源氏物語 第2帖 帚木(10)
空蟬との逢瀬
皆が寝静まった夜更け、源氏は掛け金のかかっていない襖を開けて、ひとり寝ている空蟬のもとへ入る。驚く空蟬を抱きかかえて奥の部屋へ連れていき、言葉を尽くして口説くが、空蟬は人妻の身を恥じて、なよ竹のように折れることなく、かたくなに拒みつづける。

- 1「「「廂廂ひさしにににぞぞぞ大殿籠大殿籠おおとのごもりりりぬるぬるぬる。。。音音ねににに聞聞ききききつるつるつる御有樣御有樣おおんありさまををを見見み奉奉たてまつりりりつるつるつる、、、實實げにににこそこそこそめでたかりめでたかりめでたかりけれけれけれ」」」とととみそかみそかみそかにににいふいふいう。。。
- 2「「「晝晝ひるならならならましかましかましかばばばのぞきのぞきのぞきててて見見み奉奉たてまつりりりてててましましまし」」」とととねぶたげねぶたげねぶたげにににいひいひいいててて顏顏かおひきひきひき入入いれれれつるつるつるこゑこゑこえすすす。。。
- 3ねたうねたうねとう、、、心心こころ留留とどめめめてててももも問問とひひい聞聞きけけけかしかしかしとととあぢきなくあぢきなくあじきなくおぼすおぼすおぼす。。。
- 4「「「まろまろまろははは端端はしににに寢寢ね侍侍はべらららむむん。。。あなあなあなくらしくらしくらし」」」とととててて火火ひかゝげかゝげかかげなどなどなどすすすべしべしべし。。。
- 5をんなをんなおんな君君ぎみははは、、、唯唯ただこのこのこのさうじさうじそうじ口口ぐちすぢかひすぢかひすじかいたるたるたる程程ほどにににぞぞぞ臥臥ふしししたるたるたるべきべきべき。。。
- 6「「「中將中將ちゅうじょうのののはははいづくいづくいずくにににぞぞぞ。。。人人ひとげげげ遠遠とおききき心地心地ここちしししててて物物もの恐恐おそろししし」」」ととといふいふいうなれなれなればばば長押長押なげしのののしもしもしもににに人々人々ひとびと臥臥ふしししててていらへいらへいらえすすすなりなりなり。。。
- 7「「「しもしもしもににに湯湯ゆにににおりおりおりててて只今只今ただいま參參まいらららむむんととと侍侍はべりりり」」」ととといふいふいう。。。
- 8皆皆みな靜靜しずまりまりまりぬるぬるぬるけはひけはひけわいなれなれなればばばををを試試こころみににに引引ひきききあけあけあけ給給たまへへえれれればばばあなたあなたあなたよりよりよりはははさゝさゝささざりざりざりけりけりけり。。。
- 9几帳几帳きちょうをををさうじぐちさうじぐちそうじぐちににに立立たてゝてゝてて火火ひはははほのぐらきほのぐらきほのぐらきににに見見み給給たまへへえばばば、、、唐櫃唐櫃からびつだつだつだつ物物ものどもどもどもををを置置おきききたれたれたればばば、、、亂亂みだりがはしきりがはしきりがわしき中中なかををを分分わけけけ入入いりりり給給たまひひいてててけはひけはひけわいしししつるつるつる處處ところににに入入いりりり給給たまへへえれれればばば唯唯ただ一人一人ひとりいといといとさゝやかさゝやかささやかにてにてにて臥臥ふしししたりたりたり。。。
- 10なまなまなま煩煩わずらはしけれはしけれわしけれどどど上上うえなるなるなるきぬきぬきぬををを押押おしししやるやるやるまでまでまで覓覓もとめめめつるつるつる人人ひとととと思思おもへへえりりり。。。
- 11「「「中將中將ちゅうじょうめしめしめしつれつれつればばば、、、人人ひと知知しれれれぬぬぬ思思おもひひいのののしるししるししるしあるあるある心地心地ここちしししててて」」」とととのたまふのたまふのたまうををを、、、ともかくもともかくもともかくも思思おもひひいわかわかわかれれれずずず、、、物物ものにににおそはるゝおそはるゝおそわるる心地心地ここちしししててて「「「ややや」」」とととおびゆれおびゆれおびゆれどどど、、、顏顏かおにににきぬきぬきぬのののさはりさはりさわりててておとおとおとにもにもにも立立たてててずずず、、、
- 12「「「うちつけうちつけうちつけににに深深ふかからからからぬぬぬ心心こころののの程程ほどととと見見み給給たまふふうらむらむらん、、、ことわりことわりことわりなれなれなれどどど、、、年比年比としごろ思思おもひひいわたるわたるわたる心心こころのののうちうちうちももも聞聞きこえええ知知しらせらせらせむむんとととてててなむなむなんかゝるかゝるかかる折折おりををを待待まちちち出出いでででたるたるたるももも、、、更更さらににに淺淺あさくくくはははあらあらあらじじじととと思思おもひひいなしなしなし給給たまへへえ」」」
- 13ととといといといとやはらかやはらかやわらかにににのたまひのたまひのたまいててて鬼神鬼神おにがみももも荒荒あら立立だつつつまじきまじきまじき御御おんけはひけはひけわいなれなれなればばば、、、はしたなくはしたなくはしたなく「「「此處此處ここににに人人ひと」」」ともともともえええのゝじらのゝじらののじらずずず、、、心心こころちちちはたはたはたわびしくわびしくわびしく、、、あるまじきあるまじきあるまじき事事ことととと思思おもへへえばばば、、、
- 14「「「あさましくあさましくあさましく、、、人人ひとたがへたがへたがえにににこそこそこそ侍侍はべるるるめれめれめれ」」」ととといふいふいうももも息息いきのののしたしたしたなりなりなり。。。
- 15消消きえええ惑惑まどへへえるるるけしきけしきけしきいといといと心苦心苦こころぐるしくしくしくらうたげらうたげろうたげなれなれなればばばをかしをかしおかしととと見見み給給たまひひいててて、、、
- 16「「「違違たがふふうべくべくべくもももあらあらあらぬぬぬ心心こころのののしるべしるべしるべををを思思おもははわずずずにもにもにも給給たまふふうかなかなかな。。。すきがましきすきがましきすきがましきさまさまさまにはにはにはよによによに見見みえええ奉奉たてまつらららじじじ。。。思思おもふふう事事こと少少すこししし聞聞きこゆゆゆべきべきべきぞぞぞ」」」
- 17とととててていといといとちひさやかちひさやかちいさやかなれなれなればばば搔搔かききき抱抱いだきききてててさうじさうじそうじのののもともともとににに出出いででで給給たまふふうにににぞぞぞ、、、覓覓もとめめめつるつるつる中將中將ちゅうじょうだつだつだつ人人ひときあひきあひきあいたるたるたる。。。
- 18「「「やゝやゝやや」」」とととのたまふのたまふのたまうににに怪怪あやしくしくしくててて探探さぐりりり寄寄よりりりたるたるたるにににぞぞぞ、、、いみじくいみじくいみじくにほひにほひにおい滿滿みちちちててて顏顏かおにもにもにもかゝるかゝるかかる心地心地ここちするするするににに思思おもひひいよりよりよりぬぬぬ。。。
- 19あさましうあさましうあさましゅう、、、こはこはこは如何如何いかなるなるなる事事ことぞぞぞととと思思おもひひい惑惑まどははわるれるれるれどどど聞聞きこえええむむんかたかたかたなしなしなし。。。並々並々なみなみののの人人ひとならならならばばばこそこそこそ荒荒あららからからかにににももも引引ひきききめめめ。。。それそれそれだにだにだに人人ひとのののあまたあまたあまたしらしらしらむむんはははいかゞいかゞいかがあらあらあらむむん。。。
- 20心心こころもももさわぎさわぎさわぎててて慕慕したひひい來來きたれたれたれどどどもももなくなくなくててて奧奧おくなるなるなるおましおましおましににに入入いりりり給給たまひひいぬぬぬ。。。
- 21さうじさうじそうじをををひきひきひきたてゝたてゝたてて「「「曉曉あかつきににに御迎御迎おおんむかえにににものせよものせよものせよ」」」とととのたまへのたまへのたまえばばば、、、
- 22女女おんなはははこのこのこの人人ひとののの思思おもふふうらむらむらん事事ことさへさへさへ死死しぬぬぬばかりばかりばかりわりなきわりなきわりなきににに流流ながるゝるゝるるまでまでまで汗汗あせににになりなりなりててていといといとなやましげなやましげなやましげなるなるなるいとほしけれいとほしけれいとおしけれどどど、、、
- 23例例れいのののいづくいづくいずくよりよりよりとうとうとう出出いででで給給たまふふう言言ことののの葉葉はにににかかかあらあらあらむむん、、、あはれあはれあわれしらしらしらるばかりるばかりるばかりなさけなさけしくなさけなさけしくなさけなさけしくのたまひのたまひのたまい盡盡つすすすべかべかべかめれめれめれどどど、、、
- 24猶猶なおいといといとあさましきあさましきあさましきににに、、、「「「現現うつつともともとも覺覺おぼえええずずずこそこそこそ。。。數數かずならならならぬぬぬ身身みながらながらながらももも覺覺おぼしししくだしくだしくだしけるけるける御心御心みこころののの程程ほどもももいかゞいかゞいかが淺淺あさくくくははは思思おもひひい給給たまへへえざらざらざらむむん。。。いといといとかやうかやうかようなるなるなるきはきはきわはははきはきはきわとととこそこそこそ侍侍はべるるるなれなれなれ」」」とととててて
- 25かくかくかく押押おしししたちたちたち給給たまへへえるるるををを、、、深深ふかくくくなさけなくなさけなくなさけなく憂憂うしししととと思思おもひひい入入いりりりたるたるたるさまさまさまももも、、、實實げにににいとほしくいとほしくいとおしく心心こころ耻耻はずかしきしきしきけはひけはひけわいなれなれなればばば
- 26「「「そのそのそのきはぎはきはぎはきわぎわをををまだまだまだ思思おもひひい知知しらららぬぬぬぞぞぞややや。。。なかなかなかなかなかなかおしなべおしなべおしなべたるたるたるつらつらつらににに、、、思思おもひひいなしなしなし給給たまへへえるるるなむなむなんうたてうたてうたてありありありけるけるける。。。
- 27おのづからおのづからおのずから聞聞きききき給給たまふふうやうやうようもももあらあらあらむむん、、、あながちあながちあながちなるなるなるすきすきすき心心ごころははは更更さらにににならはならはならわぬぬぬををを、、、さるべきさるべきさるべきにににややや、、、實實げにににかくかくかくられられられ奉奉たてまつるるるももも、、、ことわりことわりことわりなるなるなる心惑心惑こころまどひひいををを自自みずからららももも怪怪あやしきしきしきまでまでまでなむなむなん」」」
- 28などなどなど、、、まめだちまめだちまめだちててて萬萬よろずにににのたまへのたまへのたまえどどど、、、いといといとたぐひたぐひたぐいなきなきなき御有樣御有樣おおんありさまのののいよいよいよいよいよいようちうちうち解解とけけけ聞聞きこえええむむん事事ことわびしけれわびしけれわびしければばば、、、すくよかすくよかすくよかににに心心こころづきなしづきなしずきなしとととははは見見みえええ奉奉たてまつるるるともともとも、、、さるさるさるかたかたかたのののいふがひなきいふがひなきいうがいなきにてにてにてすぐしすぐしすぐしてててむむんととと思思おもひひいててて、、、つれなくつれなくつれなくのみのみのみもてなしもてなしもてなしたりたりたり。。。
- 29人人ひとがらがらがらのののたをやぎたをやぎたおやぎたるたるたるににに强强つよききき心心こころををを强强しひひいててて加加くわへへえたれたれたればばば、、、竹竹たけののの心心こころちちちしししてててさすがにさすがにさすがに折折おりるるるべくべくべくもももあらあらあらずずず。。。
- 30誠誠まことににに心心こころやましくやましくやましくててて强强あながちちちなるなるなる御御おん心心こころばへばへばえををを言言いふふう方方かたなしなしなしととと思思おもひひいててて泣泣なくくくさまさまさまなどなどなどいといといと哀哀あわれなりなりなり。。。
- 31心苦心苦こころぐるしくしくしくはははあれあれあれどどど見見みざらざらざらましかましかましかばばば口惜口惜くちおしからしからしからましましましとととおぼすおぼすおぼす。。。
- 32慰慰なぐさめめめ難難かたくくく憂憂うしししととと思思おもへへえれれればばば、、、「「「などなどなどかくかくかくうとましきうとましきうとましきものものものにににしもしもしも覺覺おぼすすすべきべきべき。。。覺覺おぼえええなきなきなきさまさまさまなるなるなるしもしもしもこそこそこそ契契ちぎりありありありとととははは思思おもひひい給給たまははわめめめ。。。むげにむげにむげに世世よををを思思おもひひいしらしらしらぬぬぬやうやうようににに給給たまふふうなむなむなんいといといとつらきつらきつらき」」」ととと怨怨うらみみみられられられててて、、、
- 33「「「いといといとかくかくかくうきうきうき身身みののの程程ほどののの定定さだらららぬぬぬありありありしししながらながらながらののの身身みにてにてにてかゝるかゝるかかる御御おん心心こころばへばへばえををを見見みましかましかましかばばば、、、あるまじきあるまじきあるまじき我我わががが賴賴たのにてにてにて見見み直直なおししし給給たまふふうもももやややととと思思おもひひい給給たまへへえ慰慰なぐさめめめましましましををを、、、
- 34いといといとかうかうこう假假かりなるなるなるののの程程ほどををを思思おもひひい侍侍はべるるるにににたぐひたぐひたぐいなくなくなく思思おもううう給給たまへへえ惑惑まどははわるゝるゝるるなりなりなり。。。よしよしよし今今いまははは見見みきききとととなななかけかけかけ」」」とととててて、、、思思おもへへえるるるさまさまさま實實げにににいといといとことわりことわりことわりなりなりなり。。。
- 35おろかおろかおろかならならならずずず契契ちぎりりりり慰慰なぐさめめめ給給たまふふうことことこと多多おおかるかるかるべしべしべし。。。
現代語訳
「お客様は廂の間でお休みになったわ。噂に聞いていたお姿を拝見したけれど、本当にすばらしかった」と、小君がひそひそと言う。「昼間だったら、のぞいて拝見したのに」と、空蟬は眠そうに言って、顔を夜具に引き入れた声がする。源氏は、いまいましい、もう少し気を入れて尋ねたらよいのに、とおもしろくなくお思いになる。「私は端の方に寝ましょう。ああ暗い」と言って、小君は灯火をかき立てたりしているらしい。
女君は、ちょうどこの襖口の筋向かいのあたりに寝ているのだろう。「中将の君はどこにいるの。人の気配が遠くて、なんとなく恐ろしいわ」と言うと、長押の下に女房たちが寝ていて、返事をしているようだ。「中将の君は下屋に湯を使いに行って、すぐ参ると申しておりました」と言う。
皆寝静まった様子なので、源氏が掛け金を試しに引き開けてごらんになると、向こう側からは鍵がかけてなかった。几帳を襖口に立てて、灯火はほの暗い中をご覧になると、唐櫃のような物などが置いてあるので、雑然とした中を分け入って、気配のしたところにお入りになると、ただひとり、たいそう小柄な様子で寝ていた。なんとなく気がひけるが、上に掛けている衣を押しやるまで、空蟬は呼んでいた中将の君だと思っていた。
源氏が「中将をお呼びでしたので、人知れずお慕いしていた思いがかなった気がして」とおっしゃるのを、空蟬は何が何だかわからず、物の怪に襲われたような心地がして、「あっ」とおびえるが、顔に衣がかかっていて声にもならない。
源氏は「出来心の浅い思いだとお思いになるでしょう、無理もないことですが、長年お慕いしていた心のうちも申し上げようと思って、こういう折を待っていたのですから、決して浅い気持ちではないとお思いください」と、たいそうやさしくおっしゃって、鬼神でも荒れようのないようなご様子なので、はしたなく「ここに人が」とも騒ぎたてることができず、心の中ではたいそうつらく、あってはならないことと思うので、「あまりのことです。人違いでいらっしゃるのでしょう」と言う声も、息も絶え絶えである。消え入りそうに惑っている様子が、たいそう痛々しく、かわいらしいので、源氏は好ましくご覧になって、
「間違えるはずもない恋心に導かれて来たのに、思いもよらないようにとぼけていらっしゃるのですね。色好みめいた振る舞いは、決してお見せしません。思っていることを少し申し上げたいのです」と言って、たいそう小柄なので、抱きかかえて襖のところにお出になると、呼んでいた中将の君らしい女房が来合わせた。
源氏が「おい」とおっしゃるので、不審に思って手探りで近寄ると、たいそうよい香りがあたりに満ちて、顔にまで漂いかかる気がするので、源氏だと気づいた。中将の君は、あきれたことだ、これはどういうことかと途方に暮れるが、何とも申し上げようがない。普通の身分の人なら、乱暴にでも引き離すだろう。それでさえ、大勢の人に知られたらどうなることか。胸も騒いで後を追ってきたが、源氏は平然として、奥のご座所に入ってしまわれた。
源氏は襖を閉めて、「明け方に迎えに来なさい」とおっしゃるので、空蟬は、この女房がどう思うかさえ死ぬほどつらく、流れるほど汗をかいて、たいそう苦しそうなのが気の毒だけれど、源氏は例によって、どこから出てくるお言葉なのか、心が動かされるほど情のこもった言葉を、言い尽くしていらっしゃるようである。
それでも空蟬はなおあまりのことに、「現実のこととも思えません。取るに足らない身ではありますが、見くだしていらっしゃるお心のほども、どうして浅いと思わずにいられましょう。このような身分の者には、それなりの身分の定めがあるのです」と言って、こうして強引に振る舞われたことを、深く情けない、つらいと思いつめている様子も、本当にお気の毒で、こちらが気後れするような様子なので、
源氏は「その身分の違いというものを、まだ知らない初めての経験なのですよ。かえって、ありふれた男と同じように思っていらっしゃるのが、つらいことです。自然とお聞きになることもあるでしょうが、むやみな浮気心は少しも持ったことがないのに、前世からの因縁なのでしょうか、本当に、こうしてさげすまれるのも、もっともな心の乱れを、我ながら不思議なほどで」などと、まじめにいろいろおっしゃるけれども、空蟬は、まことに比類ないご様子に、ますます打ち解け申し上げることがつらいので、強情で気にくわない女だと思われても、そういう情けを解さない女としてやり過ごしてしまおうと思って、ひたすらつれなく振る舞っていた。
人柄はものやわらかなのに、強い心を無理に加えているので、なよ竹のような感じがして、さすがに折れそうにもない。本当にいやで、強引なお振る舞いを言いようもなく思って泣く様子など、たいそう哀れである。源氏は気の毒ではあるが、この人に会わなかったら残念だったろうとお思いになる。
空蟬が慰めようもなくつらいと思っているので、源氏は「どうしてこんなに嫌なものとお思いになるのですか。思いがけない出会いだからこそ、前世からの縁があるのだとお思いなさい。むやみに男女の仲を知らないようにとぼけていらっしゃるのが、たいそうつらい」と恨みなさる。
空蟬は「こうしてつらい身の上が定まらない、昔の娘のままの身で、こうしたお気持ちをいただいたのなら、とんでもないうぬぼれでも、いつかは見直していただける後の日もあろうかと思って、気持ちを慰めましょうに、こうした仮初めのはかない一夜の契りだと思いますと、たとえようもなく心が乱れるのです。もうよいのです、今となっては、私と会ったなどと、決して人におっしゃらないでください」と言って、思い悩んでいる様子は、本当にもっともなことである。
源氏は、心をこめて約束し、慰めなさることも多かったのだろう。
意訳
空蟬は、受領の後妻という「中の品」の女性である。源氏の強引な振る舞いに対して、空蟬は身分の違いと人妻であることを理由に、最後まで心を許さない。「いとかやうなるきははきはとこそ侍るなれ」(このような身分の者には、それなりの定めがある)という言葉には、身分の低さを自覚しながらも、自分の誇りを守ろうとする空蟬の強さが表れている。
「なよ竹の心ちしてさすがに折るべくもあらず」という比喩は、空蟬の人柄をよく表している。外見はものやわらかで弱々しいが、芯は強く、たやすく折れない。空蟬が嘆く「ありしながらの身」(結婚前の娘のままの身)であったなら、という言葉には、伊予介の後妻となった自分の運命への悲しみがこもっている。この夜の出来事は、源氏にとっても、思い通りにならない女性との初めての出会いとなった。
語釈・文法注
- 中將の君
- 空蟬に仕える女房の呼び名。
- かけがね
- 掛け金。襖などの戸締まりの金具。
- 中將めしつればなむ
- 空蟬が女房の「中将の君」を呼んだのを、近衛中将である源氏が、自分を呼んだのだと言いなした言葉。
- おぼめく
- そらとぼける、知らないふりをする。
- くゆる
- 香が漂う、くすぶる。源氏の衣にたきしめた香の香り。
- かなぐる
- 荒々しく引き離す、むしり取る。
- どう
- 動(どう)。動揺すること。「どうもなくて」で、平然として。
- 初事(ういごと)
- 初めての経験。
- あばむ
- 軽んじる、さげすむ。「あはむ」と同じ。
- なよ竹
- しなやかな若竹。たわんでも折れないことから、柔らかいが芯の強い人のたとえ。
- おぼゝる
- ぼんやりする、とぼける。
- のちせ
- 後瀬(のちせ)。後日の逢瀬。
- 浮寢
- 仮寝、旅寝。水鳥が水に浮いて寝ることから、落ち着かない、はかない共寝。
- 見きとなかけそ
- 私と逢ったなどと口にしないでください。「な…そ」の禁止。『古今和歌集』の「君が名もわが名も立てじ難波なるみつとも言ふなあひきとも言はじ」をふまえるとされる。
文法
- 反実仮想「ましかば…まし」(見ざらましかば口惜しからまし)
- 「もし会わなかったら、残念だっただろう」。事実に反する仮定と、その結果を想像する。
- 禁止「な…そ」(見きとなかけそ)
- 副詞「な」と終助詞「そ」で動詞をはさみ、柔らかく禁止する。
- 推量「べし」(臥したるべき・多かるべし)
- 語り手が場面を推し量る言い方。「…しているのだろう」「…が多かったのだろう」。語り手が直接は見ていないことを示す草子地。
解説
源氏と空蟬の一夜は、源氏物語の中でも、源氏が拒まれる珍しい場面である。源氏は、身分が低く人妻である空蟬なら、たやすくなびくと思っていたのかもしれない。しかし空蟬は、源氏の美しさに心を動かされながらも、自分の立場を守り、心を許さなかった。
襖の掛け金がかかっていなかった、香の香りで源氏とわかる、小柄なので抱きかかえて連れていく、といった細部は、寝殿造の暮らしを具体的に思い描かせる。几帳や唐櫃、長押の下に寝る女房たちなど、当時の住まいの様子も生き生きと描かれている。
最後の「おろかならず契り慰め給ふこと多かるべし」は、語り手が場面の外から推し量る草子地である。二人の間に何があったのかを、語り手ははっきりとは語らない。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、40–42頁(コマ22–23)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日