源氏物語 第2帖 帚木(11)
後朝の別れと小君
鶏が鳴き、源氏は名残を惜しみながら空蟬と歌を交わして別れる。空蟬を忘れられない源氏は、弟の小君をそば近く仕えさせ、文の使いにする。空蟬は源氏の手紙に心を乱しながらも、身の程を思って返事をしない。

- 1とりとりとりももも鳴鳴なきききぬぬぬ。。。人々人々ひとびと起起おききき出出いでゝでゝでて「「「いといといとけるけるける夜夜よかなかなかな。。。御車御車みくるまひきひきひき出出いでよでよでよ」」」などなどなどいふいふいうなりなりなり。。。
- 2守守かみももも出出いででできききててて、、、「「「女女おんななどなどなどののの御方違御方違おおんかたたがえこそこそこそ、、、夜夜よ深深ふかくくく急急いそがせがせがせ給給たまふふうべきべきべきかはかはかは」」」などなどなどいふいふいう。。。
- 3君君きみははは、、、又又またかやうかやうかようのののついでついでついであらあらあらむむん事事こともももいといといとかたしかたしかたし、、、てててはははいかでいかでいかでかかか御文御文おおんふみなどなどなどももも通通かよははわむむんことことことのののいといといとわりなきわりなきわりなきをををおぼすおぼすおぼすにににいといといと胸胸むねいたしいたしいたし。。。
- 4奧奧おくののの中將中將ちゅうじょうももも出出いでゝでゝでていといといと苦苦くるしがれしがれしがればばば、、、ゆるしゆるしゆるし給給たまひひいてててももも又又また引引ひききき留留とどめめめ給給たまひひいつゝつゝつつ
- 5「「「いかでいかでいかでかかか聞聞きこゆゆゆべきべきべき。。。世世よにににしらしらしらぬぬぬ御心御心みこころのののつらさつらさつらさももも哀哀あわれももも淺淺あさからからからぬぬぬ世世よののの思出思出おもいではははさまざまさまざまさまざま珍珍めずららからからかなるなるなるべきべきべき例例れいかなかなかな」」」とととてててうちうちうち泣泣なききき給給たまふふう御氣色御氣色みけしきいといといとなまめきなまめきなまめきたりたりたり。。。
- 6鷄鷄とりもももしばしばしばしばしばしばなくなくなくににに心心こころあわたゞしくあわたゞしくあわただしくててて、、、
- 7「「「つれなさつれなさつれなさををを恨恨うらみみみもももはてはてはてぬぬぬしのゝめしのゝめしののめにににとりあへとりあへとりあえぬぬぬまでまでまで驚驚おどろかすかすかすらむらむらん」」」。。。和歌
- 8女女おんな身身みののの有樣有樣ありさまををを思思おもふふうにににいといといとつきなくつきなくつきなくまばゆきまばゆきまばゆき心心こころちちちしししててて、、、めでたきめでたきめでたき御御おんもてなしもてなしもてなしももも何何なにともともとも覺覺おぼえええずずず、、、
- 9常常つねはははいといといとすくすくしくすくすくしくすくすくしく心心こころづきなしづきなしずきなしととと思思おもひひいあなづるあなづるあなずる伊豫伊豫いよののの方方かたのみのみのみ思思おもひひいやらやらやられれれててて、、、夢夢ゆめにににややや見見みゆゆゆとととそらそらそら恐恐おそろしくしくしくつゝましつゝましつつまし。。。
- 10「「「身身みのののうさうさうさををを歎歎なげくくくにににあかあかあかででで明明あくるくるくる夜夜よはははとりとりとり重重かさねねねてててぞぞぞねねねもももなかなかなかれれれけるけるける」」」。。。和歌
- 11殊殊こととととあかくあかくあかくなれなれなればばばさうじさうじそうじ口口ぐちまでまでまで送送おくりりり給給たまふふう。。。內內うちもももとととももも人人ひとさわがしけれさわがしけれさわがしければばば引引ひきききたてゝたてゝたてて別別われれれ給給たまふふうほどほどほど心細心細こころぼそくくく隔隔へだつるつるつる關關せきととと見見みえええたりたりたり。。。
- 12御直衣御直衣おおんなおしなどなどなど着着き給給たまひひいててて南南みなみののの高欄高欄こうらんにににしばししばししばしうちうちうちながめながめながめ給給たまふふう。。。
- 13西西にしおもておもておもてののの格子格子こうしそゝきそゝきそそきあげあげあげててて人々人々ひとびと覗覗のぞくくくべかべかべかめりめりめり。。。簀子簀子すのこののの中中なかのののほどほどほどにににたてたてたてたるたるたるのののかみかみかみよりよりより仄仄ほのかににに見見みえええ給給たまへへえるるる御有樣御有樣おおんありさまををを身身みにににしむしむしむばかりばかりばかり思思おもへへえるるるすきすきすき心心ごころどもどもどもあめりあめりあめり。。。
- 14月月つきははは有明有明ありあけにてにてにて光光ひかりをさまれをさまれおさまれるるるものものものからからから影影かげさやかさやかさやかににに見見みえええてててなかなかなかなかなかなかをかしきをかしきおかしき曙曙あけぼのなりなりなり。。。何何なに心心こころなきなきなき空空そらののの氣色氣色けしきももも唯唯ただ見見みるるる人人ひとからからから艶艶えんにもにもにも凄凄すごくくくももも見見みゆるゆるゆるなりなりなりけりけりけり。。。
- 15人人ひと知知しれれれぬぬぬ御心御心みこころにはにはには、、、いといといと胸胸むね痛痛いたくくく、、、ことことこと傳傳つてやらやらやらむむんよすがよすがよすがだにだにだになきなきなきをををとととかへりみかへりみかえりみがちがちがちにてにてにて出出いででで給給たまひひいぬぬぬ。。。
- 16殿殿とのにににかへりかへりかえり給給たまひひいてててもももとみにとみにとみにもももまどろままどろままどろまれれれ給給たまははわずずず、、、又又またあひあひあい見見みるるるべきべきべき方方かたなきなきなきをををましてましてましてかのかのかの人人ひとののの思思おもふふうらむらむらん心心こころのののうちうちうちををを、、、いかならいかならいかならむむんととと心苦心苦こころぐるしくしくしく覺覺おぼしししやるやるやる。。。
- 17優優すぐれれれたるたるたることことことはははなけれなけれなけれどどどめやすくめやすくめやすくもてつけもてつけもてつけてててもももありありありつるつるつる中中なかのののしなしなしなかなかなかな、、、隈隈くまなくなくなく見見みあつめあつめあつめたるたるたる人人ひとののの言言いひひいしししことことことははは實實げにににとととおぼしおぼしおぼしあはせあはせあわせられられられけりけりけり。。。
- 18このこのこのほどほどほどはははおほいおほいおおい殿殿とのにににのみのみのみおはしますおはしますおわします。。。猶猶なおいといといとかきかきかき絕絕たえええててて思思おもふふうらむらむらんことことことのののいとほしくいとほしくいとおしく、、、御心御心みこころにににかゝりかゝりかかりててて苦苦くるしくしくしくおぼしおぼしおぼしわびわびわびててて紀紀きののの守守かみををを召召めしししたりたりたり。。。
- 19「「「かのかのかのありありありししし中納言中納言ちゅうなごんのののはははえええさせさせさせてててむむんややや。。。らうたげらうたげろうたげににに見見みえええしししををを、、、身身み近近ちかくくくつかふつかふつかう人人ひとにににせせせむむん。。。うへうへうえにもにもにも我我われれれ奉奉たてまつらららむむん」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば
- 20「「「いといといとかしこきかしこきかしこき仰事仰事おおせごとににに侍侍はべるるるなりなりなり。。。姉姉あねなるなるなる人人ひとにににのたまひのたまひのたまい見見みむむん」」」ととと申申もうすすすももも胸胸むね潰潰つぶれれれててておぼせおぼせおぼせどどど、、、
- 21「「「そのそのその姉君姉君あねぎみはははあそんあそんあそんののの弟弟おとうとやややもたるもたるもたる」」」。。。「「「さささももも侍侍はべらららずずず、、、このこのこの二年二年ふたとせばかりばかりばかりぞぞぞかくかくかくててて物物ものししし侍侍はべれれれどどど親親おやののの掟掟おきてににに違違たがへへえりりりととと思思おもひひいなげきなげきなげきててて、、、心心こころゆかゆかゆかぬぬぬやうやうようににになむなむなん聞聞きききき給給たまふるふるうる」」」。。。
- 22「「「あはれあはれあわれのののことことことややや。。。よろしくよろしくよろしく聞聞きこえええししし人人ひとぞぞぞかしかしかし。。。誠誠まことににによしよしよしややや」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、「「「けしうけしうけしゅうははは侍侍はべらららざるざるざるべしべしべし。。。もてはなれもてはなれもてはなれてててうとうとしううとうとしううとうとしゅう侍侍はべれれればばば、、、世世よのののにてにてにてむつれむつれむつれ侍侍はべらららずずず」」」ととと申申もうすすす。。。
- 23さてさてさて五六日五六日いつかむいかありありありててて、、、このこのこの子子こ率率いててて參參まいれれれりりり。。。こまやかこまやかこまやかにににをかしをかしおかしとととはははなけれなけれなけれどどど、、、なまめきなまめきなまめきたるたるたるさまさまさましししてててあてあてあて人人びとととと見見みえええたりたりたり。。。
- 24召召めししし入入いれれれててていといといと懷懷なつかしくかしくかしく語語かたらひらひらい給給たまふふう。。。童心地童心地わらわごこちににに、、、いといといとめでたくめでたくめでたく嬉嬉うれしししととと思思おもふふう。。。妹妹いもうとののの君君きみのののことことことももも委委くわしくしくしく問問とひひい聞聞きききき給給たまふふう。。。
- 25さるべきさるべきさるべきことことことはははいらへいらへいらえ聞聞きこえええなどなどなどしししててて、、、耻耻はずかしげしげしげにににしづまりしづまりしずまりたれたれたればばばうちうちうち出出いでででにくしにくしにくし。。。されどされどされどいといといとよくよくよく言言いひひいしらせしらせしらせ給給たまふふう。。。
- 26かゝるかゝるかかることことことこそこそこそはははとととほのほのほの心心こころうるうるうるももも思思おもひひいののの外外ほかなれなれなれどどど、、、をさなをさなおさな心地心地ごこちににに深深ふかくくくしもしもしもたどらたどらたどらずずず御文御文おおんふみをををもてもてもてきききたれたれたればばば、、、女女おんな淺淺あさましきましきましきににに淚淚なみだももも出出いででで來來きぬぬぬ。。。
- 27このこのこの子子こののの思思おもふふうらむらむらんことことこともももはしたなくはしたなくはしたなくててて、、、さすがにさすがにさすがに御文御文おおんふみをををにににひろげひろげひろげたりたりたり。。。いといといとおほくおほくおおくててて、、、
- 28「「「見見みししし夢夢ゆめをををあふあふあう夜夜よありありありやややととと歎歎なげくくくまにまにまにめめめさへさへさへあはあはあわでででぞぞぞころころころももも經經へにににけるけるける。。。ぬるぬるぬる夜夜よなけれなけれなければばば」」」などなどなど、、、和歌
- 29目目めももも及及およばばばぬぬぬ御御おん書書かきききざまざまざまににに、、、目目めもももきりきりきりててて、、、こゝろえこゝろえこころえぬぬぬ宿世宿世すくせうちうちうちそへそへそえりりりけるけるける身身みをををおもひおもひおもいつゞけつゞけつづけててて臥臥ふししし給給たまへへえりりり。。。
- 30またまたまたののの日日ひ小君小君こぎみ召召めしししたれたれたればばば參參まいるるるとととててて御御おんかへりかへりかえり乞乞こふふう。。。「「「かゝるかゝるかかる御文御文おおんふみ見見みるるるべきべきべき人人ひともももなしなしなしととと聞聞きこえよえよえよ」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、
- 31うちゑみうちゑみうちえみててて、、、「「「違違たがふふうべくべくべくももものたまはのたまはのたまわざりざりざりしししものものものをををいかゞいかゞいかがはははさささははは申申もうさささむむん」」」ととといふいふいうににに心心こころやましくやましくやましく、、、殘殘のこりなくなくなくのたまひのたまひのたまい知知しらせらせらせてててけりけりけりととと思思おもふふうにににつらきつらきつらき事事ことかぎりかぎりかぎりなしなしなし。。。
- 32「「「いでいでいでおよすげおよすげおよすげたるたるたる事事ことははは言言いははわぬぬぬぞぞぞよきよきよき。。。よしよしよしさささばばばななな參參まいりりり給給たまひひいそそそ」」」とととむつかられむつかられむつかられててて「「「召召めすすすにににはははいかでいかでいかでかかか」」」とととててて參參まいりりりぬぬぬ。。。
- 33紀紀きののの守守かみすきすきすき心心ごころにににこのこのこの繼母繼母ままははののの有樣有樣ありさまをををあたらしきあたらしきあたらしきものものものににに思思おもひひいててて追從追從ついしょうししし寄寄よるるる心心こころなれなれなればばば、、、このこのこの子子こをををももももてもてもてかしづきかしづきかしずき率率いてててありくありくありく。。。
- 34君君きみ召召めしししよせよせよせててて、、、「「「昨日昨日きのう待待まちちち暮暮くらしゝしゝししををを、、、猶猶なおあひあひあい思思おもふふうまじきまじきまじきなななめりめりめり」」」ととと怨怨えんじじじ給給たまへへえばばば、、、顏顏かおうちうちうち赤赤あかめめめててて居居いたりたりたり。。。
- 35「「「いづらいづらいずら」」」とととのたまふのたまふのたまうににに「「「しかじかしかじかしかじか」」」ととと申申もうすすすににに、、、「「「いふがひないふがひないうがいなのののことことことややや。。。あさましあさましあさまし」」」とととてててまたまたまたももも給給たまへへえりりり。。。
- 36「「「はははしらしらしらじじじななな。。。そのそのその伊豫伊豫いよのののおきなおきなおきなよりよりよりははは先先さきににに見見みししし人人ひとぞぞぞ。。。されどされどされど賴賴たのもしげもしげもしげなくなくなく頸頸くび細細ほそしししとととててて、、、ふつゝかふつゝかふつつかなるなるなる後見後見うしろみまうけまうけもうけてててかくかくかくあなづりあなづりあなずり給給たまふふうなななめりめりめり。。。
- 37さりともさりともさりともあごあごあごははは我我わががが子子こにてにてにてをををあれあれあれよよよ。。。かのかのかの賴賴たのもしもしもし人人びとははは、、、行行ゆくくく先先さき短短みじかかりかりかりなむなむなん」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、さもさもさもやややありありありけむけむけん、、、いみじかりいみじかりいみじかりけるけるけることことことかなかなかなととと思思おもへへえるるるををををかしをかしおかしとととおぼすおぼすおぼす。。。
- 38このこのこの子子こをををまつはしまつはしまつわし給給たまひひいててて、、、うちうちうちにもにもにも率率いててて參參まいりりりなどなどなどししし給給たまふふう。。。わがわがわが御御みにににのたまひのたまひのたまいててて、、、さうぞくさうぞくそうぞくなどなどなどもももせせせさせさせさせ給給たまふふう。。。誠誠まことににに親親おやめきめきめきてててあつかひあつかひあつかい給給たまふふう。。。
- 39御文御文おおんふみはははつねつねつねにににありありあり。。。されどされどされどこのこのこの子子こもももいといといとをさなしをさなしおさなし。。。心心こころよりよりより外外ほかににに散散ちりりりもももせせせばばば輕々輕々かるがるしきしきしき名名なさへさへさへとりとりとりそへそへそえむむん。。。
- 40身身みのののおぼえおぼえおぼえをををいといといとつきなかるつきなかるつきなかるべくべくべく思思おもへへえばばば、、、めでたきめでたきめでたき事事ことももも我我わががが身身みからからからこそこそこそととと思思おもひひいてててうちとけうちとけうちとけたるたるたる御御おんいらへいらへいらえももも聞聞きこえええずずず、、、
- 41ほのかほのかほのかなりなりなりししし御御おんけはひけはひけわいありさまありさまありさまははは實實げににになべてなべてなべてにににやややはははととと思思おもひひいいでいでいで聞聞きこえええぬぬぬにににはははあらあらあらねねねどどど、、、をかしきをかしきおかしきさまさまさまををを見見みえええ奉奉たてまつりりりてててももも何何なににににかかかはははなるなるなるべきべきべきなどなどなど思思おもひひい返返かえすすすなりなりなりけりけりけり。。。
現代語訳
鶏も鳴いた。供の人々が起き出して、「ひどく寝坊してしまった夜だな。お車を引き出せ」などと言っているようだ。紀伊守も出てきて、「女などの方違えならともかく、こんなに夜深くお急ぎになることがありましょうか」などと言う。
源氏は、またこのような機会があることもとても難しく、わざわざ訪ねることはできないし、どうして手紙などを通わせることができようかと、まったくどうしようもないことをお思いになると、たいそう胸が痛む。奥にいた中将の君も出てきて、たいそう困っているので、空蟬をお放しになっても、また引きとめなさりながら、
「どうやってお便りを差し上げたらよいのでしょう。世に例のないあなたのつれなさも、私の愛情も、浅くはない思い出として、さまざまに珍しい例となるでしょう」と言ってお泣きになるご様子は、たいそう優美である。鶏もしきりに鳴くので、気ぜわしくて、
「あなたのつれなさを恨みきれないうちに明ける東雲に、どうして鶏はとるものもとりあえぬほど、あわただしく私を起こすのだろう」。
空蟬は自分の身の上を思うと、たいそう不似合いで、まぶしすぎる気がして、すばらしいお扱いも何とも思われず、ふだんはたいそう無骨で気に入らないと見下している伊予介のことばかりが思いやられて、夢に見えているのではないかと、わけもなく恐ろしく、気がひける。
「わが身のつらさを嘆き尽くせないうちに明けてゆく夜は、鶏の声に重ねて、私も声をあげて泣いてしまいます」。
すっかり明るくなったので、源氏は襖口まで送っていらっしゃる。内も外も人の気配が騒がしいので、襖を閉めてお別れになるとき、心細く、二人を隔てる関所のように思われた。
源氏は直衣などをお召しになって、南の高欄にしばらくもたれて、物思いにふけっていらっしゃる。西の面の格子を急いで上げて、女房たちがのぞいているらしい。簀子の中ほどに立てた小障子の上から、ほのかに見えていらっしゃるお姿を、身にしみるほど思っている浮気心の女房たちもいるようだ。月は有明で、光は薄れているものの、月の形ははっきりと見えて、かえって趣のある明け方である。何ということもない空の様子も、見る人の心しだいで、艶にも、もの寂しくも見えるのであった。人知れぬお心のうちでは、たいそう胸が痛く、言づてをするすべさえないことを思って、何度もふり返りながらお帰りになった。
源氏は左大臣邸にお帰りになっても、すぐにはお眠りになれず、二度と会えそうにないことを、まして、あの人がどう思っているだろうかと、気の毒に思いやりなさる。すぐれたところはないが、見苦しくなく身を処していた中の品の女だった、何でも見知っている左馬頭が言っていたことは本当だったと、思い当たられるのだった。
この頃は、左大臣邸にばかりいらっしゃる。やはり、あのまま便りもせず、空蟬がどう思っているかがいたわしく、お心にかかって苦しくお思いになって、紀伊守をお呼びになった。「あの、先日の中納言(衛門督)の子を、私にくれないか。かわいらしく見えたので、身近に使う者にしよう。帝にも私から差し上げよう」とおっしゃると、紀伊守は「たいそうありがたいお言葉でございます。姉に相談してみましょう」と申し上げるのにも、源氏は胸がどきりとなさるが、
「その姉君には、おまえの弟がいるのか」とお尋ねになる。「いいえ、おりません。この二年ほど、こうして伊予介の妻になっておりますが、親の考えとは違ったと嘆いて、気に入らない様子だと聞いております」。「かわいそうなことだ。評判のよい人だったのに。本当に美しいのか」とおっしゃると、「悪くはないでしょう。私とは離れていて疎遠にしておりますので、世間でよく言うように、継母とは親しくしておりません」と申し上げる。
さて、五、六日たって、紀伊守はこの子(小君)を連れて参上した。細やかに美しいというのではないが、優雅な様子をしていて、上品な人と見えた。源氏はおそばに召し入れて、たいそう親しくお話しになる。子ども心に、たいそうすばらしく、うれしいと思う。姉君のことも詳しくお尋ねになる。小君がしかるべきことはお答えしたりして、恥ずかしそうにかしこまっているので、源氏は打ち明けにくい。けれども、たいそううまく言い聞かせなさる。
こういうことだったのかと、小君はほのかに察するのも意外だったが、子ども心に深くも考えず、源氏のお手紙を持ってきたので、空蟬はあまりのことに涙もこぼれた。この子がどう思うかも決まり悪くて、それでもやはりお手紙を、顔を隠すようにして広げた。たいそう長くて、
「あの夜見た夢がまた見られる夜があるかと嘆いているうちに、目も合わずに日を過ごしてしまいました。眠る夜がないので」などと、目もまばゆいほどの見事な筆跡に、空蟬は涙で目もかすんで、思いもよらない運命が加わった身の上を思い続けて、横になっていらっしゃる。
次の日、源氏が小君をお呼びになったので、小君は参上するというので、空蟬にお返事を求める。「こんなお手紙を見るはずの人もいない、と申し上げなさい」と言うと、小君はにっこりして、「人違いではないとおっしゃっていたのに、どうしてそんなことを申し上げられましょう」と言うので、空蟬は不愉快で、源氏が何もかも話してしまわれたのだと思うと、つらいことこのうえない。「まあ、ませた口をきくものではありません。それなら、もう参上なさいますな」と叱られて、小君は「お召しがあるのに、どうして参らずにいられましょう」と言って参上した。
紀伊守は、色好みの心から、この継母の様子をもったいないものに思って、機嫌をとって近づこうとしているので、この子のことも大切にして、連れて歩く。源氏は小君をお呼び寄せになって、「昨日は一日中待っていたのに。やはり、あの人は私を思ってはくれないようだ」と恨みなさるので、小君は顔を赤くして座っている。「どうだった」とおっしゃると、「これこれでございました」と申し上げるので、「言ってもしかたのないことだ。あきれたことだ」と言って、また手紙をお与えになる。
「おまえは知らないだろうね。私はあの伊予の老人よりも先に、あの人と契った者なのだよ。けれども、頼りなく、首が細い(後ろ盾がない)といって、無骨な後見の夫を持って、こうして私を見下していらっしゃるようだ。それでも、おまえは私の子でいてくれよ。あの頼もしい人は、先が短いだろう」とおっしゃると、そういうこともあったのだろうか、とんでもないことだと思っているのを、源氏はおかしくお思いになる。
源氏はこの子をそばにまとわりつかせて、宮中にも連れて参内したりなさる。ご自分の御匣殿にお命じになって、装束なども作らせなさる。本当に親のようにお世話なさる。お手紙はいつも届く。けれども、この子もたいそう幼い。思いがけず手紙が人目にふれでもしたら、軽々しい評判まで加わるだろう。自分の身のほどを思うと、まことに不似合いなことと思うので、すばらしいことも、それにふさわしい身分であってこそと思って、打ち解けたお返事も申し上げない。ほのかに見たご様子やお姿は、本当に並々ではなかったと思い出し申し上げないわけではないが、心を寄せる様子をお見せしたところで、何になろうと思い返すのであった。
意訳
後朝(きぬぎぬ)の別れの場面で、源氏と空蟬は鶏の声を詠みこんだ歌を交わす。源氏の歌が別れのあわただしさを恨むのに対し、空蟬の歌は、身の上のつらさを嘆いて泣く歌である。空蟬は、夫の伊予介が夢に自分を見ているのではないかとおびえる。夫を「心づきなし」と思いながらも、人妻としての罪の意識から逃れられないのである。
源氏は空蟬の弟の小君を手なずけ、手紙の使いにする。「伊予の老人より先に見し人ぞ」という源氏の作り話を小君が信じこむ場面には、少年の無邪気さと、源氏の身勝手さがともに描かれている。空蟬は、源氏の美しさを思い出しながらも、「何にかはなるべき」と返事をしない。身分の差を知る空蟬の冷静さが、源氏の思いをかえってつのらせていく。
語釈・文法注
- いぎたなし
- 寝坊だ、ぐっすり寝こんでいる。
- さしはふ
- わざわざする、ことさらに。
- 夢にや見ゆらむ
- 相手が自分のことを思うと、その人の夢に自分が現れると考えられていた。夫の伊予介が自分を思って、夢に自分の姿を見ているのではないか、とおびえる。
- こさうじ
- 小障子(こそうじ)。小さな衝立。
- 中納言の子
- 空蟬の弟の小君。父の故衛門督は中納言を兼ねていたと考えられる。
- 世のたとひ
- 世間でよく言うたとえ。継母と継子は仲が悪いもの、ということ。
- おもがくし
- 顔を隠すこと。手紙を広げて顔を隠す。
- あご
- 吾子(あこ)。親しい年下の者を呼ぶ言葉。底本は「あご」と表記する。
- 櫛笥殿(くしげどの)
- 御匣殿(みくしげどの)。衣服の調製をつかさどる所。ここでは源氏の家で装束を作る所。
文法
- 疑問の副詞と「らむ」(驚かすらむ)
- 「どうして…のだろう」と原因を推量する。歌の中で疑問の語は省略されている。
- 係り結び(ぞ…ける)(ねもなかれける)
- 係助詞「ぞ」を受けて、過去の助動詞「けり」が連体形「ける」で結ばれている。
- 禁止「な…そ」(な參り給ひそ)
- 副詞「な」と終助詞「そ」で動詞をはさみ、柔らかく禁止する。
和歌
つれなさを恨みもはてぬしのゝめにとりあへぬまで驚かすらむ
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 鶏の声にせかされての別れ際の歌。あなたのつれなさを恨みきれないうちに夜が明けて、どうして鶏はこんなにあわただしく目を覚まさせるのだろう。
修辞
- 掛詞
- 「とりあへぬ」に「鶏(とり)」と「取りあへぬ(とるものもとりあえない)」を掛ける。
身のうさを歎くにあかで明くる夜はとり重ねてぞねもなかれける
- 詠者
- 空蟬
- 状況
- 空蟬の返歌。わが身のつらさを嘆き尽くせないうちに明ける夜は、鶏の声に重ねて、私も声をあげて泣いてしまうことです。
修辞
- 掛詞
- 「あかで」は「飽かで(嘆き足りない)」と「明かで」、「とり」は「鶏」と「取り」、「ね」は鶏の「音」と泣く「音」を掛ける。
見し夢をあふ夜ありやと歎くまにめさへあはでぞころも經にける
- 詠者
- 光源氏
- 状況
- 小君に託した手紙の歌。あの夜の夢のような逢瀬がまたあるかと嘆くうちに、目も合わず(眠れず)に日を過ごしてしまった。
修辞
- 掛詞
- 「めさへあはで」は、目が合わない(眠れない)ことと、逢えないことを掛ける。「ころも」は「頃も」で、「衣」を響かせる。
解説
後朝の別れは、平安の恋愛において最も情趣のある場面の一つとされた。男は夜明け前に女のもとを去り、帰宅後すぐに後朝の文を送るのが礼儀であった。源氏が有明の月のもとで高欄にもたれて物思いにふける姿を、女房たちがのぞき見る場面は、源氏の美しさを周囲の人々の目を通して描く、物語によく見られる手法である。
「月は有明にて」から「艶にも凄くも見ゆるなりけり」までは、帚木の巻の中でもとくに有名な一節である。同じ景色も、見る人の心しだいで美しくも寂しくも見える、という言葉には、物語全体を通じて描かれる、心と景色の結びつきがよく表れている。
小君は、源氏と空蟬をつなぐ使いとして、次の空蟬の巻でも重要な役割を果たす。継母の空蟬に心を寄せる紀伊守の存在も、のちの物語の伏線となっている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、42–45頁(コマ23–24)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日