源氏物語 第2帖 帚木(5)
指喰ひの女
左馬頭の若い頃の体験談。嫉妬深いが、夫に尽くす女がいた。懲らしめようと別れ話を持ち出すと、女は左馬頭の指に噛みついた。その後、みぞれの夜に訪ねてみると女は実家に移っており、やがて思い嘆いて亡くなってしまう。

- 1「「「はやうはやうはようまだまだまだいといといと下臈下臈げろうににに侍侍はべりりりししし時時とき哀哀あわれととと思思おもふふう人人ひと侍侍はべりりりききき。。。
- 2聞聞きこえええさせさせさせつるつるつるやうやうようにににかたちかたちかたちなどなどなどいといといとにににももも侍侍はべらららざりざりざりしかしかしかばばば、、、若若わかききき程程ほどのののすきごゝちすきごゝちすきごこちにはにはにはこのこのこの人人ひとをををにににともともとも思思おもひひい留留とどめめめ侍侍はべらららずずず、、、よるべよるべよるべとととははは思思おもひひいながらながらながらさうざうしくさうざうしくそうぞうしくてててとかくとかくとかく紛紛まぎれれれありきありきありき侍侍はべりりりしししををを、、、
- 3じじじをををなむなむなんいたくいたくいたくししし侍侍はべりりりしかしかしかばばば、、、心心こころづきなうづきなうずきのういといといとかゝらかゝらかからでででならならならましかましかましかばばばととと思思おもひひいつゝつゝつつ、、、あまりあまりあまりいといといとゆるしゆるしゆるしなくなくなく疑疑うたがひひい侍侍はべりりりしししもももうるさくうるさくうるさくててて、、、
- 4かくかくかく數數かずならならならぬぬぬ身身みををを見見みももも放放はなたたたでででなどなどなどかくかくかくしもしもしも思思おもふふうらむらむらんととと、、、心苦心苦こころぐるしきしきしき折々折々おりおりももも侍侍はべりりりててて、、、じねんじねんじねんににに心心こころ治治おさめめめらるゝらるゝらるるやうやうようににになむなむなん侍侍はべりりりししし。。。
- 5このこのこの女女おんなのののあるあるあるやうやうよう、、、素素もとよりよりより思思おもひひい至至いたらららざりざりざりけるけるける事事ことにもにもにもいかでいかでいかでこのこのこの人人ひとののの爲爲ためにににはははとととなきなきなき手手てをををいだしいだしいだし、、、後後おくれれれたるたるたるすぢすぢすじののの心心こころをををももも猶猶なお口惜口惜くちおしくしくしくははは見見みえええじじじととと思思おもひひい勵勵はげみみみつゝつゝつつ、、、とにかくにとにかくにとにかくにつけつけつけててて物物ものまめやかまめやかまめやかににに後後うしろみみみ露露つゆにてもにてもにても心心こころににに違違たがふふう事事ことはははなくなくなくもがなもがなもがなととと思思おもへへえりりりししし程程ほどににに、、、
- 6進進すすめめめるるる方方かたととと思思おもひひいしかしかしかどどどとかくとかくとかくににに靡靡なびききき來來きてててなよびなよびなよびゆきゆきゆき、、、見見みにくきにくきにくきかたちかたちかたちをををもももこのこのこの人人ひとににに見見みややや疎疎うとまままれれれむむんとととわりなくわりなくわりなく思思おもひひいつくろひつくろひつくろい、、、疎疎うとききき人人ひとににに見見みえええばばばにににややや思思おもははわむむんととと憚憚はばかりりり耻耻はぢぢじててて、、、にににもてつけもてつけもてつけててて見見み馴馴なるゝるゝるるまゝまゝままににに心心こころもももけしうけしうけしゅうはははあらあらあらずずず侍侍はべりりりしかしかしかどどど、、、唯唯ただこのこのこの憎憎にくききき方方かた一一ひとつつつなむなむなん心心こころをををさめさめさめずずず侍侍はべりりりししし。。。
- 7そのそのそのかみかみかみ思思おもひひい侍侍はべりりりしししやうやうよう、、、かうかうこうあながちあながちあながちににに從從したがひひいおぢおぢおじたるたるたる人人ひとなななめりめりめり、、、いかでいかでいかで懲懲こるるるばかりばかりばかりのののわざわざわざしししててておどしおどしおどしてててこのこのこの方方かたももも少少すこしししよろしくよろしくよろしくもももなりなりなりもももやめやめやめむむんととと思思おもひひいててて、、、
- 8誠誠まことにににうしうしうしなどなどなどももも思思おもひひいててて絕絕たえええぬぬぬべきべきべき氣色氣色けしきならならならばばば、、、かばかりかばかりかばかり我我わににに隨隨したがふふう心心こころならならならばばば思思おもひひい懲懲こりりりなむなむなんととと思思おもひひい給給たまへへえててて、、、殊更殊更ことさらににになさけなくなさけなくなさけなくつれなきつれなきつれなきさまさまさまををを見見みせせせててて、、、例例れいののの腹腹はら立立たちちち怨怨えんずるずるずるににに、、、
- 9かくかくかくばばばいみじきいみじきいみじき契契ちぎり深深ふかくくくともともとも絕絕たえええててて又又また見見みじじじ、、、かぎりかぎりかぎりととと思思おもはゞはゞわばかくかくかくわりなきわりなきわりなき物物もの疑疑うたがひひいはははせよせよせよ、、、
- 10行行ゆくくくさきさきさき長長ながくくく見見みえええむむんととと思思おもはゞはゞわばつらきつらきつらき事事ことありありありともともとも念念ねんじじじてててなのめになのめになのめに思思おもひひいなりなりなりてててかゝるかゝるかかる心心こころだにだにだに失失うせせせなななばばば、、、いといといと哀哀あわれとととなむなむなん思思おもふふうべきべきべき、、、人人ひとなみなみなみなみなみなみにもにもにもなりなりなり少少すこしししおとなびおとなびおとなびむむんににに添添そへへえててて又又また並並ならぶぶぶ人人ひとなくなくなくなむなむなんあるあるあるべきべきべきなどなどなど、、、
- 11賢賢かしこくくく敎敎をしへへへたつるたつるたつるかなかなかなととと思思おもひひい給給たまへへえててて、、、我我われれれたけくたけくたけく侍侍はべるるるににに、、、少少すこしししうちうちうち笑笑わらひひいててて、、、
- 12萬萬よろずににになくなくなく物物ものげなきげなきげなき程程ほどををを見見みすぐしすぐしすぐしててて人數人數ひとかずなるなるなる世世よもももやややととと待待まつつつ方方かたはははいといといと長閑長閑のどかににに思思おもひひいなさなさなされれれててて心心こころやましくやましくやましくもももあらあらあらずずず、、、つらきつらきつらき心心こころををを忍忍しのびびびててて思思おもひひいなほらなほらなおらむむん折折おりををを見見みつけつけつけむむんととと年月年月としつきををを重重かさねねねむむんはははいといといと苦苦くるしくしくしくなむなむなんあるあるあるべけれべけれべければばば、、、かたみかたみかたみににに背背そむきききぬぬぬべきべきべききざみきざみきざみににになむなむなんあるあるあるととと、、、
- 13妬妬ねたげげげにににいふいふいう時時ときににに腹腹はらだゝしくだゝしくだたしくなりなりなりててて憎憎にくげげげなるなるなる事事ことどもどもどもををを言言いひひい勵勵はげししし侍侍はべるるるににに、、、女女おんなもももえええ治治おさめめめぬぬぬすぢすぢすじにてにてにてひとつひとつひとつををを引引ひききき寄寄よせせせてててくひくひくいててて侍侍はべりりりしししををを、、、
- 14おどろおどろしくおどろおどろしくおどろおどろしくててて、、、かゝるかゝるかかる疵疵きずさへさへさへつきつきつきぬれぬれぬればばばいよいよいよいよいよいよ交交まじらひらひらいをををすすすべきべきべきにもにもにもあらあらあらずずず、、、辱辱はずかしめしめしめ給給たまふふうめるめるめるいとゞしくいとゞしくいとどしく何何なににににつけつけつけてててかかかははは人人ひとめかめかめかむむん、、、世世よををを背背そむきききぬぬぬべきべきべき身身みなななめりめりめりなどなどなどいひいひいいおどしおどしおどしててて、、、
- 15さらばさらばさらば今日今日きょうこそこそこそはははかぎりかぎりかぎりなななめれめれめれとととこのこのこのおよびおよびおよびををを屈屈かがめめめてててまかでまかでまかでぬぬぬ。。。
- 16「「「手手てををを折折おりりりりてててあひあひあい見見みしししことことことををを數數かずふれふれうればばばこれこれこれひとつひとつひとつやややははは君君きみががが。。。えええ怨怨えんみみみじじじななな」」」ととと言言いひひい侍侍はべれれればばばさすがにさすがにさすがにうちうちうち泣泣なきききててて、、、和歌
- 17「「「うきふしうきふしうきふしををを心心こころひとつひとつひとつににに數數かずへへえきききててて君君きみががが手手てをををわかるわかるわかるべきべきべきをりをりおり」」」などなどなどひしろひひしろひいしろいはべりはべりはべりしかしかしかどどど、、、和歌
- 18誠誠まことにににははは變變かわるるるべきべきべき事事ことともともとも思思おもひひい給給たまへへえずずずながらながらながら、、、日比日比ひごろ經經へるるるまでまでまでせうそこせうそこしょうそこももも遣遣つかわさささずずず、、、罷罷まかりりりありくありくありくににに、、、
- 19臨時臨時りんじののののののににに夜更夜更よふけけけててていみじういみじういみじゅうみぞれみぞれみぞれ降降ふるるる夜夜よ、、、これかれこれかれこれかれ罷罷まかりりりあかるゝあかるゝあかるる所所ところにてにてにて思思おもひひいめぐらせめぐらせめぐらせばばば、、、猶猶なお家路家路いえじととと思思おもははわむむん方方かたははは又又またなかりなかりなかりけりけりけり。。。
- 20うちうちうちわたりわたりわたりののの旅寢旅寢たびねもももすさまじかるすさまじかるすさまじかるべくべくべく、、、氣色氣色けしきばめばめばめるるるあたりあたりあたりはははそゞろそゞろそぞろ寒寒さむくくくやややととと思思おもううう給給たまへへえられられられしかしかしかばばば、、、いかゞいかゞいかが思思おもへへえるるるととと氣色氣色けしきももも見見みがてらがてらがてら、、、雪雪ゆきをををうちうちうち拂拂はらひひいつゝつゝつつまかでゝまかでゝまかでて、、、
- 21なまなまなま人人ひとわろくわろくわろく爪爪つまどどどさりともさりともさりともこよひこよひこよい日比日比ひごろのののうらみうらみうらみははは解解とけけけなむなむなんととと思思おもううう給給たまへへえしししににに、、、
- 22火火ひほのかほのかほのかににに壁壁かべにににけけけ、、、なえなえなえたるたるたるきぬきぬきぬどもどもどものののたるたるたるおほいなるおほいなるおおいなるにににうちかけうちかけうちかけててて引引ひききき上上あぐぐぐべきべきべき物物もののののなどなどなどうちうちうち上上あげげげててて、、、今宵今宵こよいばかりばかりばかりやややととと待待まちちちけるけるけるさまさまさまなりなりなり。。。
- 23さればよさればよさればよととと心心こころおごりおごりおごりするするするにににはははなしなしなし。。。さるべきさるべきさるべき女房女房にょうぼうどもどもどもばかりばかりばかりとまりとまりとまりててて、、、親親おやののの家家いえにににこのこのこの夜夜よさりさりさりなむなむなん渡渡わたりりりぬるぬるぬるととと答答こたへへえ侍侍はべりりり。。。
- 24艶艶えんなるなるなる歌歌うたももも詠詠ながまままずずず氣色氣色けしきばめばめばめるるるせうそこせうそこしょうそこもももせせせでででいといといとににになさけなかりなさけなかりなさけなかりしかしかしかばばば、、、あへなきあへなきあえなき心地心地ここちしししててて、、、さがなくさがなくさがなくゆるしゆるしゆるしなかりなかりなかりしししももも我我わををを疎疎うとみみみねねねととと思思おもふふう方方かたののの心心こころやややありありありけむけむけんととと、、、さしもさしもさしも見見み給給たまへへえざりざりざりししし事事ことなれなれなれどどど心心こころやましきやましきやましきまゝまゝままににに思思おもひひい侍侍はべりりりしししににに、、、
- 25着着きるるるべきべきべき物物もの常常つねよりよりよりももも心心こころ留留とどめめめたるたるたる色色いろあひあひあいししし、、、さまさまさまいといといとあらまほしくあらまほしくあらまほしくててて、、、さすがにさすがにさすがに我我わががが見見み捨捨すてゝてゝててむむん後後のちをををさへさへさへなむなむなん思思おもひひいやりやりやり後見後見うしろみたりたりたりししし。。。
- 26さりともさりともさりとも絕絕たえええててて思思おもひひい放放はなつつつやうやうようはははあらあらあらじじじととと思思おもひひい給給たまへへえてててとかくとかくとかく言言いひひい侍侍はべりりりしししををを、、、背背そむきききもももせせせずずず尋尋たずねねね惑惑まどはさはさわさむむんともともとも隱隱かくれれれ忍忍しのびびびずずず、、、輝輝かかやかしからかしからかしからずずずいらへいらへいらえつゝつゝつつ、、、
- 27唯唯ただありありありししし心心こころながらながらながらはははえええなむなむなん見見みすぐすすぐすすぐすまじきまじきまじき、、、改改あらためめめててて長閑長閑のどかににに思思おもひひいならならならばばばなむなむなんあひあひあい見見みるるるべきべきべきなどなどなど言言いひひいしししををを、、、さりともさりともさりともえええ思思おもひひい離離はなれれれじじじととと思思おもひひい給給たまへへえしかしかしかばばば、、、
- 28暫暫しばしししこらさこらさこらさむむんののの心心こころにてにてにてしかしかしか改改あらためめめむむんともともともいはいはいわずずず、、、いたくいたくいたくててて見見みせせせしししあひだあひだあいだににに、、、いといといといたくいたくいたく思思おもひひい歎歎なげきききてててはかなくはかなくはかなくなりなりなり侍侍はべりりりにににしかしかしかばばば戲戲たわぶれぶれぶれ憎憎にくくくくなむなむなん覺覺おぼえええ侍侍はべりりりししし。。。
- 29偏偏ひとえにににうちうちうち賴賴たのめめめたらたらたらむむん方方かたははは、、、さばかりさばかりさばかりにてにてにてありぬありぬありぬべくべくべくなむなむなん思思おもひひい給給たまへへえ出出いでででらるゝらるゝらるる。。。
- 30はかなきはかなきはかなきあだごとあだごとあだごとをををももも誠誠まことののの大事大事だいじをををももも、、、言言いひひい合合あわせせせたるたるたるにににかひかひかいなからなからなからずずず、、、たつたたつたたつたととといはいはいわむむんにもにもにもつきなからつきなからつきなからずずず、、、ののの手手てにもにもにも劣劣おとるるるまじくまじくまじく、、、そのそのその方方かたももも具具ぐしししてててなむなむなん侍侍はべりりりししし」」」とととててて、、、いといといと哀哀あわれととと思思おもひひい出出いでででたりたりたり。。。
- 31中將中將ちゅうじょう「「「そのそのそのたなばたたなばたたなばたののの裁裁たちちち縫縫ぬふふう方方かたをををのどめのどめのどめててて長長ながききき契契ちぎりにににぞぞぞあえあえあえましましまし。。。實實げにににそのそのそのたつたたつたたつた姫姫ひめののの錦錦にしきにはにはには、、、又又またしくしくしくものものものあらあらあらじじじ。。。
- 32はかなきはかなきはかなき花花はな紅葉紅葉もみじととといふいふいうももも折節折節おりふしののの色色いろあひあひあいつきなくつきなくつきなくはかばかしからはかばかしからはかばかしからぬぬぬははは露露つゆのののはえはえはえなくなくなく消消きえええぬるぬるぬるわざわざわざなりなりなり。。。さるさるさるににによりよりよりかたきかたきかたき世世よぞぞぞとととははは定定さだめめめ兼兼かねねねたるたるたるぞぞぞややや」」」ととと、、、いひいひいいはやしはやしはやし給給たまふふう。。。
現代語訳
左馬頭は語る。「ずっと昔、まだたいそう身分の低かった頃、いとしいと思う女がおりました。先ほど申し上げたように、容貌などはそれほど整ってもいませんでしたので、若い頃の浮気心から、この女を生涯の伴侶とも思い定めず、頼りにする人だとは思いながらも物足りなくて、あちこちほかの女のもとに通っておりました。
するとひどく嫉妬するので、気に入らず、こんなふうでなく、おっとりしていてくれたらと思いながら、あまりにも容赦なく疑われるのもうるさくて、一方では、こんな取るに足らない私を見捨てもせず、どうしてこうまで思うのだろうと、気の毒になる折々もあって、自然と浮気心もおさまるようになりました。
この女の様子は、もともと考えも及ばなかったようなことでも、どうにかしてこの人のためにはと、苦手なことにも手を出し、劣っている方面の心得も、やはり残念には見られまいと励んで、何かにつけてまめやかに世話をして、少しでも私の心に背くことはないようにと思っておりました。気の強い方だと思っていましたが、何かと私に従ってなよなよとなり、見苦しい容貌も、この人に見られて嫌われはしないかとむやみに気をつかい、他人に見られたら私の恥になると思って遠慮し、つつましく身を保って、見なれるにつれて気立ても悪くないと思いましたが、ただこの嫉妬深いところだけは直りませんでした。
そのころ思ったのは、こんなにひたすら私に従い、こわがっている人なのだから、なんとか懲りるようなことをして脅かし、この嫉妬も少しよくなり、とげとげしさもやめさせようということでした。本当に嫌だと思って、別れてしまいそうな様子を見せたら、これほど私に従う心なら懲りるだろうと思いまして、わざと冷淡でつれないそぶりを見せると、いつものように腹を立てて恨むので、『こんなに強情なら、どんなに深い縁でも、もう会うまい。これきりだと思うなら、こんなむやみな邪推もするがよい。末長く連れ添おうと思うなら、つらいことがあっても辛抱して、大目に見るようになって、こういう心さえなくなれば、たいそういとしく思うだろう。私も人並みに出世して、少し一人前になるにつれて、ほかに並ぶ人もないほど大切にするだろう』などと、うまく教えさとしたものだと思いまして、得意になって言い過ぎましたところ、女は少し笑って、
『何ごとにつけてもぱっとせず、頼りないあなたの時期を辛抱して、いつか一人前になる時もあろうかと待つほうは、たいそう気長に思えて、苦にもなりません。でも、つらいあなたの浮気心をこらえて、いつか心を入れ替えてくれる時を見つけようと、年月を重ねてあてにならない期待をかけるのは、たいそう苦しいことでしょうから、お互いに別れるべき時なのです』と、憎らしげに言うので、腹が立って、憎まれ口をさんざん言い立てましたところ、女も我慢できない性分で、私の指を一本引き寄せて噛みついたのです。
私は大げさに文句を言って、『こんな傷までついたのでは、もう宮仕えもできない。ばかにされている官位も、こうなってはますます、何によって人並みに出世できよう。もう出家するしかない身の上だ』などと脅かして、『それなら今日が最後だな』と、この指を折り曲げて出ていきました。
『指を折って、あなたと連れ添ったことを数えてみると、あなたのつらいところはこれ一つだけだろうか。もう恨み言も言えまい』と言いますと、さすがに女は泣いて、
『あなたのつらい仕打ちを、心ひとつに数えてきましたが、今こそあなたと手を分かつ時なのでしょうか』などと言い争いましたが、本当に別れようとは思いませんでした。それでも何日もたつまで便りもせず、あちこち浮かれ歩いておりましたが、臨時の祭の楽の練習で夜が更け、ひどくみぞれの降る夜、皆がそれぞれ別れて帰るところで思いめぐらしてみると、やはり帰る家と思える所はほかにありませんでした。
宮中の宿直も興ざめだし、気取った女のところは寒々としそうだと思いましたので、どう思っているかと様子も見がてら、雪を払いながら出かけてみると、なんとなく体裁が悪くて、きまり悪く思われましたが、それでも今夜こそ、日頃の恨みもとけるだろうと思いました。すると、灯火をほのかに壁の方に向け、柔らかくなった着物の厚い綿入れを、大きな伏籠にかけて温め、引き上げるはずの几帳の帷子なども上げて、今夜こそはと待っていた様子です。
やっぱりそうだと得意になりましたが、本人はいません。しかるべき女房たちだけが残っていて、『親の家に、今夜移ってしまわれました』と答えます。艶めいた歌も詠まず、気のきいた手紙も残さず、ひたすら引きこもって、情けないので、がっかりして、あんなに意地悪く、許さなかったのも、私に嫌われたいと思う心があったのだろうかと、そうも見えなかったことですが、腹立たしさのあまり思いました。けれども、私が着るはずの着物は、いつもより心をこめた色合いで、仕立てもまことに申し分なく、やはり私に見捨てられた後のことまで気づかって世話をしてくれていたのです。
それでも、まさか私を見限ることはあるまいと思って、あれこれ言ってやりましたが、女はつっぱねもせず、私を困らせようと姿を隠すこともせず、恥ずかしくないような返事をしながら、『ただ、以前のお心のままでは、とても我慢できません。心を入れ替えて、落ち着いてくださるなら、お会いしましょう』などと言うのを、それでも私から離れることはできまいと思いましたので、しばらく懲らしめてやろうという気持ちで、改めようとも言わず、ひどく強情を張って見せているうちに、女はたいそう思い嘆いて亡くなってしまいましたので、冗談事では済まないと思いました。
ひたすら頼みにする妻としては、あのくらいの人でよかったのだと、今になって思い出されます。ちょっとした風流事でも、まじめな大事でも、相談しがいがあり、竜田姫と言ってもふさわしいほど染め物が上手で、織女の手にも劣らないほど裁縫も上手で、そうした方面もそなえていて、行き届いていました」と言って、たいそうしみじみと思い出している。
頭中将は「その織女の裁縫の腕はさておいて、彦星と織女のように、長い契りにあやかりたかったですね。本当に、その竜田姫の錦に及ぶものはないでしょう。ちょっとした花や紅葉といっても、季節の色合いが似合わず、はっきりしないものは、露のように見ばえもなく消えてしまうものです。だから、難しい世の中だと、決めかねているのですよ」と、はやし立てなさる。
意訳
左馬頭の一つ目の体験談「指喰ひの女」は、嫉妬深いが、夫に誠実に尽くした女の話である。左馬頭は、女を懲らしめて嫉妬を直そうとするが、女は逆に、浮気をやめない夫を見限ろうとする。指に噛みつくという激しい行動の裏には、待ち続けることへの苦しみがあった。
みぞれの夜、女は家を出ていたが、夫のための衣を温めて用意していた。女は最後まで夫を思いながら、自分の誇りも捨てなかったのである。左馬頭がそれに気づいたときには遅く、女は亡くなってしまう。左馬頭の話は、男の身勝手さを自ら語るものになっており、聞き手は笑いながらも、その教訓を感じ取ることになる。
語釈・文法注
- まほ
- 整っていること、完全なこと。
- とまり
- 最後に落ち着くところ。生涯の伴侶。
- 物怨じ
- 嫉妬すること、恨みごとを言うこと。
- おいらか
- おっとりとして穏やか。
- おもてぶせ
- 面目を失うこと、恥。
- みさを
- 節操を守ること、つつましく身を保つこと。
- さがなさ
- 意地の悪さ、とげとげしさ。
- おぞまし
- 強情だ、気が強い。
- いひそす
- 言い過ぎる。
- みだて
- 見栄え、見どころ。「みだてなく」で、ぱっとせず。
- あいなだのみ
- あてにならない期待、むなしい期待。
- および
- 指。
- かこつ
- 恨みごとを言う、不平を言う。
- 官位(つかさくらい)
- 官職と位階。
- うきふし
- つらいこと。「ふし」に指の「節」を掛ける。
- こや
- これがまあ…か。代名詞「こ」+係助詞「や」。
- 言ひしろふ
- 言い争う。
- あくがる
- 心がふらふらとさまよう、浮かれ歩く。
- 臨時の祭
- 賀茂の臨時の祭。毎年十一月に行われた。
- 調樂(ちょうがく)
- 祭に先立って行う、舞楽の練習。
- 爪くはる
- 未詳の語。きまりが悪い、ばつが悪い意と解されている。
- 壁に背け
- 灯火を壁の方へ向けて、光を和らげること。
- あつこえ
- 厚肥え。綿を厚く入れた衣。
- こ
- 籠(こ)。伏籠(ふせご)。香をたいたり、衣を温めたりするため、上に衣をかける籠。
- かたびら
- 帷子。几帳などに掛ける布。
- さうじみ
- 正身(そうじみ)。本人。
- ひたやごもり
- ひたすら引きこもること。
- つなびく
- 強情を張る、意地を張る。
- たつた姫
- 竜田姫。秋をつかさどる女神で、山々を紅葉に染めるとされた。染め物の上手のたとえ。
- 七夕
- 織女星。機織りの上手として、裁縫の上手のたとえにされる。
- うるさし
- 行き届いている、すぐれている。現代語の「うるさい」とは意味が違う。
文法
- 反実仮想「ましかば…」(おいらかならましかば)
- 「もしおっとりしていたら(よいのに)」。後に「よからまし」などが省略されている。
- 願望の終助詞「もがな」(なくもがな)
- 「…があればなあ」。打消の「なく」について、「…がなければよいのに」。
- 完了「ぬ」の命令形(疎みね)
- 「私を嫌ってしまえ」。女がそう思っていたのか、と左馬頭が邪推する言い方。
和歌
手を折りてあひ見しことを數ふればこれひとつやは君がうきふし
- 詠者
- 左馬頭
- 状況
- 指に噛みつかれた左馬頭が、別れ際に詠んだ歌。指を折って一緒に暮らした日々を数えてみると、つらいことはこの一件だけではなかった、と恨む。
修辞
- 掛詞・縁語
- 「手を折る」は指を折って数えることと、噛まれた指を折り曲げることを重ねる。「ふし」は指の節と、事柄(つらい点)を掛ける。
うきふしを心ひとつに數へきてこや君が手をわかるべきをり
- 詠者
- 指喰ひの女
- 状況
- 女の返歌。あなたのつらい仕打ちを心の中だけで数えてきたが、今こそあなたと別れる時なのか。
修辞
- 掛詞
- 「手をわかる」は指を折り分けることと、手を分かつ(別れる)こと。「をり」は「折り」と「折(時)」を掛ける。
解説
「指喰ひの女」は、雨夜の品定めで語られる体験談の最初の話である。左馬頭は、自分の失敗談として語りながら、結局は、あのくらい誠実な女こそ妻にふさわしかったと認める。品定めの議論は、抽象的な女性論から、具体的な体験談へと移っていく。
みぞれの夜、夫の衣を伏籠で温めて待っていた場面は、平安貴族の暮らしの細部を伝える一節としても知られる。香をたきしめ、衣を温めて夫を迎えるのは、妻の大切な務めであった。
頭中将が竜田姫・七夕にかけて茶化すのは、左馬頭が女の染め物・裁縫の腕をほめたのを受けたものである。七夕の織女と彦星の長い契り(年に一度でも永遠に続く)にあやかれなかったのですね、という冗談になっている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、26–29頁(コマ15–16)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日