったように真っ暗で、日も暮れてしまった。
だんだん風がおさまり、雨脚も弱まって、星の光も見えるので、この御座所がたいそう粗末なのももったいなく、寝殿にお戻し申し上げようとするが、焼け残った所も気味悪く、大勢の人が踏み鳴らしうろたえたせいで、御簾なども皆吹き散らしてしまっていた。夜を明かしてからにしようと、皆が途方に暮れていると、源氏は念誦をなさって、思いめぐらしなさるが、たいそう心が落ち着かない。月がさし出て、潮が近くまで満ちてきた跡もはっきりと見え、名残でなおも寄せては返す波の荒いのを、柴の戸を押し開けて眺めていらっしゃる。
近くには、物の道理を知り、過去や未来のことを心得て、あれこれとしっかり判断できる人もいない。身分の低い海人たちなどが、高貴な方がいらっしゃる所だというので集まってきて、源氏にはわからないことをしゃべり合っているのも、たいそう珍しいが、追い払うこともできない。「この風が、もうしばらくやまなかったら、潮が上ってきて、残る所もなかっただろう。神のお助けは並々ではなかった」と言うのをお聞きになるにつけても、たいそう心細いなどと言ってもとても言い尽くせない。「海においでになる神の助けにすがらなかったなら、潮の八百会う沖にさまよっていただろう」。
一日中もみくちゃにした風の騒ぎに、気丈にしていらっしゃったとはいえ、ひどくお疲れになったので、思わずうとうととなさる。粗末な御座所なので、ただ物に寄りかかっていらっしゃると、故院が、ご在世の時のお姿のままでお立ちになって、「どうしてこのような見苦しい所にいるのか」と言って、お手を取って引き立てなさる。「住吉の神のお導きのままに、早く船出して、この浦を去りなさい」とおっしゃる。
たいそううれしくて、「恐れ多いお姿にお別れ申し上げてからこのかた、さまざま悲しいことばかり多くございましたので、今はこの渚に身を捨ててしまおうかと存じます」と申し上げなさると、院は「とんでもないことだ。これはただ、ちょっとした事の報いなのだ。私は帝位にあった時、過ちを犯すことはなかったが、自然と罪があったので、その罪を償い終える間は暇がなくて、この世を顧みることもなかったが、
そなたがひどい憂き目に沈んでいるのを見ると耐えがたくて、海に入り、渚に上り、ひどく疲れてしまったが、このついでに内裏に奏上すべきことがあるので、急いで都に上るのだ」と言って、立ち去っておしまいになった。名残惜しく悲しくて、「お供して参りましょう」と泣き入りなさって、見上げなさると、人の姿もなく、月の面ばかりがきらきらと輝いて、夢を見たという気もしない。院の気配がまだ残っている気がして、空の雲がしみじみとたなびいていた。
長年、夢の中でもお目にかかれずに、恋しく気がかりだったお姿を、ほのかではあるが、はっきりと拝見したのだけが面影に浮かびなさって、自分がこのように悲しみを極め、命も尽きようとしていたのを、助けに天翔ってきてくださったのだと、しみじみとお思いになるにつけ、よくぞこのような騒ぎもあったものだと、夢の名残が頼もしく、うれしくお思いになることこの上ない。
胸がいっぱいにふさがって、かえってお心が乱れて、現実の悲しいことも忘れて、夢の中でも、ご返事をもう少し申し上げられなかったことがもどかしくて、またお姿が見えるだろうかと、わざと寝入ろうとなさるが、まったくお目も合わずに、明け方になってしまった。
意訳
翌日、嵐はさらに激しくなり、供人たちは死を覚悟して嘆く。源氏は住吉の神に大願を立て、供人たちは源氏の身代わりになろうと神仏に祈り、源氏の無実を天地に訴える。ついに雷が廊に落ちて焼け、人々は大炊殿に逃れる。
夜、疲れてまどろんだ源氏の夢に故桐壺院が現れ、住吉の神の導きに従って須磨を去れと告げる。院は、内裏に奏上することがあると言って去る。源氏は、父院が自分を助けに来てくれたことをうれしく思う。
語釈・文法注
- 大炊でん
- 大炊殿(おおいどの)。食事を調える建物。台所。
文法
- 反実仮想の「ましかば…まし」(やまざらましかば…なからまし)
- 「もしやまなかったら、残る所もなかっただろう」。
- 反実仮想の「ずは…まし」(かゝらずは…さすらへなまし)
- 「もしすがらなかったら、さまよっていただろう」。
和歌
海にます神のたすけにかゝらずは鹽のやほあひにさすらへなまし
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 嵐の夜、浦人の言葉を聞いて詠んだ歌。海においでになる神の助けにすがらなかったなら、潮の八百会う沖にさまよっていただろう。
解説
嵐の頂点で、雷が源氏の住まいに落ちる。源氏の供人たちは、源氏の無実を天地に訴え、身代わりになろうとまで祈る。この場面は、源氏がいかに人々に慕われていたかを示すとともに、源氏の流謫が理不尽なものであったことを強調している。
故桐壺院の霊の出現は、物語の大きな転機である。院は、自らも在位中の罪を償っていると語り、内裏に奏上することがあると言って去る。これは、のちに朱雀帝の夢に院が現れて、源氏の召還につながる伏線となる。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、258–261頁(コマ132–133)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日