源氏物語 第2帖 帚木(4)
今は唯しなにもよらじ
左馬頭は、身分も容貌も問わず、誠実で落ち着いた人こそ妻にふさわしいと結論する。恨みを言わずに姿を消し、尼になってしまう女の浅はかさを批判し、木工や絵師、書の名人のたとえを引いて、見かけの華やかさより確かな本質が大切だと説く。

- 1「「「今今いまははは唯唯ただしなしなしなにもにもにもよらよらよらじじじ。。。かたちかたちかたちをををばばば更更さらにににもももいはいはいわじじじ。。。いといといと口惜口惜くちおしくしくしくおぼえおぼえおぼえだにだにだになくなくなくばばば唯唯ただ偏偏ひとえににに物物ものまめやかまめやかまめやかににに靜靜しずかなるなるなる心心こころのののおもむきおもむきおもむきならならならむむんよるべよるべよるべをををぞぞぞ遂遂ついのののたのみたのみたのみ所所ところにはにはには思思おもひひい置置おくくくべかりべかりべかりけるけるける。。。
- 2あまりあまりあまりののの故由故由ゆえよし心心こころばへばへばえうちうちうち添添そへへえたらたらたらむむんをををばばばよろこびよろこびよろこびににに思思おもひひい、、、少少すこししし後後おくれれれたるたるたる方方かたあらあらあらむむんをををもももあながちあながちあながちににに求求もとめめめ加加くわへへえじじじ。。。
- 3安安やすくくくのどけきのどけきのどけき所所ところだにだにだに强强つよくくくばばばうはべうはべうわべのののなさけなさけなさけはははおのづからおのづからおのずからもてつけもてつけもてつけつつつべきべきべきわざわざわざをををややや。。。
- 4艶艶えんににに物物もの耻耻はじしししててて恨恨うらみみみいふいふいうべきべきべき事事ことをををももも見見み知知しらららぬぬぬさまさまさまににに忍忍しのびびびててて、、、上上うえはははつれなくつれなくつれなく操作操作みさおずくててて、、、心心こころ一一ひとつつつににに思思おもひひい餘餘あまるるる時時ときははは言言いははわむむん方方かたなくなくなくすごきすごきすごき言言ことののの葉葉は哀哀あわれなるなるなる歌歌うたををを詠詠ながみみみ置置おききき、、、
- 5忍忍しのばばばるるるべきべきべきかたみかたみかたみををを留留とどめめめててて深深ふかききき山里山里やまざと世世よはなれはなれはなれたるたるたる海海うみづらづらずらなどなどなどにににはひはひはい隱隱かくれれれぬぬぬかしかしかし。。。
- 6童童わらわににに侍侍はべりりりししし時時とき女房女房にょうぼうなどなどなどののの物語物語ものがたり讀讀よみみみしししををを聞聞ききききててて、、、いといといと哀哀あわれににに悲悲かなしくしくしく心心こころ深深ふかききき事事ことかなかなかなととと淚淚なみだをををさへさへさへなむなむなん落落おとししし侍侍はべりりりししし。。。
- 7今今いま思思おもふふうにににはははいといといとかるがるしくかるがるしくかるがるしくさらびさらびさらびたるたるたるとととなりなりなり。。。
- 8志志こころざし深深ふかからからからむむん男男おとこをををおきおきおきててて見見みるるる目目めののの前前まえにににつらきつらきつらき事事ことありありありともともとも人人ひとののの心心こころををを見見み知知しらららぬぬぬやうやうようににに逃逃にげげげ隱隱かくれれれててて人人ひとををを惑惑まどはしはしわし心心こころをををももも見見みむむんとととするするする程程ほどににに、、、長長ながききき世世よののの物思物思ものおもひひいににになるなるなる、、、いといといとあぢきなきあぢきなきあじきなき事事ことなりなりなり。。。
- 9心心こころ深深ふかしししやややなどなどなど譽譽ほめめめたてたてたてられられられててて、、、あはれあはれあわれ進進すすみみみぬれぬれぬればばばやがてやがてやがて尼尼あまににになりなりなりぬぬぬかしかしかし。。。
- 10思思おもひひい立立たつつつ程程ほどはははいといといと心心こころ澄澄すめめめるるるやうやうようにてにてにて世世よにににかへりみかへりみかえりみすすすべくべくべくももも思思おもへへえらららずずず。。。
- 11いでいでいであなあなあな悲悲かなししし、、、かくかくかくはたはたはたおぼしおぼしおぼしなりなりなりにににけるけるけるよよよなどなどなどやうやうようにににあひあひあい知知しれれれるるる人人ひと來來き訪訪とぶらひらひらい、、、ひたすらひたすらひたすらににに憂憂うしししともともとも思思おもひひい離離はなれれれぬぬぬ男男おとこ聞聞ききききつけつけつけててて淚淚なみだおとせおとせおとせばばば、、、
- 12使使つかふふう人人ひと古古ふるなどなどなど、、、君君きみののの御心御心みこころははは哀哀あわれなりなりなりけるけるけるものものものををを御身御身おおんみをををなどなどなどいふいふいうににに、、、みづからみづからみずからをををかきかきかき探探さぐりりりててて、、、あへなくあへなくあえなく心心こころぼそけれぼそけれぼそければばばぬぬぬかしかしかし。。。
- 13忍忍しのぶれぶれぶれどどど淚淚なみだこぼれこぼれこぼれそめそめそめぬれぬれぬればばば折々折々おりおりごとごとごとにににえええ念念ねんじじじえええずずず悔悔くやしきしきしき事事ことももも多多おおかかかめるめるめるににに、、、佛佛ほとけもももなかなかなかなかなかなかぎたなしぎたなしぎたなしととと見見み給給たまひひいつつつべしべしべし。。。
- 14濁濁にごりにににしめしめしめるるるほどほどほどよりよりよりももも、、、にてにてにてはははかへりてかへりてかえりて惡惡あしきしきしき道道みちにもにもにも漂漂ただよひひいぬぬぬべくべくべくぞぞぞ覺覺おぼゆるゆるゆる。。。
- 15絕絕たえええぬぬぬ宿世宿世すくせ淺淺あさからからからででで尼尼あまにもにもにもなさなさなさででで尋尋たずねねねとりとりとりたらたらたらむむんももも、、、やがてやがてやがてそのそのその思思おもひひいいでいでいでうらめしきうらめしきうらめしきふしふしふしあらあらあらざらざらざらむむんややや。。。
- 16惡惡あしくしくしくももも善善よくくくもももあひあひあいそひそひそいててて、、、とあらとあらとあらむむん折折おりもももかゝらかゝらかからむむんきざみきざみきざみをををももも見見み過過すぐしぐしぐしたらたらたらむむん中中なかこそこそこそ契契ちぎり深深ふかくくくあはれあはれあわれならならならめめめ。。。我我わももも人人ひとももも後後うしろめたきめたきめたき心心こころおかおかおかれれれじじじやはやはやは。。。
- 17又又またなのめになのめになのめにうつろふうつろふうつろう方方かたあらあらあらむむん人人ひとををを恨恨うらみみみててて氣色氣色けしきばみばみばみ背背そむかかかむむん、、、はたはたはたなむなむなん。。。
- 18心心こころははは移移うつろふろふろう方方かたありありありともともとも見見みそめそめそめししし志志こころざしいとほしくいとほしくいとおしく思思おもはゞはゞわば、、、さるさるさる方方かたのののににに思思おもひひいてててもももありぬありぬありぬべきべきべきににに、、、さやうさやうさようならならならむむんににに絕絕たえええぬぬぬべきべきべきわざわざわざなりなりなり。。。
- 19すべてすべてすべて萬萬よろずののの事事ことなだらかなだらかなだらかににに、、、怨怨えんずずずべきべきべき事事ことをををばばば見見み知知しれれれるるるさまさまさまにににほのめかしほのめかしほのめかし、、、恨恨うらむむむべからべからべからむむんふしふしふしをををもももにくからにくからにくからずずずかすめかすめかすめなさなさなさばばば、、、それそれそれにににつけつけつけててて哀哀あわれももも增增まさりりりぬぬぬべしべしべし。。。
- 20多多おおくくくははは我我わががが心心こころももも見見みるるる人人ひとからからから治治おさまりまりまりもももすすすべしべしべし。。。あまりあまりあまりむげにむげにむげにうちゆるべうちゆるべうちゆるべ見見み放放はなちちちたるたるたるももも心安心安こころやすくくくらうたきらうたきろうたきやうやうようなれなれなれどどどおのづからおのづからおのずから輕輕かるききき方方かたにににぞぞぞ覺覺おぼえええ侍侍はべるるるかしかしかし。。。
- 21繫繫つながががぬぬぬ船船ふねののの浮浮うきききたるたるたるももも實實げにににあやなしあやなしあやなし。。。さささははは侍侍はべらららぬぬぬかかか」」」ととといへいへいえばばば中將中將ちゅうじょううなづくうなづくうなずく。。。
- 22「「「さしさしさしあたりあたりあたりてててをかしをかしおかしともともとも哀哀あわれともともとも心心こころにににいらいらいらむむん人人ひとののの、、、たのもしげたのもしげたのもしげなきなきなき疑疑うたがあらあらあらむむんこそこそこそ大事大事だいじなるなるなるべけれべけれべけれ。。。
- 23我我わががが心心こころあやまちあやまちあやまちなくなくなくててて見見みすぐさすぐさすぐさばばば、、、さしさしさし直直なおしししてててもももなどなどなどかかか見見みざらざらざらむむんととと覺覺おぼえええたれたれたれどどど、、、それそれそれさしもさしもさしもあらあらあらじじじ。。。ともかくもともかくもともかくも違違たがふふうべきべきべきふしふしふしあらあらあらむむんををを長閑長閑のどやかやかやかににに見見み忍忍しのばばばむむんよりよりより外外ほかにににますますます事事ことあるあるあるまじかりまじかりまじかりけりけりけり」」」ととといひいひいいててて、、、
- 24我我わががが妹妹いもうとののの姫君姫君ひめぎみはははこのこのこの定定さだめにににかなひかなひかない給給たまへへえりりりとととおもへおもへおもえばばば、、、君君きみのののうちねぶりうちねぶりうちねぶりててて詞詞ことばまぜまぜまぜ給給たまははわぬぬぬをををさうざうしくさうざうしくそうぞうしく心心こころやましやましやましととと思思おもふふう。。。
- 25馬馬うまのののかみかみかみ物物ものさだめさだめさだめののの博士博士はかせににになりなりなりててて居居いたりたりたり。。。中將中將ちゅうじょうはははこのこのこのことわりことわりことわり聞聞ききききはてはてはてむむんととと心心こころににに入入いれれれてててあへしらひあへしらひあえしらい居居い給給たまへへえりりり。。。
- 26「「「萬萬よろずののの事事ことににによそへよそへよそえててておぼせおぼせおぼせ。。。木木きののの道道みちのののののの萬萬よろずののの物物ものををを心心こころににに任任まかせせせててて作作つくりりり出出いだすすすももも、、、臨時臨時りんじのののもてあそびもてあそびもてあそび物物もののののそのそのその物物ものととと跡跡あとももも定定さだまらまらまらぬぬぬはははそばつきそばつきそばつきばばば見見みたるたるたるももも實實げにににかうかうこうもももしししつつつべかりべかりべかりけりけりけりととと、、、時時ときにににつけつけつけつゝつゝつつさまさまさまをををかへかへかへててて今今いまめかしきめかしきめかしきににに目目めうつりうつりうつりてててをかしきをかしきおかしきもももありありあり。。。
- 27大事大事だいじとととしししててて、、、誠誠まことににに麗麗うるわはしきはしきわしき人人ひとののの調度調度ちょうどのののかざりかざりかざりとととするするする、、、定定さだまれまれまれるるるやうやうようあるあるあるものものものををを難難なんなくなくなくししし出出いづるづるずる事事ことなむなむなん猶猶なお誠誠まことののの物物ものののの上手上手じょうずはははさまさまさまことことことににに見見みえええわかれわかれわかれ侍侍はべるるる。。。
- 28又又またににに上手上手じょうず多多おおかれかれかれどどどがきがきがきににに選選えらばばばれれれててて次々次々つぎつぎににに更更さらににに劣劣おとりりり勝勝まさるるるけぢめけぢめけじめふとふとふとしもしもしも見見みえええわかれわかれわかれずずず。。。
- 29かゝれかゝれかかれどどど人人ひとののの見見み及及およばばばぬぬぬ蓬萊蓬萊ほうらいののの山山やま、、、荒海荒海あらうみのののいかれいかれいかれるるるいをいをいおのののすがたすがたすがた、、、唐國唐國からくにののの烈烈はげしきしきしき獸獸けもののののかたちかたちかたち、、、目目めににに見見みえええぬぬぬ鬼鬼おにののの顏顏かおなどなどなどのののおどろおどろしくおどろおどろしくおどろおどろしく作作つくりりりたるたるたる物物ものははは、、、心心こころににに任任まかせせせててて一一ひときはきはきわ人人ひとののの目目めををを驚驚おどろかしかしかしてててにはにはには似似にざらざらざらめめめどどどさてさてさてありぬありぬありぬべしべしべし。。。
- 30よのよのよのつねつねつねののの山山やまのののたゝずまひたゝずまひたたずまい、、、水水みずのののながれながれながれ、、、目目めににに近近ちかききき人人ひとののの家居家居いえい有樣有樣ありさま、、、實實げにににととと見見みえええ懷懷なつかしくかしくかしくやはらびやはらびやわらびたるたるたるかたかたかたなどなどなどををを靜靜しずかにににかきかきかきまぜまぜまぜててて、、、ならならならぬぬぬ山山やまののの氣色氣色けしき木木こ深深ふかくくく世世よ離離はなれれれてててたゝみたゝみたたみなしなしなし、、、けけけ近近ちかききき籬籬まがきののの內內うちをををばばば、、、そのそのその心心こころしらひしらひしらいおきておきておきてなどなどなどをををなむなむなん上手上手じょうずはははいといといと勢勢いきおい殊殊ことににに、、、わるものわるものわるものははは及及およばばばぬぬぬ所所ところ多多おおかかかめりめりめり。。。
- 31手手てををを書書かきききたるたるたるにもにもにも深深ふかききき事事ことはははなくなくなくててて此處此處ここ彼處彼處かしこののの點點てんながながながににに走走はしりりりがきがきがき、、、そこはかとなくそこはかとなくそこはかとなく氣色氣色けしきばめばめばめるるるはははうちうちうち見見みるるるにににかどかどしくかどかどしくかどかどしくけしきだちけしきだちけしきだちたれたれたれどどど、、、猶猶なお誠誠まことのののすぢすぢすじをををこまやかこまやかこまやかににに書書かききき得得えたるたるたるはははうはべうはべうわべののの筆筆ふで消消きえええててて見見みゆれゆれゆれどどど今今いま一度一度ひとたびとりとりとり並並ならべべべててて見見みれれればばば猶猶なおじちじちじちににになんなんなんよりよりよりけるけるける。。。
- 32はかなきはかなきはかなき事事ことだにだにだにかくかくかくこそこそこそ侍侍はべれれれ。。。ましてましてまして人人ひとののの心心こころののの時時ときににに當當あたりりりててて氣色氣色けしきばめばめばめらむらむらん、、、見見みるるる目目めのののなさけなさけなさけをををばばばえええ賴賴たのむむむまじくまじくまじく思思おもひひい給給たまへへえ侍侍はべるるる。。。そのそのその始始はじめののの事事こと、、、すきずきしくすきずきしくすきずきしくともともとも申申もうししし侍侍はべらららむむん」」」とととててて近近ちかくくく居居い寄寄よれれればばば、、、君君きみももも目目めさましさましさまし給給たまふふう。。。
- 33中將中將ちゅうじょういみじくいみじくいみじく信信しんじじじてててつらつらつら杖杖ずえをををつきつきつきててて對對むかひひい居居い給給たまへへえりりり。。。
- 34法法のりののの師師しののの世世よのののことわりことわりことわり說說とききき聞聞きかせかせかせむむん所所ところののの心地心地ここちするするするもももかつかつかつはははをかしけれをかしけれおかしけれどどど、、、かゝるかゝるかかるついでついでついではははおのおのおのおのおのおのもももえええ忍忍しのびびびとゞめとゞめとどめずずずなむなむなんありありありけるけるける。。。
現代語訳
「今はもう、身分にもこだわりません。容貌は言うまでもありません。ひどく残念な、ひねくれた性質だという評判さえなければ、ただひたすらまじめで、落ち着いた心ばえの人を、生涯の頼みどころと思い定めるべきでした。それ以上に、たしなみや気立てのよさが加わっていたら、それは喜びと思い、少し劣ったところがあっても、無理に求めたりはしますまい。安心できて、のんびりとしたところさえしっかりしていれば、うわべの風情は自然と身につけられるものでしょう。
気取って恥ずかしがり、恨みを言うべきことも知らないふりをしてこらえ、表面はさりげなく平静を装って、胸ひとつにおさめかねるときは、言いようもなくもの寂しい言葉や、しみじみとした歌を詠み残し、思い出してもらえるような形見をとどめて、深い山里や、人里離れた海辺などにこっそり隠れてしまう女がいます。私は子どもの頃、女房たちが物語を読むのを聞いて、たいそう哀れで悲しく、心の深いことだと涙まで落としたものです。今思えば、まことに軽々しく、わざとらしいことです。
愛情の深い夫を残して、目の前につらいことがあっても、夫の気持ちを知らないふりをして逃げ隠れ、夫を困らせて心を試そうとするうちに、一生の物思いになってしまうのは、まったくつまらないことです。心の深い人だなどとほめそやされて、感傷がつのると、そのまま尼になってしまう。思い立ったときは、たいそう心が澄んだようで、俗世を振り返るつもりもありません。
『まあ、なんと悲しい。こんなにまで思いつめておしまいになったとは』などと知り合いが見舞いに来て、すっかり嫌いになったわけでもない夫が聞きつけて涙を落とすと、召使いや古参の女房たちが『殿のお心は情け深かったのに、惜しいお身の上を』などと言う。すると自分で額髪を手さぐりして、尼姿になったことがあっけなく心細く、べそをかいてしまうのです。こらえても、いったん涙がこぼれだすと、折あるごとにがまんできず、悔やまれることも多いようですから、仏もかえって、未練がましい心だとご覧になるでしょう。俗世の濁りにそまっているよりも、生半可な出家では、かえって悪い道にさまようことになりそうに思われます。
断ちきれない縁が浅くなくて、尼にもさせずに夫が探し出して連れ戻したとしても、そのまま、そのときのことを思い出して恨めしく思うことがあるでしょう。悪いときもよいときも連れ添って、どんな折も、どんな場合も見過ごしてこそ、縁も深く、しみじみとした仲なのです。そうでなければ、自分も相手も、気がかりな心を持たずにはいられないでしょう。
また、少しばかり心変わりした夫を恨んで、むっとして背を向けるのも、ばかげたことでしょう。夫の心がよそへ移ることがあっても、見そめたころの愛情をいとしく思うなら、そういう縁のよりどころとして思っていればよいのに、そんなことで動揺して、仲が絶えてしまうのです。すべて何ごとも穏やかに、恨むべきことは、知っているよとそれとなくほのめかし、恨みを言いたいことも、憎らしくないようにそっと触れておけば、それにつけて愛情もまさるでしょう。たいていは、夫の心も、妻しだいで落ち着くものです。あまりにむやみに夫を放任しておくのも、気楽でかわいらしいようですが、自然と軽く見られることになるのです。つながれていない船が浮かんでいるようなたとえも、まことにわけのわからないことです。そうではありませんか」と言うと、頭中将はうなずく。
頭中将は「さしあたって、美しいとも、いとしいとも心に思う人に、頼りにならない疑いがあるのこそ、大事でしょう。自分の心に過ちがなく、大目に見ていれば、相手も心を直して、どうして連れ添えないことがあろうかと思うのですが、それもそうはいかないでしょう。ともかくも、行き違いがあるときは、のんびりと見て見ぬふりをするよりほかに、よい方法はないのですね」と言って、自分の妹の姫君(葵の上)は、この結論にかなっていらっしゃると思うので、源氏がうとうとして口をおはさみにならないのを、物足りなく、おもしろくなく思う。
左馬頭は、品定めの博士になって、得意げにしゃべり立てている。頭中将は、この理屈を最後まで聞こうと熱心に相づちを打っていらっしゃる。
「何事もたとえてお考えください。木工の名人が、いろいろな物を思いのままに作り出すにしても、その場かぎりの慰み物で、決まった形のないものは、見た目に気がきいていれば、なるほどこうも作れるものかと、時に応じて趣向を変えて、目新しいものに目移りして、おもしろく思うこともあります。けれども、大切なものとして、本当に立派な人の調度の飾りにするような、きまった形のあるものを、難なく作り上げることにこそ、本当の名人の腕前は、やはりはっきりと区別して見えるものです。
また、絵所に名人は多いのですが、墨書きに選ばれて、次々と描かせてみても、優劣の差は、ちょっと見ただけではわかりません。けれども、人の見たこともない蓬莱山、荒海の怒り狂う魚の姿、唐の国の猛獣の形、目に見えない鬼の顔などの、恐ろしげに描いたものは、思うままに、ひときわ人の目を驚かせて、本物には似ていなくても、それでよいのです。ふつうの山のたたずまい、水の流れ、目に近い人の家の様子など、なるほどと思えて親しみやすく、もの柔らかなところなどを、穏やかに描きまぜて、険しくない山の様子を木深く、世間から離れたように重ね描き、身近な垣根の内側を、その心配りや構図などを、名人はたいそう勢いよく格別に描き、下手な者は及ばないところが多いようです。
字を書くのにも、深い心得はなくて、あちこちの点を長く引いて走り書きし、なんとなく気取って見えるものは、ちょっと見ると才気があって趣がありそうですが、やはり本当の筆法を丁寧に書き得たものは、表面の筆の勢いは目立たないように見えても、もう一度並べて見ると、やはり本物の方がまさっているのです。
ちょっとしたことでさえ、このようなものです。まして人の心の、その場その場で取り繕って見せるような、うわべの情けは、頼みにできないと存じます。その最初の話を、色めいたことですが、申し上げましょう」と言って、近くににじり寄ると、源氏も目をお覚ましになる。頭中将はたいそう感心して、頬杖をついて向かい合っていらっしゃる。法師が世の道理を説き聞かせる場のような気がするのも、一方ではおかしいけれど、こういう折には、めいめい内輪の話も隠しておけないものであった。
意訳
左馬頭はここで、理想の妻とは、身分や美しさよりも、誠実で落ち着いた人だと結論づける。そして、夫を試すために姿を隠したり、感傷にまかせて尼になったりする女を厳しく批判する。物語の中の悲劇のヒロインに涙した子どもの頃の自分を、今では「かるがるしく事さらびたる」と笑うところには、物語の読者に対する作者の皮肉もこめられている。
木工・絵師・書家のたとえは、品定めの中でも有名な一節である。架空の怪物や鬼は誰でも思うままに描けるが、ありふれた山水や家の様子を本物らしく描くことこそ名人の技だ、という論は、そのまま物語の書き方についての作者の考えとして読むこともできる。源氏物語は、超自然的な出来事よりも、身近な人間の心を描くことを選んだ物語だからである。
語釈・文法注
- ねぢけがまし
- ひねくれている、素直でない。
- 後安し
- 安心できる、心配がない。
- 操作る(みさおづくる)
- 平静を装う、取り澄ます。
- 事さらぶ
- わざとらしく見える。
- 御達(ごたち)
- 年配の女房たち。
- あたら
- 惜しいことに、もったいない。
- 額髮(ひたいがみ)
- 額から左右に垂らした前髪。尼になると肩のあたりで切りそろえるので、手で探ってその短さに気づく。
- うちひそむ
- 泣きべそをかく。
- 心ぎたなし
- 未練がましい、心が汚れている。
- なまうかび
- 中途半端に俗世を離れること。生半可な出家。
- をこがまし
- ばかげている、みっともない。
- よすが
- よりどころ、縁。
- たじろき
- 動揺すること。
- 繫がぬ船の浮きたる例
- つながれていない船が漂うたとえ。夫を放任しすぎて心が定まらないこと。出典は未詳。
- ひゞらぐ
- 調子に乗ってしゃべり立てる意か。語義には諸説ある。
- 木の道のたくみ
- 木工の名人、大工。
- そばつき
- 見た目、外見。「そばつきざれば」で、外見が気がきいていれば。
- 繪所
- 宮中の絵画を担当した役所。
- 墨がき
- 絵の下書きや輪郭を墨で描く人。絵師の中心となる役。
- じち
- 実(じち)。本物、実物。
- すぐよか
- まっすぐで険しいさま。
- むつごと
- 親しい者どうしの打ち明け話、内輪の話。
文法
- 打消意志の助動詞「じ」(しなにもよらじ)
- 「…まい」。身分にもこだわるまい。
- 詠嘆の終助詞「かし」(はひ隱れぬかし)
- 念を押したり、強めたりする。「…てしまうのですよ」。
- 推量「べし」+詠嘆「けり」(思ひ置くべかりける)
- 「…すべきだったのだ」と、今になって気づいた思いを表す。係助詞「ぞ」の結びで連体形「ける」。
解説
左馬頭の話の中の、物語のヒロインのように姿を隠す女の話は、当時の物語読者への皮肉として有名である。紫式部は、物語の中の人物に、物語に夢中になる女性を批判させている。源氏物語の中には、このように物語というものを見つめ直す言葉がいくつもある。
木の道のたくみ・絵所の上手・書の名人という三つのたとえは、のちの蛍の巻の「物語論」と並んで、作者の創作観を表す一節として注目されてきた。誰も見たことのない鬼の顔は好きに描けるが、身近な山水を本物らしく描くのが難しい、という指摘は、身近な人間の心を描くことの難しさに通じている。
頭中将が、自分の妹である葵の上がこの理想にかなっていると思いながら、源氏が眠そうにしているのを不満に思うところは、二人の関係の微妙さをよく表している。源氏は葵の上に心を開いておらず、心の中では別の人(藤壺)を思っている。
関連
出典
- 底本
- 丸岡桂・松下大三郎編『国文大観』物語部1(源氏物語 上) 板倉屋書房、明治36年(1903)、23–26頁(コマ13–15)。国立国会図書館デジタルコレクション
- 校訂・訳・注
- 古典ライブラリー編集部
- 更新日