源氏物語 第2帖 帚木(8)
蒜食ひの女
藤式部丞の体験談。学問の師でもあった博士の娘は、漢学に通じた賢い女だったが、久しぶりに訪ねると、風邪薬に蒜(にんにく)を飲んだので会えないと、漢語まじりに言う。皆はあきれて笑う。左馬頭は、知識をひけらかす女や、時と場をわきまえない歌詠みを戒め、品定めは夜明けまで続いた。

- 1「「「式部式部しきぶががが所所ところにににぞぞぞ氣色氣色けしきあるあるある事事ことはははあらあらあらむむん。。。少少すこしししづゝづゝずつ語語かたりりり申申もうせせせ」」」ととと責責せめめめらるらるらる。。。
- 2「「「しもしもしもがががしもしもしもののの中中なかにはにはには、、、なでふなでふなじょう事事ことかかか聞聞きこしししめしめしめし所所ところ侍侍はべらららむむん」」」ととといへいへいえどどど、、、頭頭とうののの、、、「「「まめやかまめやかまめやかににに遲遲おそししし」」」ととと責責せめめめ給給たまへへえばばば、、、何事何事なにごとををを取取とりりり申申もうさささむむんとととおもひおもひおもいめぐらすめぐらすめぐらすににに、、、
- 3「「「まだまだまだ文章文章もんじょうのののににに侍侍はべりりりししし時時とき、、、賢賢かしこききき女女おんなのののためしためしためしをををなむなむなん見見み給給たまへへえししし。。。
- 4かのかのかのうまうまうまのののかみかみかみののの申申もうししし給給たまへへえるるるやうやうようにににおほやけおほやけおおやけ事事ことをををももも言言いひひい合合あわせせせ私私わたくしざまざまざまののの世世よにににすまふすまふすまうべきべきべき心心こころおきておきておきてををを思思おもひひい廻廻めぐらさらさらさむむん方方かたもももいたりいたりいたり深深ふかくくくざえざえざえのののきはきはきわなまなまなまなまなまなまののの博士博士はかせ耻耻はずかしくしくしくすべてすべてすべてくちくちくちあかすあかすあかすべくべくべくなむなむなん侍侍はべらららざりざりざりししし。。。
- 5それそれそれはははあるあるある博士博士はかせののの許許もとににに學問學問がくもんなどなどなどししし侍侍はべるるるとととててて罷罷まかりりり通通かよひひいししし程程ほどににに、、、あるじあるじあるじのののむすめむすめむすめどもどもども多多おおかりかりかりととと聞聞きききき給給たまへへえてててはかなきはかなきはかなき序序ついでにににいひいひいいよりよりよりててて侍侍はべりりりしししををを、、、
- 6親親おや聞聞ききききつけつけつけててて盃盃さかずきもてもてもて出出いでゝでゝでて、、、我我わががが二二ふたつつつののの謠謠うたふふうををを聞聞きけけけとととなむなむなん聞聞きこえごちえごちえごち侍侍はべりりりしかしかしかどどど、、、をさをさをさをさおさおさうちとけうちとけうちとけてててもももまからまからまからずずず、、、かのかのかの親親おやののの心心こころををを憚憚はばかりりりてててさすがにさすがにさすがにかゝづらひかゝづらひかかずらい侍侍はべりりりししし程程ほどににに、、、
- 7いといといと哀哀あわれににに思思おもひひい後後うしろみみみ寢覺寢覺ねざめのののかたらひかたらひかたらいにもにもにも、、、身身みののの才才ざえつきつきつきおほやけおほやけおおやけににに仕仕つこうううまつるまつるまつるべきべきべき道々道々みちみちしきしきしき事事ことををを敎敎をしへへへててていといといと淸淸きよげげげにににせうそこせうそこしょうそこ文文ぶみにもにもにもととといふいふいうものものものををを書書かきききまぜまぜまぜずずず言言いひひいまはしまはしまわし侍侍はべるるるににに、、、
- 8おのづからおのづからおのずからえええ罷罷まかりりり絕絕たえええでででそのそのその者者ものををを師師しとととしししてててなむなむなんわづかわづかわずかなるなるなる作作つくるるる事事ことなどなどなど習習ならひひい侍侍はべりりりしかしかしかばばば今今いまにににそのそのその恩恩おんははは忘忘わすれれれ侍侍はべらららねねねどどど、、、
- 9懷懷なつしきしきしきとととうちうちうち賴賴たのまままむむんににに無才無才むざいののの人人ひとなまわろなまわろなまわろならならならむむんふるまひふるまひふるまいなどなどなど見見みえええむむんににに耻耻はずかしくしくしくなむなむなん見見みえええ侍侍はべりりりししし。。。
- 10まいてまいてまいて君君きみだちだちだちののの御爲御爲おおんためにはにはにはさしもさしもさしもはかばかしくはかばかしくはかばかしくしたゝかしたゝかしたたかなるなるなる御後見御後見おおんうしろみははは、、、何何なににににかかかせせせさせさせさせ給給たまははわむむん。。。
- 11はかなしはかなしはかなし口惜口惜くちおしししとととかつかつかつ見見みつゝつゝつつももも唯唯ただ我我わががが心心こころにににつきつきつき宿世宿世すくせのののひくひくひく方方かた侍侍はべるるるめれめれめればばばをのこをのこおのこしもしもしもなむなむなん仔細仔細しさいなきなきなきものものものははは侍侍はべるるるめるめるめる」」」ととと申申もうせせせばばば
- 12殘殘のこりをををいはせいはせいわせむむんとととててて「「「さてさてさてさてさてさてをかしかりをかしかりおかしかりけるけるける女女おんなかなかなかな」」」とととすかいすかいすかい給給たまふふうををを、、、心心こころはははえええながらながらながら鼻鼻はなのののわたりわたりわたりをををててて語語かたりりりなすなすなす。。。
- 13「「「さてさてさていといといと久久ひさしくしくしく罷罷まからららざりざりざりしししににに物物もののののたよりたよりたよりににに立立たちちち寄寄よりりりててて侍侍はべれれればばば、、、常常つねのののうちとけうちとけうちとけ居居いたるたるたる方方かたにはにはには侍侍はべらららででで心心こころやましきやましきやましき物越物越ものごしにてにてにてなむなむなん逢逢あひひいててて侍侍はべりりりししし。。。
- 14にににやややとととをこがましくをこがましくおこがましくももも又又またよきよきよきふしふしふしなりなりなりともともとも思思おもひひい給給たまふるふるうるににに、、、このこのこのさかしさかしさかし人人びとはたはたはた輕々輕々かるがるしきしきしき物怨物怨ものえんじじじすすすべきべきべきにもにもにもあらあらあらずずず。。。世世よのののだうりだうりどうりををを思思おもひひいとりとりとりててて恨恨うらみみみざりざりざりけりけりけり。。。
- 15聲聲こえもももはやりかはやりかはやりかにてにてにていふいふいうやうやうよう、、、月比月比つきごろ病病びょう重重かさきききにににたへたへたえかねかねかねててて極極ごくののの草藥草藥そうやくをををぶくしぶくしぶくしててていといといとくさきくさきくさきににによりよりよりなむなむなんえええたいめんたいめんたいめん給給たまはらはらわらぬぬぬ、、、
- 16まのあたりまのあたりまのあたりならならならずずずともともともさるべからさるべからさるべからむむん雜事等雜事等ぞうじらはははうけうけうけ給給たまはらはらわらむむんととといといといと哀哀あわれにににむべむべしくむべむべしくむべむべしく言言いひひい侍侍はべりりり。。。
- 17いらへいらへいらえににに何何なにとととかかかははは言言いははわれれれ侍侍はべらららむむん、、、唯唯ただうけうけうけ給給たまはりはりわりぬぬぬとととててて立立たちちち出出いででで侍侍はべるるるににに、、、さうざうしくさうざうしくそうぞうしくややや覺覺おぼえええけむけむけん、、、このこのこの香香か失失うせせせなむなむなん時時ときににに立立たちちちよりよりより給給たまへへえととと高高たかやかやかやかにににいふいふいうををを聞聞ききききすぐさすぐさすぐさむむんもももいとほしいとほしいとおし。。。
- 18暫暫しばししし立立たちちち休休やすらふらふらうべきべきべきにににはははたたた侍侍はべらららねねねばばば、、、實實げにににそのそのそのにほひにほひにおいさへさへさへ華華はなやかやかやかににに立立たちちち添添そへへえるるるもももすべなくすべなくすべなくててて、、、をををつかひつかひつかいててて、、、
- 19「「「のののふるまひふるまひふるまいしるきしるきしるき夕暮夕暮ゆうぐれにににひるまひるまひるますぐせすぐせすぐせととといふいふいうがががあやなさあやなさあやなさ。。。いかなるいかなるいかなることつけことつけことつけぞぞぞややや」」」ととと、、、いひいひいいももも果果はてててずずず走走はしりりり出出いででで侍侍はべりりりぬるぬるぬるににに、、、追追おひひいててて、、、和歌
- 20「「「逢逢あふふうことことことののの夜夜よをををししし隔隔へだてててぬぬぬ中中なかならならならばばばひるひるひる間間まもももなになになにかかかまばゆからまばゆからまばゆからましましまし」」」、、、さすがにさすがにさすがに口口くち疾疾とくくくなどなどなどははは侍侍はべりりりききき」」」とととしづしづしづしづしずしずととと申申もうせせせばばば、、、和歌
- 21君君きみだちだちだちあさましあさましあさましととと思思おもひひいててて「「「そらごとそらごとそらごと」」」とととててて笑笑わらひひい給給たまふふう。。。「「「いづこいづこいずこのののさるさるさる女女おんなかかかあるあるあるべきべきべき。。。おいらかおいらかおいらかににに鬼鬼おにとととこそこそこそ向向むかひひい居居いたらたらたらめめめ。。。むくつけきむくつけきむくつけき事事こと」」」とととつまはじきつまはじきつまはじきをををしししててて
- 22「「「言言いははわむむん方方かたなしなしなし」」」ととと式部式部しきぶをををにくみにくみにくみててて、、、「「「少少すこしししよろしからよろしからよろしからむむん事事ことををを申申もうせせせ」」」ととと責責せめめめ給給たまへへえどどど、、、
- 23「「「これこれこれよりよりより珍珍めずらしきしきしき事事ことははは候候さぶらひひいなむなむなんややや」」」とととてててをりをりおりぬぬぬ。。。
- 24「「「すべてすべてすべて男男おとこももも女女おんなもももわろものわろものわろものははは僅僅わずかににに知知しれれれるるる方方かたののの事事ことををを殘殘のこりなくなくなく見見みせせせ盡盡つさささむむんととと思思おもへへえるるるこそこそこそいとほしけれいとほしけれいとおしけれ。。。
- 25ののの道々道々みちみちしきしきしき方方かたををを、、、明明あきらかかかににに曉曉さとりりりあかさあかさあかさむむんこそこそこそ愛敬愛敬あいぎょうなからなからなからめめめ。。。
- 26などなどなどかかかははは女女おんなととといはいはいわむむんからからからににに、、、世世よにににあるあるある事事ことののの公私公私おおやけわたくしにににつけつけつけてててむげにむげにむげに知知しらららずずず至至いたらららずずずしもしもしもあらあらあらむむん。。。わざとわざとわざと習習ならひひいまなばまなばまなばねねねどもどもども少少すこしししもももかどかどかどあらあらあらむむん人人ひとののの耳耳みみにもにもにも目目めにもにもにもとまるとまるとまる事事ことじねんじねんじねんににに多多おおかるかるかるべしべしべし。。。
- 27さるさるさるまゝまゝままにはにはにはををを走走はしりりり書書かきききててて、、、さるまじきさるまじきさるまじきどちどちどちのののをんなぶみをんなぶみおんなぶみににに半半なかば過過すぎぎぎててて書書かきききすくめすくめすくめたるたるたる、、、あなあなあなうたてうたてうたてこのこのこの人人ひとのののたをやかたをやかたおやかならならならましかましかましかばばばととと見見みゆゆゆかしかしかし。。。
- 28心地心地ここちにはにはにはさしもさしもさしも思思おもははわざらざらざらめめめどどど、、、おのづからおのづからおのずからこはこはしきこはこはしきこわこわしき聲聲こえににに讀讀よみみみなさなさなされれれなどなどなどしししつゝつゝつつ殊殊ことさらびさらびさらびたりたりたり。。。これこれこれははは上臈上臈じょうろうののの中中なかにもにもにも多多おおかるかるかるぞぞぞかしかしかし。。。
- 29歌歌うた詠詠ながむむむととと思思おもへへえるるる人人ひとののの、、、やがてやがてやがて歌歌うたにににまつはれまつはれまつわれをかしきをかしきおかしきふるふるふる事事ことをををももも始始はじめよりよりよりとりこみとりこみとりこみつゝつゝつつ、、、すさまじきすさまじきすさまじき折々折々おりおりよみよみよみかけかけかけたるたるたるこそこそこそしきしきしきとととなれなれなれ。。。返返かへしししせせせねねねばばばなさけなしなさけなしなさけなし。。。えせえせえせざらざらざらむむん人人ひとははははしたなからはしたなからはしたなからむむん。。。
- 30さるべきさるべきさるべき節會節會せちえなどなどなど五月五月さつきのののににに急急いそぎぎぎ參參まいるるるあしたあしたあした何何なにのののあやめあやめあやめももも思思おもひひいしづめしづめしずめられられられぬぬぬにににえならぬえならぬえならぬ根根ねをををひきひきひきかけかけかけ、、、九日九日ここのかのののにににまづまづまず難難かたききき詩詩しののの心心こころををを思思おもひひいめぐらしめぐらしめぐらし、、、
- 31暇暇いとまなきなきなき折折おりににに菊菊きくののの露露つゆをををかこちかこちかこちよせよせよせなどなどなどやうやうようのののつきなきつきなきつきなきいとなみいとなみいとなみににに合合あわせせせ、、、さならでさならでさならでもももおのづからおのづからおのずから實實げににに後後のちににに思思おもへへえばばばをかしくをかしくおかしくももも哀哀あわれにもにもにもあべかりあべかりあべかりけるけるけることことことののの、、、そのそのその折折おりにににつきなくつきなくつきなく目目めにもにもにもとまらとまらとまらぬぬぬなどなどなどををを推推おししし量量はからららずずずよみよみよみ出出いでででたるたるたる、、、なかなかなかなかなかなか心心こころ後後おくれれれててて見見みゆゆゆ。。。
- 32萬萬よろずののの事事ことににに、、、などなどなどかかかはははさてもさてもさてもととと覺覺おぼゆるゆるゆる折折おりからからから、、、時々時々ときどき思思おもひひいわかわかわかぬぬぬばかりばかりばかりののの心心こころにてにてにてははは、、、よしばみよしばみよしばみなさけなさけなさけたゝたゝたたざらざらざらむむんなむなむなんめやすかるめやすかるめやすかるべきべきべき。。。すべてすべてすべて心心こころににに知知しれれれらむらむらん事事ことをををももも知知しらららずずず顏顏かおにににもてなしもてなしもてなし、、、言言いははわまほしからまほしからまほしからむむん事事ことをををももも一一ひとつつつ二二ふたつつつのののふしふしふしはははすぐすすぐすすぐすべくべくべくなむなむなんあべかりあべかりあべかりけるけるける」」」などなどなどいふいふいうにもにもにも、、、
- 33君君きみははは人人ひとののの御有樣御有樣おおんありさまををを心心こころののの中中なかににに思思おもひひい續續つづけけけ給給たまふふう。。。これこれこれははは足足たらららずずず又又またさしさしさし過過すぎぎぎたるたるたる事事ことなくなくなく物物ものししし給給たまひひいけるけるけるかなかなかなととと、、、ありがたきありがたきありがたきにもにもにもいとゞいとゞいとど胸胸むねふたがるふたがるふたがる。。。
- 34何方何方いずかたににによりよりよりはつはつはつともともともなくなくなくてててはてはてはてはてはてはてははは怪怪あやしきしきしき事事ことどもどもどもににになりなりなりててて明明あかししし給給たまひひいつつつ。。。
現代語訳
頭中将は「式部のところにこそ、おもしろい話があるだろう。少しずつ語れ」と責める。式部丞は「下の下の者の話に、どうしてお聞きになるほどのことがございましょう」と言うが、頭中将が「まじめに、早くしろ」とお責めになるので、何をお話ししようかと思いめぐらして、語りはじめる。
「まだ文章生でございました頃、賢い女の例を見たことがございます。先ほど左馬頭が申されたように、公のことも相談でき、私生活で世を渡っていくための心構えも、深く考えることができ、学識のほどは、なまじっかの博士も恥じ入るほどで、何ごとにも口出しできないほどでございました。
それは、ある博士のもとに学問をしに通っておりました頃、主人に娘が大勢いると聞きまして、ちょっとした折に言い寄りましたところ、親が聞きつけて、盃を持って出てきて、『わが二つの道を歌うのを聞け』などと、それとなく言いましたが、私はそれほど打ち解けて通ってもいませんでした。それでも親の気持ちに遠慮して、やはり関わりを続けておりましたうちに、女はたいそう情け深く世話をしてくれて、寝覚めの語らいにも、私の学識を身につけさせ、朝廷にお仕えするための学問のことを教えてくれ、たいそうきれいに、手紙にも仮名というものをまじえず、もっともらしく漢文で書いてよこすので、自然と別れることもできずに、その女を師として、つまらない漢詩を作ることなどを習いましたので、今もその恩は忘れませんが、いとしい妻として頼みにするには、学問のない私が、みっともない振る舞いなどを見られるのが恥ずかしく思われました。
まして、あなた方のような方々にとって、そんなにしっかりしすぎた世話役は、何の役に立ちましょう。つまらない、残念だと一方では思いながらも、ただ自分の心に合い、前世の因縁に引かれるということがあるようですから、男というものは、まったくたわいないものでございます」と申し上げると、
頭中将は残りを話させようとして、「さてさて、おもしろい女だな」とおだてなさるので、式部丞は、それとわかっていながら、鼻のあたりをひくひくさせて語り続ける。
「さて、たいそう長い間通わずにおりましたが、何かのついでに立ち寄りましたところ、いつもくつろいでいる部屋ではなくて、気づまりな物越しに会いました。すねているのだろうかと、ばかばかしくもあり、また別れるにはよい機会だとも思いましたところ、この賢い女は、軽々しく恨みごとを言うはずもありません。世の道理をわきまえていて、恨みもしないのです。
声もはきはきとして言うことには、『この数か月、風病が重いのに耐えかねて、極熱の草薬を服用しまして、たいそうくさいので、お目にかかれません。直接でなくても、しかるべき雑用は承りましょう』と、まことに神妙に、もっともらしく言います。返事に何と言えましょう、ただ『承知しました』と言って立ち去ろうとしますと、物足りないと思ったのでしょうか、『このにおいが消えたころにお立ち寄りください』と声高に言うのを、聞き流して行くのも気の毒です。かといって、しばらくぐずぐずしているわけにもいかず、本当にそのにおいまで華やかに漂ってくるのもたまらなくて、逃げ腰になって、
『蜘蛛の振る舞いで、私が来ることがはっきりわかっていた夕暮れなのに、昼間(蒜の間)を過ごしてから来いとは、わけがわかりません。何の口実ですか』と、言い終わらないうちに走り出しましたところ、追いかけて、
『夜ごとに逢う仲なら、昼間(蒜の間)だって、何が恥ずかしいことがありましょう』と、さすがに返歌は早いものでした」と、落ち着きはらって申し上げるので、
君達は、あきれたことだと思って、「作り話だ」と言ってお笑いになる。「どこにそんな女がいるものか。おとなしく鬼とでも向かい合っていたほうがましだ。気味の悪い話だ」と、つまはじきをして、「話にならない」と式部丞をけなし、憎らしがって、「もう少しましな話をしろ」とお責めになるが、式部丞は「これより珍しい話がございましょうか」と言って座っている。
左馬頭は言う。「すべて、男も女も、つまらない者は、わずかに知っていることを残らず見せつけようと思っているのが、気の毒なことです。三史五経の学問の道を、すっかり究めつくすようなのは、女としてかわいげがないでしょう。かといって、どうして女だからといって、世の中のことの公私につけて、まったく知らず、わからないということがありましょう。わざわざ習い学ばなくても、少しでも才気のある人なら、耳にも目にもとまることが自然と多いでしょう。
そうであるままに、漢字を走り書きして、そうする必要もない女同士の手紙に、半分以上も漢字で書きつめているのは、ああいやだ、この人がもっとしとやかだったらと思われるものです。本人はそうも思わないでしょうが、自然とごつごつした声で読まれたりして、わざとらしいのです。これは上流の女房の中にも多いのですよ。
歌を詠むのが得意だと思っている人が、そのまま歌にとらわれて、おもしろい古歌の言葉を初めから取り込んで、場違いな折々に詠みかけてくるのは、不快なものです。返歌をしなければ情けないし、返歌のできない人はきまりが悪いでしょう。しかるべき節会、たとえば五月の節句に急いで参内する朝、何の分別もつかないのに、すばらしい菖蒲の根にかけて歌を詠みかけ、九月九日の宴では、まず難しい漢詩の趣向を考えているのに、忙しい折に菊の露にかこつけて歌をよこすなど、場違いなことと重なって、そうでなくても、後で思えばおもしろくもしみじみともするはずの歌が、その時には場違いで目にもとまらないのを、相手の事情も考えずに詠み出すのは、かえって気のきかないことに見えます。
何ごとにつけても、どうしてそんなことをと思われる折に、時と場合をわきまえない程度の心では、風流ぶったり、情けをかけたりしないほうが無難でしょう。すべて、心に知っていることでも知らないような顔をして、言いたいことでも、一つ二つは言わずにすませるべきなのでしょう」などと言うにつけても、
源氏は、ある一人の方のご様子を心の中で思い続けていらっしゃる。この方こそ、足りないところも、出過ぎたところもなくていらっしゃることよと、めったにないお方であるにつけても、ますます胸がいっぱいになる。話はどこに落ち着くということもなく、しまいには妙な話になって、夜を明かしてしまわれた。
意訳
藤式部丞の「蒜食ひの女」の話は、品定めの体験談の中でいちばん滑稽な話である。学問にすぐれた女は、恋人を前にしても漢語まじりで堅苦しく話し、蒜(にんにく)を飲んだので会えないと告げる。聞き手の若者たちは「そらごと」と笑い、式部丞をけなすが、話の中には、才気をひけらかす女への皮肉がこめられている。
左馬頭はこれを受けて、知識を見せびらかすことの愚かさと、時と場をわきまえることの大切さを説く。紫式部自身、漢学に通じていたが、『紫式部日記』では、そのことを人に知られないよう「一」という字も書かないふりをしたと書いている。左馬頭の言葉には、作者自身の処世の考えも重なっている。最後に源氏が心に思い浮かべるのは、足りないところも出過ぎたところもない、ただ一人の女性、藤壺である。
語釈・文法注
- 頭の君
- 頭中将。蔵人頭で近衛中将を兼ねる人。
- 文章のしやう
- 文章生(もんじょうしょう)。大学寮で漢詩文や歴史を学ぶ学生。
- 我が二つの道
- 白居易の詩「秦中吟」の一節「聴け我が二つの途を歌はん」による。富家の娘より貧家の娘を妻にせよ、と勧める詩。博士がそれとなく娘との結婚を勧めたこと。
- かんな
- 仮名(かな)。
- むべむべし
- もっともらしい、いかにもきちんとしている。
- 腰折文
- 下手な詩文。ここでは自分の漢詩をへりくだっていう。
- さいし
- 妻子(さいし)。ここでは妻。漢語めかした言い方。
- こめく
- ひくひくさせる意か。得意になって鼻をうごめかす様子。
- ふすぶ
- 嫉妬する、すねる。
- ふ病
- 風病(ふびょう)。風邪など、風が原因とされた病気。
- 極ねち
- 極熱(ごくねち)。きわめて熱性の強い薬。ここでは蒜(にんにく)のこと。
- にげめ
- 逃げ目。逃げ腰、逃げ出すきっかけ。
- さゝがに
- 蜘蛛の別名。蜘蛛が巣をかけるのは恋人が来る前兆とされた。
- あはむ
- 軽んじる、ばかにする。
- 三史五經
- 三史は『史記』『漢書』『後漢書』、五経は『易経』『書経』『詩経』『礼記』『春秋』。漢学の基本書。
- まんな
- 真名(まな)。漢字。仮名に対していう。
- 物し
- 不快だ、気に入らない。
- 五月のせち
- 五月五日の端午の節会。菖蒲(あやめ)を飾り、その根の長さを競ったりした。「あやめ」に「文目(分別)」を掛ける。
- 九日の宴
- 九月九日の重陽の節会。菊の花を浮かべた酒を飲み、漢詩を作った。
- 人ひとりの御有樣
- ただ一人の方のご様子。源氏が心に思う藤壺のこと。
文法
- 疑問の係助詞「か」の結び(何事か聞しめし所侍らむ)
- 係助詞「か」を受けて、推量の「む」が連体形で結ばれている。反語で「どうして…があろうか」。
- 反実仮想「まし」(なにかまばゆからまし)
- 「…だったら、何が恥ずかしいことがあろうか」。疑問語「なにか」と呼応して反語の意になる。
- 当然・推量「べし」+詠嘆「けり」(すぐすべくなむあべかりける)
- 「あるべかりける」の撥音便「あんべかりける」の撥音無表記。「すませるべきだったのだ」。
和歌
さゝがにのふるまひしるき夕暮にひるますぐせといふがあやなさ
- 詠者
- 藤式部丞
- 状況
- 蒜を飲んだので、においが消えた頃にまた来てほしいと言われた式部丞が、逃げ出しながら詠んだ歌。蜘蛛の動きで恋人の来訪がわかる夕暮れなのに、昼間(蒜の間)を過ごしてから来いとは筋が通らない。
修辞
- 掛詞
- 「ひるま」に「昼間」と「蒜(ひる)間」を掛ける。
- 本歌
- 「わが背子が来べき宵なりささがにの蜘蛛のふるまひかねてしるしも」(『日本書紀』衣通郎姫の歌)をふまえ、蜘蛛が巣をかけるのは恋人が来る前兆とされた。
逢ふことの夜をし隔てぬ中ならばひる間もなにかまばゆからまし
- 詠者
- 蒜食ひの女
- 状況
- 女の返歌。夜ごとに逢う仲であるなら、昼間(蒜の間)に会っても、何が恥ずかしいことがあるでしょう。
修辞
- 掛詞
- 「ひる間」に「昼間」と「蒜間」を掛ける。
解説
「蒜食ひの女」の話は、品定めの体験談の締めくくりとして、笑いを誘う役割をもっている。博士の娘が漢語まじりで「風病」「極熱の草薬」「雑事」などと言うのは、女性が漢語を使うことの珍しさと滑稽さをねらった描写である。平安時代、漢字・漢文は男性の学問とされ、女性が漢学の知識を見せることははばかられた。
左馬頭の結論、心に知っていることも知らない顔をし、言いたいことも一つ二つは控えるべきだという考えは、平安宮廷の女性の処世術をよく表している。紫式部は『紫式部日記』で、清少納言が漢字を書き散らしていることを批判し、自分は屏風の上に書かれた漢詩さえ読めないふりをしたと記している。
一晩中続いた品定めの最後に、語り手は源氏の心の中に入りこみ、源氏が藤壺を思っていることを示す。男たちの議論は結論が出ないまま終わるが、源氏にとっての「理想の女性」はすでに心に定まっていたのである。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、33–36頁(コマ18–20)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日